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星を追う者たち  作者: 矢口
第七章 愛に生まれ、殺戮に育つのは『世界』
107/222

106:切り通しの闘い(Bパート)

 切り通し防衛に廻された第一一八〇部隊

 即ち、フェリシア派遣軍第一混成旅団第一大隊第八中隊の総員は六八名で、中隊長は現在三名の指揮官補佐と共に第一小隊と共に後方に待機中である。

 此処から二キロ程後方の二股に分かれた隘路(あいろ)の崖側の陣だ。


 直ぐにその部隊と連絡を取り、防衛線を張らなくてはならないのだが、ある一つの事態が第二小隊長山金をパニックに陥れていた。


 無線が通じないのだ。

 いや、無線処か翻訳機すら怪しくなり、身近なフェリシア人との意思疎通も難しくなってきた。


 小隊の中でも半数程はフェリシア語、というかカグラ語が使える。

 実はカグラの言葉は地球の印欧言語、特にアナトリア語族に近い。

 巧が最初にヴェレーネに騙されて殺戮を行った時、彼は細工されたヘルメットでカグラの言葉を聴いた。

 その為に先入観から暫くの間はカグラに於いて活動していても、その事に気付くのが遅れたのだ。

 ヴェレーネは殺戮に当たって相手が発する言葉の意味を巧に少しでも推察されたくなかったのであろう。

 例えば、『助けてくれ!』や『止めてくれ!』などの命乞いの言葉などである。

 その他にも、魔術師ともなれば何らかの形でヴェレーネの名を出さないとも限らなかったからだ。



 兎も角、カグラの言葉を覚えつつある兵士らが通訳に入って何とか場をこなそうとするのだが、フェリシア人を馬鹿に仕切った山金は部下からの進言を全く聞く事は無く、それも混乱に拍車を掛ける。


 結局は相田の独断で後方との連絡に馬を使う事になった。

 二キロの距離である。充分と言える。

 又、国防軍には儀礼用の軍馬も飼われており乗馬できる者も少なくはない。

 だが今回、相田はフェリシア兵に伝令を任せた。

 信頼関係を崩さないためである。

 地球人がフェリシア語を知りつつある様に、フェリシア人も巧達の母国語に通じるものが居ないとは言えない。

 山金の言葉の意味は理解できなくとも、あの男の露骨なあざけりの目つきはフェリシア人に不快感を与え続けていることは容易に想像できた。


 そして問題の山金はというと、暗視カメラ(ノクトヴィジョン)の映像を見ただけで、再び天幕に籠もりきってしまう。

 だが暫くすると、今度は天幕から飛びだしてきて“自分が伝令に後方に行く”と言い出したのだ。

 流石にこれには誰しもが呆れ果てて言葉を失った。


「あいつは無茶口中将か!」

 と、兵の中からは先の大戦の無能将軍の名を出す者まで現れる始末だ。


 だが、運が良いのか悪いのか、前線部にいた軍馬六頭の内二頭は疾うに後方に伝令に出た後だ。

 また残り四頭は同じくフェリシア兵によって、相沢少佐率いるAS山岳中隊へ伝令に出て貰っていた。

 伝令とは言っても、ASが何処にいるのかは明確ではない。

 彼らはライン山中の中腹半径七五キロから百五十キロの範囲を一機ごとに援護車両と共に動き回っているのだ。


 北部は兎も角、南部のシエネに近い側に多く配備されて居るのは確かであろうから、この近くにいる事は間違いない。

 だが広い山中に於いて直ぐさま出会えるとは限らないため、一応は無線も持たせる。

 どの様な妨害方法かは知らないが、この場から離れれば無線も通じる可能性は高いだろう。

 後方への伝令にも、無線が通じない事は伝えるように言ってある。

 中隊長の位置からならAH(ヘリ)への地上支援要請も可能な筈である。

 だが、山越えでもシエネから六十キロ少々、戦闘が始まるのに間に合うかどうかは怪しい。

 何より、ヘリと地上の連携が取れるだろうか?

