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星を追う者たち  作者: 矢口
第七章 愛に生まれ、殺戮に育つのは『世界』
100/222

99:見知らぬあなた

このお話を持って、プロローグを含めて100話目になります。

此処まで続いてこれたのも、貴重な時間を使って目を通して下さる皆様のおかげと感謝致します。

今後とも宜しくお願い致します。

 ガーインでC-2Wから受け取ったもの、それはAS20―F、『オーファン改』であった。

 背中のバックパックによるグランド・エフェクト(G・E)・ラムジェットエンジンの出力をほぼ倍にし、低空戦闘機動性能を高めた特注品である。


 最高速度は今までの時速三百キロ程度から時速四百五十キロを僅かに越えるほど速度は上がり、高度も最大二百メートルは取れるであろう。

 その代わりと言ってはなんだが肩の二連装ビームガンが装備できない事は当然である。

 その為、坂崎はガトリングガンと交代で六連発のカートリッジ式燃料電池を備えたハンドタイプのビームガンを開発してあった。

 オーファンの両外(もも)は防弾板代わりの如く『電圧カートリッジ』で埋まってしまっている。

 有線で、輸送船から電源を引いたビームガンまで用意されたが、此方は一〇五ミリ榴弾砲と見分けが付かないサイズの迫力を持って甲板のホルダーに据え置かれた。


「射程は?」と巧が訊くと、『輸送艦の電圧次第』と投げやりな台詞である。

 砲身の電圧保持機能は八〇〇キロワット以上は有る上に、熱レーザーガンに反動は無い事を考えると、使えるならば此以上はない強力無比な武装ではあるのだが、問題も多い。

 例えば洋上では、水平射撃が難しい。

 水蒸気の拡散率は思いの外高く、何より直進性の強いレーザーは水平線までが射程になるのだ。

 敵に低空で迫られ、前面に水の壁を作られた場合はまるで役立たずに近い武器である。


 そのような存在が居るかと言われると首を傾げるが、地球でも軍艦は互いの熱レーザー攻撃から同じような『ウォータースクリーン方式』で身を守っているのだ。

 魔獣が同じ方法を取らないとも限らないであろう。


 有線式の巨大なビームガンは両手で抱えて、ガンのカメラサイト画像をコックピットに直接送り込む事になった。

 撃つ時の姿勢は腰溜(こしだめ)で相当に無様な姿になりそうだ、と巧はゲンナリとなる。


 しかし、それは口に出来ない。

 大馬鹿大将の坂崎が“趣味の道具(ガジェット)”として開発したものでは有るが、彼は彼なりに真剣だったのだ。

 坂崎は、巧に会う(ごと)にカグラにおける戦線の状況を尋ねると、それを地図にしては、“ああでもない、こうでもない”とブツブツ言っていた。

 早い話、その地形にあったアームド・スカウトを造りあげる為に巧からカグラの話を微細に確認していたのだ。

 ヴェレーネからの指示が入る以前には準備を進めていたというのだから、巧を殺したくない、という意識の賜物であろう。

 実は坂崎は巧が思うより、巧が好きなのかも知れない。 


 それに気づいた巧は、彼に少しながら感謝の気持ちが芽生えた。


 届いたオーファンは、正面からの見た目は殆ど変化はないものの、バックパックラムジェットを機能的に運用する事を前提として、腰回りから背中に賭けて強化フレームで覆われている。

