121:ブラックアウト・オブ・コレスポンデンス
ASは未だ『人型戦車』扱いなので公式には”両”と数える。
但し現場では整備員を始めとして“機”で呼ぶことも多いが、これは通常の戦車と区別する為である。
そのAS隊は現在、相沢少佐が総司令官として二個中隊を統括し、シエネから北を十両の中隊で相沢が直接指揮、また南部戦線に同じく十両中隊及び機甲科の対空砲、そして輸送艦ネルトゥスに一個小隊二両+予備車体一両、という配置となっていた。
その中でも菅生大尉率いる南部方面AS中隊は、基本としてAS二両に支援車二両を一個小隊として活動しており、これに機甲科の対空レーザー車両までもが付く事もある強力な中核部隊である。
つまり北部の山岳地帯の第一中隊では各小隊はASが一両と支援車が一両という小回りの効く編成だが、南部の第二中隊はそれに対して二倍、もしくはそれ以上の兵力を基本としている訳だ。
これは広大な平原で陸戦型魔獣に対してツーマンセルで戦う事を可能とする為である。
また南部に於いては、戦車一両に対して支援AS二両で行動するという実験的な作戦も行われる予定であった。
しかし、大量の魔獣が跋扈する現状から考えると、戦車中隊は個別車両による小作戦を認めない。
常に集団運用、集団打撃戦闘となっているのが現状である。
だが、それも当然と言えよう。
少しでも気を抜けば大型魔獣の前に戦車もASも一溜まりもないのだ。
通常、戦車隊の様に二両以上の集団運用を行っていないAS隊では有るが、ASには戦車に無い利点がふたつ以上ある。
まずは視認性の良さだ。
死角は殆ど存在せず、四メートルの高い位置、つまり人間で言えば頭部に置かれたメインカメラとアクティブレーダーによりほぼ全ての方向を索敵できる。
次いで強力な火力と機動性。そして自由度の高い手足の操作性が格闘戦をも可能にさせている。
反面、戦車に明確に劣るのは、やはりその装甲であるが、その弱点を補って余り有る立方晶窒化炭素混合の盾が左肩を守っている。
それらの装備を誇る南部戦線AS中隊は現在、機動性を生かして戦車隊の随伴行動と共に、個別の小部隊としても活動する遊撃隊的な側面を持って闘っていた。
ゴースから最も近い城壁東側五十キロ地点。
AS第二中隊第五小隊の柴田・小野両少尉は、豪雨の中で無線の不調に首をひねっている。
兵数の関係からAS隊には魔術師が付かない部隊も存在する。
この小隊も現在はそうだ。
通常ならば一時間もあればゴースにたどり着いて臨時に魔術師を要請することが可能であり、また今まで無線に問題が起きた事など無かった為である。
万が一、無線に問題が起きる事が在るにせよ。それならばデフォート城塞から信号弾が上がるなり、こちらからの信号弾で魔術師が跳躍してくる事になっている。
但し残念ながら、と言うべきか彼等は未だに魔術師の跳躍を見た事はなく、機会があれば一度見てみたいものだとは思っていたが、それが目の前で起こるとなれば事態は終末段階の可能性が高い。
よって、今の段階で彼等の大半が持つ、“跳躍を見たい”という希望の意味は、
『“可愛い女性魔術師ちゃん”と仲良くなって、休みの日に服から体だけの跳躍を見せて貰う』という下心満載の男の夢を指している。
つまり“嬉しい終末段階”を望んでいる訳だ。
だが、事はまったく希望せぬ方向への終末段階として現れつつあった。
午前十時、その第五小隊のキャンプテントで柴田は不調となった無線の確認を進めており、小野は02号機に搭乗のまま周辺警戒中である。
「小野、聞こえるか?」
『ああ、この距離なら問題無い。なんなら四~五キロほど動き回ってみるか?』
「冗談よせよ! この雨だぜ。単騎で動き回って群に出くわしたら洒落にならん」
全く、柴田の云う通りである。
この雨は音速の一,二倍で飛ぶ飛翔翼付鉄鋼弾の十数倍の破壊力を誇る熱ビームを拡散状態化させ、自慢の二〇〇キロワットビームガンを全くのお役御免状態にしている。
今なら暴徒鎮圧用の高圧放水銃の方がまだ頼りになるだろう。
結果として現在は右腕に装着したタングステン弾頭二十ミリ・ガトリングのみが頼りであるが、これもドラゴン相手では“一撃必殺”という威力は望めない以上、単騎行動は無茶を通り越して無謀としか言いようが無い。
近頃、ASパイロット達の間では、
『この世界に限定するなら、森林や雨期を考えに入れる必要がある。
どうせなら盾と同じ材質で作られ、ASに合わせたサイズの“剣”の方がハティウルフなどの地上型魔獣に対しては有効なのではないのか?
