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星を追う者たち  作者: 矢口
第七章 愛に生まれ、殺戮に育つのは『世界』
129/222

128:逆檄のサラマンデル(Aパート)

 征東都督(ベルナール)は今ほど驚いている事はない。


 まず、いきなり魔獣が動き出し、あのデフォート城塞に大穴を空けた。

 それだけでも充分すぎる程に驚く事だと言えた。


 その上マーシア・グラディウス、それに多分であろうが風貌(ふうぼう)からしてヴェレーネ・アルメット。

 あのフェリシア防衛の要とも言うべき二人の魔女をルナール・バフェットは完璧に押さえて見せている。

 今、あの二人は自らの周りに奇妙な膜を張り巡らせて、雷光とも言うべき魔獣の猛攻に耐えるばかりの無様(ぶざま)有様(ありさま)だ。

 魔女達がこのまま逃げ切る事も叶うとも思えず、(いず)れは二人とも死ぬやも知れぬ。

 そう思えば、自然とベルナールの胸は高鳴る。


 だがベルナールの胸の高ぶりなぞ無視するかのように、目の前にいる部下は特に気負う風でもない。

 寡黙(かもく)に、しかし確実に計画を一手、また一手と事を進めていく。

 ルナールが部下に下す指示は“此処ここ、ぞ”というタイミングばかりだが、凡将ならば其れにも気付く事もあるまい。


 本陣に待機していた総軍の半数以上、鉄巨人三百体を率いた五万の兵は切り通しの死角を利用して静かにラインの関口二キロ地点まで近付いていく。

 切り通し最南端側からの第二陣は、フェリシア兵に気付かれる事も無く静かに渡河を進めているのだ。


 シエネ城塞の防衛側兵力五万。

 シエネ市の予備兵力まで含めるならば八万に対しては半数以下の数ではあるが、今までのような大軍の力押しではなく鉄巨人を前衛として硬軟(こうなん)折り混ぜての行動である。


 地平線の彼方の二十万の大軍も気球を上げるための工兵と輜重兵(しちょうへい)五万を残し、一千人単位で分散して緩やかに動き始めた。

 ルナールの今までの緩慢(かんまん)とも言える指揮は、あの十五万の本隊に損害を与えぬ事を狙ったものだと、ベルナールもここに来てようやく気付く。


 それにしても彼処(あそこ)(そろ)え得た兵士の内訳に敵が気付いた時の驚きまでもが目に浮かぶようで、ベルナールは自分の(まなじり)の見苦しい下がり具合に気付いていても、どうにも表情を引き締める事が出来ない。


 ルナールはこの侵攻の為だけに『スクロース』を派手にばらまき、あの恐るべきシエネの砲兵大隊を十キロは後方に下げる事に成功した。

 奴らに直ぐさまの砲撃開始はできない。

 未だ気球による攻撃は続いており、AH-2Sの消えた今、その進撃を完全に止めるものは無いのだ。 

 つまり十五万の兵士は後十キロ程の間に於いて直ぐさまの砲撃に(さら)される心配も無い。

 またシエネ城塞で着弾誘導を行う観測員ですらも気球への対応に追われ、それどころではあるまい。

 デフォート城塞上部の観測員が動き出すようならば、翼飛竜で押さえる事も可能だろうが、今の処、後方の巨大砲が火を噴く気配もない。

 スクロースの使用を完全に妨害できる『鳥』の存在も見あたらない以上、あの大砲も動きを止めたと見て良いだろう。


 何よりシナンガル軍は渡河中の本陣部隊も地平線から訪れる本隊も、それぞれ最小一千人から最大五千人を単位とした少数の部隊に別れて近付いてくる。

 仮に自走する巨大砲が間に合った処で、いずれに向けた砲撃を開始しても『一撃殲滅(せんめつ)』と、いかない事は確かだ。

 かなりの数の鉄巨人、鉄兵士、そして人間の侵攻兵がシエネ城塞正面までの布陣に成功するだろう。

 シエネ城塞に近すぎた場合、果たしてあの恐るべき巨大砲は火を噴くか?

