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星を追う者たち  作者: 矢口
第七章 愛に生まれ、殺戮に育つのは『世界』
125/222

124:2人いる!(後編)

間が空きました。すいません。

後、報告です。

なろうコン(エリュシオン・コンテスト)一次を通過しました。

日頃からお読み下さり、応援して下さっている読者の皆様に厚く御礼申し上げます。

今回も宜しくお願い致します。

 ムシュフシュの針炎弾(しんえんだん)攻撃により勢い付いたシムル率いるシナンガル軍ではあるが、同時にゴース城壁への攻略に対してある種の不満をも持っていた。


 ある種の不満。

 それは先に魔獣から放たれた恐るべき攻撃が、その後は一切としてゴース市に向けられない事なのだ。

 勿論、ゴース城壁の見事さを見れば、あれを出来る限る無傷で手に入れたいのは千人長達も同じである。


 しかし、やはり壁上(へきじょう)からの強烈な弓射(きゅうしゃ)は彼等の進軍を止めてしまう。

 犬走り(防衛の兵士が立つ通路)だけにでもあの砲撃を行って欲しいと思うのは当然ではないか。

 だが、シムル曰く、

 “魔獣は『鳥使い』を相手にする為のものであり、ゴース攻略はシナンガル兵の実力で行わなくてはならない”

 との事であり、道理は通っている。

 勿論、魔獣を操れるのがシムル、唯一人である以上、彼らには嫌も応もない。

 しかし“楽に勝てる戦なら其れに越した事は無い”というのが、千人長達の持つ確かな不満と云う訳だ。


 何より敵の中央と右翼にはとてつもない敵がいる。


 中央のそれは『氷のアルス』、こと魔女アルシオーネ・プレアデスである。

 彼女の氷結魔法の前に、二千の先行部隊は水堀の(そば)どころか、その手前数百メートル地点にすら近寄れない。

 いや、勇敢にもと言うべきか、或いは迂闊(うかつ)にとも言うべきか、ともかく彼女の射程に入ってしまった一中隊二百名も居た。

 だが、今、彼らは『走る兵士』とでもタイトルを付けられた様な『氷像』となって、戦場には似付(につ)かわぬ、涼しげな飾り付け(ディスプレイ)とされてしまっている。


 ならば、とばかりに数に物を言わせて弓射を行っても、矢が水堀の上空まで届いた所で、文字通りに滝の様な水の壁にたたき落とされてしまう。

 そうして矢をたたき落とした水は、そのまま下の水堀に戻り再び壁に使われるのを待っているのだ。

 手も足も出ない、とは正しくこの事だ。


 また右翼には特筆すべき人物が見える訳ではないが、デフォート城塞から援護に駆けつけた魔術師達と武器を弓に持ち替えた『鳥使い達』が相互に連携している。

 弓矢に火箭まで(まじ)えた此方(こちら)の守りも堅い。


 結局、狙うならば『敵左翼』、即ち東側である、とシナンガル軍は結論づけた。

 左翼は連携がバラバラなのだ。

 此方(こちら)の指揮官はかなり若い男の様だ。

 個人の魔法力には見る物が有るが、兵士の使い方が悪い。


 右翼や中央はアルシオーネにも兵士にも特に疲労は見られないが、左翼は無理な防衛体制を敷き過ぎている。

 