ASは、いずれ現れる可能性のある敵ASとの格闘戦も考えて設計されているのだから基より無理な話では在るまい』
という意見まで出始めている。
互いにその様な不満事をブツブツと呟きながら二十分程が過ぎた。
ふと、何やら爆発の様な音がゴース方面から聞こえた気がする。
最初に気付いたのはAS搭乗中の小野であった。
「柴田、いや隊長! 今の聞こえたか?」
『何が?』
「この雨じゃ、分からんか? 車両班にも集音マイクを回す様に云ってくれ」
小野がそう言い終わると同時に、先程の音にも負けぬ程の爆発音をAS20のセンサーマイクは今度こそ明確に拾った。
頭をゴース方面に向けていたのが幸いしたのだろう。
続いてセンサー3、センサー6の両方が反応する。
ASの”振動センサー”であるセンサー3は感度の良さが仇になり、レンジを絞り込んだ状態でも豪雨にまでも反応してしまう。
そのため今まではそれを切っていたのだが、スイッチを入れた直後に大きな振動反応を捕らえたのだ。
又、センサー6の”不協和画像センサー”にも反応がある。
“不協和画像センサー”とは、通常の景色の中に於いて“その景色に入っている事があり得ない、或いは状況の調和を乱す”と判断した物体や現象に反応するセンサーである。
因みにセンサー5は”不協和音センサー”であり、此は画像を音に切り替えて考えて貰えば良い。
センサー6が拾った不協和画像、それは『煙』である。
激しい雨にかき消される様に一瞬にしてその煙も見えなくなった。
だがVTRは確かにその画像を捕らえている。
煙はゴース守備隊長である専任曹長小笠原の命令による迫撃砲斉射と、それに対するムシュフシュの報復射撃の応酬から生まれたものであった。
『伊藤達が聞いていたぞ!』
柴田からの反応も返って来る。
「無線の不調は此だったのか! 糞! 急ごうぜ、隊長!」
二人は“20”から熱ビームガンを外し、急ぎG・E・Hに切り替えると、支援車両の一台を後方の連絡に回す。
それから、もう一台の支援車両に、取り外したビームガンと予備の弾薬を積んで発進した。
『伊藤、吉村! 支援車は実働機に呼ばれるまで戦闘予想半径に近付くな!
北門に迎え!
避難民と衛兵が居るはずだ。早々、あの街が落ちるとも思えんが、万が一って事も有るからな』
ふたりの少尉が使うG・E・Hは巧の持つAS20-F搭載型ではない標準型である。
当然ながら最高時速は三百十キロが限界だ。
確かに車両やローラーダッシュよりは格段に速い。
だが今はそれすらも亀の歩みの様に感じられる。
換装作業を開始した瞬間、センサー6は追い打ちの様な異常をデフォート城塞頭頂部に探知した。
嫌な予感がする。
“当たっていてはくれるなよ”
と、二人は同じ思いを胸に低速ラムジェットエンジンに点火し、スロットルバーを一気に押し込む。
そのまま戦闘機乗りとしての勘を取り戻しつつあるパイロット達を乗せて、二機のASはゴース市南部城壁に頭を向けると、支援車両をあっという間に引き離していった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
マーシアとヴェレーネを絶句させ、シエネの城壁を揺らしたもの。
それは台車と共に巨人達が運んで来た巨砲であった。
”切り通しの闘い”で現れた様な巨人達の肩に担げるサイズのものでは無い。
勿論、あれだけでもカグラという世界に於いては規格外のものであったが、今回持ち込まれている“それ”は切り通しで使われた肩掛け砲の口径、約一千ミリを遙かに超える二千ミリ以上の口径がある。
四十体の巨人のうち数体は最も後方に据えたその巨砲を、まるで人間の砲兵の様に扱って、弾込めの作業を再開している。