 過去、シエネ市北方で行われた公開試射の報告から()れはあるまい、とルナールは踏んでいた。


 実際一五五ミリ砲は威力がありすぎる。

 相互三百メートルまで敵味方が入り乱れたならば簡単に使用できるものでは無い。


 こうしてルナールの手により、不完全ながらも『散兵戦術』、『浸透戦術』がカグラに生まれつつある。

 挙げ句、銃器という個人の攻撃力を高める兵器が誕生すれば、この進化は更に進んでいく事は間違い無い。

 フェリシア側としては,益々シナンガルに銃の構造を渡す訳には行かなくなった。

 長い時間と厳しい訓練の必要な弓と違い、銃と云うものは案外に扱いが容易(たやす)く、それは一度の戦闘を潜り抜けた素人兵を“歴戦の勇士”に変えてしまう力がある。

 兵士の戦死は実は初陣(ういじん)()いての割合が最も高く、その後の死亡率は極端に下がっていくものだからだ。



 それはさて置き、今回使われる本陣五万の兵士達はルナールの希望もあり中堅(ちゅうけん)以上の魔法兵と弓兵が多い。

 理由は鉄巨人との連携能力の有る兵士が欲しかったからだ。

 全ての鉄巨人をルナール一人の力で動かしている訳では無い。

 彼の仕事は、あくまで全体の統率のために各巨人や鉄兵士が視界を確保する力を増幅する事にある。

 或いは、それらを使った全体の指揮である。


 既に十分な負担が掛かっているため、一般魔術師に兵士との連携を一々指示したくなかったのだ。 


 彼は本来ならば、鉄巨人・鉄兵士の作製と運用方法を各軍団に伝えた段階で後方へと回される事になっており、今頃は研究所の一室でスーラの口元のクリームを拭き取りながらシェオジェと茶でも楽しんでいた筈であった。


 また、彼がその様な扱いを受ける以上、彼の兵も戦場で使われる事は無かったであろう。


 処が結局はベルナールの焦りから、南部戦線ではルナールの兵士達は戦わされる事となり、シエネ攻略においても“最も鉄巨人の扱いに長けている”と云う理由だけで、研究所から呼び戻されたルナールが、随分と苦労する羽目になっている。


 これで、征東都督(ベルナール)が成果だけ持って行くような男なら、栄達心の高かった少し前の時期(ころ)のルナールが、この男を許す事は決して無かったであろう。

 だが今のルナールにはシナンガル軍内部での出世になど、何ら興味は無い。

 ベルナールを不快に感じる理由すら思い浮かばなかった。


 今、彼に興味があるのは長期的には“スーラの安全”であり、目前の事としては“切り通し奥から緩やかに近付くシナンガル軍にデフォート城塞のフェリシア兵は気付いているかどうか”くらいのものである。


 普通ならば斥候(せっこう)がライン川岸まで降りて居てもおかしくはなく、当然だがオレグもその予定を立ててはいた。


 処が、その直前にマーシアが全て倒したはずの鉄巨人六十体の半数に当たる三十体が、ラインの川底から()い上がってきたのだ。

 其れだけでも悪夢のような光景であると云うのに、間を置かずして切り通し側の影から更に数体の鉄巨人が砲を抱えて現れている。


 シナンガルは今回、『鉄の物量』でシエネを押しつぶすつもりなのだ、とフェリシア側もようやく気付き始めていた。

 ならば、先の様にマーシアの砲撃に頼るか、と言えばそうも行かない。


 頼みの綱のマーシアは、不意に動き出した魔獣を相手に身動きが取れなくなってしまった。

 いや、マーシアを助けに飛び込んだヴェレーネまで動きを止められているとデフォート城塞の監視所から報告が入って来て、シエネ城壁にとっては最悪の状況である。


 先程までの兵士達の興奮は冷め()り、今は誰の顔にも振り出しに戻った時以上の苦戦が予想される重苦しい雰囲気だけが、(よど)むかの様に城壁の端々まで溢れかえっていた。



