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星を追う者たち  作者: 矢口
第七章 愛に生まれ、殺戮に育つのは『世界』
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119:戦闘の迷路

 輸送艦ネルトゥスの航行時司令室はブリッジという限られた空間の後方に置かれているため、流石に人間が九人も入るとなるとやや狭苦しい。

 しかしながら、いつ何時(なんどき)、事が急変するやも知れぬ以上は幹部全員が下層の会議室に降りる事は極力避けたかった。

 現在は行われているブリーフィングは、今後の作戦進行に関する巧の案をヘリ中隊に確認して貰い、協力を(あお)ぐ為のものである。


 対魔獣作戦の基本構想は、侵攻するシナンガル軍とは違うルートから戦場を俯瞰(ふかん)し、魔獣が現れた場合はAH-2S、三機と柊・岡崎のアームドスカウト二機によって標的に対抗するというものである。

 その話し合いの最中(さなか)、桜田がいきなりコペルに対して責める様な口調を向けた。

「ねえ、コペルさんって強いんですよね?」

 会議中に不意を突かれたコペルは僅かに戸惑ったものの、

「ええ、まあ……」

 と言葉を濁す。


「まあ? 今、“まあ”と仰いましたか? ほう! ほう、ほう……、」

「フクロウ?」

巫山戯(ざけ)んな! 何であんたが(はたら)かないんだよ!」

「君、ヘルムボアより怖い」

 その言葉が終わらぬうちにコペルは胸ぐらを掴み取られ、襟落(えりお)としで締め上げられる。

 コペルはタップするが桜田が離しそうにないため、周りが慌てて引きはがした。


「桜田、いい加減にしろ! 

 それとコペルさん、あんた何処(どこ)でタップなんて覚えたんだ? 