 “休むべき時に休む”という戦場の常識すら守れていない。

 だが、それでも左翼が落ちないのは、中央のアルシオーネにあるのであろう。

 崩れそうになる度に、何らかの指示を出しているものと思われる。


 アルシオーネも追いつかぬ程の混乱を起こさせる事が出来れば、左翼からゴースは落ちる。

 アルシオーネを潰すには、魔女の疲労が貯まった処を見計らい、こちらが温存した魔術師百名を一気にぶつける距離まで詰める事が出来ればいい。

 シナンガル軍はそう結論づけ、またアルスを始めフェリシアの兵士達もその事に気付き始めた。


 その中でシムルは悩んでいる。

 朝からの動きでは三時間、また本格的な攻撃が開始されて二時間程度しか過ぎていない。

 普通の戦場ならばこのまま一日くらいは様子見に徹しても良い。

 しかし問題はこの雨だ。

 ゴース城壁に近付くまではこの雨がシナンガルの味方をしてくれた。


 だが、今は違う。

 半日近く降り続く豪雨が兵士の体を冷やし、平野に陣立てするシナンガル軍から早々と体力を奪っているのだ。

 一旦森に入り、兵士の体を温めて体制を整え直す必要があるのかも知れない。


 実際、ムシュフシュは『鳥使い』しか相手にしない。

 残る二頭の魔獣がどの様な働きをするかは、シムル次第だと親書には記されていた。

『自分次第』とはどの様な意味であろうか?

 城壁に向かえ、と指示を出しても良い。

 だがムシュフシュと違い、この二頭は如何(いか)に強大とは云え、針を飛ばす力もなければ、身を守るための透明な膜を張る力も弱い。

 炎程度は吐ける様だが、角度的に城壁の犬走りに完全な被害は与え切れまい。

 それは親書に書かれていただけでなく、ムシュフシュと意志を通じた時から不思議とシムルにも判っている。


 確かに此の二頭の魔獣は人に比しては強いだろう。

 だが例えばマーシア・グラディウス。あの様な存在の前には一溜まりも有るまい。

 いや、眼前のアルシオーネ・プレアデスにすら倒される可能性は高い。

 そうなれば全軍の士気はがた落ちである。


 ムシュフシュならば、アルシオーネを倒す事も叶うやも知れぬが、『軍師』はムシュフシュを『鳥使い』の『鳥』やそれに近い武器にしか対応させないのだ。



 悩むシムルは結局、『威力偵察』として配下の二頭を使う事にした。

 左翼の防御陣に対してどれ程の攻撃力があるのかを試みる事にしたのだ。

 また二頭と意志が通じるのか試してみる事にした処、ムシュフシュ程ではないが指示が出せる事も分かる。


 意志が通じにくいのはシムルだけの責任ではなく、魔獣自体の知能の問題も有る様だ。

 扱う側がもっと強大な魔力を持ってならば具体的な指示も与えられるのだろうが、シムルの魔力は有るのか無いのか分からぬ程であり、常人と何ら変わらない。

 ムシュフシュと意志を通じた事自体が奇蹟と言えるのだ。


 この二頭との意思伝達も多分に『軍師』の力添えによるものであろう。

 兎も角、動かせるだけ動かしてみる事にする。

 まずは火攻めである。

 確かに犬走りに大きなダメ-ジは与えられまいが、兵が近付くための牽制(けんせい)にはなるだろう。

 場合によっては城壁を破壊する事も可能かも知れない。

 シムルは二頭の地竜(リンディウム)を、リヒトとリンスと名付けて呼びかける事にした。

 それぞれ「右」、「左」の意である。


 二頭を前進させるとシナンガル全軍から一斉に声が上がった。雨音までも消し去る程の歓声だ。

 対して、ゴース城壁の左翼、ダミアン・ブルダ率いる三千の兵は生きた心地もない侭に魔獣の前足の行方を見守るのみである。


 早朝にシナンガル軍が現れてからと言うもの、アルスは住民避難のために一千名程の兵を使って市民を誘導していた。

 その間、議会から形式として副官補佐に任じられていたダミアンは六千名に近い兵を、一,二キロの南部城壁にすし詰めにして居たのだ。

 交代要員や休憩という考えがまるで思い浮んでいなかったと見える。

 さすがのアルスもダミアンが此処まで馬鹿だとは思わなかったにせよ、彼に一任したのは大きな過ちと言われても仕方あるまい。


 アイアロスは『防衛戦は兵士の体力と気力の維持』を指揮官がどのように配慮すべきであるかが重要である、と何度となく教え込んでいたのだが、初戦で舞い上がった彼にはその点が全く頭に入っていなかった。