 設計思考を考えると最早戦闘機と呼ばれる直前にまで改造を受けた代物であった。

「頭、痛いな……」

 巧は頭を抱えるが、反面コペルは“悪くない”と言い切った。

「坂崎さんとやらは、よく考えている」

 その言葉を残して彼は部屋に戻る。


 コペルの反応を見るに、どうやらビストラント海峡での危険度は下がった様だ。

 それだけでも良しとしよう。

 巧のみ成らず、分遣隊員一同は彼の一挙一動に反応して行動せざるを得ない。


 無意識にだが、コペルが納得するなら此方も納得するという思考パターンが出来上がっていた。



     ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇



 納得の巧達は兎も角として、納得出来ずに(わめ)いている人物も居る。

 マリアンは元々、彼女が其の様な人物だと知っている。

 マーシアもマリアンの記憶から当然それは把握していた。


 だがこの数年、彼女は生きる事すら放棄しかねない状態で有ったのだ。

 それが“人を怒鳴る”状態にまで復活している、などとはいったい誰に予想が付こうか。


“まいった”

 二人揃った一人は、唯々、杏の説教に項垂れるばかりである。



 事の起こりは、三月二十六日の夕刻。

 久々に市ノ瀬と杏が前日の二十五日にフェリシアに迎え入れられた。

 彼女たちは地球の四月十三日からやって来たのだが、(これ)は二十六日に坂崎達がフェリシア入りする前から現地の様子を記録し、

『何故、今、フェリシアに於いてロケットが必要とされているのか?』

 をウェブ配信のゲーム通信において発表する為であった。


『ゼータⅠ』本体の技術は特殊なものでは無い。

 巧の国で独自の発達を遂げた固形燃料ロケットではあるが、世界中が其の内容を知っている。

 それほどに『枯れた』技術の集大成である。

 燃焼速度コントロールに関する秘密が他国にその模倣を許さないだけだ。


 問題はそのコントロール技術である。

 イプシロンの頃からそうであるが、ゼータⅠは燃焼も含め、姿勢制御に至るまで自己診断機能を持っている。

 信じられぬ程高度であり、発射前に異常があれば自分でカウンターをリセットまでもする。


 実際、二〇一三年のイプシロンの初の打ち上げは、人間から見れば何ら問題の無い『コンマ以下の発射台の角度の狂い』をイプシロンの自己診断装置が捉えてしまって失敗に終わった。

 診断装置が設計者の予想を超えて優秀すぎた為、発射を認めなかったという笑えない失敗であった。

 それほどの高度な機器を、名目としてでも『ゲーム開発の為』に使うのだ、理由を探して発表しなくてはいけない。


 政府としてはヴェレーネに

『食糧ルート防衛の為』と言われ、下瀬からは『責任は自分が取る』とまで言われては断り切れない。

 しかし、諸外国に対する言い訳は必要だ。

 現実のロケットをヴァーチャルの『ゲーム開発の為』にどの様に使うのか、このつじつまを合わせなくてはならない。

『宇宙開発条約』との関わりからロケットに関しては全て民間に丸投げとは行かないのだ。


 という訳で、二人が送り込まれた。

 後々、民間技術の漏洩が無い様にと云う事で警察庁職員や一般警察官も送られてくるが、その先遣(せんけん)として市ノ瀬衣乃と柊杏がまずはフェリシアに(おもむ)く事になった。

 方法は馬鹿げて簡単である。

 彼女たちは二兵研の敷地内に住んでいるのだ。

 第六倉庫から定期物資が送られる際に、その場に居ればいい。

 それだけである。


 そうやって何度目かの訪問に際し、いつも通りに駐屯地の転送地に降り立つとシエネの南門を抜け、様々なタイプの人種が歩くメルヘン世界の石畳の道を八百メートルも進まずに議員会館の門を(くぐ)る。

 それから、やはりメルヘンの住人であるエルフに渡りを付け、ヴェレーネに面会を求めた。


 話を聞いてロケットそのものの打ち上げはゲームに組み込むには難しい問題を孕んでいる事は分かったが、彼女たちはヴェレーネの説得に折れて、フェリシアに都合を合わせた発表をする事になった。