 何でもあり過ぎだろ!」

 双方の行為に呆れ気味の巧ではあったが桜田の怒りも一応に理解できるため、自分の説明不足だったと詫びて話を再開する事にした。


 基本的にネルトゥスの役割は最小限のものである。

 この戦乱が一旦収まった後、フェリシア国民が国家の防衛を(ないがし)ろにしないためには国防軍は何処までも『脇役』で居なくてはならない。

 敵方のシナンガルがどの様に考えるかではない。


 フェリシア国民の今後の国家防衛の有り様に係わる問題なのだ。

 これは譲れない。

 よって、フェリシア国民の目に見える所で国防軍が活躍しすぎる事は好ましくないのだ。

 山中で敵兵を殲滅(せんめつ)する理由は主にフェリシア国民の安全を優先したものであるが、()いでは国防軍の活動を控えめに見せる必要も上げられる。


 そして、その中に於けるネルトゥスの最大の使命。

 それはシナンガル艦船の殆どの破壊である。 

 破壊する船は“殆ど”であって、“全て”であってはならない。

 そして、その破壊活動は上陸した敵兵の殲滅作戦開始ギリギリの時でなくてはならない。


 勿論、(これ)には巧なりの合理的な理由がある。


 仮に帰路となる船団が全滅した事が六万五千の敵軍に早々と知られた場合どうなるか。

 答えは簡単である。

 彼等は後が無い『死兵』となって闘うであろう。

 場合によっては分散して北部の森林地帯に潜み、山賊化して何年も大陸中を荒らし回りかねない。


 戦術的には、つまり個々の戦場に()いては敵兵の統制を失わせる事が勝利の鍵である。

 しかし戦略としては、敵の動きを予想するためには逆に統制を崩してしまう訳にはいかないのだ。


 矛盾する様だが、此は将棋の様なものである。

 当然だが将棋盤の上では相手の駒に連携をさせてはいけない。 

 だが、追い詰められた相手がルールを無視して盤外に逃げ出したなら、勝負が成立しない。

 その様な(たと)え、として考えてもらえるだろうか。


「此処までは分かるな?」

 巧の言葉に一同が頷く。 

 桜田も頷くが「それとコペルさんと、どう関係が」と再び抗議しかけたため、巧はそれを手で制する。


「らしくないな。桜田」

「え?」

「今、狙われているのは何処だ?」

 巧の問いに桜田は頬に人差し指を当てて考え込む。

「えっと、シエネ、ゴース、それと、この北部?」

「いや、それに加えて後三ヶ所だ」

「えっ!」

 巧の言葉には桜田のみならず、コペルと長尾を除いた誰もが目を見開く。

 その表情を無視して巧は話を続ける。

「シエネは池間少佐が対応してくれる。南部のゴースはアルスとマーシアが居る」

「では後、三ヶ所とは?」

 小西が問い掛けてくるが巧は長尾に視線を送った。


 長尾は一つ咳払いをして答える。

「まず、一ヶ所は北部のトガだな」

「その通りです。ですが、其処は問題在りません。いざとなれば大佐が動きます」

「大佐? ミズ・ヴェレーネが?」

 長尾は信じられないという表情だが、反面、派遣分隊の面々は“なるほど!”と頷く。 

 彼等はヴェレーネ個人での魔獣撃破の実態を知る数少ない一部に入るのだ。


 長尾はやや首を傾げたが、話を続ける事にしたようだ。

「君たちが納得しているなら良いがね。さて、もう一ヶ所は言わずと知れた首都セントレアか?」

「はい」

 頷いたのは巧だが答えはコペルが返す。


「訳あってお話しできませんが、首都の防衛も問題有りません」

 その言葉には誰もが納得できる。

 首都防衛の秘密など、いくら同盟国と云えど軽々しく明らかには出来ないのは当然だ。


「で、残りは……」

 一呼吸置いて長尾が発した言葉に、桜田が“あっ!”と声を出した。

 長尾はこう言ったのだ。

「この艦、そのものだな」


 その通りである。

 航空母艦は常に敵の第一標的である。

 確かにネルトゥスは普通の艦船ではない。

 いざとなれば二百五十ノット、時速四百六十キロでの低空飛行が可能だ。

 だが、作戦行動中に大幅に位置を変える訳には行かない。

 いや、戦闘行動として飛び回れるにしても、護衛のオーファンもコブラも全てが艦を離れるのだ。

 その間は丸裸と云っても良い。

 しかも襲いかかって来るであろう相手はランセに準ずるという強敵なのだ。

 誰もが火を噴きながら海中に没するネルトゥスを想像せずには居られない。


 其れを現実の光景としないため、ネルトゥスの護衛に廻るのがコペルと云う訳なのである。


「あら、コペルさん。お肩にゴミが、」

 話が進んで行くにつれ桜田は急にコペルに対する態度を変える。

「君、昔から分かり易いよね」

「はは……」

 コペルの皮肉に苦笑いを返す桜田であった。



      ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇


 五月十日、午前九時


 東部防衛隊と国防陸軍の連携により、この数ヶ月での南部戦線に於ける魔獣出没状況の殆どは中央陣地から西寄りとなった。

 戦車隊も一個中隊二十両のうち、一個小隊四両はゴースに移動済みであり、残る四個小隊も変則一個中隊として中央陣地正面での活動を続けていた。


 つまり、戦車中隊がそのまま南下すれば、ラボリアの中央に一直線になる。

 陸軍航空隊、即ちヘリ大隊五十二機中三十機も同じ位置であり、更にゴース方面への西側二百キロ地点に於いて十機のAS-20と対空レーザー車両がロングレンジの攻撃を受け持っていた。


 シエネに大軍が現れたと聞いた中央陣地の国防軍各員、特にAS隊は移動準備を急ぎ始める。

 しかし、ほぼそれと同時に西に押し出したはずの魔獣の殆どが、東に向かっていると偵察専用機であるRF-3Dからの報告が入ったのである。


 南部中央戦線監督官のカレル・バルトシェクは直ぐさまエドムンド・アルボス東部方面司令に令を下すと、国防軍戦車隊長の柏典明(かしわのりあき)大尉の他、方面軍ヘリ中隊長と共に戦線を維持する様に命じた。

 この魔獣の逆行行動はゴースで何らかの異常が発生したのに間違い無い。

 だが、ゴースには無線どころか水晶球通信(スパエラエコー)すら届かない有様であり、兎も角として目の前の魔獣を押さえる事が先決となった。

 念を入れて昼過ぎには、AH-2S、一機をゴースへ飛ばすことにしたのだが、結局この機体はしばしの間、帰投不可能な状態に置かれることとなる。


 AS隊十機はゴースへ向かうべきか、或いはシエネか、それとも南部に留まるべきか、未だ答えが出ないまま、時間だけが過ぎていく。

 シエネのAS隊司令、相沢からの指示は一応に現地援護であったが、ドラゴンの姿は殆ど見えず、まさしく彼等AS隊は戦車隊と魔術師の搭乗した歩兵輸送車(APS)を守る随伴歩兵(スカウト)以上の役割は無かった。