 アイアロスが残した二人の副官もダミアンに何度か進言したのだが、どうにもその場しのぎの休息しか兵に与えない。

 誰も彼もが、若い自分と同じ体力を持っていると思い込んでいる。


 だが、ダミアンとて体力に限界が来る時はある。

 そして彼の最も迂闊な点は、全ての兵の『その時』が重なった場合、どうするべきかを全く考えていなかったのだ。


 市民の避難が終わり城壁に上がってきたアルシオーネが直ぐさまその事に気付くと、部隊は再編成され彼は東壁に回された。

 又、その後のアルスの伝令により、彼は配分された三千名の内の一千名をようやく後方に下げる準備に入ってはいる。


 しかしその動きが緩慢(かんまん)なのは、兵の前で一度と無くアイアロスを否定した事から、彼の教えを守るかの様な行為は無様だと考えてしまっているのだ。

 子供の意地と馬鹿げた面子が彼を縛っていた。


 ダミアン・ブルダは「公平・平等」が好きだ。


 つまり、『怠惰な普通の人間は能力があり努力も怠らない自分に従う義務がある』、と考えている。

 ブルダ家が『騎士制度』の復活を何度か議会に提案しているのも此の様な考えが彼の家庭環境として存在するのであろう。


 しかし、ダミアンは最も重要なことを忘れている。

 或いは『知らない』

 指揮官とは不公平に将兵の命に責任を負い、また不公平に奪う者なのだ。

「自分の事にしか責任が持てない」と言う人間ならば人の上に立とう(など)、考えなければよい。

 だが、彼は自己責任こそが公平な事だと勘違いしている。

 人を死地に立たせる立場の人間ならば、部下には悔いなく戦える体制を作ってやるべきなのだ。


 其れが理解できない彼、いや彼等一族は、最悪の上官・上司の(むれ)としか言えなかった。


 そして、そのダミアンを怒鳴り付けたアルスだが、ただ怒鳴って済む筈もなく、事態は次第に悪くなりつつある事を認めなくてはならない。

 右翼から崩れる事はまずあり得ない。 

 国防軍小笠原先任曹長の指揮は的確であり、弓兵の扱いも初めてのものとは思えぬ程にこなしている。

 おそらくだが、実際の攻撃はフェリシア兵の副官に任せて自らは戦闘スケジュールの構築に専念しているのであろう。


 問題はダミアンの居る左翼である。

 今すぐ彼を下げても良い。

 だが戦闘に置いて目立った失敗をした訳ではない。

 今の処は、やや苦戦しているだけだ。

 だが一度崩れたなら、そこから数千のシナンガル兵が攻城兵器をもって押し寄せかねない。

 この雨で、数百メートル先など見えようもないが、攻城兵器が存在しない筈もないのだ。

 いい加減に予備兵力まで城壁に置く事を止めさせなくてはならない。

 城壁を使いこなせれば防御の兵など、相手の5分の1も据え置けば充分なのだ。

 アルスは無駄に兵を疲弊(ひへい)させるダミアンに殺意まで覚えて来ていた。


 しかし、今回の戦闘を彼が(しの)ぎきれなかったという確証無しに彼から指揮権を剥奪(はくだつ)したとあれば、事は後々議会での問題にまで発展する可能性が出る。

 そこから進めて考えるなら、女王陛下が議会に対して無用の陳謝(ちんしゃ)を行う事になりかねない。

 