当然、それに合わせた巨大な石弾や鉄弾までも運び込んできた様であり、壁上から見えているだけでも三十程の数の弾がそれに合わせた様な大きさのソリに乗せられていた。
その上、砲兵役以外の巨人の半数程が前回と同じ様にそれぞれに大砲を肩に担いでいる。
まあ、幾らあの様なものを持ち込んだ所で、地球の現代工法の粋を集めて造られたシエネ城壁相手では表面に傷を付けるのがせいぜいであろう。
勿論、城壁を飛び越えて後方に落ちた場合は幾分かの人的被害は考えなくてはならないが、兎も角、城壁自体が破壊されて落ちる事はまずあるまい。
ただ、相手はこの城壁を破壊せずに突破することも考えている可能性も有る。
人型である以上は壁を乗り越える工夫をしないとも限らない。
その点には気を配るべきだ。
となると当然、城壁上部の兵は下げられない。
亀の様に城壁に閉じこもってやり過ごせる相手では無い事は確かであろう。
(ガ○キャノンみたいだねぇ)
等とマリアンは暢気な事を考えているが、事はそれどころではない。
地表に目を奪われている内に、地平線の向こうにいきなり気球が上がったのだ。
続々と上がっていく気球はまず、ざっと見ても百を越える。
いや、時間と共に更に数は増えて行き、見る見る内にその数は500基を軽く越えた。
地平線の向こうに集められた二十万の兵は決して囮などではなく、このために集められた工兵であったのだ。
次々と飛び立つ気球。
デフォート城塞からは、短SAMが発射されるのだが、気球の本体は『紙』である。
ミサイルに搭載された『近接信管』は対象の密度が余程厚くない限り、自身が発するレーダー波の反射を受けて爆発することはない。
鳥の様な小動物などに一々反応して爆発でもしよう物なら、戦場では使い物にならないからだ。
やむを得ず遠隔操作で自爆させようと試みるが、巨人が現れた直後から彼方此方で電波が乱反射した様な状態が発生している。
先の切り通しと同じ現象が起きているのだ。
また、破壊力は随一でも二十五キロしか射程を持たない二〇五ミリ榴弾砲は勿論のこと、最大射程五十五キロと攻撃範囲に定評のある一五五ミリ榴弾砲も、わずか数キロだけだが気球の射出地点はその射程の外にある。
最大射程が何処かから漏れたのか、或いは単なる偶然か知らぬが砲兵大隊には気球の発射地点に対して打つ手は無くなった。
どうやら、気球が上がってからの勝負になりそうだ。
国防軍が右往左往と手をこまねく間に、この時期には有り得ざる西風に煽られて気球はぐんぐんとシエネに迫る。
気球の直径は五メートル程度と先に発見されたの気球の半分以下の大きさであるが、大抵の者は気球を目にするのが初めてであるため、此がシナンガル気球の標準的な大きさだと思い込んでいる様だ。
勿論、幹部を始めレーダー員やパイロットは事故報告書に目を通している為、このサイズが高度を低く抑える為の設計であることや、レーダーに反応しにくくする事を狙ったものである事は直ぐに理解できたが、結局それだけだ。
理解できても、それは今、何の役にも立ちはしない。
気球の数は既に一千を越えた様であり、後方の地平線からは更に途切れる様子も見られない。
その中でマリアンは先程の暢気さから一転し、気球の数以上の有り得ざる状況に気付いてパニック寸前であった。
(ねえ、マーシア! なんで? なんで五月にこんな西風が吹くの?)
“普通は中々、吹かんな”
(じゃあ、どうして!?)
“分からんが、昔から此のシエネの関口は西風が吹きやすいんだ。
山脈とデフォート城塞の影響と云われているな”
(あっ!)
“どうした?”