 悩むオレグの(そば)に、“ひょっこり”とでも言うかのようにハインミュラーが駆けつけたのは、その様な時であった。


 最初こそ驚いたオレグではあるが地獄に仏である事にも間違いは無い。

 今後の防衛策について意見を求める。

 僅かだが、ほっとしている自分に気付いて情けない気分になるが、こうも苦しい状況である以上はやむを得ない。


 武人としては納得できない感情ではあるが、それを押さえ込んだ。


 そんなオレグの表情に気付いてか気付かずか、ハインミュラーの答は事務的である。

「航空戦力を活用するように進言したまえ、(ただ)()ぐにではない。

 相手にも何やら航空兵力があると見た。 まずは其れを確認したい」

 川からい上がる鉄巨人達を肩越しに親指で軽く指して、老人は言葉を繋ぐ。


鉄巨人(やつら)は、要は戦車(パンター)みたいなものだ。 

なら相手は爆撃機(ヤーボ)に限る」

「しかし先程、()とされたばかりではありませんか?」

 オレグが言っているのは、例の八岐大蛇(ヒュドラ)に二機のAH-2S(コブラ)が撃破された事を指しているのだ。


「話を聞くに、リズもマーシアの嬢ちゃんも身動きが取れんようだな」

「はい……」

 オレグの言葉にハインミュラーは、ほほ()いて少し困った顔をした。

 オレグが柔軟性に欠ける、と云う訳ではないが“兵器に対する知識の差は埋めがたい”と思い知らされたのだ。


 何らかの熱線兵器は、ハインミュラーの時代にも将来は現れるであろうと予測されていた。

 ソ連を経済的に追い詰めた『スターウオーズ計画』などが好例だ。

 だが、その強大なエネルギーを持つ敵は魔女二人によって押さえ込まれているとも言える。

 つまり、それ以下の打撃力である鉄巨人を多少は警戒はしても怯える必要は無いのだ。

 

『より警戒するならば、高い機動力を持つ“別の何か”だ』とハインミュラーの勘が告げている。

 ”キネティック”など空想の世界にすら無かった時代からやって来た男ではあるが、

『あの魔獣を戦艦や航空母艦と考えた場合、護衛の戦闘機や警戒(ピケット)艦に当たる存在が居てもおかしくは無い。 

 いや戦車に対する随伴歩兵(スカウト)かな?』

 などと常人には信じられぬ戦場の冴えで、偶然とは云え、見えぬはずの城塞の向こう側で何が起きているのか捉えているかのようだ。


 とは云え、その様な説明をして時間は無駄にしたくない。

 そこで彼は別の言葉でオレグを納得させる事にした。

「逆に考えろ!」

「と、言いますと?」

「要は、あの二人で化け物を押さえ込んでいるってことだろう?」

「あっ!」

 オレグが納得した事で、今後の事がやりやすくなる。


「処でだ。この場は君たちに任せるとして、本部のバルテン将軍から一部の代行権を預かっておる。

 無闇(むやみ)に振り回してこの場を混乱させる気は無いが、(わし)()の二人の嬢ちゃんを上まで送れるかね?」

 ハインミュラーはデフォート城壁の最頂部に軽く目を遣る。

 また、彼が指す二人とは勿論、リンジーとアルバの事だ。


 マーシアとヴェレーネも軽々と跳べたのだ。

 魔術師次第だが、今なら問題は無いだろうと云う事で、急遽五名の転移魔術師が集められ彼等三名は城塞最頂部へと送られていく。

 リンジーとアルバなど自力で軽々と跳んだため、実に楽な転移であった。


 今、ハインミュラーとしては出来るだけ多くの情報が欲しい。

 そこから何らかの突破口が開けないか、そう考えているのだ。

 国境の監視役となっている『国防軍レーダー指揮所』へ飛び込むと現状の確認を急ぎ、少しずつ考えをまとめていく。


『戦略指揮は自分の柄ではない』と決めた老人は、後方を池間とバルテンに任せる事にした。



      ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇



 マーシアとヴェレーネを襲った四基のキネティック誘導粒子砲の他、いずれに隠れていたのか、残る二基の弾頭が動き始めた。

 だが、其れを止められる者は居ない。

 粒子砲弾頭は砲兵大隊に迫ると、最前列で一五五ミリ榴弾砲をシエネ城塞へと戻しつつあった第四中隊へ襲いかかった。

 砲科要員の全員は中隊長の指示で直ぐさま近くの塹壕に飛び込んだ為、人的被害が無かった事は幸運であったが、一瞬にして榴弾砲を失った第四中隊は、茫然自失である。

 