 良いアイディアがある訳ではないのだが、ともかくそう決めたのだ。


 議員会館で様々な人々と一晩話し合ったのだが、当然ながら簡単に結論は出ない。

 翌日はアイディア探しの為、許可証を携帯して午前中はシエネの街中を食べ歩き、午後は街の東にある駐屯所に戻った。


 と、転送された時には気付かなかったのだが、遠くに滑走路が出来ている事に2人は気付く。

 材料探しと取材に丁度良い、と二人が戦闘機F-3Dに近付いた所、杏にとっては見慣れているはずの人物が、まるで見知らぬ他人になったかのように恐るべき武装をして立っていたのだ。


     ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇


 アルスとマーシアが十七日に岩国・横田の後部席に乗ったのは二つの意味がある。

 まずは当然ながらカレシュの救出だ。


 それから、もうひとつ。


 マーシアとアルスの攻撃力を戦闘機の後席に押し込めて置き続けられる訳もない。

 彼女達は戦闘機に同乗する魔術師の選定を共に行う為、どの様な能力が必要かを確かめる事を司令部から命じられていた。

 その為に自分たちで最初に搭乗することで、必要とされる魔術師を選抜する為の情報を集めたのである。


 そして今、三十名の魔術師を集め、ふたりで十五名ずつに分けた魔術師から後部レーダー席に適応する人物の選定作業を行っている。

 全員が適応できれば良いのだが、等と話しながらそれぞれに別れて魔力の適応力の測定を行っていた。

 この十日で何度かの“ふるい落とし”を行い、最後に残った三十名への最終確認の真っ最中である。


 アルスは、いつもの青と違い今日は珍しく黄色を基調としてはいるが、何時も通りの“貴婦人然”としたドレス姿である。

 相変わらずウエストは絞られ、袖口は開き、ヒールが僅かに見える程度までの長さの(すそ)が三重に布重ねされ見事なレースを(いろど)っている。

 滑走路は砂埃が舞う為、彼女は自分の周りに僅かに湿度を高めた空気を纏わせて、砂埃がドレスに付着するのを防いでいる。

 首元の豪勢なネックレスと合わせて見事な青い髪をなびかせ、フード姿の魔術師達の前に立って命を下す直前のその姿は、地球の絵本に出て来る女王さながらの姿であった。


 衣乃も杏もその美しさに思わず溜息を()いた。

 ……のだが、次いで視線を右に移した時、信じられないものを見る。


 マーシアである。


 彼女が皮鎧を着ているのは見た事がある。

 地球に滞在していた際、ロングソードを毎朝振っていたのも知っている。


 だが、今彼女の背に背負われている『あれ』は、いったい何なのだ?

 二人は『ハルベルト』などと言う武器の名は知らない。

 しかし、その斧の巨大さと先端の穂先の鋭さ、何よりその武器が持つ禍々(まがまが)しさに目を(そむ)けたくなる事を堪え、二人の仕事が終わるのを待つ迄の間、彼女がその武器を手に取らぬ様、祈る気持ちで一杯であった。



