プロローグ:★彼方より
基本的にはSFが好きなのですが、此処で読ませて頂いた小説に素晴らしいファンタジーが多いためかぶれてしまったようです。
出だしで、読むことが苦しくなければ宜しくおつきあい下さい。
なお、主人公が異世界に飛ぶのは10話頃を予定しています。
スコールは五分と続かなかったが、雲は残った。
薄い雲の隙間から差し込む陽光を背景にして、巨大な竜の姿は二四倍スコープに明確に写っているものの照準機器が役立たずなのは相変わらずだ。
ならば水晶球に頼るしか在るまい、とコクピット正面パネルを操作して近距離無線を繋ぐ。
「トレ、距離計ってくれ」
名前を呼ばれた観測員魔術師からの返事は直ぐに帰って来た。
「現在距離は四,一二キロメートル。対象の移動速度を含む照準データは先程から照準器に送り込まれています。何時でも撃てますよ!」
一度はそう言った観測員魔術師ではあったが、慌てた様にレーザーガンの発射中止を求めてきた。
「巧さん! やっぱりストップ! 転移反応があります。発射中止して下さい!」
第五世代戦車を七キロメートル以上の距離から一撃破壊可能な二〇〇キロワットの電力は結局は熱変換されることなく、レーザー加速リングからコンバータを経由して高圧電池に戻される。
余剰電力が蒸気熱として排出される事で幾つかの警報装置が反応したが、それも直ぐに収まった。
「どうした?」
問い質した巧であったが、その答を聞く必要は無かった。
望遠スコープのモニタウィンドに映し出されたもの、いや人影を見間違えようもない。
空間跳躍で突如として上空七百メートル程の位置に現れ、漆黒の皮鎧を纏った彼女は、自分の身長を遙かに超える戦斧を振りかざすと、光の粒子を撒き散らかせながら一撃の下に翼長四十メートル、体長二十メートル程の竜の首を叩き堕とす。
ほぼ、真上からの攻撃だった。
あの竜は自分が死んだ事に気付いたのだろうか?
そう思いながら巧は無線のスイッチを入れる。
竜が消えた事で周囲の磁場の乱れもなくなった以上、遠距離通信は可能になっている筈だ。
「マリアン! もう少しでトリガーを引く処だったんだぞ!
担当地区から出過ぎるな!」
一応は怒鳴る巧だが、どうせ許すしかないのだとは分かっている。
案の定、一撃で巨竜を屠った人物からとは思えぬ甘えた声がレシーバーに返って来た。
二十四倍スコープは地上に降りた十五歳の少女の瑠璃色の瞳まで見事に捉えており、同じ画面に写った流れる様な銀髪は少しの陽光を反射すると、背後の森に残る雨露と相まって眩しく輝いている。
『ごめ~ん、お兄ちゃん。でもね、マーシアが後一頭片づけたらアップルタルトの屋台に連れてってくれるって言ったもんだから……』
「俺はアップルタルトのお陰で妹を殺す処だったのかい?」
『もうしませ~ん』
「早く帰りなさい」
『は~い』
元気の良い返事と共に、現れた時と同じく一瞬にして彼女の姿は消えた。
水晶球をポケットに押し込んで、機体を降機姿勢に切り替える。
片膝を付いて、四メートルを越える鉄の巨人はコックピットハッチのロックを解いた。
圧縮空気の排出音と共にコクピットが開くと、目の前にフード姿の魔術師トレ・コリットが肩を竦めて立っている。
「すまんな」
詫びる巧に、トレは苦笑いを返してきた。
「そりゃ、最初は驚きましたがね。まあ、良いじゃないですか。
レーザーガン如きで怪我する御方でも在りませんでしょう?」
「いや、せっかく照準も取って貰ったのに、って事さ」
それから、今降りてきた鉄の巨人に向き直る。
「お前もすまんなぁ、オーファン。
昔はマリアンだって、もう少し聞き分けが良かったんだがなぁ。
地球にいた時とは何もかもが違うよ」
そう言うと、魔術師トレを真似るかの様に肩を竦め、軽く息を吐いた。
左手の軍用時計では午後四時を廻ったばかりの緑の草原が広がる大地に、穏やかな風が優しく流れていく。
その風が吹いてくる南に自然と目を向ければ、先程の哀れな竜が墜ちて行った森が遠く眼に写る。
母国でなら奄美から沖縄に位置する程の緯度に当たる此の地では、日差しはまだまだ強い筈だが、今は薄い雲がその日差しを和らげてくれていた。
雲の切れ間から差し込んだ『ヤコブの梯子』が森の一部を照らしている。
あの竜を迎える天使でもいるのだろうか、と何故か考えてしまう。
巧がこの地に来て半年が過ぎようとしていた。
彼が独り言の相手とした巨人。
それはAS(アームドスカウト=支援随伴機)と呼ばれる二足歩行戦闘車両。
全長四二〇センチメートル 最大幅二四〇センチメートル 乾燥重量七三三二キログラム 最大出力一四七二キロワット(約二千馬力)
迷彩塗装された機体は周りの木々との比較がなければ遠目には戦闘装備をまとった人間と見まがう程である。
背中のバックパックから伸びた二本の熱レーザー砲ですら、そのバランスの良さから無線機のようであり、距離があれば一見しては兵器には見えない。
近付いていくうちに最初に違和感を覚えるのが最も視界に入りにくいローラーダッシュシステムを備えた、その無骨な脚部であるというのも遠目には人間にしか見えなくなる理由の一端であろう。
頭部も設置されたカメラ以外の顔面が完全に耐熱シートの下にある為、そこもシルエットだけなら国防軍特有の鍔出しのジェットヘルを被り、目出し帽にゴーグルを掛けた人間のように見える。