 しかも砲の破壊は、(ただ)一撃の熱線照射によってのみ行われたのだ。


 城壁を軽々と越え、兵士が潜む塹壕の上を高速で飛んでいく弾頭に歩兵は手も足も出ない。

 接近を禁止されていたにも関わらず、たまりかねたAH-2Sが対抗のためにオプション装備であるAAM-6(空対空ミサイル)を発射するも、近接爆発前に敵は跳躍してしまい、暴発を恐れてミサイルを自爆させる有様では話にもならない。


 結局、シエネ城壁を守る最後のAH-2Sは後方からの荷電粒子を浴び“爆散”と言うにふさわしい最後を遂げた。

 僅か三十分程の間にパイロット三名と同乗魔術師三名、計六名の犠牲である。


 陸軍航空隊としては、予備機体三機を発進させるには相当なタイミングが要求される事になった。

 また、運用パイロットも輸送機要員(スリックス・ウイング)しか残っていない。

 彼等を動かす権限は深谷少佐のものであり、攻撃ヘリ大隊長の大崎には無いのだ。


 その大崎は北部のライン山脈に配備された六機を呼び戻すべきか悩んでいる。

 しかし、その兵力が間に合ったにせよ無策なままに発進させたならば、先の三機と同じ運命を待つのみだ。

 池間の指示を待つ間に自らも対抗策を考えはするが、そう簡単に良案が出るものでもなく時間だけが過ぎていった。

 

 そして、その大崎に期待されている統合指揮官の池間にしても、シエネに於ける陸軍航空隊の初陣は『まさか!』と云う程の大敗であったのだ。

 いや、一方的な防戦は陸上でも続いており、砲兵大隊が消滅しつつある程の惨敗である。 

 これ以上の人的被害は避けなくてはならない。


 池間は、まず歩兵部隊に対して、

「決して塹壕から出ぬように!」と指示を出し、砲兵隊には「『砲』を放棄してでも避難せよ!」

 という、軍の常識では考えられぬ命を下した。


 だが、池間は正しい。

 相手は『空間跳躍』などと言う、常識では考えられぬ移動手段を持つ兵器なのだ。


「first look, first shot, first kill(見敵必殺)」


 航空戦闘に限らず、兵士の鉄則であるこの原則が全く通じない相手なら、捲土重来(けんどちょうらい)を期して、とにかく『逃げる』しかないのだ。

 武器は後から幾らでも(そろ)える事が出来るが、失った命は戻らない。


「全軍、命令! 生き延びろ! 方法は問わん!」

 モニタに囲まれた司令室でマイクを握りしめ、池間は叫びつつ思う。


 “俺は何故、此処(ここ)に居る。

 自分一人、何故、安全な司令室で声だけを張り上げているのだ“


 ()れだけが彼の頭に浮かぶが、泣き言を考えている(ひま)があれば彼は一人でも多くの兵を生き延びさせなくてはならない。

 いや、場合によっては全員に死んで貰う事になるかも知れないが、それならば彼等には一人でも多くの民間人を救ってから死んで貰おうではないか。


 今更ながらに、ではあるが彼は再度腹を(くく)った。


 同じ室内に司令席を設け、池間の姿を見るバルテンも思いは同じだ。

 だが、無理な話にしても『城壁は破られてはならない』のである。

 連合軍における上位指揮官の立場から彼は池間に指示を出す。


「池間少佐、今の発言は認めましょう。 

 しかしながら、我々の魔法兵が時間(とき)(かせ)()に、少なくとも国防軍は鉄巨人に逆襲する方法を考えて頂きたい。 


 王宮からの命令ですが、マーシア・グラディウスのこれ以上の魔法力使用は極力押さえる方向で戦闘を進めたいのです。

 つまり、あまり彼女を頼って貰っては困る、と云う事ですな。

 また民間人の避難もこちらで進められます」


 其処まで一気に言うと、彼は僅かに眼を細めて言葉を継いだ。

 