 結局、後席でレーダーを操り魔力による距離測定を行うと共に空対空ミサイル(AAM)等の近接信管を作動させるだけならば、三十名全員が合格で有る事は確認できた。

 現在、南部戦線で後部席に乗っている魔術師達もその点は直ぐに適応できたというが、この三十名はその交代要員としても頑張って貰うのだ。

 これくらいは当然にクリアしてもらわなくては困る。


 問題は、パイロット達を『ゾーン』に入れる事が出来るか、又、許可が下りたならの話であるが、『対抗力場』を構築できるか、だ。

 これが最大の問題になるが、ゾーンはともかく後者はそう簡単に確認できる物でもない為、明日の課題として演習は終了した。



 マーシアが杏に捕まったのは(すで)に日も暮れようかという時間帯である。

 声を掛ける事も出来ず杏は彼女を待ち続けて居たのであり、市ノ瀬もその側で杏を見つめる外はなかった。

 アルスは杏との間に面識はない。

 最初は巧の姉であると聞いて、歓談でもと思ったのだが挨拶をすると早々にその場を離れた 

 何やら、杏の瞳に唯ならぬものを感じたのである。

 杏の気持ちに気づいていた衣乃はアルスに取材を申し込み、自然にその場を離れる(てい)を取った。

 そうして二人は先に駐屯地宿舎に向かう事になる。


 そうして残されたマーシアは、いきなり怒鳴り出した杏に手を焼く羽目になった。


「なんで、なんでそんな恐ろしい物を背負ってなくちゃいけないの!?」


「そう言われてもこまるな、杏ちゃん。私はずっと(これ)で闘ってきたのだから」

「闘ってきた?」

「そうだ! それが?」

 互いが互いの言葉に首を傾げる。


「杏ちゃん。もしや、私が『戦士』と知らなかった、などとは言わんでくれよ」

 やや警戒しながらその言葉を口にしたマーシアであったが、結果は最悪の物になった。

 杏は何故そんな危険な物を背負って闘わなくてはならないのだと、先程に輪を掛けた凄まじい怒声を発して説教を再開したのである。


 慌ててマーシアは杏の怒声に言葉を挟む。

「私が剣を振っていたのは見ていただろ?」


 そう、確かに杏はマーシアが地球にいる頃、毎朝、庭先で剣を振っているのは見ている。

 しかし、それは彼女の国の感覚で言う処の『スポーツ』を見るものであったのだ。

 この世界に来て数度の取材はしている。

 しかし、それは主に国防軍に対する取材だ。

 積極的にフェリシア軍に触れた事はない。


 フェリシア軍とは『ゲーム』に置けるNPCノンプレイヤーキャラクタであり、国防軍の添え物なのだ。

 そうでなければ、ゲーム機構におけるフィードバックで死者が出る理屈が成り立ちにくい。

 だから、街の様子や地球にとっては珍しい獣人やエルフと云う人々の生活の取材は行っても、フェリシア軍の取材は極力避けていた。


 何より、レポーターとして市ノ瀬は迂闊にフェリシアの軍事力や魔法についての情報を知りすぎ、うっかりにせよ「それら」を提携先のウェブ誌に晒す事を恐れた。

 人間は気を付けていても何があるか分からない。

 特に彼女自身は顔は全く知られていないにせよ元来(がんらい)から著名人である為、この件に関わってからは以前にも増して研究所敷地から表に出無くなっていた。

 諸外国からの誘拐などの恐れも否定しきれないからだ。

 杏についてもそれは同じであり、白川、玉川による護衛なしでは二人は外に買い物にも出ない。


 彼女たちを誘拐して、フェリシアについて情報が得られても現地に行く方法など無い。

 いや、もしかして警備が厳重になったとは云え、一人二人なら第六倉庫に潜り込めるかも知れない。

 だが、帰還はどうする?

 永遠に異世界で放置される恐れもある。


 ところが国家や組織などと云うものは其の様なリスクを自分の都合の良い様に捉え、何らかの突破口が有ると思い込んでしまうものなのだ。

 

