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星を追う者たち  作者: 矢口
第七章 愛に生まれ、殺戮に育つのは『世界』
119/222

118:戦場のランデブー

「敵兵力は全部でどれだけ上陸(あが)ったのか把握できたましたか先任?」

 ブリッジの作戦司令室で巧は攻撃ヘリ小隊長の小西から報告を受けていた。

 彼等は今、竜の飛行高度の遙か上空から偵察任務に就いている。

「全部で六万五千以下という事はないでしょうね」


「それで全部ですかね……」

「一千を越える大艦隊ですよ。あれ以上は統制が取れんでしょ」

 小西は年の割に鋭い。

 確かに彼の言う通りである。

 港など存在しない数々の入り江にバラバラに船を入れ、それで運ばれてきた兵士を一ヶ所に集めている以上、此処(ここ)までが限界であろう。

 何より、敵の先方は攻撃を開始したという。


「真下で凄まじい数の兵士が丘に群がって行くんですよ。

 何度、援護したいと思ったか……」

「すいません」

 小西の言葉に巧は思わず詫びる。

 この作戦の発案は彼ではない。しかし、何故だか自分の主導の様に感じてしまうのだ。

 当然、小西は不思議な顔をする

「何で司令が詫びるんですか? これ中央指令部からの命令ですよ。

 仕方ないでしょ?」


「まあ、そうではあるんですがね……。それはそうとして先任、前から気になってたんですが、その『司令』ってのは、何なんです? 

 それに言葉遣いも?」

 巧は不思議に思って問い掛けたのだが、これに小西の方が逆に妙な表情になる。

「いや、だってこれだけの戦闘艦、国防海軍にもありませんよ。

 それを使って作戦を遂行しているんだから方面軍司令官でしょ?

 ですから中隊長は兎も角、俺に敬語はやめて欲しいなぁ」


 小西の言葉は間違っていない。

 輸送艦ネルトゥスの運用はフェリシア王宮から巧に全てが一任されており、これには国防軍も口を出せない。

 また彼は現在二兵研に出向の身であり、直接の命令権を持つ者はヴェレーネ・アルメット唯一人である。

 ヴェレーネは未だ現役復帰をしておらず、政府直轄の二ヶ国軍調整官の立場である。

 となると、巧の立場は政府の直轄機関の軍人と云う事になり、国防軍内部の人間は(たと)え階級が上であっても簡単に彼に命令を下せない。

 その様な人物が異世界でとは云え、作戦指揮の陣頭に立って派遣軍上層部と対等に話をしているのである。

 柊巧の名を知らなくとも、その実事は国防軍兵士の間では知る人ぞ知るもので有った。

 先任少尉の小西の言葉遣いが巧に対して基本的に敬語であるのも、その為である。


 小西が巧を初めて見た時、彼は未だ准尉であった。

 しかし次にあった時はふた月を()たずして同階級である。

 自分より年上の人物で准尉に甘んじている以上は何か有るのではと思ってはいたが、巧が今や過去の伝説となりつつある『リパー』その人であることに気付いたのは、ポルカに向かう様に命令を受けた時の事だ。


