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星を追う者たち  作者: 矢口
第七章 愛に生まれ、殺戮に育つのは『世界』
105/222

104:心の隙間より生まれしもの

『そりゃロケットね』

「ロケット?」


 軍議が一段落したルナールは急ぎ天幕に戻り『軍師』を呼び出した。


 最初、彼女はルナールの問い掛けに答えようとすることは無くスーラの(まま)であったのだが、海岸の『船』に類似した物体の話を始めた処ようやく姿を現し、途端に先の一言を発したのだ。

 マスクを付けていないため、目付きの鋭いスーラを見るのはルナールにとって余り気分の良いものでは無いが今はそれどころではない。

 情報が得たいのだ。


『あの海岸の“船”、とは逆の仕事をするものよ。 

 まあ、ミサイルにも転用可能ってのが厄介ね。

 しかし、遂にあの世界から“そんな物”まで持ち込んだか……』

(まず)いのですか?」

『核でも装備してれば……、搭載能力にも寄るけど、シナンガルの首都や副首都のロンシャンぐらいなら周りの住民ごと一瞬で消えるわねぇ』


 軽い一言に、ルナールの息が詰まる。


 アダマンの言った事は本当の事だったのだ!

 副首都ロンシャンは周辺人口を含め、一億に迫る人口がある。

 其れが一瞬で消え去る。

 自分たちは、そのような恐ろしい相手に怒りを持たせようとしている。 

 自殺、いや自滅に向かってまっしぐらではないか。


「どういう事だ!」

 ルナールの焦りは怒りとなって口調に表れたが、軍師は平然としたものである。

『どう、とは?』

「私は奴隷制度を無くしたいからこそ、貴様の“手駒に成る”事を“良し”とした。

 だが、軍人が死ぬのは兎も角、罪もない住民まで皆殺しにするような相手を国内に引き込む気は無かったぞ!」


 自分は馬鹿だ!

 ルナールは今更ながらに“そう”思う。

 この『軍師』という何者かの存在。その正体は全く掴めない。

 だが、スーラのような小さな子供の体を乗っ取っている段階で、真っ当な存在でない事は確かではないか。

 何時(いつ)の日にか此奴(こいつ)が今のようにスーラの姿を(あら)わにしたまま行動したならばどうなる。

 全ての責任はスーラが背負わされる。

 何も知らない(とお)の子供が、作戦の失敗に怒り狂った将軍達に切り伏せられる事すら有り得るのだ。


 何故、何故こんな簡単な事に気付かなかった。

 俺は馬鹿だ!

 ルナールはその思いだけしか頭に浮かばない。 

 気が狂った方が楽かも知れない、とすら思う。


 だが、その手が白くなる程に拳を握りしめ(うつむ)いたルナールの耳に、信じられない言葉が聞こえた。


『この子の体に危害を加えられる奴なんていないわよ』


 はっとして顔を上げると、軍師が口の端を軽く上げている。

 スーラの顔の侭で其の様な表情をしないで欲しいとルナールは心底思ったが、それ以上に“思考が読まれる程に感情が顔に出たか”と、自分の未熟を()じた。

 椅子に腰掛けた侭の軍師からみれば立って居る自分の表情は喩え俯いていたとしても良く見えたのであろうな、等と考え、そのような『隙』を作った事すら自己嫌悪に拍車を掛ける。


「常に、あの部屋にいるという訳には行きますまい」

 辛うじて返せた言葉は其れだけだ。

『今は、あなたが守ってくれるでしょ?』

 スーラのあどけない顔でそう言われて、何故かドキリとした。


 ああ、そうだ。

 首都で見た様に、ゴミを食糧にしても飢えから逃れられず死んでいったであろう子供達。

 あの様に救えなかった多くの命がある。

 “ならば目の前の此の子だけでも”と思いつつ発した言葉は、事実を交えながらも嫌味を含む様なものであった。

「あなたが隠しているだけで、もしや私ひとりの力よりあなたとスーラ嬢の方が余程強いかもしれませんな」

『最後の最後は、あなたを頼りにしてるわよ。此の子はね』

「あなたは、違う様ですね」

『あたしは、きちんと自分を取り戻すわ。 

 この闘いは案外“私”と云うものは何者なのかを確かめる闘いなのかも知れない、のよ』


 相変わらず妙な事を言う軍師にルナールは戸惑うが、其れは一旦置いて重要な点だけを問う。

 結局、その危険な兵器はシナンガルに向けられるのか、という彼の問いに『軍師』は明確に“No”を示した。

 根拠を尋ねると、まずはフェリシアの国是は生きている以上、無差別な殺戮は起きえない事を示す。

 

