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星を追う者たち  作者: 矢口
第二章 次元を超える人々
10/222

9:接続された空間

ゲームの現状と今後の発展に関しては、完全な私見です。

ゲーム好きな方も多いと思いますので、ご意見、非難などありましたら、感想欄に一言下されば、今後の創作活動の良い肥やしになるものと思われます。

宜しくお願いします。

 マリアンに対して女子生徒達が入浴問題から起こした拉致事件。

 すなわち後年まで『星観の丘学園の伝説』となる『修学旅行大欲情(誤字にあらず)事件』が起こって四ヶ月。

『武装難民襲撃事件』から数えては六ヶ月を過ぎて季節は秋、十月を迎えていた。


「うらやましいのう。うらやましいのう」

 巧が訳の分からない言葉でマリアンに向けて愚痴をたれている。


「杏ちゃん。おにいちゃんが、おじいちゃんにジョブチェンジしたよ」

「こいつは、元々が爺臭いのよ。父さん達がいた頃から、父さんより爺さん臭かったでしょ」


 マリアンと杏にあきれられるのも仕方がない。

 十月に入った最初の日曜日、巧は己の立場とマリアンの立場を比較して落ち込んでいた。


 数日後からの自分とマリアンの状況の違いを考えて、年甲斐もなくすねているのだ。

 

 二週間後から巧の所属する第十二旅団第三十歩兵連隊は中部方面の部隊から砲兵隊を臨時に組み込んだ部隊を使って、大陸側から太平洋側に向かう陸路の拠点防衛演習に参加することになる。

 首都防衛が演習目的である。

 試験的なものだそうで、ここで問題点を洗い出した後程、本格的な編制組み直しまで見込んだ大掛かりな総合演習を行うことになる訳だ。


 試験的とは云っても、二週間以上を掛ける中々に大掛かりなものである。

 一ヶ月掛ける総合火力演習より期間は短いものの、実験である以上は様々な中途からの指示変更が有り得る。

 単に火点防御力を向上させる以上に実践的で過酷な演習かも知れない。

 上層部が「武装難民流入事件」の教訓を生かして対策を進めていることが窺い知れる。


 実際のところ隊員の多くは、「首都ばかりに人が住んでいる訳じゃない」と不満気ではあるが、実験である以上は言っても始まらない、と黙々と仕事をこなしていた。


 そう云った訳で、この二ヶ月間駐屯地は実戦の準備のようになっている。


 体力のない巧は駐屯地の緊張感と仕事の過酷さにへばりきって居たが、準備が一段落したところで三週間ぶりに家に帰ってこれたところ、その演習開始から十日程後にマリアンの修学旅行が四泊五日で始まると聴き、世の不条理を嘆いていたと云う訳である。