 王宮に実害の無い事とは云え、その様な事態はアルスに認められるものでは無いのだ。


 アルスの苛立ちの中、十一時〇八分に戦局は大きく動く。

 後々から考えるに、転換点を告げるその音は攻防戦の結果に直接の(るい)を及ぼすものでも無かったのだが、その時点で双方の陣営に与えた衝撃は小さなものでは無かった。


 シムルの命により、リヒトとリンスが水堀の数十メートルまで迫る。



 その時、フェリシア兵から見て左手、即ち東側からの凄まじい打撃音が二頭の巨体を叩き、彼等の鱗が数枚(はじ)け飛ぶ。

 G・E・H(ホバー)により機体を加速させつつ、右腕の二〇ミリガトリングガンを至近距離で叩き込んだのは、南部戦線AS第5小隊、柴田・小野の両少尉。

 タングステン鋼の弾頭は見事な破砕(はさい)効果を上げていた。


 機体からの排熱により、周りの水滴を弾き飛ばした水煙(みずけむり)の中に立つ二体の巨人。

 今はゴース城壁にこそ歓喜の声が上がる番であった。



 だが反面、両少尉はその歓声に応えられるかどうか、自信はない。

 後方に見える巨大な魔獣に比べればやや小振りとは言え、それぞれに二百トンにせまるサイズの魔獣をホバー推力十四トン、車体総重量十一,四トンのアームド・スカウトでまともに受け止められよう筈もない。

 

 頼みの綱の熱レーザーは封印され、彼等の今の一撃は単に魔獣の意識を自分たちに向ける事に成功しただけであったのだ。

 柴田は最後の手段を()る事を決めると、小野に後を任せ一旦戦線から離脱した。




      ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇




 “ほう、これは凄いな! アルスとはやり方が違うと言うがどう違う?”


(アルスさんの場合は、一箇所から次の地点に動く時は跳躍を使うよね)


 “だな”


(これはね。飛び回れるの!)


 そう言って嬉しそうにマーシアの体を動かすマリアンであったが、理屈は兎も角、“体を返せ”と言われて素直に従う。

 鳥を真似て遊びに来た訳ではないのだ。


 その二人。いや表面的には一人の姿を見てあっけにとられて居るのは、中央の鉄巨人の(てのひら)に立つ少女である。


 鉄巨人は両腕が破壊槌メイスになっているタイプ、片腕が巨大な(ブレード)で片腕が(シールド)、両腕共に盾、或いは両腕共に剣など様々なタイプが創られている。

 先の切り通しの闘いで、全てのタイプの運用実験を行い、最も汎用はんよう性が高いタイプはどれか、また特殊な型の巨人はどの様に運用すべきか、その様な事をルナールは調査する予定であった。

