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星を追う者たち  作者: 矢口
第七章 愛に生まれ、殺戮に育つのは『世界』
117/222

116:不思議なひと触れ 

 シムルが味方に怪しまれる事無しにフェリシアに入る事が出来たのには、ひとつの幸運があった。

 元々は交流会館内に於いて、フェリシア自由人の服に着替え、その後は魔術師としてフードで顔を隠して会館を出る予定であった。

 フェリシア国境警備官には話が付いていたので問題は無かったが、交流会館内でシナンガル人に姿を見られる訳にはいかなかったのだ。

 処が、出発間際に遠征隊本部からの出頭命令が届く。

 テレンシオ・ベルナール東征都督(とうせいととく)(総司令官)の名前で出された出頭命令に、早くも事が露呈(ろてい)したかと死を覚悟して場に臨んだが“()に在らず”であり、ベルナールからの命令は、フェリシアの南部防衛状況の調査を求めるものであった。

 これにより、彼は『偵察』を名目として問題無く国境を越える事に成功した訳である。



 ベルナールの偵察命令は北部山岳地とシエネの両方向からの侵攻を行うに際して、マーシア・グラディウスなりアルシオーネ・プレアデスなりいずれか片方だけでも南部戦線に釘付けに出来ないか、或いは南部戦線の一角を崩して橋頭堡を確保できないか、というものである。


 今までは南部からの侵攻、或いはその気配を感じさせる行動など考える事も出来なかった。

 毎年の不戦日を挟んだ数週間を除いて、ラインを越えた不可侵域近辺の魔獣に対応できるノウハウをシナンガルは殆ど持っていなかったからである。

 少数の兵士ならば、竜の卵の確保のために百を越える回数の侵入を行っている。

 しかし、兵員が数千、或いは万、となるといくら何でもラボリアを刺激するのは確実であり危険性が高すぎる。


 また、少数ならば魔獣から逃げ隠れも出来ようが、大軍となればそうも行かない。

 これこそがシナンガルが百人以上の数を持って南部からラインを越える事を戸惑わせる理由であった。

 人と闘って死ぬなら兎も角、生きたまま魔獣の餌になるなど、誰が考えてもゾッとしない光景である。

 まともな人間の考える作戦行動ではなかった。

 

 一方でシエネや北部が脅かされたなら、ふたりの魔女のうちいずれか、或いは両方が防衛に当たる事が考えられる。

 だが北部は住民の人質を取ることでふたりの魔女の動きを押さえることが出来る。

 また、シエネ方面もルナールとシェオジェの鉄人形達が動く事で兵の損傷は避けられるであろう。

 そうして両面いずれかから侵攻を成功させ首都フェリシアへじわじわと迫っていけばよい。  

 数カ所での戦闘を続け、主力を疲弊させる事が出れば、インタカレニアに逃げ場は無い。

 これがベルナールの本来の戦略方針であった。


 しかし、首都に於いて議員連の異常な振る舞いが目立ってきた今、ベルナールにも余裕が無くなってきたのである。


 有力議員連は暫く止めていた鉱山開発を再開した。

 この戦争のためである。

 そこまでは良い。 

 だが、其れに異を唱えるものを弾劾し粛正までも開始されているという。


 特にワン・ピンはマークス・アダマンが病に伏して以来、猜疑心(さいぎしん)が強くなり政敵に対する攻勢が強くなった様だ。

 副首都ロンシャンに於いて、地方議会の権限を越える様な動きが僅かでもあれば、直ぐさま軍を出して、議員ですらも容赦なく逮捕しているという。

 ワン以下の有力議員連はシーオムから動かない。

 本来、彼らがロンシャンに移動すれば此の様な無用の混乱など有り得無いのだ。

 だが五十数名の有力議員の殆どがシーオムに固執する事、(かたく)なである。

 