 演習の真っ最中に巧が泥と硝煙にまみれているころ、マリアンは楽しい旅行中とは何事か、とぼやいている訳だ。



 しかしながら、巧のぼやきも半分本気ではあるが後の半分には、それなりの意図がある。

 先の入浴問題以来、巧は少しマリアンを可愛がりすぎた、というか可愛がり方を間違えていた。

 と反省し、わざと男の子の会話に持ち込むようにしている。


 今回も本気で拗ねている訳ではなく。マリアンが自分をからかって自分が、

「この野郎」

 と追いかけ回す構図を作りたいのである。


 つまりは、精神的に強い『男の子』に育てたいのだ。


 が、マリアンは露骨にからかう事がない。

 天然なのかは知らないが、厳しい比喩を使うようになっていた。

 これではただの皮肉屋のツンデレ女子ではないか。

 勘違い女子力に磨きを掛けてどうするマリアン。


「杏! どうせ原因はお前だろ!」

 きっとこの女の悪影響だ、と思い、何が何なのかを説明しないままに怒鳴る。


「へ~『痴呆○人』ってユニークスキルも有ったんだ」

 杏が返す。

「やっぱり、おまえじゃねーか! マリアンに変なこと教えるな。大体何でゲームに喩えるんだよ!」


 只の言い掛かりと化していることに巧も気付いてはいるのだが、この男は基本的なところで馬鹿なのだ。意固地になっている。


 マリアンが、そんな巧の姿を哀れに思ったかどうかは知らないが、話を切り替えてきた。

「そう言えば……、お兄ちゃん、あんまりゲームやらないよね。昔はよく一緒にやってくれたのに」


「いや、それは……」

 言葉に詰まる。責められている気がしたのだ。

「あ、そう言えば買い物、じゃなくて何か(・・)用事思い出した。三十分程出てくる」

 玄関から飛び出した。


「何あれ?」

「わかんないけど、逃げたってことだけはわかったよ~~」

 互いに不思議な表情を向け合って居たが、結局は今の遣り取りから遊びかけのゲームを思い出し、対戦する方向で盛り上る姉弟二人であった。



 巧に限らず、軍人でゲーム好きというのはあまりいないだろう。

 昔は居たのかも知れないが、今はアニメオタクな軍人でもゲームは

『いや、ちょっと……』

 と遠慮するものが多い。


 理由は至って簡単で、シミュレーションが過酷すぎるのだ。



 ゲームの発展の歴史など巧は知らないが、二〇〇〇年代初頭からゲームに使われるコンピュータ・グラフィックは急激な発展を遂げてきた。


 古くからのゲームファンには受けが悪かったと言うが、『本来ゲームは子供のもの』だと言うことでメーカー側は資金を惜しまずに作った。


 しかし、子供をこそ()めてはいけない。


 シューティングのようなものでもなければ、ストーリー性、すなわちシナリオの出来の悪いゲームに子供は見向きもしないのだ。


 その様な中、発展していったのが所謂『狩り』ゲームである。

 モンスターを狩ったり、敵陣に突っ込んで一人で敵兵をなぎ倒すと云うものであるが、これは受けた。

 様々なイベントやアイテムが用意され極度に集中出来るコンテンツがでると、『廃人』と呼ばれる程にパソコンの前から動かなくなる人間まで出てくる始末だ。


 社会の価値観の多様化により個人の自由が尊重されるようになったことは決して悪いことでは無いが、何事にも光があれば影ができる。


『引きこもり』と呼ばれる心療内科対象としての社会適応不順に悩まされる本物の『病人』までもが、単なる『廃人』扱いされるようになると、より精神的な圧迫を受けていき、自殺者の数に反映されるようになった。 

 後にはゲームの規制問題にまで発展するが、医療の発達と共にその問題も序々に改善されつつある。


 その様な発展が進む最中(さなか)の二〇三〇年代、有るメーカーはゲームファンが待ちに待っていた機構のある新型ゲームを大々的に発表した。

 脳波接続システムのバーチャル・リアリティ・オンラインゲームだ。

 ゲームマニア達は展示ブースでこれを体験し、熱狂的に支持した。

 ――が、しかし遂にそれが発売されることはなかった。

 厚生労働省から『待った』が掛かったのだ。


 理由は以下の通りである。 


 当時、義手・義足の作製技術は大きく進歩し、特に義手は脳波を捕まえて自分の腕の様に自在に操ることが可能となった。

 また、身体の補助を行うアシストパワーマシンも現れる。


 巧達の国ではあくまで身体障害者専用であったが、外国では軍事転用され、今までとは意味の違った『機械化部隊マシンナーズ・トループス』まで現れた。


 その中で、多くの科学者達が予測し警鐘を鳴らしていた問題点が、悲劇的な形で浮き彫りにされる。


 米政府は否定しているが、二〇四〇年にアメリカ軍はテロ制圧時における同時突入時に脳に直接指令を送り、最初のワンステップを自動化させる、という実験を行った。

 完全同調化戦術部隊《パーフェクト・エントライメント・アクション・トループス》というものである。

 兵士一人の突入時の戸惑いや意図せぬタイムラグが、被害を拡大させるということは古今の戦闘の歴史に見られることで、これを克服しようとしたのだ。

 

 結果、自分の脳を弄られることに極端な緊張を覚えていた数名の兵士が、時間になると勝手に動き出した自分の体にパニックを起こした。 

 遠隔指示はワンステップのみ、後は自分で動けば情報がフィードバックされて指令は止まる。

 しかし、パニックを起こした兵士の脳波を管制機構は『命令拒否』と判断し、外部操作を継続した。

 二名が死亡。一名が精神に異常をきたして実験は失敗に終わった。


 脳というものは信号を送ることはともかく、押しつけられて拾うことには慣れていないのだ。

 聴覚を考えてみるとよく分かるが、どれほどの喧噪の中でも自分の拾いたい音だけを人間は拾って行動するものだし、長い校長の話はスルーできる。

 騒音の限界を過ぎれば、不快感程度から場合によっては吐き気やめまいといった身体症状になって現れるわけだ。


 また、脳のイメージが身体に影響を与えることもよく知られている。

 例えば目を瞑って胸の前で両手でボールを包み込む形を作ってみる。

 最初は小さくでよい、それからその手の平の間に『火の玉』をイメージしてみると実際に手が温かくなってくることを感じるであろう。

 このフィードバックが極端な形で現れることをこの国の医学界は恐れた。


 厚生労働省がストップを掛けた理由はこれである。


 という訳で、ここ三十年間ゲームの立体化技術に進捗はなく未だにゴーグルと感圧式のグローブなどを使ったバーチャルリアリティか、金銭に余裕のある家庭や個人は、広い室内に多方面プロジェクターを使って立体的臨場感を出すのが精々である。