 相田の不安は募る。


 この事態を打開できるのは、やはり『AS』しか居ない。と思うのだ。

 迫撃砲射撃の音を聞いて駆けつけてくれるのを祈るしかないのか。

 誰もが絶望的な心持ちであった。



 無線が通じない理由は、実はルナールにあった。

 当の本人も知らなかったのだが、彼の魔法は『巨人』の頭部や胸元に埋め込んだ魔法石から映像情報を得た上で、魔術師達が巨人を操作する事を補助するものである。

 だが、その行為は強力な大気の乱れを引き起こす。

 正確には磁気嵐のような現象を引き起こしていたのだ。


 これではEM(電波攻撃)と何ら変わらない。

 

 勿論、相田も其れを放置していた訳ではない。

 直ぐさま通信隊にECM(妨害電波対策)を命じていた。

 急げば、対応策も見つかるかも知れない。


 AS31-Sのビームガンならばあの様なブリキのおもちゃ、吹き飛ばしてくれるに違いない。

 いや、『あの程度、重機関銃で穴だらけにしてみせるさ!』

 そう口にする者まで出ており、現段階では虚勢と言えど戦意は維持できている。

 無線に関わる不安感を払拭するために誰も彼もが勇ましい声を上げざるを得ないが、それすら無いよりはマシであろう。


 問題が有るとすればフェリシア兵である。

 流石に夜間一キロを越える位置に巨人兵が居るなど知らない。

 一応には教えるのだが見えないものはどうにもピンと来ないようなのだ。

 数名の獣人兵が「北から鉄の匂いがする」と言ってはくれる。

 そのお陰でフェリシア兵も相田の言葉を全く信用しない、とは行かなくなった様だが


「ではどうすればいいのだ?」

 と弓射隊の百人長に訊かれた時には相田も返答に詰まった。

 まさか、邪魔だから引っ込んでろ、という訳にも行かないのだ。

 過去に南部戦線で起きた連携問題が、此処でも起き始めたのだ。

 魔獣が相手で無い分、余計に(タチ)が悪い。


 遂に全ての巨人が河を渡りきった。いよいよ攻め上がってくる。

 山金はどうやら観念したようだ。 

 一応塹壕には入ったが、本来彼の位置は坂の頂上の筈である。

 誰もがこの男を無視して事を進めることにしたその時、後方からのトラックが次々にやって来た。

 第一小隊及び、中隊長が到着したのだ。


 山金は直ぐさま塹壕から飛びだして中隊長に現状を報告するが、斥候隊の報告を聞き流していた為、その説明はどうにも要領を得ない。

 怒鳴られているのが坂の最頂部からでも判り、伏せ撃ち姿勢の隊員達からも笑い声が漏れる。

 結局は相田が現場を分隊長のひとりに任せると二百メートル後方の塹壕まで走る事になった。


 三メートル幅の塹壕の橋を渡り、相田は中隊長に現状を報告する。

 その上で問題点として、フェリシア兵に現状の理解が乏しい事を告げると、側にいたフェリシア魔法兵と思われる白いフードの男が綺麗な母国語で尋ねてきた。


「あの? 照明弾は上げられないのですか?」

「あなたは?」

 思わず問い返す相田だが、その考えは一考に値すると見た。

 どのみち相手が来るルートは決まっている。その上こちらは坂の上だ。

 照明弾を打ち上げた所で距離が近いとは云え、こちらの布陣が見える事は有るまい。

 フェリシア兵に現状を確認させる意味でやる価値はある。


 そう考えた相田に、男はフードをめくると綺麗に頭を下げて挨拶をした。

 これまた母国風で面食らう。

「トレ・コリット、と申します。 

 魔法教官と後は地球軍とフェリシア軍の仲介員を申しつけられています」

 そう言って首から下げた身分証を示した。

 母国語とフェリシア語で彼の身分と名前が書かれている。

 国防軍での少尉待遇である。


「良い考えだと思います。中隊長殿、この方の提案を早速試して見たいのですが?」

 中隊長からの許可が下りると、相田はコリットと名乗った男に頼んだ。

