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星を追う者たち  作者: 矢口
第七章 愛に生まれ、殺戮に育つのは『世界』
114/222

113:彼らはどんな夢を見る?

今回、部分的に「神風」についての話が出て来ますが、書き手としては作戦の是非は兎も角、家族を守る為に命を捧げた英霊に敬意を表し、また今現在、自分が此処にいられる事に感謝の念を持ち続けたいと思っております。

 巧達の地球で百年以上前の事である。

 一九二〇年代に月に取り付かれた男がいる。

 とは言え、この頃は欧米に()いては一大ロケットブームであり、別段に彼だけが取り付かれていた訳でもないが、その後の人生に於いて坂崎の如く流れ流れて遂には母国さえも失い、それでもロケットの夢を追い続けた。

 男の名を『ヴェルナ-・フォン・ブラウン』と言う。


 彼は第二次世界大戦に()いてドイツからドーヴァー海峡を越えて正確にロンドンを爆撃できるミサイルの開発に成功する。

 “V2”と呼ばれたミサイルである。


 敗戦後はアメリカに連れ去られる事となった。

 ナチスに名を連ねていたため、戦争犯罪人として起訴される処を政治力によって回避させられた訳である。

 尤もニュルンベルク裁判自体が政治の産物であった以上、どちらにせよ彼が政治に翻弄(ほんろう)される事に変わりはなかったと言えるかも知れない。

 アメリカはフォン・ブラウンのみならず、彼のチーム百名以上を捕虜としてアメリカ本国に連行した。

 またソ連はパーティを開いて、命が助かったお祝いにとウォッカで酔いつぶれた五千名のドイツ人技術者達を深夜三時にトラックに投げ込んだ。


 その他、記録に残っていない人物を入れると、ロケット開発を夢見て祖国を失ったフォン・ブラウン達はどれだけの数に及ぶのであろうか?


      ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇


 三月二十六日、シエネ議員会館二階、会議室


 二兵研ロケット班はフェリシア到着後、直ぐさまと言って良い程に慌ただしく軍部との最初の話し合いの席に着かされた。


「つまり、奴らが狙うのはロケット本体だけではなく、其れを扱う技術者も、って事ですね?」

 坂崎の問いに池間を始め多くの指揮官達が頷く。

 だが、二人だけ首を横に振る者が居た。

 互いに顔を見合わせ少し笑ったが、何かしら悲しい笑いである。

 一人の思考イメージは読めないであろう。

 もう一人に期待したい、と坂崎は思う。


 そして口を開いたのは坂崎が望んでいた方であったが、思考イメージを読む事は出来なかった。

 邪魔が入ったのだ。

 主任の仕業(しわざ)である事はすぐに分かった。 

 彼女は刺すが如き視線を持って此方(こちら)(にら)み付けている。

 これ以上能力を使う事を試みれば殺されるかも知れない、と本気で恐ろしくなり素直に話を聞く事にした。


 ハインミュラーは問う。

「君はヴェルナ-・フォン・ブラウンを知っているかね?」

 頷く坂崎に老人は東側にも多くの技術者が連れ去られ、その人々の基礎の元に世界初の人工衛星「スプートニク」が打ち上げられる事となった事実を語る。

 技術畑の人間には有名な話なのだが、歴史に(うと)い坂崎には初耳の事であった。


「つまり、敵の本命は僕らですか?」

 坂崎のその言葉にヴェレーネもようやく(うなづ)いた。

 坂崎を始めスタッフ六名は、このために集められたのだとの言葉に一瞬、息が詰まりそうになる。

 真横が見えるなら、部下達も血の気の引いた顔をして居るであろうな、と坂崎は思った。


 勿論、最終作戦への参加は要請であって命令ではない。

 軍属ではあっても軍人ではない彼らには多少の自己裁量が与えられているからだ。


 が、その場の緊張感に耐えられなかった坂崎は、志願者を求める問いに遂には手を挙げてしまっていた。

 相手の心理が読めればもう少し気楽なのに、と思いながらの行動であった。

 坂崎に釣られるように助手達も全員が続く。

 様子を見ていた池間は“全員は要らないのだ”と言い、暫く時間があるので第一回目の発射後にもう一度確認を取りたいと言った。


 その間にも、技術者達の『誘拐』は僅かながらも可能性が否定できないため、彼らには個々に護衛を付ける事が伝えられ、その日の会議は終わった。

 坂崎の護衛はシガールと名乗る虎とエルトという小男である。

 エルトを見て美形なのにもったいないなぁ、などと考えながら挨拶をする。

 次いではシガールの声帯はどうなっているか気に掛かる坂崎は其方に気を取られつつも、戦闘地域への参加をどうするか、そして『あの現象』は自分が生み出したものか、と身を震わせつつ、心此処に在らずの(てい)で歩を進めていく。


 その彼の心の隙間に呼びかける者がいる。

『よく気付いたね。そうだ! ああいう事をしてはいけない。

 人間は責任に引きずられて容易く命を捨ててしまうものだし、また逆に命を奪ってしまうものなんだよ』


 坂崎は跳び上がる程に驚く。

 彼は他人の思考を読んだ事はある。だが、それも相手が喋っている時に限られる事であり、何より読まれた事など生まれて初めての体験なのだ。

 いや、過去に主任が行っていたのかも知れないが、このように呼びかけられた事など無い。

 隣の二人の『声』でないことは確かだ。

 恐る恐るだが、呼びかけてみる。

(お前、誰だ……)


 次の瞬間、坂崎は胸元に激しい衝撃を覚えた。

 それと同時に自分の体が宙を舞っている事に気付くと、混乱のあまり……、

 失神した。


       ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇



 夢の中で美しい妖精を見た。

『エルフ』と言うべきだろうか?