(離岸流の逆みたいなものなのか……)
マリアンが言う『離岸流』とは両脇を岩場に囲まれた海水浴場などで良く起きる潮の流れである。
満ち潮の時に岸の両側から流れ込んだ潮の流れが海岸の中央に集まって、互いにぶつかり合うことで沖に戻っていく。
これにより、”満ち潮だから問題無い”と砂浜の中央辺りで泳いでいた浮き輪遊びの子供などが沖合まで流される事故が起きる事がままある。
ライン山脈とデフォート城塞、此のふたつの高台により風の流れは複雑に渦巻き、ライン川岸から数十キロの範囲までの大気はシエネ城壁上空に流れ込むのであろう。
マリアンから離岸流のイメージを受け取ったマーシアだが、それが分かったとて、レーダー員達と同じく今更どうなるものでもない。
“ふむ、理屈は分かった。だが、今考えるべきは別の事だな”
そうしてマリアンをひとまず置くと、マーシアはヴェレーネに問い掛ける。
「さて、どうするヴェレーネ? 上空は思いの外に風が強い様だ。
あれが此処に到達するまで、三十分と掛かりそうにないぞ」
問われたヴェレーネは既に手近な有線電話に飛びつき、AH―2Sの出撃を急がせている。
空軍にも何時でも対応できる様に五十嵐に全機発進の体制を取らせる。
また山脈側を哨戒中のAH-2S、一機を特に城壁上空へ急がせる。
全てたたき落とす事は不可能にせよ被害は最小限に抑えなくてはならない。
アイアロスも魔術師・魔法士達を城壁各所に配置している。スクロース対策だ。
あれをばらまかれた日には全てが終わるとばかりに、誰も彼もが急ぎ己の配置点に付いて行く。
「スクロースは上から来るか、或いは下からか……」
マーシアの呟きに電話を置いたヴェレーネが返す。
「両方でしょうね。少なくともそう考えて行動して欲しいわ」
デフォート城塞頭頂部の砲兵隊は時限信管をセットして短SAMを発射し、また対空砲でなぎ払う様に次々と気球を落としていく。
流石の近代兵器である。僅か数分間で既に五百以上は墜とした。
しかし、各気球の高度がバラバラである事、数が多すぎる事で完全には対応し切れていない。
榴弾砲大隊自慢の長砲身大口径榴弾砲四基もこれは同じだ。
数分後には、幾つかの気球はシエネ城壁に到達するであろう。
其処にAH―2S、三機が到着した。
誰もがほっと一息吐く。AHならば高度は関係無しに縦横に動く事が可能だ。
二機のAHは上昇しつつ、M230-三〇ミリチェーンガンに物を言わせる。
当然だが残る気球は面白い様に落ちていった。
一寸した真昼の花火大会であり、デフォート城塞もシエネ城壁ともに緊張感から逃れて、白い花火に拍手を送った。
どこからか笑い声まで聞こえる。
そうしている内に『今度は下の巨人どもをゴミに変える番だ』とばかりに一機のAHが高度を下げた。
その様子を見ていたマーシアは、バツが悪そうに思わず肩を竦める。
「やれ、やれ、どうやら此処では出番は無さそうだな、ゴースに戻るか」
また、そう言って嘆息するマーシアを横目で見ていたヴェレーネの顔にもようやく笑みが戻ったかに見えた。
が、それも一瞬の事であった。
突如として、上空で気球を落とし続けて居たAHの二機が爆発四散したのだ。
何が起きたかは分からない。
しかし、何か拙い!
そう感じたヴェレーネは僚機の撃墜を見て警戒態勢に入った残る一機のAHにライトでモールスを打ち、城塞後方の塹壕空域まで下がらせる。
「なんだ! 何が起きた!」
「ちょっと待って、城塞から連絡が来てるのよ!」
ヴェレーネは騒がしく問い掛けるマーシアを怒鳴り付ける様に押さえると、有線電話のヘッドホンを被る。
それから息をするのも忘れたかの様に、押し黙って報告を受けた。
一通り聞き終わると、
「国防軍は攻撃を中止! フェリシア軍のみで対応して! それと画像を!」
矢継ぎ早に指示を出して電話を置いた。
「どういう事だ? 何故、国防軍を戦闘に参加させない?」
「魔獣が出たわ!」
「!」
そう言ってヴェレーネは無線機の側の立体映像受信機を指す。
シエネ城壁からはデフォート城塞によって影になる森に姿を現した一頭の魔獣。
其処に写っていた存在にマーシア内部のマリアンが息を呑む。
(マーシア、これ!)