「百人長と十人長全員を集めて頂けますでしょうか、翻訳機が全く駄目でして」

 お安いご用ですと彼は快く引き受け、全員は無理であったが近くにいた十人長6名と百人長を呼んで坂の上に立たせた。


 照明弾が打ち上がると同時に歓声が上がる。 が、直後にそれは叫声(さけびごえ)に変わった。


 八百メートル程離れた坂の下には確かに二十名程の人影が見える。

 だが、そのひとつひとつが側に立つ大木程の大きさがあるのだ。

「人間ではない!」

 十人長の一人が叫ぶ。ようやく事態を把握してくれたようだ。


 これで連携が取れる、と相田はほっとする。


 彼らには後方の塹壕に廻って貰い、二十名の魔術師の出番になる。

 地球軍からは迫撃砲が用意された。


 個人携帯可能な六十一ミリ迫撃砲の最大射程は四千五百メートル程度ある。

 だが、それは人間を相手にしての話だ。

 あの巨人相手では相当に引きつけて、直撃させないといけないだろう。

 迫撃砲は国防軍の場合、分隊単位で計算をきちんと行って射出される。

 米軍のように個人が物量で押すという事はしない。

 全くこの国は軍事に関してはいつまで経っても貧乏国である。

 勿論、二兵研の予算が廻ってきている以上、米軍と同じ物量優先の使い方をしても何ら問題は無いのだが、軍には慣れというものがあるのだ。


 それに上手い分隊なら一,五キロ程度離れていても直径一メートル以内に直撃させられる。

 この場に居る標準的な分隊でも、一キロ程度ならそれは可能であろう。

 彼らはそれにプライドを持っているのだ。


 それは良い。だが、今は『夜』である。 

 思考の転換をして欲しいと相田は思うが、山金のお陰で苛立った兵のプライドをこれ以上は刺激したくもない。

 条件が厳しい。


 現在迫撃砲隊は坂の頂上ではなく、其の後方三十メートルに位置させている。

 最前の歩兵の邪魔をしないためであり、また榴弾砲分隊の一人がその位置に陣取り観測によって照準を調整するのだ。

 一種の『反斜面戦法』である。

 もう少し引きつけたい。

 だが、巨人達の動きは止まっていた。

 


     ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇



 その頃、森の中では目を押さえてシナンガル魔術師達がのたうち回っていた。

 いきなりの閃光に目が眩んだのである。


 ルナールは今後相手が何かを発射した際は、一旦は目を閉じる事を許可せざるを得なかった。

 軍隊ではあるまじき命令であるが、これはやむを得ないと考えた。

 目は問題無いにしても、先程の光は魔術師達の精神にかなりのダメージを与えた。


 あれだけ巨大な『物』を動かすのだ。再度の精神統一が必要である。 

 指揮官としては『巨人』が止まっている間に敵からの攻撃がない事を祈るしかなかった。



      ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇



「止まったな」

「射程が分かって居るのかも知れん」

「そうかな? 充分に重機の射程内だぜ」

「上から下に打ってそうそう当たるかよ」


 兵士達は思い思いの言葉で緊張を紛らわしている。

 

 相田も、兵士と同じ心境というわけではないが、この流暢(りゅうちょう)に母国語を(あやつ)るフェリシア人に話を聞く機会を得て、つい緊張の緩和のためか口数も多くなる。

「我々の言葉を非常に上手く使われますね」

「恐れ入ります」

 相田の言葉にトレは先と同じように軽く頭を下げる。


「我々の兵士の多くはフェリシア女性の美しさに参ってしまって、此方(フェリシア)の言葉を覚えたがるのですが、フェリシア(こちら)(かた)が我々の言葉を学ぶというのは珍しいですね?」