 この遠征に成功して『次の国家主席の座に』と思っていたベルナールだが、それどころではなく、失敗した際の“粛正”まで計算に入れる必要が出てきた。

 特に今回は三ヶ所の方面軍を纏める『征東都督(せいとうととく)』という通常の将軍を越える大きな権限を与えられた。

 この権限を濫用(らんよう)していると言う名目を作られたなら、彼とて一瞬にして反逆者扱いになるであろう。


 また、彼も議員達が執着する『船』についてはある程度だが知っている。

 つまり議員連がシーオムから動かぬ理由である。

 フェリシアはこの世界など比較にならぬ文明、いやその文明への架け橋を秘匿し独占していることも、だ。

 我々の奴隷制度を(なじ)りながら、実の処では我々を低い文明度に『隷属』させているのは実はフェリシア王宮ではないか、とベルナールの怒りは留まる所を知らない。

 女王の見た目の美しさに惑わされてはならない。

 あの女は売女(ばいた)と呼ぶにふさわしいとベルナールは思う。


 エルフという種は、自分たち人間と故郷の(きずな)を断ち切り、低い文明に甘んじさせている『悪魔』である。

 議会の暴走は兎も角としても“正義はシナンガルにある”、彼は心からそう信じていた。

 

 この事実を公表すれば、士気も上がるだろう。 

 何より、外交的に侵攻の大義名分としては充分すぎる程だ。

 だが、ワン家を初めとした議員連は事の秘匿を命じている。

 この事を知る者が、『名家』と呼ばれる家の者だけである理由は想像が付く。

 恐らくで有ろうが、『故郷』に還るには未だ自分の知らぬ何らかの基準があり、送り出せる人間に限度があるのだろう。

 だからこそ、ベルナールは国家主席の座に就きたいのだ。

 チェルノフが『造反』を疑われるのを恐れているのも同じ理由である。


 ベルナールは自分たちの一族が『威厳あるもの』に見る事を許された“あの”夢の様な世界での生活を享受(きょうじゅ)する権利がある筈なのだと信じている。

 税を納める下賤(げせん)の者がどれだけ死ぬかは知らぬが、それだけの価値は有る。

 身分制度に関わるベルナールの思想は揺るがない。


 これはチェルノフが自分の民族がフェリシアの上に有るのが当たり前である事を疑わない事と全く同じ思考回路である。

 但し、チェルノフは自国民に対する情が有るだけまだマシな部類と言えるのだが。


 だがベルナールが幾ら下賤の兵の死を気にしないとは云え、目的が達せられないのでは意味がない。

 そこで、彼が目を付けたのが南部のルナール軍である。

 この半年近くで彼らは魔獣との戦い方に対するノウハウを身に付けている事は明確である。

 いや、今シナンガルに於いて魔獣と闘う力を持っているのは、シムルの預かるルナール軍一万だけであろう。

 そう考えて南部からの侵攻を命じたのである。


 だが、ベルナールは(もと)より直属の上司であるルナールですら明確には把握していないが、此の1万の軍が闘える魔獣は中型のヘルムボアかハティウルフ、アクリスあたりが精々である。