『フェリシアはヴァーチャル国家であり現在戦争中である』

 その“事実”以外は極力触れない。

 それが市ノ瀬のレポーターとしての方針であった。

 それが、マーシア達の活動について知る事を遅らせる一因にもなってはいたが、まさか杏が此処まで過剰に反応するとは思いもしなかったのだ。


 市ノ瀬と杏が遠目に見るにフェリシア兵に女性兵士の姿は見えない。

 魔法士や魔術師はフードを被っている為、体格で判断するが、例え女性が属するにせよ後方で闘う物だと思っていた。

 剣を持つにせよ儀礼的な物だと思っていた。


 いや、二人とも無意識に『そうだ』と思い込もうとしていた。

 そうでなくては、精神的に辛いからだ。


 杏を最初この地に連れ込む事に巧は反対していた。

 人の生死でおかしくなった杏に耐えられる土地ではないからだ。

 だがマーシアに会える事の方が杏の回復を高める事から、『戦争そのものを避けられるなら』、とついつい油断していたと言える。

 また杏にはマリアンの転生を知らせずに立ち直ってもらえるなら其れに越した事はない、とも考えていた。

 マーシアが「戦士」であるという事実が指す『意味』を考えれば当然そうもなる。


 ともかく戦線に近づけなければ問題はない、と、市ノ瀬と共に割り切っていた。

 南部戦線における写真やVTRは全て軍から提供されるだけであり、それでも地球に於いては充分に情報としての需要を満たしていた。

 市ノ瀬も杏も一~二度の例外を除いて南部に近づいた事はない。

 つまり、ハルベルトを背負うマーシアに会う事は避けられて居たのである。

 

 その方針から四月も近付いた事により、巧は彼女たちを暫くフェリシアに入る事を差し止める予定でもあった。

 事実、池間からウェブ誌にはふた月程は取材の差し止めを通達してある。


 魔獣相手ではない、”人を相手にした戦闘”、“隣国との戦争”しかも、その主戦場は常に彼女たちが取材を行う『シエネ』なのだ。


 

 

 だが、『ロケットの調達』

 この新しい事態が全てのスケジュールを変えた。

 巧ももう少し此の事に気が廻っていれば良かったのだが、彼とて万能ではなかったとしか言いようが無い。

 彼がシエネから(はる)か五千キロ彼方の洋上にいる中で事態は悪化の一途を辿(たど)っている。


 泣きながら抗議する杏にマリアンもマーシアも戸惑ったままだ。

(マーシア、お願い。もう少し言い(よう)を考えて!)

“すまん、だが、私にも、もうこれ以上はどう言って良いのか……”