 それにしても七~八頭の魔獣が一気に押し寄せては、分が悪いと判断すると直ぐさま森に逃げ込んでいく。

 森林内で魔獣に対応可能なのは二足歩行戦車のアームド・スカウト(AS)くらいなものであるが、深追いは出来ない。

 有り得ない話ではあるが、誰もが魔獣が囮的な撤退行為を行っている様に感じられてならないのだ。

 強力な爪と牙、そして火炎、場合によっては毒性の霧を吐くものまでいる魔獣が『頭脳』まで使い出したなど認めるだに恐ろしい事ではあったが、過去の第四小隊の例から考えると、其れを否定して生きたまま奴らの餌になる愚を犯す気にもなれない。


 戦術体形を維持してヘリによる警戒を行い、怪しげな方向にミサイルを撃ち込む。

 魔獣が飛びだして来れば良し。

 後は、ASのレーザーガンか二八式戦車の百二十ミリ滑空砲の出番である。

 

 しかし、午後二時を過ぎると南部中央では南西からの雲が広がると共に霧雨があちこちに広がっていく。

 結果AS及び対空砲のレーザーガンは熱拡散(ブルーミング)により、その活動を止めた。



      ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇



 その日の早朝から、ゴース市は混乱の中に在った。


 デフォート城塞からゴースを観測していた兵士達は、国防軍、フェリシア軍共に後悔のただ中にある。

 何故これほどの大軍に此処まで近付かれていた事に気付かなかったのか?