“ああ、電波妨害があって画像が乱れるが、確かに奴だな……”
そう、ソリモニタに写る魔獣には確かに見覚えがあった。
ランセを、いやカレシュを救難に向かった際に待ち受けていた『八岐大蛇』である。
失ったふたつの頭は再生していないものの、その首の先は突起化しており、しかもその先端部分は銃身の様にそれぞれに穴が開いている。
あの部分が、荷電粒子砲と化していてもおかしくはあるまい。
ヴェレーネがAH―2Sを引かせたのは正解であった。
“あれ”に狙われれば、喩え音速機で有ったとしても、為す術もなく撃墜されるだけである。
「なあ、ヴェレー……」
ヴェレーネに喋り掛けながら、マーシアは左手を城壁の上空に翳した。
途端、五百メートル程北側で先の巨砲から発射されて飛来した石弾が破裂する。
彼女は今、音を絞り込んだ衝撃波を石弾に叩き込んだのだ。
石弾の内部にスクルースも混ざっていた様だが同時に水魔法を使って無効化してしまう。
破裂した石弾の破片までもが砂の様になって城壁の手前に降り注いだ。
邀撃されたとは云え、その石弾の一発の発射を合図とするかの様に巨人達は緩やかに動き出す。
城壁に設置されたM2重機関銃やRPG-7ロケット砲の使用までもヴェレーネは禁じた為、フェリシア魔法兵達は火炎弾や風圧弾のみで巨人を押し返そうと必死だ。
ヴェレーネはマーシアに向き合うと、これからの事を話し合う事にした。
ヴェレーネは巨人達の居る右翼方向に背を向け、自分の後方でマーシアが起こした魔法力の限界を突破する様な攻撃や城壁上で奮戦する魔術師達の働きを特に気に掛けていない。
それは今の彼女が興味を持つ優先順位では無いとでも言わんばかりの態度である。
或いは、マーシアや部下を信じ切っているとも言えるのだろうか?
「さっきの質問は確か?」
ヴェレーネは『互いに納得している事だろう』、とでも言わんばかりの口調で話し始めた。
「何故、この城塞の防衛に関わる国防軍の動きまで止めたか、だったわね?」
「うむ! だが、少しは見当が付いた。
どうやら魔獣に関わりがある様だな。いや、魔獣の行動の意味かな?」
「具体的に、あなたの予想は?」
「確信がある訳ではない! 何より貴様が始めた事だろ! さっさと答えろ!」
マーシアの口調は一年前の冷たさこそ持たないが、やや厳しいものになっている。
明確な理由も無しに、国防軍の行動を邪魔されては堪らない、とでも言わんばかりだ。
だが、現場の最高責任者である大佐以上に国防軍に信頼を寄せて居るマーシアにとって、肝心のヴェレーネの“答”は、とても納得できる返答とは言え無かった。
「ご免なさい。『勘』、としか言いようが無いのよ」
「勘! 勘だと! そんな理由で国防軍戦力の遊兵化を許すつもりか!
池間少佐とて納得はしまい!」
怒鳴りながらも、マーシアは左手を今度は空に向ける。
数百メートルまで近付いてきた気球を八~十程、纏めて火炎弾でたたき落とした。
彼女の火炎弾射程は通常六百メートル程度だが、スゥエンの事件以来、熱線を絞り込んだ場合の射程は一千メートルを楽に越えるようになった。
面制圧力は皆無だが、人一人や十センチ厚の超合金板程度の物体に穴を穿つのに何ら問題は無い。
その力を使ってなぎ払う様に次々と気球を墜としていく。
ヴェレーネも同じように人差し指を空に向けて、マーシアの後方から城壁を越えようとしていた気球をひとつ墜とした。
箱にはスクロースが満載されていた様だ。
川縁に落ちた木箱から広がったスクロースは燃えさかる気球の炎に引火して爆発する。
低く降りてきた気球に対してはデフォート城塞、シエネ城壁それぞれの弓兵達が火矢を射始めた。
弓の届かぬ高度を飛ぶ気球は国境を越えて行くが、何処に落ちるにせよ国境でなければ危険性は低い。
無理に射落とす必要もあるまい。
何より、目の前に迫る巨人兵達を押し返すことが最優先である。
その様な兵士達の奮戦の中、二人の会話は続く。
「で、『勘』とは言っても仮説ぐらいは有るのだろ?