 成長しきったハティウルフやドラゴンが群れで現れたならば、一万が二万でも一溜まりもないことは明確だ。


 事実、二月に対岸の『地竜』を見た兵士達は、あれを相手にしようと思う者など一人も存在せず、いつでも逃げ出す準備をしていた。

 シムルも特に()れを責めるでもなく、逆に“バラバラに逃げて集結場所を決めておく様に”と各百人長に指示を入れている始末であった。

 人間、出来る事と出来ない事があり、其れを無視して兵に命を下す者は寝首を()かれても文句も言えない事をシムルは知っている。


 その意味で、マーシア・グラディウスとアルシオーネ・プレアデス両名を一万そこらで相手にせよ、と命じる事もやはり寝首を掻かれる指揮官となるに充分な条件である。

 地竜相手の方がまだ兵の不満は少ないであろう。

 ベルナールの命令は南部と魔獣を知らない者の無謀な言葉ではあったが、都督命令という大義名分にシムルとしては逆らう術を持たなかった。



       ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇



 シナンガル軍に於ける此の様な状況の(もと)、悩みつつも会談に向かったシムルは、結局ルナールからの伝言を伝えるのみに終わった。

 しかし、あの伝言は何だったのであろう、とシムルは考える。

『係員』とは何を指すのかルナールは教えてはくれなかった。

 と言うよりも、命令を下した時の口調ではルナール自身も言葉の意味を知っていた様には思えない。

 また、その言葉を聴いた時のヴェレーネ・アルメットの表情にも気に掛かるものがある。


 様々に考えを巡らせるが、結局単語ひとつで何かが分かるはずもなく、シムルはその問題を記憶の『保留』の項目に押し込む事にした。

 やるべき事は他にあるのだ。


 その後は、侵攻日に向けてあの二人の魔女とどう対峙するか、後方を脅かすであろう魔獣との挟み撃ちをどの様に回避するかに腐心する日々が続く。

 其の様な中、天佑(てんゆう)とも言うべき情報がフェリシア内部のスパイから送られてきた。


 ひとつは、マーシア・グラディウスがシエネに向かったと云う事である。

 また、アルシオーネ・プレアデスまでもが、屡々(しばしば)ゴースを離れる事が増えて来た、と言うのだ。

 チャンスは在る。

 そう思えてきた、シムルであった。


 ベルナールはシムルにマーシアの相手をして貰いたい。

 だが、シムルとてマーシアの相手はベルナールに押しつけたいのだ。

 シムルが受けた命令は、マーシア・グラディウスの撃破、ではなくその行動を押さえるか、もしくは『南部戦線の攻略』である。

 ならば、勝てる時に侵攻するのが当たり前ではないか。

 進軍許可を上司であるルナールに求めた彼は兵站路の計画を立て始めたのだが、跳躍駅伝で届いた返事の署名を見て一度驚き、書面の内容を見て二度驚くことになる。



      ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇



 シエネの議員会館四階の奥まった部屋。

 薄暗い室内はいつもと同じく非常灯の赤い光に覆われており、その光に照らされたヴェレーネは、立ったままにスクリーンを睨み据えていた。


「ねえ、『セム』 係員って何だったかしら」


『思い出せないかい?』


「教えてはもらえないの?」


『こればっかりはね。しかし、その言葉を思い出したなら、後一歩じゃないか』


「思い出した訳じゃないわ」


『どういう事だい? なら、どうしてそんな単語が君の口から出て来る?』


「『セム』、何か怖いわよ。いつものあなたらしくないわ」


『ふむ、そうかい? しかし、その単語の出所は教えて欲しいね』


「あなたは私に何も教えてくれない。 

 それなのに私には“教えろ”って言うのは虫が良すぎない?」


『まあ、そう言わないでくれ。今までなら君がその言葉に辿り着いたなら、直ぐに答えを教えても良かった。 ……だが、』


「だが、なぁに?」


『僕は明確に、君たちのサイドに立つ事を選んだ。

 そうなると、その情報は君たちの害にしかならない」


「ティット、いえ女王はこの言葉の意味を?」


『知っている。だから、この戦争は長引いているんだ』


「どういう事?」


『フェリシアの女王は、フェリシアだけの女王ではない。そう言う事だ。

 彼女が自分の役目を放り出す事が出来るなら、事はもっと簡単に済んでいた。

 あの時、自分から実験に参加したのも其れを見込んでの事かも知れないがね。

 或いは、仕事を中途半端にやった事が問題なのかも知れないが、元々彼女も規定の中でしか動けない存在だ。