「何より、そう何より、あの飛行体を相手に出来る存在は、このフェリシアには、まだまだ存在します。 

 彼方(そちら)も、フェリシアに任せて頂きましょう」


 “マーシアを使うな”と言う言葉の意味は兎も角として最後の言葉は、池間の意表を突いた。

何処(どこ)にそんな高レベルの魔術師が?」

 池間の問いにバルテンはあるものを指した。

「彼女たちは、伊達(だて)に魔導研究所でアルス様と同じ仕事を任せられていた訳では無いのですよ。 

 直ぐにもヴェレーネ様から彼女達に指示が行くでしょう。

 また、ハインミュラー(おう)には現場の指揮を()って貰うとして、我々はその支援に廻るのが良いと思います。 

 池間少佐、急ぎ空軍への連絡を願います」


 バルテンの指したもの、それは卓上の水晶球(スパエラ)である。

 そこにはデフォート城塞内部の一室が写っていた。

 流石に距離五十キロともなると、映像はまだしも音声は伝え切れないが、そこには到着したばかりと思われる見慣れた顔が揃っている。


 池間も過去の戦闘に於いて彼女達が高レベルの魔術師だと理解はしている。


 しかし、あの二人に本当にそんな力が有るのだろうか?

 一瞬は悩んだが、首を横に何度も振って池間は「思考枠の切り替え(パラダイムシフト)」に成功した。


 大佐(ヴェレーネ)柊の妹(マーシア)に比べれば、彼女たちの見た目はずっと年かさではないか、あちらの方に力が有ってもおかしくはあるまい。

 見た目の年齢を根拠に池間の出した結論は、結局は間違っていた。

 だが彼女達が“決して期待に添えぬ存在では無い事”も確かであったのだ。


 彼女達の闘いが、どの様に行われるかなど池間には想像も付かない。

 それでも冷静さを取り戻した池間は『自分の出来る事』、即ち航空戦支援計画の立案を進めていく。


 前回、あの物体はマーシアとアルスに()って墜とされたと聞く。

 空軍に“対抗力場”を張れる魔術師が存在しているという報告は受けていない。

 だが、やる価値は有るだろう。

 

 基本計画が整った処で五十嵐に連絡を入れる。

 上空退避中機体の一部を基地に戻して、AAM-6(対空ミサイル)から支援兵器への換装(かんそう)を依頼すると、

「やっと出番か! 決定が遅いぜ、統合司令部!」

 彼らしく喜色(きしょく)を交えた返事が返ってきた。


「頼むぞ!」

 そう言って無線を切ると、彼はもうひとつの部隊にも移動命令を出した。



       ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇



 デフォート城塞最北部の頭頂部真下には、総勢で二千二百名が収容可能な空間がある。

 六ヶ国戦乱時代にも、この空間は前線参謀部の詰め所となって防衛司令部が置かれていた。


 現在も此処は幾つかの空間に仕切られて、フェリシア軍兵士八十名と国防軍兵士二百六十名が共同で国境監視の任務に当たっている。

 国防軍兵士二百六十名はその全てがレーダー及び、自動化及び車両式ミサイル発射装置の運用員である。

 ミサイル運用員九十名は兎も角、レーダー運用員百七十名は二十四時間体制で八十以上のモニタを(にら)む事になっており、激務も良い所だ。


 最南部のゴースのレーダー及びミサイル指揮所の人員は双方合わせて八十名足らずだが、それでも充分である。

 ゴースはシエネ程に国境への監視は重視されて居らず、魔獣に対応するにせよ、結局はパッシブレーダーに不調が出た段階で、魔獣の出没が自動的に分かるからだ。

 勿論、南部が楽な仕事だとは言わないが、それでもシエネの負担はその比ではない。


 最北端から、南に掛けて百キロおきにJTPS-P22無人レーダー施設5基が置かれており、総延長七百キロ範囲をシエネのレーダー監視所でカバーした上で、モニタし続けている。

 一基で地上半径五十キロ、航空半径四百キロ、高度四千五百メートルまでを監視可能な五基の無人レーダーサイトは、週に一度の点検・整備を行う。

 勿論、一キロおきに置かれたフェリシアの小隊三十名が目視での監視も行っている以上、国防軍のみが負担を強いられている訳ではないが、二千メートル近い高度を飛ぶであろう翼飛竜の存在は、彼等に気の休まる間を与えない。