 相田の言葉に、トレは少し笑って答えた。

「僕、いや私も似たようなものなんですよ。 

 どうしても翻訳機無しで話したい人が居まして、其れで頑張って覚えました」

 とは云ってもトレはズルをしていた。

 ヴェレーネに頼み込んで、精神量子の記憶部分をコピーして譲り受けたのだ。

 苦労したのは男性的な言葉遣いについて“のみ”であり、カンニングも良い所である。


 しかし、そのような事を知らない相田は感心しきりである。

「それほど魅力的なWAC(女性兵士)が我が軍にいましたかね?」

「いや、指揮官として尊敬できる人物です。男性ですよ」


 その言葉に相田は頷いた。

「自分の上官を言うのも何ですが、池間少佐は立派な方ですから気持ちは分かります」

 が、その相田の言葉にミスター・コリットは少し困った顔をする。

 違うのかと尋ねると、

「勿論、池間少佐は立派な方です。其れに異存はありませんが私が直接話したいのは別の人物なんです」

「ほう! 興味がありますね」

 相田がそう言って彼にその人物の名を問おうとした時、背中から声がした。


「相田少尉! 敵、前進します!」

 前線に置いた分隊長の一人からであった。

 坂道の裾野は“切り通し”よりは広く、二百メートル以上の幅がある。 

 上に向かうにつれ次第に狭くなり、坂を登り切った地点では十メートル前後となるのだ。


「筒が、ハンドキャノンの可能性が有る。近寄らせるなよ。

 軸線(じくせん)に乗ったら重機で撃ちまくれ。 

 ブリキのおもちゃなど穴だらけにしてしまえ!」

 相田は威勢良く叫ぶ。

 M2重機関銃の有効射程は約二キロ。装甲車でも充分に蜂の巣に出来る距離だ。

 その声が聞こえて安心したのか山金まで前に出てきて、さも自分が此処(ここ)まで体勢を作ったとばかりに重機関銃分隊の後方に立つと、自分の合図で撃つように言ってくる。

 誰もが白けまくった。


 その時、コリットが怪訝(けげん)な顔をして相田に声を掛ける。

「あの? ブリキ、って“プッレホ”のことですよね?」

 プレッホとはカグラの言葉で人が手で折り曲げられる程に薄くのばした金属の板を指す。

 つまりはブリキだ。

 相田もそれくらいは知っていたので、そうだ、と言うと。


「シナンガルの板金技術は低いんですよ。プレッホ処か普通の延べ板を作るのにも結構難儀している筈なんですが……」

「は?」

 ”それは、どういう意味なのだ”、と問おうとした相田の言葉は、山金の射撃命令と重機関銃の射撃音にかき消された。


 数秒間の連射の後、

「成果確認後、誤差修正!」

 その声が響く。


 だが、暗視ゴーグルを付けた重機隊の面々は言葉を失っている。

「どうした! さっさと報告せんか!」

 山金が怒鳴る。

 スコープを覗いていた、一人の隊員がやっとで声を出した。

「ほぼ……、全弾名中です」

 それを聞いて山金は満足そうに頷くと自分のゴーグルを下げ、目に当てた。

 ……が、いきなり怒鳴り出す。


「な、何が全弾名中だ! 全く当たってないだろ! 

 貴様等、俺の指揮が気に入らんと言うのか!」

 そう言って、自分の前方で銃器を構え胡座(あぐら)撃ちをしていた兵士を蹴り飛ばした。

 下手をすれば十数メートルは滑落(かつらく)しかねない危険な行為である。

 胡座撃ちは、命中率を高めるため腰をしっかり落とす。

 反面、急な状況の変化に対応できないのだ。


「止めろ!」

 流石に、この行為には相田も怒る。

 後から山金の襟首を捕まえると引きずり倒した。

「き、貴様! 隊長に向かって!」

「隊長が聞いて呆れる! 部下を殺しかけておいて、良くそんな事が言えたな!」

 睨み合う二人。

 後方では中隊長が険悪な空気を察したのか、直衛の部下を走らせてくる。


 その時、誰かがぼそりと呟いた。

「乱戦になると弾が後から飛んでくる事があるそうですね……」

 トレであった。


 場に一瞬の緊張が走る。

 と、そこへ中隊長付の軍曹が到着した。

「何か、問題でも?」

 少尉二人がどう答えるか迷ったその時、またしてもトレが口を開いた。


「いや、さっきから小隊長さんが体調が悪いのに頑張ってるんで、副隊長さんが休むように言ってるんですが、緊急時ですから隊長さんも引かなくて。それで揉めてるんですよ」

 そう言うと、二人の顔を見て話を続ける。

「でも第三者として言うなら、小隊長さんは休まれた方が良いと思いますよ。

 ほら、隊長さん、凄く顔色が悪い」


 トレの言葉に周りの兵士の誰もが頷く。

 挙げ句、軍曹もライトで山金の顔を照らすと、

「唇が真っ白ですよ。休まれた方が良いでしょう」

 そう言って、手の平を上に向けて後方を指さした。

 暫く声も出せなかった山金であったが、俯くと塹壕に向かって歩いていった。


 その後ろ姿を見ながら、軍曹は、

「後で、正式な報告をお願いします」

 そう言って駆けていく。

 無線が使えないため、第一小隊も塹壕を越えて待機しているが、山金の姿はその後に消えたようだ。


「助かりました」

 頭を下げる相田にトレは『其れは兎も角』、と現状の確認を求める。

 

 重機隊が言うには相手は重機の集中打を浴びて一旦は足を止めたようだが、一体も倒れていない。

 しかも、緩やかにではあるが再度進み始めたと言うのだ。

「全弾名中、と言ったな?」

 相田の声に、重機担当の内山は頷く。

「感触ですがね。ありゃ、芯まで鉄のかたまりかも知れません」


 例え飛び道具でも『手応え』というものは確かに存在する。

 内山軍曹は、ある意味重機のプロだ。

 その男が言うからには間違いはあるまい、と相田は思う。

 なにより先に聞いたコリット仲介員の言葉にも合致するのだ。


 ならば、迫撃砲も殆ど意味がないと云う事ではないか。


 “どうする”と悩む相田に、トレが声を掛けてきた。

「足は止まるんですよね?」

 相田は内山に尋ねる。

「止められるのか?」

「あっちも慣れるでしょうが、打撃力で押すしかないんじゃないでしょうか?