其処をはっきりさせねば地球軍とて納得はしまい」
マーシアはヴェレーネが何と言いたいか、実は判っている。
しかし、喩え自分がヴェレーネと同じ答に辿り着いているにせよ、出来ることなら彼女からは別の言葉を聴きたいのだ。
マーシアの正論にヴェレーネは頷かざるを得ないが、どうにも歯切れが悪い。
「とにかく今は待って欲しいの。有る人物、いや存在かしらね?
そいつに確認を取らなくちゃあならないのよ」
結局、マーシアは全ての答を自分の口から発することにした。
ヴェレーネを責め立てても無意味だと観念したのだ。
「コペルか……。判った。まあ良いだろう。
だがな、敵の狙いが『異世界の軍備』だけだと云う保証はないぞ!」
マーシアの言葉にヴェレーネはあっけにとられる。
見抜いていたのか!と云う驚きの表情だ。
実はその通りである。
確かにヴェレーネは、あの『魔獣』が今までの魔獣とは違って“地球の装備のみを狙いに動いている”と感じた。
つまり“魔獣は国防軍のみを狙う。その上でフェリシア兵や魔法兵器、或いは火箭程度の武器には手を出さない”
中立という訳ではない、だが少なくともフェリシア対シナンガルの闘いに『カグラ』以外の武力が介入する事を防ぐ以上の事はしない。
それが、あの魔獣の正体に思えるのだ。
だが確証が有る訳でもない、
あの強力すぎる力がフェリシア軍に向くならば、その対応策をも考えるべきであろう。
直ぐにでも、シエネに跳んで『セム』と話がしたい。
だが、今、この場を離れる訳にはいかない。
この場を防衛する必要も有るが、何より目の前に居る女、マーシア・グラディウスの暴走が恐ろしいのだ。
ゴースに彼女を跳ばせた場合ならアルスという目付が居る。
だが、此処には自分しか居ない。
戦闘に入った今、この場から離れる事は難しい。
シエネ中央作戦司令部の池間から連絡が入る。
当然、国防軍の活動を止めた事についての問い合わせだ。
ヴェレーネは現在の状況と魔獣の目的に関わる先程の『推察』を伝えると“後方を頼む”と言って通信を切った。
池間は、直ぐさま航空隊及び空軍に機体の半数を発進させ上空待機を命じる。
機体の避難と、万が一の際の地上設備の護衛を命じたのだ。
また、砲兵大隊を十キロ後方地点に下がらせ、同時に歩兵の殆どをシエネ城壁の塹壕に収めてヴェレーネからの指示を待つ事となった。
しかし、この指示も電波妨害の中、水晶球や馬を使った伝令という手段で行われたため今後を考えて、議員会館前の道路は軍用馬で占拠されることとなる。
路上に緊急に馬場が設置された。
一部の国防軍歩兵は、地球製アーチェリー用のコンポジットボウやイチイから造られたロングボウを手にフェリシア弓兵に混じって中世の戦闘に突入している。
前線では池間が最も危惧していた状況が現れ始めていた。
無理に希望的な点を見いだすならば、先の切り通しで翻訳機が使えなくなった事は知れ渡っており、単純な連携用語ぐらいは確立しておかねば命に関わると考えた地球人、フェリシア人が互いの言葉を必死で学び合っていただけあって連携に難はないのが救いだ。
国防軍兵士の持つ地球製のカーボン複合弓の矢の先には鏃替わりに二二ミリランチャー弾を取り付け、信管を近接信管にしている様だが、今の処はその攻撃に対して“八岐大蛇”は反応しない。
押し込むのが精一杯の武器である為、“カグラの水準の武器”と判断しているのだろうか?