 巧の名は、この三年で既に国防軍の歴史に埋もれ始めていた。

 特にこの旅団に組み込まれているのは若い尉官や兵士が多いのだ。

 一一八〇隊の相田が、『巧』と聞いても何者か思い出せないのもやむを得まい。


 組織というものは意外な程に時の流れが速く、人の記憶を早々(はやばや)と忘却に向かわせる。

 だが記憶を取り戻せば、その名が再び広まるのも早い。

 当然ながらネルトゥスに乗艦した兵士の間で、『リパー』は異例の存在として再度注目され始めている。

 巧としては余り目立ちたくはないが、この立場でそれは無理な相談であろう。

 そして独立して方面指揮を執る以上、彼がこの部隊の司令官である事に間違いは無いのだ。


 その様な事を説明して悦に入る小西である。

「どうですか?」

「どうですか? と言われてもねぇ」

「いずれ航空隊の連中もそう呼ぶ様になりますから、今のうちに慣れちゃいましょう」

 先任者であっても、それを鼻に掛けぬ軽やかな物言いに毒気を抜かれてしまう。

 これが空に上がると、スマッシュアッパー(壊し屋)と呼ばれる男とは思えない。

 小西悠真、どうにもつかみ所のない男である。


 巧は取り敢えず彼の言葉を受け入れ、司令としての言葉遣いで話を先に進める

「それは分かったとして、問題はふたつだ」

「はい。まず、ひとつめですが、包囲網は予定地点に完成されつつあります。 

 後は相田・レオ-二連合小隊の誘導次第ですかね?」

「敵の増援、特に“デナトファーム”とやらが現れた場合、先任はどうなると思う?」

「相手がランセ並みの力なら、包囲網は突破されて発射施設を押さえられます。

 挙げ句、坂崎さん達は捕虜でしょうね」

「同感。で、魔獣らしき存在の熱反応やレーダー反応は有るかい?」


 その質問で、小西はようやく年相応の不安げな顔を見せた。

「問題の二つめですね。今の処“無し、”です。

 ところで実際に“出た”場合は此方(こちら)はどう動けば良いんですか?」

 

 小西の問いに対する巧の答えは簡潔である。

「それも含めて対抗策を立てた。全員を集めてくれ」

 既に準備は終わったと云う口調で椅子に深く腰掛け、その後は組んだ腕もそのままに虚空を睨むばかりであった。



      ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇



 五月八日 一三時三二分


 後退した丘とランス-ルの間にあたる街道では、小西が『彼等次第』と指摘した相田・レオ-二連合小隊が敵の先方に追いすがれて防衛線を張っていた。

 とは言っても、これも作戦のうちであり、此処で相手に側面を押さえられ撤退時に苦戦する事までシナリオのうちなのだ。

 どうあっても此処は(しの)ぎ切る必要がある。


 しかし予想されていた事とは云え、側面の森に思いの外踏み込まれ過ぎたのは痛い。

 相手は弓であり、此方は銃である。

 だが、今回は打撃力の高い七、六二ミリ弾の四八式小銃は使えない。


 過去にナルシス・ピナー麾下(きか)の一千名が桜田達を相手にした時の情報が渡っている事を考慮して五,五六ミリ弾の四十式を優先的に使用している。

 つまり今の彼等は『山岳民救出作戦』に於ける桜田やローク達と同じ苦労を味わっている訳だ。


 最初から用意してあった岩や大木を利用してバリケードを築き、街道の狭隘(きょうあい)部で敵を迎え撃っている上に榴弾砲の威力もあって、相手は一気に押し寄せては来られない。

 だが、敵もそれに備えて部隊と部隊の間には大きく隙間を取って一度に大きな被害を受けない様に気を配っているようだ。

 又、道も全て直線という訳ではなく、最も有利なこの地点でも前方二百メートル程までしか見通しが利かないため、後続に打撃は与えられていない。


 挙げ句、敵は正面に荷車を置いた上で、高い目隠しをしているために先鋒の布陣がまるで(つか)め無いとくれば、僅か八十名では消耗戦で疲弊していくのは目に見えている。


 だが、泣き言ばかりを言ってもいられない。

 此処での対応に失敗すればランス-ルまで逃げ込む事は不可能になるだろう。

 ランス-ルにはフェリシア兵六百人が立てこもってはいるが、そのうち三百人は村人に偽装した兵士であり、小柄な獣人やドワーフは子供や女性の役割を背負っているため、いよいよとなるまでは戦闘に参加は出来ない。

 ただ、ひとつだけ有利な点を上げるならば、ランス-ルは完全包囲が不可能な地形である事だろう。

 村の後方は大きな峡谷になっており、迂回するのに四日は掛かる。


 正面から守りきって、いよいよ無理だという形を取って村側からの跳ね橋を使い脱出する予定であるが、今ですらも包囲を抜けられるかどうか怪しくなってきた。


「敵が全員上陸した事が分かれば、正面の奴にこれが使えるんだがな」

 そう言って相田はランチャーバレルに目をやる。

 それに対して、内山も同感だという顔で頷きつつ、自分の相棒を懐かしむ。

「こっちもM2さえ有れば、と思いますよ」

 互いに四十式をリズミカルに撃ち付けて、射程内の敵を少しずつではあるが削っていく。

 だが藁束や砂袋を満載した荷車の盾は強固だ。

 その影に隠れられるとどうしようもない。


 森の方はネロを中心とした魔術師達が、時に火炎を、時にウインドカッターを使って敵を寄せ付けぬ様にしているが、国防軍側は銃身の加熱、フェリシア軍側は精神消耗で共に押され気味だ。