 確かに、『軍師』の言葉に驚いて一瞬我を忘れたが、フェリシア軍は麻畑への損害を補償すると宣言する程に軍民の別を分けている。

 何ら心配する事ではなかったのだ。

 先程までの自分の熱さに気恥ずかしくなる。


 だが、続いての『軍師』の言葉はルナールに哲学的な問いを求める事になった。


『あの、鳥使いの自由人(バロネット)達ね』

 一言、言ってルナールの反応を見る。食いついている様子を見て楽しそうに笑うと、こう続けてルナールを驚かせた。

『闘うのが嫌いなのよ』


「あれだけの力を持ちながら……、ですか」

『力の有無は関係ないの。一般に軍人や兵士は戦争が嫌いな物でしょ?』

「軍人? 奴ら軍人なのですか?」

「まあね」

「何処の?」

 ルナールの問いは“どの国の?”と云う意味であったが、直ぐさま、彼は日頃の軍師の言葉を思い出した。

「この世界ではない、違う世界。本当に存在するのですね……」

『やっぱり、信じていなかったか?』

「はい、やはり(にわか)には……」

『まあ、仕方ないわね。それで今は?』

「前よりはずっと信じつつありますね」

 アダマンとの会見もその事を後押しするようになった、とは余計な一言であったので口にはしない。


 ルナールの返事に“今はそれで良い”と頷く軍師だが、ルナールは彼女が“消える”前にもうひとつ聴いておきたい事があった。

「軍人が戦争を嫌うとは?」

『此の世界では、戦争に於いて未だ個人と個人が武勇を競う隙間があるわ』

 そう言って一息吐くと悲しげに首を横に振る

『でもね……、 

 戦争が全てマーシアの砲撃の様なもので行われる世界になったとしたら、それでもあなたは“武を競って名誉を求める戦”などと云うものが成り立つと思う?』


『軍師』の言葉にルナールは身震いする。

 近年のシナンガルに於ける魔法力の強化は既にその兆候を見せ始めているのではないか?


 六ヶ国戦乱の時代、数千の兵を揃えて三日三晩の攻城戦を行い、結果、死傷者は一名。

 しかも、その兵の死因は慌てて走って転んだ際に打ち所が悪かった為、という間抜けな話がある。


 過去の戦争は実は差程に悲惨なばかりではない。

 栄光があり、挫折があり、悲哀のみならずユーモアすらも散見(さんけん)することもあった。


 だからこそ、男達は戦士である事に名誉を求めた。

 だが魔法力が上がるにつれ、いや、魔法王国フェリシアと敵対するにつれ、その魔法とは実は恐ろしいものだと、誰もが気付き始めている。

 六ヶ国戦乱時代の記録に於けるフェリシアはあまりにも余裕がありすぎ、魔法を使って相手国を翻弄(ほんろう)していただけで済ませていたようだ。

 国防に於いては()れで充分だったからだ。

 記録のフェリシア騎士達が敵兵を殺したと云う例は非常に少ない。

 一~~二度は懲罰的に強圧な戦闘があったと云うが、事実かどうかも疑わしい伝説の類である。

 圧倒的な力の差が、其の様な戦い方をフェリシアに許していたのであろう。


 だが、今は違う。

 フェリシアも闘う時には闘う様になった。

 人口差が開きすぎ、魔法力で対抗できる範囲を飛び越えてしまったためだ。



 そうして六十年前。

 過去のフェリシアの対応に甘えたシナンガルは兵力の差を持って彼らの国土を侵犯しようとした。

 だが、結果はたったひとりのエルフに一軍が壊滅する被害を受けただけである。

 方面軍制度が成立していなかった当時としては派遣軍の回復に一年を要した損害であった。



 過去に巧が看破(かんぱ)したように、シナンガル軍が最大兵力一千三百万人と豪語しても、実際にフェリシア方面の戦場に動かせる兵は一年を通じて常備兵のみとしては四十万人程度であり、半年と区切っても百万を超える事は決して出来ない。