 だが、結局は実験の半分を過ぎた時点で投入した二十体全てをAH-2Sに破壊された為、今回が初稼働の鉄巨人も多い。


 そして、その作戦には参加させなかったものの『指揮官専用』というタイプが存在した。

 本来後方に置かれて盾巨人に守られ、全体を俯瞰(ふかん)しつつ戦闘を指揮する事を目的としている。

 盾巨人の後方に位置する事から、当然高い位置に魔石眼を置くため、他の巨人より二メートルは大きな十メートルクラスの人型兵器で有る。

 その、野外指揮席とも言える左(てのひら)にスーラは立っていたのだ。


 今は腰が抜けてしまった彼女は、座って宙に浮くマーシアを見ている。

 彼我(ひが)の距離は約二十メートル程。

 マーシア自身、対抗力場を張りつつも、同時に『軍師』の張った対抗力場が膨張しても対応可能な距離にいる。


 そのマーシアを見て、あっけにとられたのは実はスーラだけではない。

 内部にいた『軍師』ですら、これほど鮮やかな空間転移を行う存在がカグラに育っているとは思いも寄らなかったのだ。

 攻撃力など、別段如何(いか)に強くとも恐れる事ではない。

 ダークエネルギーやダークマターを操って表面に現れる魔力の中で最も恐ろしいのは、実は『転移能力』なのだ。


 その意味は追々(おいおい)分かる事になるが、マーシアもマリアンも未だその事には気付いてはいない。


 兎も角、二人は相手の懐に飛び込み攻撃範囲を狭められた事に喜んだ。

 出来れば、対抗力場の中まで入りたかったのだが、マリアンの予想が正しければ、取り返しが付かない事になる恐れがあった為、それは避けている。


 暫し見つめあう両者。

 はっとした様に、最初に声を出したのはスーラであった。

 緊張に耐えられなかったのであろう。 

 緩やかにでは有るが、立ち上がりつつ喋りだした。


「えっと、ですね、“ほにょ”……、です。助けて、ください?」

 疑問型で喋るスーラの声も口角も、共に震え上がっている。

 自分の中にいる筈の『妖精さん』に必死で呼びかけているのだが、返事が無いのだ。


 そのスーラに相対し口元だけに笑みを見せるも、目はまるで笑っていない美しい人形の様な女騎士(ワイピッシ・リター)は、彼女を見据えたまま(おだ)やかに問い掛けた。

「お嬢ちゃん、何処で捕まったのかな?」

 口調だけは優しい女騎士の瞳が、明確に語っている。

 

 嘘を()けば殺す、と。


 その余りの眼光の鋭さにスーラはそのまま意識を失った。




 白目を剥いて引っ繰り返りそうになったスーラが巨人の(てのひら)から転落することをマリアンが心配する必要は無かった。

 青いドレスの(すそ)(ひるがえ)した直後には片足を軽く振ってスーラは体勢を建て直したのだ。

 (うつむ)いていた顔をスーラが再び上げた時、流石のマーシアも思わず飛び退きたくなる衝動に駆られる。


 化け物がいた。


 顔付きそのものは、先程のあどけない少女の其れだ。

 だが眼が、いや(まと)ってる空気そのものが違う。


 今すぐにでも距離を取って戦闘態勢を整えたかったが、マリアンを信じて其の場に踏み留まる。

 六十年前、彼女は自ら死を求めて彷徨(さまよ)った。

 それからラリサのために、そしてアーキムのためにその思いを封印した。


 王宮に上がり、伯母(おば)と対面してからは彼女を守る事で父母を見捨てた自分の贖罪(しょくざい)としようと心に決めた。

 彼女は自らの理由で命を惜しんだ事など一度もない。

 だが、今だけは違う。

 彼女の中には彼女が守るべき一体化した存在がいるのだ。


 その存在が言う。

『大丈夫!』と。

 守るべき者の言葉が逆に彼女に自信を与えていた。


「貴様、何者だ!」

 落ち着いていたつもりだが、マーシアの発した声は思いの外、強く響いた。

 失敗した、と思う。 

 此の様な時に感情を高ぶらせるのは自分の悪い癖だ。

 これで何度ヴェレーネにしてやられたか分からぬ、と言うのに。


 (あん)(じょう)というか、相手は自分の優位を確信したかの様な口調だ。

 声こそ先程の少女の物だが、同じ人物が発するとは思えぬ程に自信と威厳に満ちている。

「人に名前を聞く時は、まず自分から名乗りなさいな。山猿さん」


「……マーシア・グラディウスだ」

「面白くないわね。自分の弱点を知っている、か」

 山猿という(ののし)りに、頭に血が上がるものと期待したが当てが外れた事を()しんでいるのだ。

 マーシアこそ、相手の其の言葉で落ち着きを取り戻せた。

「済まんが私は芸人では無いのでな。 貴様を面白がらせる義理はない」


 クスクスと笑い出す少女は、名を名乗る。

「ワン・スーラよ。宜しくお姉様」

 だが、その言葉にマーシアは首を横に振って厳しく決めつける。

「ワン家と云えば、シナンガルの国家主席の家柄だな。

 私が訊いているのは、その体の持ち主の名前ではない。お前の名だ!」


 マーシアを見る眼がはっきりと見開かれる。

「一人二役の演技をしているとは考えないのね?」

『軍師』としては実際、驚きを隠せない。 


”別人が他人の中に入っている”