「ランチャーひとつ、いきますか?」

 街道の敵が残り百メートルの距離まで迫った時、遂に内山は痺れを切らした。

 だが、其れも当然だろう。

 葛折(つづらお)りの道の後方に続く兵士の群れは既に数千を数えて地平線まで続いている。

 昨夜撤退した丘が遠くに見えているが、その斜面まで敵兵で埋まっているのだ。

 時折に飛び込んでくる敵魔法士の火炎弾はネロ配下の魔術師が相殺してくれるが、彼等も限界が近い。

 

 相田も覚悟を決めた。

 今の処、死者は出ていないが火炎弾は兎も角、弓射は凄まじい勢いとなり敵の弓射兵の数からして自動小銃の銃撃となんら変わらない。

 また、屋根の様に木々が茂るこの場所はまだしも、開けた土地に出たなら放物線を描いて頭上からその(やじり)が迫ってくる事は間違い無いのだ。

 そうなれば、撤退用の馬車には幌が有るとは云え、重傷者か死者が出る事は避けられないだろう。

 二百メートル以上の上空から襲いかかる鏃の位置エネルギーを甘く見てはいけない。

 前方の弓兵だけでも、今のうちに叩けるだけ叩くべきだ。


 敵も侵攻を開始して最初の防衛点となる丘を墜とした以上は、一度や二度の瞬間的な敗北など気にする事もない筈である。

 だが、どれだけの規模で反撃が許されるのだ?

 相田がそこまで考えた時、無線兵が通信を繋いで来る。

 洋上にいる山崎という護衛艦艦長からである。

『敵、全兵力は揚陸(ようりく)を完了! 撤退部隊は自由戦闘に入られたし!』

 その報告を聞いて、彼は一気に命令を下した。


「各分隊、ランチャー使用を許可する! 毎分十発でありったけ叩き込め!」

 その声に、小隊が勢いづく。

 おお!

 と云う叫び声と共にランチャー員以外の全隊員がバリケードに張り付いて、銃身加熱も気にせずに撃ちまくっていく。

 相田は四八式小銃をも一分隊に使用許可を出した。

 七,六二ミリ弾の威力は凄まじく、荷車の車輪は紙くずの様に吹き飛び、敵兵は今まで自分たちが盾としていた物体が邪魔になって前進を阻まれる事となる。

 足が止まった敵の戦列に、各分隊に一人居る五名のランチャー員が放った二十二ミリ榴弾は一分間に五十発の勢いで撃ち込まれた。

 轟音と白煙、悲鳴と怒号、全ての戦場の音が一ヶ所で発生する。


 相田は敵陣の空に首らしき何かが飛ぶのが見えた気がした。

 直後、荷車の前方に同じく足らしき体の一部がひとつ飛びだして来ると、地面で跳ねて転がる。

 その足は、敵を百かそこらは確実に死に至らしめたであろう事を示すアイコンの様にすら思えた。


 多分にあの荷車の後方は地獄の様な光景であろうと相田は思う。

 だが、今がチャンスであることも間違い無い。

 正面の敵兵の動きは完全に止まった。

 森の中に向かって四八式での掃射を命じ、ネロ小隊の援護を行うと一転して撤退命令を出した。

 全員が一気に馬車に乗り込む。


 ランスールまで残り四キロ。次の防衛点は二キロほど進んだ丘である。



      ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇



 同じく五月八日。シエネに於いて遂にシナンガルの攻勢が始まった。


 デフォート城塞からの連絡では、シエネ城壁からは見えないものの、地平線を越えて敵が現れたと言う。

 城塞頭頂部に設置された高精度の監視カメラと情報処理システムによって判別された敵兵力は約二十万。

 デフォート城塞の五十六キロほどではないものの、シエネ城壁からも三十キロ程度の距離は見渡せる。

 しかし、それほど遠くから現れるというのならば、目前の麻畑は何だったというのであろうか?