 問い掛けたような気もするし、そうでなかったような気もする。

 あやふやな感覚だが彼女を捕まえたのは確かだ。

 ほら、こんなにしっかりと手に感触がある。


『そうだ。手はそのように使うべきだ。

 例えば、愛する者を掴むためにね……』


(ヘマしたよ、それは認める)


『いつの時代にもあったのかも知れないが、戦争に於いて其の様な心理が人間には働いてしまう事は有るものなんだ。

 昔、キミたちの国で“人間を索敵装置替わりに爆弾を投下する戦術が開発された事がある。

 初期は未だ良かったのかも知れないが、後になるとパイロットの生還を認めない風潮まで現れている』


(恐ろしいね……)


『志願した兵士は立派だったと思う。 

 だが拒否した兵士も又、賞賛されるべき部分は在る』


(まあ、あの体験をする前なら参加した兵士が立派と言われても、馬鹿にしていただろうね。

 参加しなかった兵士が立派だと言う意味も違った捉え方をしていた、と思うよ)


『“間違った捉え方”とは言わないんだね?』


(言っただろ? ヘマしたって……、人間、思いも掛けず行動する事はあるんだ。 

 志願した兵士にせよ、拒否した兵士にせよ、どの様にして其処に辿り着いたのかなんて、誰にも判りゃしないと思うよ。共感は出来てもね)


『君なら可能だろ?』


(酷い言い方だね。あれは“ズル”だ。 

 人間が人間を相手にする時に使って良い力じゃない……、と思うんだ)


 一呼吸置くと坂崎は、自重するかのように言い足す。

(偉そうな事は言えない、か、 近頃ようやく判ってきたんだからね)


 微睡(まどろ)みの中で坂崎が思い出すのは、あの時の『緊張感から逃れたい』という感覚だけだった。

 そして彼は耐えきれずに軽く手を挙げ、頷いたのだ。

「判りました」と、

 だが、その後は彼が頷き終わるのも待たずに助手達までもが次々と手を挙げていった。


 草むらからバッタが一匹跳び上がると、残りもつられて跳び上がる。

 そんな動きだった。

 誰かが緊張感に耐えられなくなり手を挙げてしまえば、後は思考能力をまともに保つ(せき)が簡単に決壊してしまう。

 ハインミュラーや池間の話は、それほどまでに過酷な要請だったのだ。


『俺は部下達から思考力を奪い、危うく自殺に近い仕事に追い込む所だった。

 人間の同調性というものを甘く見ていた』

 坂崎の後悔は留まる処を知らない。

“特別攻撃”に参加した人間もあの様にして引っ込みが付かなくなった後で、気持ちを整理した人間も必ず居ただろう。

 整理できただけ立派だったのかも知れない。

 だが、其れが“常識”だと言われれば従ってしまうのも人間だ。

 緊張に耐えられずに軽く上げた『手』、それがあの光景を生んだ。


 それを思い出すと恐ろしくなる。

 その後、自分たちがいない所で誰かの手が今度は逆に振り下ろされる。

 いや、被害者の振りをするな! と坂崎は自分に呼びかける。

 部下の目の前で、振り下ろされる手に唯々諾々(いいだくだく)と従おうとしたのは誰だ。

 自分の臆病さに従って部下が死んでいく、今が正にその最中ではないか。


 池間少佐を責められるのか?

 彼は呼びかけた。だが、選ばない選択肢を未だ残しているではないか。


 死者の列が歩いている。

 彼らから手を差し出され自然にその手を掴もうとするが、自分の手は動かない。


 手元を見ようとして、ふと気付く。

 自分は既に誰かの手を握っているのだと。


 そして……、彼は目覚めた。


 悪夢から()めると、あの女性(ひと)が居た。

 自分を気に掛ける声と優しい眼差し、本当に心配してくれているのが判る。

 今まで想像するしかなかった夢の中の人。

 だが、彼女は坂崎が思った通りの女性(ひと)だった。

 ならば死ぬ前に想いだけは伝えたい。

 だが、『何』と言えばいいのだ。彼は女性を好きになった事など無かったのだ。

 取り敢えず、彼女に自分が持っている最大級の好意を示した。

 それからは……、


 自分の感情に歯止めが利かなくなったと知っても、止められない坂崎であった。



      ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇



 南部の村、ゴース。

 F-3D搭乗員の選抜を終えたマーシアは既に其処に戻り、魔獣の討伐を続けていた。


 ロケットの打ち上げも済んだ十二日、夜。

 ホテルの部屋のマーシアは杏に責め立てられた日以来、日課になったスコッチグラスに手を伸ばす。


(マーシア、それ苦いんだ。やめようよ)