 その様な事はこの世界の人間が早々簡単に信じる物ではなかった。

 事実、父親のワン・ピンですらスーラの異変を未だに“威厳有る者”の仕業だと思い込んでいる。

 だからこそ後継者にはマークス・アダマンを据えて、最終的にはその間に生まれた子を自分の後釜とする、言うなれば『院政』を目論(もくろ)んでいる程なのだ。

 また、どうやら(めかけ)が懐妊したらしく、生まれる子が男ならば其方に権力の委譲が行われる可能性は高い。


 何故、初見(はつみ)のこの女に自分の存在が納得できるのだ、と『軍師』としては慌てるばかりである。

 

 マリアンはマーシアの中にいる為か、他人の波長を読む力が強い。

 シエネ城壁の上に居た時、呼びかける一人の少女の中にふたつの波長が同時に存在する事を見つけた。

 其れだからこそ、彼女の(そば)に近寄っても、

『対抗力場を張っている別人を見つける事は無いだろう』

 とマーシアに告げていた訳だ。


 ならば『軍師』もマリアンと同じ事が出来そうなものであるが、それは無理な相談である。

 マーシアとマリアンの感応精神波の波長は完全に一体化している。

 よって『軍師』にマリアンを見つける事は絶対に出来ない。

 この二人はまさしく『二人で一人』なのだ。

 

 マリアンは今の会話でどうやら自分たちにもアドバンテージがある事に気付いた。

 その感情を受け、マーシアまでも不敵に笑う。


 その笑いに不快感を隠しもせず、マーシアを睨み付けていた『軍師』だが、遂には口を開いた。

「仕方ないわね。今の処、話せる事と話せない事があるのよ。

 名前はね。……『軍師』

 シナンガルでは一応そう名乗ってるわ。でも、どうしても本当の名を知りたきゃ、『セム』にでも訊いてよね。

 って言うか、あたしとしちゃ『セム』と話がしたくてこんな回りくどい方法取ってるんだから」


 マーシア達にとっては知らぬ名が出てきた。

「“セム”? 誰だ?」

「あなた、フェリシアの王宮に入れる?」

 先程から、意識を読まれそうになっている事が分かる。

 対抗力場に生身で触れたならば、存在が消滅するだけでなく、記憶まで全て持って行かれそうだ。

 マリアンが全てカバーしてくれているのが助かる。

「ちっ、並列処理能力者パラレル・プロセッシング・エレメント! 女王以外は()うの昔に滅んだと思っていたのに。厄介な事!」

『軍師』が思わず悪態を()いたが、それを流してマーシアは答える。


「ま、頑張れば、何とかなるんじゃないかな? それが?」

 マリアンは腹があれば、よじれる程に笑っただろう。

 王宮に帰れば、直ぐにでも母と同じベッドに潜り込む事も可能なのだから。

 無論、マーシアはその様な事はおくびにも出さない。

 その様な中、『軍師』は妙な事を言い出したのだ。


「この世界を元に戻す義務がある筈なのに、何故係員は本社の指示に従わないのか。

 私は其れが知りたいのよ。

 この体では、国境(ここ)を越える事も出来ないわ。

 王宮まで連れてってくれない?」


「何を馬鹿な事を!」

(僕もはんた~い! お母さんに何かあったら大変だよ!)