 その様な中で(つい)戦端(せんたん)は開かれ、しかも目前に存在するのは翼飛竜処では無い強力無比な魔獣である。

 デフォート城塞の中段を貫通した“あの砲撃”をこの部屋に喰らったならば、彼等三百四十名は一瞬にして消滅するであろう。

 だが、『目』が無くなれば勝てる戦も勝てないのだ。

 最後の最後まで、一人として此処から逃げる訳には行かない。


 彼等は息を潜めて監視活動に当たる。

 この階層に、また城壁頂部のレーダー施設にあの粒子砲の直撃がない事を祈りつつ。


 ミサイル運用員の内の三十名は、現在二六式地対地ミサイルを専用車両に乗せてデフォート城塞上部、幅四十メートルの通路を緩やかに南部に向けて移動しつつ、あの魔獣に一撃加えるタイミングを狙っている。


 その様な緊張状態の彼等に対して、司令部から入った命令は、

『指示あるまで攻撃は固く禁ず。状況によっては装備を放棄して避難せよ』であった。

 命令に最初は誰も彼も怒り狂ったが、マーシアとヴェレーネが完全に捕まり袋だたきに遭っている事を知った時、彼等もようやく命令の真意を知る。

 挙げ句、AHの三機が完全に破壊された事までも伝わると、彼等は気球を撃ち落とす事にも気を遣い、進撃してくる歩兵への攻撃となると可能かどうかの判断すら付かない。


 双眼鏡を通してみると歩兵の中にまばらにでは在るが、鉄巨人が混ざっている。

 あれが歩兵の盾になる事は間違い無い。

 この情報はDASシステムでレーダー指令室まで届き、其処から有線通信でシエネ城壁にまで送られていった。

 当然だが情報と入れ替えに、シエネ城壁からは『さっさと潰してしまえ』と矢の様な催促が来る。


 どうやらDASが開放状態にあったらしく。暫くは一般兵からのわめき声が続く。

 しかし左翼指揮官、平木准尉による『だまれ』という殺気の籠もった静かな一言がDASシステム内に通ると、システムが死んだかの様に静まりかえった。

 そのまま、通信は繋がった状態ながらもコトリとも音を発しない。

 平木達実(ひらきたつみ)准尉は職務上必要とあれば味方をも殺す、と(うわさ)される男だ。

 この状態は必然と言えた。

 

 下の騒ぎは兎も角としてもミサイル部隊の隊員達とて、ありったけのミサイルを撃ち込む事で、現在進撃中の十五万の敵歩兵を出来るだけ多く片付けてしまいたい。

 だが、あの魔獣からの報復がどうなるか、全く予想が付かないのだ。


 巨大魔獣の付属物であろう“キネティック誘導粒子砲”を片付けない限りは、国防軍、フェリシア軍のいずれも身動きが取れず、シエネの城壁は迫りくる鉄巨人と 地平線の彼方の十五万の大軍を弓矢と中級魔法だけで相手にしなくてはならなくなる。


 そうなれば結局、シエネは墜ちる。

 考える内に、一部の兵士は池間の命令に納得がいかなくなってきたようだ。

 先程のシエネ城壁で敵を迎え撃っている一般兵達の祈る様な怒鳴り声さえ、ミサイル兵達の冷静さを失わせてく。


 そして、終には停車中の発射台運搬車両の周りに待機する兵の誰からとも無く、声が上がった。

「隊長、あの鉄巨人と歩兵を少しでも道連れにしましょう。

 キネティックがここに来るまで、二両四十八発全て使い切ってしまえば良いんですよ」

 その声に呼応するものも増えてきた。

「そうです! 四十八発処か、再装填まで間に合わせて見せますよ」

 別の兵がそれに同意して叫ぶ。

「そうなりゃ全部で九十六発だ。あいつ等、一人残らず畑の肥やしにしてやりますよ!」

 誰もが大きく頷いて気勢を上げる。

 