 

 監視のヘリを飛ばせればよいのだが、未だ積極的にシナンガル領への飛行は認められていない。

 前回の麻畑への焼き討ちは、緊急避難という事で王宮にも事後承諾させたに過ぎず、これ以上、フェリシア議会や王宮との摩擦(まさつ)は避けたかった。


「総司令に連絡は入れたか?」

 オレグの問いに、デフォート城塞から“直ぐに其方(そちら)に向かうとの事です”と返答がある。

 悩むオレグにポージーが声を掛けてきた。

「司令、左右の大隊長から方針を求められています」

「暫く待機。市民が残っている様なら避難させろ。

 それと地球からの医療班にも残留するかどうか、最終確認をしておいてくれ。

 しない様なら国防軍に引き渡して後方へ」

「はい!」

 敬礼して去っていくポージーの後ろ姿を見てオレグは、思う。

“嵌められた!”と。


 彼女は本来、右翼の第二副官であった。

 しかし、北部での包囲殲滅作戦が決定されてから、人事配置に大きな動きが出たため、何故か彼女が中央の第一副官に任命されたのだ。

 フェリックス・バルテン西部方面司令に、“約束が違う”と抗議したのだが、返事は、

「彼女の家もそろそろ落ち着いてきた。今更、君を利用はしまい。

 それより、男としてきちんと責任は取るべきだと思うぞ!」

 と、謂われのない責任問題を持ち出されたのだ。


 挙げ句にヴェレーネ様までも近頃やけに厳しい言葉を掛けてくる事が多い。

“もしや”と思い、試しにポージーに少し優しく接してみた処、翌日から暫くはヴェレーネ様からの声かけが増え、言葉も穏やかになった気がする。

 罠を張られた。そして掛かった。

 それが今のオレグの信じる処である。

 急激に状況が変わったと云う事は後に誰か居るに違いないのだ。

 その誰かを早急に探し出して締め上げねばなるまい、とオレグは心に決める。


 その頃、池間とマイヤは別々の場所でだが、それぞれに何故か寒気を感じていた。

「風邪かな?」

「風邪かしら?」

 似た様な呟きは、ほぼ同時に出たという。


      ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇


 市民や医療班の撤収確認をしていたポージーは、右翼陣との有線電話の中で妙な声を聞く。

 電話を受けているローク・ブランシェットの後方で彼に何者かが抗議をしているのだ。

 ロークは其れを無視してポージーとの最終確認を進めているのだが、会話が終わって電話が切られた時、彼女はあの獣人の少女が未だ城壁に居る事に気付いた。

 あの様な少女は避難対象ではないか。

 と、直接ロークに抗議に出向いた処、大隊長室で泣きながらロークにしがみつくレイティア・ハンゼルカを見てしまう。

 ドアが完全に閉じきっていなかった為、盗み見の様になってしまった。


 ロークは優しく彼女に問い掛けていた。

「なあ、レータ……」

「はい」

「あの時、言った事は本当の気持ちだが、今から言う事も本当の、」

 ロークがそこまで言った時、レイティアは彼の口を手で押さえ、泣き声を更に高めて抗議する。

「どうせ“同じ年頃の男を捜せ”でしょ! ロークさんはいつもそうです。

 そんな事言うなら、最初っから優しくしないで下さい!」


 この言葉を聴いて、ポージーは無意識のうちに扉を押し開いていた。

 二人とも驚いて彼女を見るが、ポージーはそのまま歩いていくと無言でロークの腹に(こぶし)を叩き込む。

 不意を突かれてロークはよろめいたが、流石は獣人である。

 如何に軍人とは云え、人間のそれも女性の拳では眉をしかめさせる程の効果しかなかった。

 だが、それ以上に驚きで体が動かないのだ。


 ポージーは、そのロークには目もくれずにレイティアの手を掴むと、

「此処はもうすぐ戦場になるから避難なさい。

 それと、この男には絶対に生き残って貰って責任は取らせるからね。

 あなたの言う事は正しいわ!」

 一気にそう言い切ると彼女の手を引いて出ていくが、最後に扉の前でロークへ向き直る。 

 それから、

「今は、部下ではなく『女』として話しますが、大隊長代行殿は死んでもらっちゃ困りますよ!」

 そう言って、扉を閉じた。


 後には呆然としたロークだけが残された。

 


      ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇



 あり得ない状況ではあるが、事実、目の前で起きている事である。

 何より指揮官である自分が動揺しては、この軍が瓦解しかねない。

 上手く使えば、いや、あるがままに事を進めれば全ては上手くいく。

 シムルはそう考え、流れに身を(ゆだ)ねる事にした。


 今、ルナール軍は首都の議会から承認され通常の大隊を越える一万五千を一軍として行動している。

 南部侵攻の為の増援兵が正式にルナール軍に編入されたのだ。

 そして、目の前には三頭の魔獣。

 本来は討伐するか、この軍の兵数でも参を乱して逃げ出すかしかない存在で有る。


 それが、シムルの指示に従って動く。

 今までシムルを軽んじる傾向にあった兵までもが彼に畏怖を抱き、その上に位置するルナールに対しては、それを越えて神聖視する者まで現れている。


 それも当然で有ろう。

 南部侵攻の許可を得るための親書の返事。

 其処に在った名はルナールと共にワン・スーラの署名であった。

 大人でも此処までの文字を書くものは中々いないと云う程の達筆であり、返信も同じ文字で書かれている。

 つまりルナールは最後のサインを入れただけと云う事が分かる。


 そして、返書の内容は恐るべきものであった。

 日時を指定してラインを越えて不可侵域へ入る事が指示されており、その出迎えに三頭の魔獣が現れるというのだ。


 それだけでも信じられぬ言葉であるが、その後の一筆である、

『その三頭はシムルの声にのみ従う様に(しつけ)てある。存分に活用する様に、』

 との一文は、完全に彼の理解の範疇を超えていた。


 だが、命令には従わざるを得ない。

 何より進軍は自ら要望したものなのだ。今更“返書の内容に恐れをなした”と言って取りやめる訳にも行かなかった。


 そうしてラインを越えて軍を進めると、先の地竜どころでは無い“おぞましい”と言う程の竜が現れたのである。

 後方には先に見た二頭を従えている。


 中央の魔獣の大きさは先の地竜以上に巨大であり、体長は尻尾を除いた本体だけで三十メートルを越えて居るであろうか。

 頭までの高さはこれも二十メートル近い。

 深い闇の様な黒曜石の如き黒い鱗。

 そして何より凄まじいのは其の背中であり、無数の(いびつ)なトゲが岩の様にそそり立っている。

 一本の長さは人の身長の倍はあるだろう。

 その竜が、先日の二頭の竜を従える様に現れた時、軍はパニックに陥り、瓦解(がかい)寸前であった。


 シムルが無言のままに馬を走らせ隊列の先頭に出たことで、兵達は落ち着きを取り戻せたのだ。

 前方に出たシムルは、大声で中央の地竜の名を呼んだ。


「我に従え! ムシュフシュよ!」

 その声を聞いた地竜は静かに首を下げ、シムルが「首を上げよ」と命じるまで身動(みじろ)ぎひとつ無かったのである。


 一万五千の兵達の間にどよめきが広がる。

 自分たちの目の前に魔獣を従える男が初めて現れたのだ。

 育成要塞の竜の様な人工的に飼育された“モドキ”ではない本物の魔獣を言葉一つで縛った男、それが指揮官ともなれば兵達に恐れるものは何もなかった。


 彼等はデフォート城塞からの監視も効かぬ深い森の中を、静かに北上してダニューブ河へと向かう。

 目指すはフェリシア領、最南部の街ゴースであった。





サブタイトルはA・C・クラークの「宇宙のランデブー」からですね。


それと今回名前が出た、戦闘ヘリ部隊小隊長小西悠真少尉の「悠真」という名前は、過去に読んだ”くまくるの様”(アルファポリス第8回エッセイ大賞で読者賞を受賞されております)の作品『神夜姫』の主人公から頂きました。

くまくるの様にお礼申し上げます。

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