 兵站(へいたん)が持たないのだ。

 百万の軍を集めても、その兵を喰わせるためには物資が必要だ。

 そして物資を運ぶ輜重(しちょう)兵そのものも人間である以上、食糧を初め様々な物資を消費する。

 そうなれば、その物資を増やす事になるが、そうなれば更に人を増やさなくてはなくなる。

 人を増やせば更に物資が必要に、と、堂々巡りになる事はすぐに分かる事だろう。


 また馬である。

 戦場では飼い葉は幾らあっても足りない。

 飼い葉は直ぐに枯渇(こかつ)する軍事の足かせだ。 

 だが馬のない戦場など、これまた想像も付かない。



 戦場は年々息苦しくなり、其処に立っている事だけですらも命の危険を孕む様に感じている。

 結局、軍事は議会政争の道具に使われているだけであり、戦場に喜んでやってくる軍人など出世を目論む議員階級の次男坊以下か、ベルナールのような勝負に出る必要のある議員そのものだけなのである。

『徴兵された兵は勿論、正規軍人程、戦争を嫌う』

『軍師』の発した此の言葉はあながち間違いではない。


 地球の歴史も魔法を火器に置き換えれば似たような事になるのであろう。



 だが、其れは現場でも下士官クラス以下の前線の兵士の話だ。

 馬鹿な上層部を持てば、地位的にも物理的にも安全な場所にいる上級将校は軍事を(もてあそ)ぶ傾向が有る。

 特に、シナンガルの兵制は大きな問題を抱えている。

 フェリシアのような完全な文民統制シビリアン・コントロールではない。


 フェリシアでは軍事の最終決定権は王宮にあるとは云え、議会の有り様も無視できない。

 兵站を生み出す予算の一次決定権は議会が全て握っているからだ。

 そして議会もまた、女王の名の下に軍に命令を下す立場ではあるが軍と癒着できないシステムが出来ている。


 基本的に十年以上軍籍に在った者は、完全に軍から離れて信任を受けた後でなければ議会に立候補する事すらままならない。

 王宮と軍の癒着を二重に防ぐ意味もある厳しいシステムである。

 千人長以上になったものには特に議員への立候補には厳しい制限が付けられる。

 しかも必ず地方選挙から始めなくてはならないため、長い地方任期を終え国政の場に出るようになった時には、その人物の部下達は軍に於いては当人の過去の階級を凌駕(りょうが)している事がままあるのだ。


 これでは組織を作って秘密裏に長期の計画を立てるしかないが、その組織(スクール)を作る動きが見つかった場合は議会、諮問院いずれからでも軍に査察が入る。

 王宮に最終的な開戦権があるとは云え、議会の承認無しでは軍は動けない。


 つまりフェリシアに於いて軍閥を作る事は事実上不可能なのだ。


 だが、シナンガルはどうだ?

 議員が直接軍を率いて行動する。 

 しかもその結果、戦果を上げる事が出世の近道になる事すら認められているのだ。

 危険すぎるシステムである。


 マークス・アダマンもその点を恐れたのか、過去にある議員の意見を取り入れ改革を行った。

 其れが、育成要塞での意見交換にあったような『参議制度』である。

 

 第三者機関としての参議が、様々な案件を討議して議会に軍事行動の是非を問う。

 或いは中止の勧告や再討議を求めるシステムである。

 五年ごとの完全入れ替え制度である為、まっとうな人物達がその中核を成している間は軍事行動にも歯止めが掛かる。

 しかし、場合によっては軍に好意的な参議が集まる事もあるのだ。

 今がその時期であり、だからこそアダマンは病と称して軍と距離を置いているのであろう。


 其れを踏まえて、ルナールは『軍師』に反論をした。

「今は兎も角、あの異世界人と思われる自由人(バロネット)達が好戦的でない証拠はないと思いますが?」

『そうね。あなたから見ればそうなるでしょう』

「と、言いますと?」

『まず、私は実は彼らの事を幾分か知っているのよ』

「は?」


 どこで、どの様にしてと考えるルナールの脳裏にひらめいた“答え”