 が、中隊長は一言(いちごん)(もと)に彼等の意見を切って捨てる。

「どうやら、俺は貴様()を甘やかしすぎた馬鹿だった様だな」


 声に怒りが籠もっている事がはっきりと見て取れ、日頃の温厚さなど何処にもない。

 兵士達は彼のこの様な声を聞くことなど初めてなのだ。

 血の気が引く。


「各自が勝手な行動を行い連携の取れない軍を何というか知っているか?」


 黙り込む部下達を(にら)み付けると同時に中隊長は吐き捨てた。

「そう云う集団を『烏合(うごう)(しゅう)』と言うんだよ!」


 一言もない部下達に、ミサイル隊中隊長は更に続ける。

「今、司令部の池間少佐が、『どの様にしても生き残れ!』との命を下された。

 一時の恥を忍んで“勝てる時の為に力を温存しろ”との言葉だ。

 お前等がそんなに死にたいなら,死なせてやっても良い。 

 だがな、俺は負け(いくさ)は嫌いなんだ!」


 呼吸すら許されぬ気分となって、惨めな気持ちで(うつむ)くしかない隊員達。

 彼等は、自分たちの勝手な振る舞いが勝機を逃す要因になりかねない事にようやく気付いたのだ。


 その姿を見て、中隊長は“やれやれ”という感じで口調を変えた。

 いつもの温厚さが戻りつつある。

「なあ、俺たちはこれから、様々な猛攻に(さら)される。

 その中では、下手をすればこの運搬車(あいぼう)達すらも見捨てて逃げ(まど)う事になるだろうよ。

 処でな、お前等“サラマンダー”って知ってるか?」


 中隊長の場違いな言葉にだれもが狼狽(うろた)えたものの、ようやく一人の隊員が辛うじての返事を返すことに成功した。

「“火蜥蜴(サラマンダー)”って、あの燃えない蜥蜴(トカゲ)、ですか?」

「うん、そうだ。処でな、奴は不死だそうだ。

 正しくは、老いると生まれ変わるそうなんだが、その方法を知ってるか?」


 これまた妙な質問であり、皆の視線が先程の隊員に集まる。

 彼はやや恥ずかしげに答えた。

「確か、自分の記憶では自分の炎で焼け死んでから再生するのだとか?」


 中隊長はその言葉に満足そうに頷く。

「そうだ。つまり、今の俺たちだな」


 隊長の言葉には誰もが首を(かし)げたが、質問に答えた隊員だけが笑顔を全員に向けた。

 少しの含み笑いと共に全員に隊長の意図を説明していく。

「中隊長殿は、こう仰ってるんだよ。

 “俺たちは、一度は炎に追われ、全てを捨てて逃げ惑うかも知れない。

 でも、だからこそ生まれ変わって反撃するためには、何が何でも生き残らなくちゃあならない“ってね」


 そう言うと彼は中隊長に向き直って敬礼を返す。

 中隊長も黙して敬礼を返し、全員にこう告げた。


「大佐殿達は下で苦戦中ではある。 

 だが、逆に言えば二人だけであの化け物を押さえて下さって居る、とも言える。

 そして、これから別の二人の魔女が一五五ミリ、二〇五ミリを破壊したキネティックに挑む。

 俺たちの仕事はその支援だ。  

 これより最北部に戻り、メインレーダーサイトと、彼女らを守る!

 そして次の反撃のためにも必ず生き残れよ! いいな!」



 中隊長の強い意志を含んだ声に全員の敬礼が揃った。






サブタイトルはオーソン・スコット・カードの短編「陶器のサラマンダー」と2002年公開の映画「サラマンダー」より取らせて頂きました。

映画「サラマンダー」は初めて知ったのですが、「これだよ! これこそが竜なんだよ!」と叫びたくなるあらすじです。

是非DVDを借りて鑑賞しなくてはならない、と思っています。


さて、久々に通院報告です。

ご存じの方もいらっしゃると思いますが、病を得ておりますので時たま入院が必要です。

とは言っても2日程の検査入院です。

今週中頃ですが、現住所が僻地であるため、数日のお休みを頂きます。

後1話書いてから飛行機に乗れるとよいのですが・・・・・・

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