 少しは効果はあると思います」


 内山の返事にトレは頷くと、

「とにかくあの大砲が何か分かりません。 

 正体は分かりませんが、発射されると(まず)い気がします」

「同感ですね。 それで?」

「と言って正体が分からないのも困る」

 相田は舌を巻く気分である。

 相手の攻撃を受けるにおいて確かに兵器の効能や射程を知る事は重要だ。

 だが、其れを理解している人間が兵士でもどれだけ居るか。


「ミスター・コリット。何かお考えが?」

「奴らが、あれを発射しないと云う事は、この頂上ですら未だ射程内ではないと云う事でしょう」

 相田が頷くとトレは、もうひとつと付け加える。

「我々は徐々に後退しなくてはなりません」

「何故?」

「もうすぐ、AH-2S(攻撃ヘリ)が来ますね」

 その一言で相田も理解できた。

 彼我(ひが)の距離が近すぎては、ヘリとしても援護のミサイルも撃てない。

 ASも同様であろう。

 味方を巻き込む恐れがあるのだ。


「この街道は取られたら取り返せば良い場所なんです。 

 シエネ城塞のように“死守”なんて事を考えてはいけません。 

 あそこは後がないから仕方ないんですよ」

 トレの言葉は合理的な考え方である。 

 言うなれば、“離島奪還作戦”に通じる物がある考え方だ。


「と言って、黙って引く訳にもいきません、この距離なら未だ粘れますので」

 相田は、一応反論してみた。

 別にトレの言う事が間違っているとは思わないが、何もせずに引く訳には行かない。

 此処(ここ)は街道に於いて最も守りに有利な場所であり、あのようなものが相手では、この後はずるずると下がる事になるだけ、の可能性が高いのだ。


「ええ、ですから」

 そう言うと、トレは腰に下げていた暗視ゴーグル(ノクトヴィジョン)を装着する。

 坂の頂上に歩いていくと敵に身をさらした。

 兵士達の間から、馬鹿!だの、伏せろ!だの、と声が上がる

 相手が大砲らしき物を抱えている事を斥候分隊が報告している。

 あちらからこちらが目視できているかどうかは知らないが、何があるのか分からないのだ。


 がトレは一向に気にしない。

 そのまま両手を坂の下に向けた。


 20秒程そうしていたが、手を下げると同時に後に飛び退いた。

 相田にとってカグラでどうなのかは知らないが、地球の戦場に於いて歩兵が同じ場所に3秒以上身をさらすのは自殺と同じである。

 危険極まりない行為にやや怒りながら相田は直ぐさま彼に駆け寄った。

「何をしたんですか?」

「ま、見てて下さいな」

「何をしたかは知りませんが、危険だとは思わなかったんですか?」

 相田の少し怒った声に、トレは嬉しそうに応えた。


「ほら、そうやって心配して下さるでしょ?

 いざとなりゃ、此処に居る皆さんが援護して下さるって分かってましたって!」


 トレのその言葉に、周りの兵士達は爆笑した。

「こりゃあ、こっちも負けていられないね!」

「凄い大将だな!」

 あちこちから声が上がる。


「大将じゃなくて(エセ)少尉ですよ」

 トレが首から下げた身分証を眼前で振りつつ返事を返すと笑い声は一際大きくなった。

 重機の効果がない事で意気消沈していた小隊が一気に息を吹き返した様だ。


 全く何という男だ、と相田は思う。

 それにしても、これ程の男に(した)われる国防軍兵士とはどの様な男なのであろうか?

 ふと、それも気になったが、トレが『仕掛けが効くまで、少し時間があるので魔法兵を配置に就かせる』と言って後方に下がる。


 魔法兵は後方五十メートル地点で彼の指示を受けていたが、それも僅かな時間でそれぞれに散っていった。


 相田が坂の下に目を向けると、隊列を組んだ『巨人達』は急勾配とまでは行かないが、それでも(きつ)めの傾斜を持つ坂道に向かい歩を進めてくる。


 彼我の距離、約八百メートルである。





体調の上下があって怖いんですが、どうやら頸肩腕症候群とか言うらしいです。

皆さん、お体は大切にして下さいね。

このパートはDくらいまで続くと思います。年内にはパート終了したいですね。

それでも、110話行かないのでもう少し頑張らないといけませんかね?

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