 よく頑張った方だと思う』


「ごめんなさい。言ってる事が良く分からないわ」

 そう言ったヴェレーネだが直ぐに考え直す。

“いや、少しは繋がる言葉があった”と。

 シムルは、まるでフェリシアの女王がシナンガルのために働く事がさも当然とばかりに“職責を全うせよ”という言葉を使ったではないか。

 フェリシアとシナンガルは元々は同じ国なのだ、とでも言うかの様に。


 ヴェレーネが考えを巡らせているのに気付いてか気付かずか、『セム』の独白は続いている。

『全てはリセットされていたんだ。あの時に僕らがもう少し早く動けていればこうはならなかったかもしれない。だが、僕らは所詮はプログラムの侭に動く存在だった。

 回復した時に飛び込んできた『僕』が居なければ此処まで自由に動ける様にはならなかっただろう」


「何を言ってるの?」


『すまない、ヴェレーネ。だが、僕もかなり『明確』になってきた。

 まるで“彼と彼女”の様にね。だからこそ“係員”などと言う亡霊は忘れてしまった方が良い。女王にもそう伝えよう。

 女王が何処まで受け入れられるか知らないが処理もそろそろ切れる頃だろう』


「結局はぐらかすのね」


『そうじゃない。知らない方が良い事もあるって事だ。

 僕も間違えるかも知れないが、“間違える”という概念を持てる様になったとも言える』


 不可思議な『セム』の言葉は、まるで自分に言い聞かせるかの様である。

 元々から彼を奇妙な存在だとは思っていたが、ここ数ヶ月での彼は“おかしい”と言う程の変化を見せている。

 ヴェレーネが『セム』の言葉を反芻(はんすう)する中、彼は核心を突いてきた。


『今日までの君の行動スケジュールから推察するに、その“単語”はシナンガルの密使から、(もたら)されたものだね」 


「ええ、そうよ」

 見抜かれた以上は仕方ないとヴェレーネは軽く、素直に答える。

 だが、それに対して『セム』が返した言葉。

 それはヴェレーネには理解できないが、不吉な響きを含んでいた。


地母神(ティアマト)が戻って来ていたのか……、となると僕は彼に嘘を()いた事になるな』



       ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇



 アトシラシカ山脈北端の西側四十キロ地点に位置する昼過ぎの軍キャンプ。

 丘の後方には遠く森を抜けてランス-ルの村が点となって見えている。


 コーヒーポットを載せた石組みの焚き火の側、野戦椅子に腰掛けフェリシアの小説を読んでいた相田に声を掛けてくるものが居る。

「お休みの処申し訳ありません。隣、宜しいですか?」

 声を掛けてきたフェリシア軍の指揮官魔術師は、ネロ・レオ-二と言った。

「ええ、どうぞ。コーヒー飲まれますか?」

 そう言って、相田は座っていた椅子の下からアルミのカップをひとつ取り出す。

 椅子は元々はアルミパイプが組み込まれた軽量の背負子(リュック)であり、其れを立てると椅子に早変わりする。

 物入れの部分は腰掛けの下にぶら下がる事になる訳だ。

 取りだしたものは保温性の良い中空アルミニウムカップだが、飲み口だけは硬質プラスチックで加工されており口当たりが良い。

 官給品は質が悪いため、相田が自前で揃えた品である。

「相田少尉もコーヒーですか? 国防軍の方々はコーヒーが好きな方が多いですね」

 ネロはそう言うものの、特に嫌がる風でもなく自然にカップを受け取る。


「フェリシアの方々は紅茶党が多い様ですね。レオ-二少尉も其方(そちら)が良かったですか?」

「いや、自分も今はコーヒーに慣れちまいましたんで、」

「と言うと、前は?」

「ええ、昔は“こりゃ泥水だ”って思ってましたよ」

 そう言うと軽く微笑む。

 黒目、黒髪のネロは傍目(はため)には相田の国の人間と殆ど見分けが付かない。

 翻訳機を外した時に言葉がつっかえるのでようやく気付く程だ。

 相田は今、ネロからカグラの言葉を習っている。

 しかしながら、現状では『本格的に』とは行かないので、仕事の合間を縫っての事になり、中々進まないのがもどかしい。


 コーヒーをひと口すすると、ネロは失礼な質問に当たるのなら無視してくれて構わないのだが、と前置きして相田に質問してきた。

「少尉は、先の切り通しの闘いで、最後まで闘ったと聴いています。

 それで、叙勲も受けられる筈だったそうですね?」

「ええ……」

 相田の表情が曇る。


()めますか?」

「まだ、何も聞かれていないから何とも言えませんね」

 相田の言葉に頷いて、ネロは言葉を継いでいく。


「何故、叙勲を断られたのでしょうか?