 その分、技術に寄りかかることを諦めた企業はクリエイターの自由な発想に期待し、ゲームシナリオが向上したのは皮肉なことだったが。



 話が飛びすぎた様である。巧が嫌う軍のシミュレータについて話を戻そう。


 軍のシミュレータは、問題の脳に直接影響を及ぼす型のものである。

とは言っても、先の失敗もある為、脳に命令して体を動かすと云うものではない。

 単に『環境をリアルに感じさせる』ものである。


 ならば、特に民間で使っても問題はないではないか?と思われるだろうが、そうではない。

 先程、環境をリアルに感じさせる、と言ったが『リアル過ぎる』のである。

 段階を踏んで使うものだが、最終的には脳に触覚や嗅覚まで届けてしまう。

 つまり、人が目の前で死ねば血の臭いがする。

 銃剣で人を刺せばその肉の感触まで感じてしまうのだ。


 確かなオリエンテーリングと段階を踏む為のコーチが付いているとは云え、このシミュレータは基本的に年に数回も使わない。 

 あくまで『実戦時の慣れ』を生み出す為のものであって、これを民間に放出したならば、『ゲーム廃人』が生まれる程度で済めばいいが、本物の殺人を嗜好する人間が生まれかねないと危惧しているのだ。


 事実、このシミュレータで脳波を測定されて『潜在的に殺人嗜好性が強い』とされた兵士には二度とこの機械を使わせることをしない。


 まあ、一回やれば充分だと言う程にリアルなので、巧の聞く範囲ではこの機械から外されて喜ぶものこそ居れども落胆するものは居なかった。


 何より、この機械が嫌われるのは、感じるのが単にこちらの攻撃だけではないことだ。

 撃たれたり刺されたりするとリアルに痛いのだ。

 先程語った手の中の火の玉を強制的に作り出すのだから当然である。

 酷い時は脳が勘違いをして傷を生み出す場合もある。

 大やけどをした兵士も居ると噂では聞いた。 

 当然このような『被暗示性』の強い兵士にも機械の使用命令は二度と出ない。


 巧に限らず二〇五〇年代のこの国の軍人がゲームを嫌がる理由は、おおよそ以上の理由である、と考えて欲しい。




「ゲームはあれを思い出すから厭なんだよ」

 などと、巧がぶらぶらは歩き回っているうちに大分遠くまで来てしまった。

 住宅街を抜け商店街に入ってしまっている。

 何か言い訳になる買い物でもして、そろそろ戻ろうか、と考えた時、ファストフードのガラスの向こうに見慣れた横顔が見えた。


 父親の親友であり元上司の広田氏である。

 彼は、両親の葬儀以来、月に一度は柊家を訪れ、杏やマリアンと他愛もないおしゃべりをして帰って行く。 

 巧の休日と重なれば巧も彼と話す。


 因みに市ノ瀬さんなどは三日に一度は訪れるという。


 広田氏は柊家の三姉弟の今後をとても心配しており、杏や巧に婿や嫁を世話すると言って聞かない。

 義理堅い人であり、暖かく、話していてとても楽しくなる人だ。

 父親と違い、少々堅物(かたぶつ)な感もあるが、別に巧達にそれを押しつける訳でも無く、自分を律するところが強い人という感じである。


 しかし、何故こんなところにいるのだろうか? と巧は(いぶか)しむ。

 彼の勤務先の本社ビルは都内であり、こんな田舎に彼がわざわざ足を運ぶのは柊家に顔を出す時ぐらいだ。


 気がつくと広田氏と話している人物が居る。

 広田氏と向かい合って居る為、顔を見る為には一旦店の前を通り過ぎなければならないが外国人男性のようだ。 

 サングラスをしている様であり、正面から見ても顔は分からないであろうが、短く整えている金髪が美しい。


 まあ、マリアン程の光沢はないな。


 と、いつものごとく優越感に浸る巧であるが、この男、マリアンより可愛い男の子が現れたらどうなるのだろう? 