 彼は其れを口に出す。

「軍師殿は、あの者達と同じ世界から来訪(いら)した訳ですね」

 かなり自信もって口にした言葉だったが、『軍師』はそれを聞いて笑い出した。


 スーラの顔で狂気染みた顔をして笑う。

 ルナールはぞっとした。 

 ほんの数十分前に見た愛らしいスーラの笑顔が永遠に直視できなくなりそうな程だ。

 息を継ぎつつ頼み事をする。


「申し訳ありませんが、マスクを付けて下さいませんか」

『あら、ご免なさい』

 そう言うと立ち上がった『軍師』はマスクを探りつつルナールに背を向けたままで話し始めた。

 その姿すらも彼の精神を抉る。


『あのね、あたしは“間違い無く”この世界の“存在”よ』

 マスクを身に付けると椅子に掛け直して話を続けた。

 マスクを付けて貰って正解だ。

 ルナールは何故か、其れだけでスーラを守れた気分になれた。


『あいつ等の事を知っているのは、あたしがここに来る前に、閉じ込められていた空間、いや“隙間”かな? 其処が彼らがこの世界に来る通り道になっちゃってたのよ。

 だから彼らの何人かの意識はきちんと読めたの。

 あの時は、あたしが隙間に居ると云うより、隙間があたしそのものだったのかもね』


 軍師の言っている事は半分も分からないルナールだが、どうやらこの『軍師』ずっと何処かに閉じ込められていた、と言った。

 これは確かだ。

 此奴を閉じ込めるだけの力を持つ存在が居ると云うのだろうか?

 ならば“そいつ”は『軍師』より更に危険な存在なのか?

 疑問は深まるばかりである。

 そのようなルナールには構わず、『軍師』は話を続ける。


『それにね。さっきも言ったけど彼らはフェリシアの“国是”に従っているでしょ?

 あなたは“今は”と言って先を恐れているけど、彼らは約束を(たが)える連中じゃないし、何より、自己満足で闘っている集団でもないわ』


「では、今度は“フェリシアの逆侵攻は無い”と云う事になります。

 あなたの言っている事は矛盾している!」

 ルナールの正論に、『軍師』は慌てなかった。

『私はね。あの自由人(バロネット)達を怒らそうとしているんじゃないのよ。

 フェリシア人を怒らせようとしているの。

 彼らは()れに従うだけでしょうし、場合によってはマーシア・グラディウスが常軌を逸した行動に出た時に止められる存在としても必要なの』


「やはり、彼らが全ての“鍵”でしたか……」

『鳥使い』を警戒していた自分の考えは正しかったのだ。

 と言う感覚は何も自分の能力に自己満足するためのものでは無い。

 今後の行動に於いて、間違いのない思考手順を踏む能力が自分に有るかどうかが知れた安堵感である。


『分かってくれた?』 

 その『軍師』の言葉に唯、頷くだけのルナールであった。


『じゃあ、今夜の仕事、始めてしまいなさいな。

 彼らに“いずれは自分たちがその足でラインを越えないといけない”と考えさせる最初の布石よ。 

 今までのように“鳥”で守り続ける訳には行かないと覚悟させるのよ』


 そう言うと、疲れたので眠る、と言ったままスーラに戻ったであろう彼女は椅子に体を預けて目を閉じた。

 直ぐに寝息が聞こえてくる。

 彼女のマスクを外し、鞄に投げ込むと隣の天幕まで行き、侍女を呼び出した。

 後を頼んで、彼は幕舎に戻る。

 ひとつ間違えれば“破滅”

 其れを知っているのは自分だけであるという事実に押しつぶされそうであったが、其れを表情に出さぬ事が出来る程、彼は日に日に強くなっている。


「守らなくてはならない」

 言葉にして自分の意志を確かめるルナールは何時しか、本気でそう思うようになっていた。

 守る対象となる主語を敢えて口にはしない。


 だが其れは“国家”などと言う漠然としたものから実体のある個人へと移りつつある事は明確であった。





サブタイトルは、中井紀夫氏の『炎の海より生まれしもの』です。

評価は高いようですが絶版とはこれ如何に? です。


まあ、良い物が必ずしも売れる訳ではない、というのはどの世界も一緒ですので仕方無いのですが、ちょっと妙な気分になりますね。

(評価が本物ならいずれは復刻されると信じてもいます)


プロデュースって奴は平賀源内の頃処か古代ギリシアにすら『やせ薬の宣伝広告』があった事から、その重要性は良く分かります。

しかし、その様な事に関わらず上質の著書は長く残って欲しいものですね。

と思ってしまいました。

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