 あの闘いはかなりの激戦だったと聴きます。

 それに(しばら)くは、休養に入られても誰も文句も言いますまいに、この部隊に志願したというのは何故ですか?」


 少し迷った様だが、結局、相田はネロの問いに答え始めた。

 理由は信頼関係の構築のため、いや本当はトレを思い出す目の前の人物に親近感を持ったためであろう。


「レオ-二少尉は、あの時殉職されたトレ・コリット少尉はご存じですか?」

 トレとネロの間柄を知らない相田はそう尋ねてきた。


 トレとネロは単なる魔法学校の同期ではない。同じ村で育ち、同じ少女に恋をした事もある言わば兄弟にも等しい間柄だ。 

 だが、ネロはそれを相田に知らせては居なかった。

 互いにいつ死んでも悔いが残らぬ様に、互いの家族の事を頼み合う中である。

 覚悟していた以上はトレが相田を庇って死んだことを知っていても特に彼を恨む気持ちには慣れない。

 単に『奴らしい死に方だ』と思うばかりである。

 結局、無駄に相田の気を遣わせる気にもなれないネロの返事は、“まあ、”という曖昧な物になってしまう。


 その返事を、多少は知っている程度の間柄なのであろう、と捕らえた相田は話を続けた。

「彼から、ふたつ遺言を預かっています」

「と言いますと?」

 思わず身を乗り出しそうになってネロは自分を抑えた。

 相田は視線をカップの中のコーヒーに落したまま話し続ける。

「途切れ途切れでしたので、はっきり理解できた訳ではないのですが、ひとつは自分の近しい全ての人たちへ、でしょうね。“自分が死んでも悲しまないで欲しい。

 多くの部下を救えたのは、自分の誇りだ、と伝えて欲しいと言っていました」


 自然と頷くネロだったが、もうひとつの遺言も気に掛かる。

 それを尋ねた時、相田は悔しそうな口調で答えた。

「大佐、いや、ミズ・ヴェレーネと巧という人物に、でしたね」

「何と?」

「……、“フェリシアを頼む”と言う様な、まあ、そんな内容です。 

 ですから、私もその名に加えて貰いたい、そう思ったんでしょうね」


 志願理由を付け加えた相田の話が終わると、しばらく黙ってその顔を見ていたネロがようやく口を開いた。

「それは分かりましたが、少尉は何故そんなに悔しそうなんですか?」


 視線をネロに向けた相田の目には後悔の色があった。

「彼は優秀な指揮官だった。私の様な風見鶏ではなかった。

 彼こそが生き残るべきだった!」

 苦痛を含んだ声であった。

 だが、この言葉にネロは初めて怒りを持って声を荒げる。

「不愉快ですね!」


 相田は我に返った様になって問い掛ける。

「どういう事です?!」

「奴の死は犬死だった! と言っているようですよ!」

「い、いや、そう言う意味では……」

「同じです! 奴はあなたを生き残る価値のある男だと思った!

 或いは、単に反射的に救ったにせよ、あなたと云う存在を奴は認めた。

 そう云うことでしょう? 

 それなのに、自ら死に場所を探す様な事を言わないで下さい!」


 ネロの勢いは収まらず、相田はそれに押されてしまう。

「そうですね。すいません」


 項垂(うなだ)れる相田ではあったが、それでも言葉を(つな)ぐ。

「しかし……、」

「しかし、何ですか?」

「あれ程の人物に、後を託された『巧』という人物はどの様な男でしょうか?

 少し焼けますね」

 その言葉にネロは少しばかり笑った。

「あの人は、一寸ばかり計算の外に居る人です」

「ご存じなんですか!」

 ネロの言葉を聞き逃さず、相田の目には光が(とも)る。


 あっ、失敗した、とばかりにネロは、“ええ、まあ”と誤魔化すが、遅かった様である。

 相田は食いついて来てしまった。


「いずれ、お話します」

 と言うことで何とか引いて貰うことにした。

 此処は敵上陸予想地点から四十キロ。最初の邀撃(ようげき)予定地である。

 ネロとしては、相田に自分とトレの関係を知られて動揺を与えたくなかったのだ。


 何とか追及の手を緩めてくれた相田であったが、その代わりにと言っては何だがと妙な願い事をしてきた。

「伝言、ですか?」

「ええ、もしかしたら私も死ぬかも知れませんからね」

「しかし、ご家族への遺言なら同じ地球の方に、」

「いえ、違います」

「と、言いますと?」

「先程の、大佐と『巧』という人物への遺言ですが、実はあの言葉の前に付け加える言葉があるんです。

 いや、正しい遺言と云うべきでしょうか?」


 相田のあやふやな表現に初めは違和感を覚えたネロだが、正確な遺言を聞いて笑い出してしまった。

 その目から僅かに(こぼ)れる(しずく)が有るにせよ、ネロの笑いは『大笑い』としか言いようが無い。


 笑うしかないではないか、トレは最後に“こう”言ったというのだ。



『ヴェレーネ様も巧さんもいい加減、素直になって貰わないと困ります。

 ふたりでフェリシアを守って貰うんですから……』





サブタイトルは、シオドア・スタージョンの「不思議のひと触れ」からです。

今回の話の後半は、最後の一言を書きたいが為のものでした。

お付き合いありがとうございます。


文中の「天佑」とは「天のたすけ」という意味です。


また、同じく文中にある「邀撃(ようげき)」とは、今では迎撃と言う言葉になっています。

GHQによる標準漢字改訂によって「邀」の文字が新聞で使えなくなったために戦後は「迎撃」という言葉が使われる様になり、そのまま定着したとのことです。

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