 本人は純粋に弟が可愛いだけなのだろうが、端から見ると桜田との違いがよく分からない。


 視線を感じたのだろうか、広田が顔をこちらに向けた。巧と視線が合う。

 広田は一瞬、驚いた顔をしたものの、巧に向かって手を招く。

 店に入ってこいという意味である。


 店内に入ると、丁度、先程広田と会話していた外国人男性が席を立つところだった。

 サングラス越しだがじっと見られている気がする。

 テーブルに近づくと男性は、

「じゃあ、宜しく」

 と綺麗な発音で広田に挨拶をして巧に席を譲るように立ち去った。

 広田は、何故か彼の後ろ姿と巧を交互に見る。

 巧はそれが気になって男性の後ろ姿を見送った。


 外国人の知り合いと云えばドイツに留学している時に友人になった人物が数人いるが、今は疎遠であるし、あの男性はどう見ても三五~三六歳と言ったところだろう。

 三十を越える年長者の多いドイツの大学で会ったことがあるにしても親しくした人物だとは思えない。

 しかし、何故かあの男性には見覚えがある気がする。

 いや、それ以上に一言も喋っても居ないにも係わらず妙な親近感を覚えた。


「彼、どう思う」

 いきなり広田が、先程の外国人について訊いてきた。

「え、いや、話もしていませんし、」

 当然だが言葉に詰まる巧。


「いや、イメージで良いんだ」

「そうですね。なんだか懐かしい様な、もう一度会いたいような、そんな感じを受ける人でしたね」

 巧が、さっき感じた印象を素直に伝えると、広田は満面の笑みになり、

“そうだろう、そうだろうと”一人納得する様に何度も頷いた後、

 右手を口の脇に当て、内緒話をする様に、

「でもな、あいつ、性格すっごく悪いぞ」

 と彼にしては珍しく豪快に笑った。


「広田さん、何かお仕事でこちらに?」

 と巧が訊くと、広田は眉をしかめて首を横に振った。


「本当はいつものごとく、君たちに会いに来たのさ。その途中で奴に捕まって商談になった訳だ」

 広田の口調は『迷惑だ』と言わんばかりだが、それに反して顔はにこやかだ。


「良いお話だったようですね」

 巧がそう訊くと、広田は笑みを崩さず事も無げに言った。

「いや、酷い話だね。下手をすれば会社に少なからぬ損失を与えて、俺は会社を馘首(クビ)になるだろうね」


 当然だが巧は驚いた。その様な重要且つ危険な話を笑みも崩さずに何故、巧に話せるのだろうか。

「どういうことですか。差し支えなければ、」

 好奇心が勝った。


「さっきの外国人な」

「はい」

「あいつ、人を救いたいんだと。それもかなりの数だ」


「何人ぐらいですか?」

 巧としては自然な疑問であったが、広田の言葉に度肝を抜かれる。


「少なくとも一億人だ。まあ、俺の力では数百万人が限度だな」

 広田の笑みは今は消えて目には鋭い光が宿っている。

 冷静に数字を扱い、得るものと失うものを天秤に掛ける目だ。


 巧はこの目を何度か見ている。

 今は無き父が重大な判断を下す時、ソファに腰掛け虚空を睨む時の目だ。

 この人は冗談を言っているのではない。 

 何か大きな、人の命に関わることに自分の命を賭けようとしている。 

 恐ろしい、と思った。

 同時に父親を思い出し『力になりたい』とも思う。


 そんな巧に広田は、

「いま、『自分に何か出来ないか?』とか、そんなこと考えただろ」

 と全てを見透かした言葉を発した。


 返事の出来ない巧を見て答えを是としたのだろう。


「君みたいな若造に助けて貰う程、落ちぶれちゃ居ないぞ。

 何より、君には君の仕事があるだろ」

 一喝だった。


「いや、すまん。気を遣ってくれたのに悪かった。 

 これで俺も君の父さんに追いつけるかと思うと年甲斐もなく血が(たぎ)ってな」

 一転して照れくさそうに笑うと、いつもの広田に戻った。


 せっかく此処まできたのだから家へ、と言う巧の誘いを断り、先程の外国人と会って疲れたので今日は許してくれ、と言われた。

 その代わりに、と言って杏とマリアンのお土産にとドーナツを買って渡される。


 別れ際、広田は気になることを言いだす。

「なあ、巧君」

「はい?」


「これから、又、大変なことがあるかも知れない。そう言う時は頼って欲しい。

 そして何より、何があっても自棄(やけ)を起こさないで欲しい。

 君には辛いことが起きても、大抵のことは一年耐えられるなら道は開けるんだ。一般的な例としての話だがね」