 敵が街の城壁に近すぎ、上部からのミサイルも撃てない。

 いや、通常ならレーザー誘導ミサイルを撃つ事は別段難しい事ではない。

 だが、この雨が照準測定レーザーの直進性を妨げている。

 ひとつ間違えれば城壁を越えて街中を直撃しかねない。


 手を出しかねていた。


 魔術師達は、城壁と上空を国防軍に任せるとゴースに降りる事にしたのだが、どういう訳だか直接はどうしても降りられない。

 跳躍魔法が上手く働かないのだ。

 ある程度の跳躍力のある魔術師は確かにゴースまで『跳べた』

 しかし少しでも力が足りないと下まですら跳ぶ事すらままならない。

 戦闘力が高くとも跳躍に自信のない魔術師は歯噛(はが)みしたまま手も足も出ない。


 隣の昇降用転移魔方陣までは百キロ近く有るが、そこからしか下に降りる方法は無い様だ。

 結局、城塞上部に引き上げられた国防軍のジープやトラックを使い魔術師達は移動を開始する。

 直線である以上は、一時間では辿り着くであろう。

 だが降りてから、ゴースまで跳べる事は難しいであろうと誰もが思う。

 高位魔術師といえど百キロなど、どうやっても跳べはしまい。

 魔力の絞り込みに成功したアルスが現在一回で跳べる最長距離がそれなのだ。

 それだけ跳べる魔術師なら、元より直接ゴースへ跳んでいる。

 彼等は降りた後、再びトラックでの移動になる。しかも今度は未舗装の道路だ。

 跳躍降下地点からゴースまで二時間は掛かるだろう。




 益々激しくなりつつある雨の中、ゴース城壁では侵攻軍一万五千とゴース守備隊七千が矢合(やあわ)せを行っている。

 だが、此の様なものは互いの指揮官が相手に対して戦端(せんたん)を開始する意志がある事を示す儀式に過ぎない。

 実際の戦闘はこれから始まるのだ。


 南部城壁中央では殆どの魔術師を従えてダミアン・ブルダが敵を見据えているが、周りの兵士としては、この男の指揮の下で死ぬのはまっぴら御免だというのが本音である。

 彼は別段に不正を働く訳でもなく、また兵に対して表面的には決して不公平な男では無い。

 だが十九歳という若造が、自らの魔法能力を(かさ)に着て尊大に振る舞い、挙げ句に魔力のない純粋な人類種の兵士を露骨に(さげす)む視線があるのだ。

 何より、全ての兵士に慕われるアイアロス・ビーリーに対する日頃の姿勢迄もが兵達の不快さを増大させている。

 彼は『魔力の弱いアイアロスが指揮官の位置にいる事は間違っている』と公言して(はばか)らないのである。

 アイアロスがシエネで魔術師達の指導に当たっている現在、その言動には更に拍車が掛かり、全く歯止めが利いていない。

 一つ間違えると、シナンガルの選民意識そのままに人生を歩いている少年と言えた。


 当然、誰もが其れを肌で感じて居り、彼に対しては戦闘力としての信頼はあっても人間として全く信用などしては居ない。

 誰も彼もが早くアルシオーネに城壁に上がって貰いたいのだが、緊急のためアルスは住民の避難計画に掛かりっきりである。

 と、その時である。

 城壁の上で警戒中の兵士達は自分たちの目を疑った。


 呆然とするフェリシア兵を尻目に、最初に事の重大さに気付き対応を開始したのは国防軍ゴース方面隊長の小笠原先任曹長であった。

 全く無線が通じないこの状況下にあって、彼は軍用ライトを使い後方にモールスを打つ。


 城壁の後方二キロ。街の中央広場に陣を構えていた“その”小隊は一瞬、小笠原が何を言っているのか分からなかった。

 城壁の外に居るのは、敵兵であって魔獣ではないはずだ。

 だが、小笠原の信号は同じ言葉を繰り返す。

『マジュウ・アリ、 十二ジ、ジョウヘキヨリ六百メートル、テッコウリュウダン、セイシャ、サンレン』


 指示を受けたのは迫撃砲小隊である。

 二基の百二十ミリ迫撃砲を備える歩兵小隊はその命令を二度確認したが、最後は、

「シキュウ! メイレイヲジッコウセヨ!」

 の一言のみであった。


 敵は城壁の二百メートル迄迫っているという。

 六百メートルと云えば、その敵の最前列の僅か四百メートル後方である。

 ならば、敵兵が魔獣を率いているという事になるではないか?

 いや、考えている場合ではない。兎も角、上官からの命令である。

 急ぎ、それぞれに三連射を行った。 着弾した瞬間、無線が一時的に繋がる。


「隊長、何事ですか? 我々はあくまで最終防衛であって、主体はフェリシア兵の筈です」

 その問いに返ってきた返事は、はっきりと緊張を含んだものだ。

「今、貴様等が撃ち込んだ相手は人間ではない!」


 其処まで話した時点でまたもや無線が不通となった。

 二人は城壁から再び発光信号が有る事を考え其方を睨んでいたが、ふと気付くと城壁方向から馬が駆けて来る。 

 騎兵の首本に(なび)く青く長いスカーフは伝令の(あかし)である。

 やって来た彼は、大隊長が簡易カメラで撮った映像をカメラごと届けてくれたのだ。

 フェリシア騎兵に礼を言ってカメラを受け取った二人の分隊長は、城壁上から写されたデータビデオを見て蒼白になった。


 其処に写っていた生物は、紛れもなく魔獣。

 其れも今まで見たどのタイプとも違う。だが、実戦を潜り抜けてきた兵士の勘が叫ぶ。

此奴(こいつ)は危険だ!』と。


 二人はほぼ同時に部下に命を下すと、迫撃砲の牽引車両を移動させ左右対称に展開させる。

 二基の迫撃砲の移動を完了した直後、車両が元いた場所に四メートルには迫ろうかと言う程の細長い岩の塊が跳んできて凄まじい爆発を起こす。

 相互に着地点から百メートル以上離れていた本体車両と牽引台、双方合わせて計四トンは、一瞬(かし)ぐ程に大きく揺れた。




サブタイトルはディックの「死の迷路」からです。


誤字・脱字を無くすことは当然ですが、重言、同じフレーズの接続詞の連用などにより文章のリズムが崩れることなど、色々と文章を書くのは難しいものだと書く程に思い知らされます。

あと、一番苦心しているのが句点の打ち所ですね。

悪癖で打ちすぎる事が多々あります。

後から修正することも多いのですが、先に読んで下さった方に失礼としか言い様がなく、反省するばかりです。


その様なご注意、ご指摘もいただけますと助かるなぁ、と思っております。

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