だが、視界内に『奴』が現れた場合は、その攻撃は一時的にでも見合わせなくては成るまい。
まるでレフリーの居るスポーツの様な状態である。
敵の歩兵の姿が見えないため、数にものを言わせて長弓で打ち返して来ないのが今の処は救いだが、切り通しに現れたと言う“人間サイズの鉄兵士”の存在も恐ろしい。
それが何時、現れるか判らない中で魔法を持たぬ国防軍兵士達の行動は“勇敢”と言えたであろう。
その様な混乱の中、ハインミュラーはリンジー達を率いて三十式に乗り込むと情報収集の為に城壁に向かう。
三十式を選んだのは、軽装甲機動車が士官の移動用に使われる事を見越した為であり、また戦闘車両と明確に判るレオパルト2では敵の攻撃目標に成りかねない為であった。
ヴェレーネの推察を信じて三七ミリ機関砲塔にはカバーを掛け、使用不可能な状態にする事を忘れてはいない。
そうして城壁に向かうハインミュラーであったが、途中で妙な通信を捕らえた。
城壁のヴェレーネと敵との間で行われている会話であろう。
無線は雑音が酷いが、ヴェレーネの側の水晶球が会話を全域に発信している。
未だ四十キロもの距離があり、普通の魔術師には不可能な通信距離だが、三十式内部ではリンジーとアルバが魔力を合わせて、ようやく水晶球から音を捕らえる事に成功ていした。
の、だが……。
「な、なんですか? これぇ?」
アルバの反応にハインミュラーは答えられない。
「子供の声ですよね? 巨人兵とかいう奴の側に居るんでしょうか?」
「まさか!」
アルバの疑問を即座にリンジーは否定したが、ハインミュラーは“何事も先入観で考えるべきではない”と彼女を戒める。
「如何に信じられぬ事でも、事実を事実として認められぬ人間が『希望的観測で物事を進めれば』その結果が『死』として現れるのが、戦場なのだよ」
彼女たちを生かすために老人は、敢えて厳しい言葉を選んだ。
それに気付いたリンジーは二重の恥ずかしさに僅かに俯く。
そのリンジーの姿を哀れんだのか、ハインミュラーは直ぐさま“こう”も付け加える。
「このような事を知らずに一生を終えることこそが、素晴らしい人生だ。
別段、羞じなくとも良い。儂もきついことを言ったな。許せ」
ハインミュラーは其の後、リンジーにデフォート城塞登頂部隊に連絡を取る様に命じる。
登頂部にいる通信魔術師にシエネ城壁右翼に当たる敵陣の映像中継を頼み込んだのだ。
相手との通信感覚を合わせるのに二人のエルフは苦労したものの、何とか水晶球は上手く働いてくれる。
しかし、其処に写る光景を見たハインミュラーは、思わず先のリンジーへの戒めの言葉を翻したくなった。
尤も老人がその気持ちを声に出したとしても、「それは無理もない事だ」と誰もが言ったであろう。
そう感じる程に、それは“戦場の光景”と言うには無理がありすぎたのだ。
巨人の掌の上に立つ幼い少女。
その姿は遠目にも怯えているのがはっきりと判るのだが、彼女の周りは青い靄の様な光に包まれており、少女が強大な魔力を有している事は唯の人間でしかないハインミュラーにすら理解できる事実であった。
震えながらも必死でヴェレーネやマーシアに呼びかけ続ける少女。
それは、ワン・スーラであった。
サブタイトルは、コニー・ウィリアムスの「ブラックアウト」の改変です。
コレスポンデンスとは「通信」(基本的には『商用往復書簡』を指しますが、『通信不能』は軍用でも『Not correspond』と言いますのでこのまま使わせて頂きました。
ですから、サブタイトルの意味は同じ『通信不可能』です。
以下は今回の投稿の遅れについての言い訳ですので出来れば読まずに済ませて下さる方が宜しいかと思いますが、念を入れて今後のために書き記しておきます。
毎度のことで申し訳ありませんが、今回も頚柱菅の損傷神経が暴れ出したことや今後の職務に関わる話し合いで小説を書く時間が全く取れませんでした。
3月までの間は、この様なことが度々起きると思います。
(勿論、これを言い訳に中2日を意図的に破る気は有りません)
貴重な時間を頂いて素人の拙文を読んで下さる皆様には本当にご迷惑をおかけしますが、生活が優先されるのが世の常、と云う事で何卒ご容赦下さい。
この様な中で「お話」を追いかけて下さる皆様に感謝致します。