 巧は何か不安になり、身を乗り出すように訊ねる。

「何か起きるんですか?」

 当然である。

 両親を一度になくして二年しか立っていない。悪いことと言えば、自然と身内の死に結びつけてしまう。


「『起きたら』と言うことだ。君の周りは今騒がしい。 

 私も気をつけているつもりだから、家にいる間の二人のことは心配しなくて良いよ」


 広田は巧の家に何らかの意味で見張りを付けている。

 そう言ったのだ。


 巧は『はっ』となった。

「まさか、父さんと母さんも!」


 その問いに広田は首を横に振る。

「いや、あれは純然な事故だ。背後まで調べた」


「じゃあ今は何故」

「それが分からんから困ってる。だが、いずれしっぽは掴むさ」

 広田はそう言うと振り返りながら肩越しに手を振り去って行く。


 巧は自然と頭を下げ、その後ろ姿を見送った。

 

 家に帰ると杏とマリアンがゴーグルと感圧グローブを着け、マットの上で飛んだり跳ねたり、空中を殴るわ、蹴るわで大騒ぎである。


「ドーナツ、一人で喰っちまうぞ!」

 と言うと、ゴーグルと手袋を外してすっ飛んで来た。

 広田氏のお土産だというと、二人とも会うのを楽しみにしていたらしく、

「一人だけずるい!」

 と()われ無き抗議を受け、これでは逃げた意味がなかった、と嘆く巧であった。



 十月十七日、巧は杏とマリアンに別れを告げ、実験演習に向かう。


 マリアンと互いにどっちが相手に対してより酷い、『貰うと嫌だが捨てられない』ダメージのある(たぐい)のお土産を買ってくるか約束して別れた。

 マリアンはこの提案に大喜びで、やっと『いたずらの好きな男の子』の顔に近付いて見える。

 まあ、顔立ちが邪魔をして見ようによっては、更に可愛い女の子になってしまったが、

 杏が、『アホか!』という顔をしていたので、巧としては大満足だった。



 

 演習は机上から始まり、予定通り開始されたが、実際始まると本部からは『事態急変』の連絡が四日に一度のペースで入るという、混乱ぶりである。

 部隊展開のスピードが僅かにでも遅れると、分散した『武装難民』は違う動きを取るのだ。 

 山中であることもあって、重傷者でないまでも滑落者などの怪我人が続出する過酷な実験演習となった。

 旧隊の頃なら国会で責任問題に発展しかねない程であるが、現在は『軍』である以上、当然の事故として扱われる。

 

 演習も開始から二週間を過ぎた。

 その日、巧は部隊展開の速度の遅れの要因となり得る要素に気付き、池間中尉に報告したところ、部隊配置どころか『インフラ』に係わる問題である、として前線支部で説明を行っていた。


 そこに部隊連絡員が『緊急』と称して飛び込んで来る。

 巧に電話だという。

 佐官達が、

「今が、緊急時だ!」

 と怒鳴ったのだが、連絡員が大隊長に耳打ちすると顔色が変わり、


「柊軍曹、電話に出てきたまえ」

 と静かな声で言う。


 連絡員に案内されたのはキャンプテントの電話だったが、連絡員が背嚢式無線のみをもって全員出て行く。

 この時点で何か厭な予感がした。


 電話に出ると、男の声で

「警察の白川と言います」

 と聞こえた。 


 心臓がビクンと跳ね上がる。 


 受話器の向こうで、杏が泣きわめいているのを誰か女性が(なだ)めているのが聞こえた。


 受話器の向こうからの声は続く。


「柊さん。落ち着いて聞いて下さい。   

 弟さんが、マリアン君が、『誘拐されました』」





さて、今回のサブタイトルも、ジェムス・ティプトリー・jrからです。

作品名:「接続された女」

この作品は1978年が初版で、前にも言った通り、自分は未読なのですが、1990年代の社会科学の討議会などで一時、話題になりました。


物語の美しさを絶賛する人が多いのですが、社会学論の比較対象としては、星新一氏の『宣伝の時代』(新潮文庫『だれかさんの悪夢』)

『住宅問題』(家の中がコマーシャルだらけである代わりに家賃がゼロになる未来) 長編「声の網」の方が優れているという人もいます。 どっちなんでしょうね。

宜しければ、ご意見お待ちしております。


携帯で読んで下さっていらっしゃる方、読み辛い中、ありがとうございます。

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