 マーシアのあきれ顔に、『軍師』は()()りなん、とばかりに頷くが、ならば、と別条件でしがみついてくる。

「この戦争を止めたいんでしょ?」

 この一言は効いた。耳を傾けざるを得ない。


「軍を引くというのか?」

「今回の『戦闘』に限っては無理ね。あなた方で撃退して」

「戦争そのものをどうするか、と云う事か?」

「そう!」

「で?」

「まず、『セム』にフェアリーの片割れが連絡を取りたがっている事を知らせて欲しいの」

「フェアリー? 妖精?」

「まあ、まあ、そう言えば彼も気付いてくれると思うのよ」

 いつの間にやら、『軍師』の表情はあどけない少女のそれに戻っている。


「まず、と言うからには他にもある訳だな」

「ええ、つまりね―――――――」

「馬鹿か! 戦争終結処か、戦線拡大ではないか!」

『軍師』の提案にマーシアは本気で怒り狂いそうになる。


「まあ、普通はそう思うわよね。でも、『セム』なら分かってくれると思うわ」

「我が国の君主は女王陛下であって、その『セム』なぞという得体の知れぬものでは無い!」

「そりゃ知ってるわよ。私だって、」

 と、そこまで喋って、いきなり『軍師』の言葉が停まった。

 顔色は真っ青としか言いようが無い。

 今までの傲岸不遜(ごうがんふそん)(さま)が嘘の様である。


「“私だって”、何だ?」

 マーシアが続きを促すのだが、どうやらその言葉は彼女に届いていない。

「……ロックが掛かってる? 何故?」

 自問する『軍師』の言葉をマーシアは問いかけと思い込んだ。

「何が言いたい?」


 当然だがマーシアの問いに『軍師』が答える事はない。

 ようやく顔を上げると、力無く別の事柄について口を開く。

「デナトファームは倒せるなら倒しちゃって良いわ。

 でもね……、『地球』の兵器を使うのはお勧めしないわよ。 

 ま、止めもしないけどね」

「デナトファーム?」

「あの子達よ」

 そう言って『軍師(スーラ)』は体を開く様に右手で南の森を指す。

 遠くに小さく黒い何者かが(うごめ)いている。


 マーシアは魔力のレンズを使ってその存在を確かめた。

 国防軍のスコープから発想を得た視界の拡大能力に写ったのは、(くだん)八岐大蛇(ヒュドラ)であった。


「やはり貴様のペットか?」

「ペットと言うより、装備品と言うべきでしょうねぇ」

「ま、お前の許可があろうが無かろうが、遠慮無く叩きつぶさせて貰うがな」

「そうして下さいな、出来るものならね」

『軍師』はやけに気に掛かる笑いを向けてきたが、マーシアとしては他に問い詰めたい事を優先させる。


「ところでな」

「何かしら?」

「お前が取り付いているそのスーラとか言う小娘だが、開放してはやれんのか?

 (いず)れはお前も(めっ)したいのだが、その子まで“進んで”殺す気にはなれん」


 マーシアの言葉に、彼女は一旦開こうとした口を閉じた。

 それから、暫く考えて笑う。

「ご免なさい! 替わりがね、中々近寄ってくれないのよ。

 こっちから仕掛けたんじゃあ、『無傷で確保』、処か殺しちゃう可能性も高いのよねぇ」

「良く分からんが、つまりはその小娘から離れる気は無い。と」

「言ったでしょ、替わりが必要なんだって。

 それにわかってるわよ。もう、こんな人質みたいな真似はしないわ。

 あなた、“進んで殺す気にはならない”とは言ったけど、“やらない”とは言ってないものね」

 そう言って「軍師」は肩を(すく)めるが、露骨に慣れていない感じがする。

 多分にスーラという少女自体がその様な身振りに慣れていないためであろう。


「物わかりが良くて助かる」

 マーシアとしては今の処は“そこ迄で良し”とするしかない。

 交渉が決裂して戦闘に入った場合、この少女は確実に殺さなくてはならないからだ。

 だが、マリアンに其れを認めさせるには相当に骨が折れる事になる。

 (いず)れ消え去る存在かも知れなくとも、マーシアにとって(マリアン)を守る事が自分の第一義なのだ。


 其処は譲れない。


 頷くマーシアをにやけ顔で見ていた『軍師』であったが、不意に目付きが変わった。

 半眼の瞳から向けられた視線だけで人が殺せそうですらあり、同時に氷の様な言葉をも向けて来た。

「唯ね。あんた、その気になってもこの子を殺せないかも知れないわよ。あんまりあたしの力を舐めない事ね。

 あたしは『種』が大事であって『個人』はどうでも良のよ」



 最後の其れは、いつかルナールに向けたものと同じ言葉であった。






え~っと、皆様、何時も本当にありがとうございます。

まあ、何となくですが、後書きでもお礼を言いたくなりました。


では、また次回!

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