 マリアンが遠慮がちにではあるが、抗議する。

“味覚を切ってしまえば良いだろう。私の方からでも出来るぞ”

(そうだね、でも近頃は僕の方からはマーシアの体は中々動かせないよ。

 混ざり始めているのかなぁ)

“私の方は……、いや、それは良いんだが……、なあ、マリアン”

 問い掛けるマーシアの心情がマリアンには上手く伝わってこない。

 やはり呑み込まれつつあるのだろうか? と少し不安になる。


 マーシアは一瞬、戸惑ったようだがグラスの中身の琥珀色の液体を一気に(あお)り、それからようやく、意を決したかのようにマリアンに呼びかけた。

“少し前の私なら、兵士の一人が死んだ処で特に心が動かされると云う事も無かったと思う”

(いきなり、どうしたの?)

“マリアン、お前、トレの事を後悔してるんだろう?”

 マーシアが体の主導権を握っている以上、心臓が特に反応する訳ではないが、マリアンの動揺はマーシアにはっきりと伝わってきた。

 それから、つまりつまり気味にではあるが、反応が返って来る。


(……、うん)

“だが、はっきりしないな”

(何を、どう後悔して良いのか分からないんだ……)


 思考の沈黙が続いたが、やがてマーシアははっきりとした意志を返してきた。

“マリアン、嘘を吐いてはいけないな”

(もう、僕の心の深い処まで読めるようになったの?)

“いや、そうじゃない。だが、そのような事をしなくても分かるさ”

(じゃあ、僕がどんな嘘を吐いているって言うの? 嘘を吐いている気は無いんだけど?)


 マリアンの答えに、マーシアは何も返さない。

(どうしたの?)

“お前の嘘が分かる事は良いとして、何故、お前の気持ちに気付いたのか。

其処が気に掛かった。

 だが、当然だな。私はお前に呑み込まれつつあるようだ“

(えっ!)

 マリアンの驚きには構わず、マーシアの言葉は続く。


“早い話、お前はもう此の世界の人間になりつつあるんだよ。

 その中で、私を従えようとしている。

 勿論、表面的に最後に残るのは私の意識かも知れない。 

 だが、その意識の中で物事の判断の基準となるのはマリアン、お前の感情だろうな“

(言ってる事が、よく分からないよ?)


“要はだな、マリアン。

 お前は、この国の人間としてシナンガル人を相手にして手を汚す事になったとしても、それを受け入れようとしている。

 いや、身を危険に晒したとしても『この国の人間を助けたい』、そう思い始めている。

 とは言っても自分の力で闘う訳ではない。

 闘うのは今の処『私』だ。だから、それを口に出来なかった。 

 その為にトレが死んだと思い込んで後悔をしている。

 そうだろ?“

 マーシアはボトルを持ち上げると、グラスにスコッチをつぎ足す。

 地球からの持ちこみ品に何ら興味を示さ無かったマーシアが、唯一手を出したのは悲しい事に『これ』だけであった。


 再びの沈黙。だが、結局マリアンはその言葉を肯定する。

(お兄ちゃんの苦労が水の泡になっちゃうね)

“その言葉、そのままに受け取って良いのか?”

(もう一人、別のトレさんを出したくないよ。 

 マーシアにはそれを防ぐとは言わないけれど減らす力はある。

 力を借りる事を許してもらえるかな)

 マーシアの中にマリアンからの控えめな、しかし強い意志が流れ込んで来る。


“あの『砲撃』だがな、”

 不意にマーシアの話題が変わるが、話は行動するための最終確認の様だ。

(うん、どうしたの?)

“あれは私一人の力では無理だぞ。どの様に構築しているのか結局理解できなかった。

 お前に任せただけだ“

(あれは流石に拙いね。お兄ちゃんに止められてるから、もうやめようよ)

“だが、必要という場面も有り得るぞ?”


 少しの間が開いたが、マリアンは思い切って返事を返した。

(思いっきり甘えて誤魔化しちゃおう!)

“マリアン、おまえ……! 良い考えだ!”

 巧が聞いていたなら、ずっこけそうなふたりの合意だったが、巧相手ならば有効な事には間違い無い言葉でもあった。


(後は杏ちゃんだけど、どうしよう)

“そっちも同じ方法で、とは行かないか……、見つからない様にシエネに移動するか?”

(そうだね。後の事は衣乃(その)さんや、アルスさんにお願いしようか)

“決まりだな!”


 グラスに目をやったマーシアは残っていた中身を窓の外に捨てると、デキャンタから水を継ぎ足し、それを飲み干した。




サブタイトルは、夢を扱った様々なSFから交えて考えました。

ディックの「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」などは最後に『待ちわびた心の平和』を提示して終わっていますので、まあそれで良いかとも思います。

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