 マリアンもマーシアもそれ以上、言葉が思い浮かばない。


 涙を拭いた杏は、じっとふたりを見る。

 瞳をのぞき込まれているのは“マーシア・グラディウス”という唯一人だ。

 だが、今、二人揃って“心”を覗き込まれようとしていると感じる程に杏の目は真剣だった。

「まさか、危ない所になんか行ってないわよね!」

 そう怒鳴った杏にマーシアは“面食らう”としか言いようが無い。

 危ない所に行くも何も、マーシアは戦士なのだ。

 戦場に在るのは当たり前ではないか。


 何と答えるべきか、困り果てていると杏が急に何かに気付いた様に今までと違い、一瞬何かに怯えた口調になった。

「人を、」

「え?」

 マーシアが首を傾げるのを見て、彼女は思い直した様に言葉を変える。


 口調も優しくなり、妹を心配する姉そのものである。

「ううん。なんでも無い。でもね、危ない事、して欲しく無いの。

 分かるでしょ?」

 杏の言葉にやむなくマーシアは素直に頷く。

「うん」


「マーシアちゃん。あのね、あなた……」

 再度、何かに挑む様な声、

「杏ちゃん?」

 杏の言葉が止まったのを不思議に思い顔を覗き込む様にすると、急に抱きしめられた。

「杏ちゃん?」

「ごめんね。でも、あなたには死んで欲しく無い。それに……」

 そこまで言うと、杏はもう一度詫びてマーシアから離れ、急に身を(ひるがえ)すと詰め所に向かって走っていく。

 今日は仮宿舎での宿泊になっている事が分かり、後で訪ねるべきか二人は悩んだが結局、結論は出なかった。

 そうしてマーシアはアルスの部屋を訪ねると、そのまま酒を出す様に頼みアルスを驚かせた。



 別の場所で、アルス以上に驚いた人々も居た。

 杏がマーシアを抱きしめた時、滑走路脇の格納庫(ハンガー)前には未だ十数名のフェリシア人が残っていた。

 二人からの距離はかなりあったものの、この世で見る事が有らざるであろう光景に誰もが息を呑む。


「おっ、美女と美少女が抱き合っている。目の保養だ!」

 などと喜んでいるのは地球の空軍兵ぐらいのものであり、フェリシア人達は 慌てて地球人達の手を引き二人の視界から去る様に言ってきた。

『フェリシア人の指示には原則として従う様に、』

 と命令を受けている兵士達は渋々と移動したものの、訳が分からない。


 その晩、『酒保で一杯』という言葉でフェリシア魔術師達を口説いて、ようやく自分たちが追いやられた理由となった“マーシア・グラディウス”とは何者かを知る事となる。

 その上、帰還していた横田、岩国までその話題に加わった為、彼らは揃って腰を抜かす事になった。

 流石に“丘の消失”まで知っている者など居はしなかったが、それでも最終配備となった空軍兵を驚かせるには充分である。


 半数程はマーシアやアルスの正体を知っていた為、知る者と知らなかった者との間で情報交換が進み、その晩の内にはマーシア・グラディウス、アルシーオーネ・プレアデスを含め、カレシュ・アミアンの名は駐屯地に残った八十数名の空軍兵の殆どに知れ渡る事になった。

 南部戦線と比べ、シエネの方が情報が遅いのはいつもの事である。

 



 酒保の兵士達とは関係ない所で、もう一人腰を抜かした者が居る。

 会議が終了し、シエネから駐屯地に戻された坂崎である。


 先にも述べた通り『ロケット本体』等は発射地点に直接に魔方陣を(えが)き、地球から転移が完了してはいるが、下準備の為に必要な様々な計測機器や補助機器を、坂崎は自分の手荷物として持ち込んでいた。

 その点検の為に駐屯地に戻ってきたのだ。


 尤も“唯でさえ危険人物なのだから、酔って町中で騒ぎを起こされては堪らない”と云う事が一番の理由だったのかも知れないが、ともかく彼は二名の護衛と共に駐屯地に戻り、自室を割り当てられた宿舎に向かう。



 だが今日の坂崎は運が悪かったようだ。

 日も完全に落ちようとする折り、外来員専用宿舎に向かう路地で滑走路側から走り込んできた何者かに激しくぶつかられ彼は見事に吹っ飛んだ。


 比喩(ひゆ)ではない。

 元々細身の坂崎は身長の割に軽い。

 その為、『お~っと! 坂崎君、吹っ飛ばされた!』と実況が入る程に飛んだ。

 カグラの軽重力もあって、七~八メートルは飛んだかと思うと、運悪く着地点にあった装甲兵員輸送車に叩き付けられてしまったのだ。


「サカザキさん!」

 護衛のドワーフと虎人(ティグロ)が、慌てて駆け寄る。

 彼らも殺気を放つ者でも居たと云うならば遅れは取らなかったのであろうが、完全な事故なのだ。

 おまけに四十以上の宿舎の間は全て芝が敷かれており、その人物の足音も殆どしなかったのが不幸に輪を掛けたていた。


 坂崎は打ち所が悪かったらしく気絶しており、ぶつかって来た当人はと云うと、これまた完全に狼狽(ろうばい)している。

「ああ、あの、あの、ご、ご免なさい!」


 杏であった。


「杏さん! 何やってるんですか? 

 地球で“この人”と何かいざこざでも有ったんですか?」

 護衛の一人、虎人(ティグロ)のシガールは、過去に杏達の護衛を務めた事もあるのが助かった。

 下手に互いを知らない者同士なら、揉め事になっていただろう。

 杏も尻餅をついていたのでシガールが助け起こす為に手を差し出す。

 爪を引っ込めた肉球を掴んで杏は立ち上がった。


「ち、違います。す、すいません。走っちゃって……」

「駐屯地内では伝令以外は走れませんよ」


「おい、二人ともそれどころじゃないって。サカザキさん、完全に()びてるぞ」

 坂崎を助け起こしたのは、ドワーフのエルトである。

 ドワーフは成人男性が百五十センチ程と小柄なことを除けば、見た目は人間と何ら変わらない。

 特徴の一つである凄まじい筋力を使い、軽々と坂崎を“お姫様抱っこ”状態にすると、医務室に向かう。

「この人に何か有ったら事故だろうが何だろうが、エライ事になるんだぞ」


「エライ事って、何だ?」

 シガールの問いにエルトは少しからかう様に答える。

「お前がクビになる事は間違いない程度だよ」

「何で俺が!」

「お前さんが日頃自慢にしている腕っ節が護衛として使い物にならんかったろ?」

「腕っ節ならお前もなにも変わらんだろ!」

「アホか! 幾らドワーフでも虎人(ティグロ)に勝てるかよ。 

 それより足も自慢だろ。先に医務室に行って誰か居るか確認してくれ。

 居なければレミア先生を呼んでくれよ。

 サカザキさんは頭をぶつけている様だから、ゆっくりとしか運べないんだよ」

 シガールが四つ足で走り去ると、坂崎を抱いたままエルトもゆっくり歩き出す。


「だ、大丈夫でしょうか?」

 杏もやっと正気を取り戻した様だ。

「息はありますよ。出血もしてません。ショックが大きかったんでしょう。

 こんなに飛んだ事なんて無いでしょうからね。 

 私も驚きましたから、本人はもっと驚いた。それだけだと思いますよ」

 ドワーフはとかく万能である。

 一瞬の状況から全ての事を判断したのだ。

 

 ほっとした杏だが、何かしなくてはと思った時、宿舎の脇にパイプが通っているのに気付く。

 給水用のパイプだ。

 蛇口を探して、自分のハンカチを水に浸すと坂崎の顔を拭き、額にハンカチを乗せる。

 一瞬、坂崎の目が開いた。

「おっ!」

 エルトが声を出し掛けたが、坂崎が思いもよらぬ行動に出る方が早かった。

 額から離れていく杏の手を捕まえると“エルフ”そう言って又、目を閉じた。


 エルトが杏を見てニヤニヤすると杏は真っ赤になって俯いてしまう。

 医務室のベッドに寝かされた坂崎が杏の手を離さなかった為、彼が目を醒ます迄の一時間、杏は彼のそばに付き切りとなる事になった。


 色々有り過ぎて杏は呆けきっていたのだろう、市ノ瀬への連絡をすっかり忘れてしまっていた。

 そのため杏が帰ってこない事に心配した市ノ瀬までもが、彼女を捜して宿舎内を走り廻る羽目になり、此方(こちら)はシガールにぶつかった事で杏の居所を知る事になる。


 結果として丸く収まったが、その頃には二十一時も過ぎようとしていた。


 杏と市ノ瀬は坂崎に再度()びを入れ、部屋に戻る事になったのだが、最後に目を醒ました坂崎が厄介事の種をまき散らす事になった。



 坂崎は医者から看護士、護衛の二人に加え市ノ瀬まで居る前で杏に向かってこう言ったのである。



「結婚して下さい!」と。




サブタイトルは、アジモフのエッセイ集「見果てぬ時空」とロアルト・ダールの「あなたに似た人」を組み合わせてみました。


さて、今回で100回目になったとお礼をした後に、この様な事を書くのは申し訳ないのですが、これより10日程の間は投稿を不定期にさせて頂きたいと思います。


それが済めば今のペースに戻したいと思っていますが、理由は色々です。

今後の構成を練り直して良い作品に完成させたいと云う事、少々、休みが欲しい事、家庭の事情であったり体力的な事であったり理由は様々ですが、きちんと準備をしてから今後の執筆に取り組みたい、と云う事です。

100話の区切りで、この様な我が侭な報告となり申し訳ありませんが今後を考えて何卒、ご容赦下さい。m(_ _)m

次回投稿は、活動報告にて予告したいと思います。 

宜しくお願い致します。

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