左腕に装備された対熱レーザー兼用の装甲版は盾そのものであり、右腕には巨大な二十ミリ・ガトリングガンを備え腰部のラックボックスから弾帯が繋がっているが、スマートな装いがまるで小銃を片手で持つ兵士の様だ。
腹部の軽いふくらみはその部分の装甲がより厚くなっていることを示しており、コクピット関連部位が明確に分かるという欠点こそ有るものの、複合装甲はその欠点を覆い隠し、機体に威圧効果を付与することに成功していた。
西暦二〇〇〇年代前半に起きた二つの兵器開発に於けるブレークスルーは後年とてつもない副産物を生み出した。
(ブレークスルー=技術革新の大転換点となる開発や発見)
一つは熱レーザー兵器と呼ばれる指向性エネルギー兵器である。
一九七〇年代から試行錯誤を続けてきた熱レーザー兵器は核融合炉と大容量の燃料電池の開発により遂に実用化され、戦場を支配する。
ブルーミングと呼ばれる熱拡散現象により雨天時の使用が難しいという難点はあるものの、晴天時に於いて航空機は、核融合発電に支えられた陸上基地から一万キロワットを越える熱レーザー兵器によって、二百キロメートル以上の遠方からミサイルを撃つ間もなく撃墜されるようになった。
戦闘機同士は雲の上で実弾とミサイルを使い旧態依然の戦いを続けていたが、敵の居る雲の下に降りてしまえば地上・海上からの大出力レーザーによって自分が消されたことすら気付かぬうちにパイロットは二階級特進者名簿の列に加わっていく。
空の王者は軽快な戦闘機から大出力レーダー及びジェネレータと砲身の長いレーザー加速リングを多数搭載することの出来るガンシップに移った。
もう一つの革新はパワーアシストシステムと呼ばれた歩兵の補助システムが大幅な運用転換を遂げたことである。
MBT、所謂「戦車」の支援に係わる革新兵器である。
戦車は集団で運用し、その圧倒的な火力を使って敵の前戦を突破することで拠点構築を行うか、或いはその拠点制圧の要となる兵器だ。
しかしながら天敵も居ないでもない。
かつては、その代表格が固定翼・回転翼式の航空機であったが対空レーザーの発達によって陸の王者はその最盛期を迎えるかと思われた。
しかし、山岳地や市街地に限ってはもう一つの天敵がいた。
それは『歩兵』である。
彼らが片手に持ち運ぶ、過去一千万円を超えた個人携帯式地形誘導・熱誘導式ミサイルは技術の進歩と、その流出によって日本円にして十万円台以下という安価になり、低空で戦車に迫るとその直前でポップアップして戦車最大の弱点である上面装甲を破壊した。
これには護衛の対空レーザー車両も対抗できない。
低すぎる弾道にレーダーが対応できず、山岳地や市街地ではその大出力も仇となった。
かといって、高さ三メートル以上の専用索敵車両など、これまた相手の兵器の良い的である。
戦車砲も「雨天時には使えません」では話にならない為、滑空砲、ライフリング砲による実弾であることが相変わらず要求されていた。
そこで望遠カメラなどの索敵装置を四メートル近い位置に据え付け、仮に熱レーザーの標的になっても高さ四メートル以下の搭乗員席は直撃を避けられる機動性の高い車両が求められた。
相手との距離が五キロメートル以上あるなら、レーザーを当てられても最初の〇,五秒間は対処できる。
光は先に届いても熱は僅かに遅れるからだ。その間に盾となる耐熱版で対処するか、機体を低くして匍匐体勢にしてしまえばいいという訳だ。
同時に必要とあれば、戦車の死角を守り戦闘に参加できることや熱レーザー砲による長距離射撃が可能で、何より戦車と共に行動できる随伴性が求められるようになると、
「これは所謂、随伴歩兵ではないのか?」
と開発陣は、誰とも無く”そう”言うようになり、随伴歩兵のパワーアシストシステムの大型化、武装化をコンセプトに研究・開発は進んでいく。
因みに随伴歩兵とは、厚い装甲版に守られた戦車の弱点である視認性の悪さを補い「敵歩兵の排除」を主目的に戦車にあわせて行動する歩兵のことである。
通常、索敵を意味する「スカウト」と呼ばれる事が多い。
多方面カメラを装備しているとは云えども戦車の弱点は簡単には解消できず、小規模作戦においてスカウトが不要となることは未だに無かった。
此の様な経緯で開発されたASでは在ったが、巧の母国の特性である地形から山岳戦や市街戦迄を想定した場合、戦車以上に使い勝手が良く、いずれはこちらが主力になるであるだろう事までも目に見えて来ていた。
戦車の支援兵器を開発していたら新型戦車が出来てしまった、という難物を、どのようにして歩兵の枠に組み込むのか。
未だ開発陣、法整備に関わる事務方官僚、そして参謀本部共に決定は進まず母国では実験配備すら行われていない機体である。
組織には伝統というものがあり上層部には派閥、現場にはプライドというものがある。
軍もその例に漏れず、派閥間の争いは静かに行われており、その軋轢に調停者として手を出したがるものは殆ど存在しない。
実験部隊が設立されて五年たっても、その所属を機甲科に移転すべきか、予定通り歩兵科に置くべきか決めきれぬまま、ASは身の置き所の定まらぬ孤児として第二兵器研究所研の実験部隊預かりとなっていた。
だが、政治力学や派閥に合わせて世界は動いてなどくれよう筈もない。
二〇五〇年代半ばを過ぎた巧の母国の政治体制。
その営みは清濁共に数十年来の大きな変化は起きていない。
唯一点の変化として上げられるのは、『生存圏』を求めた隣国からの度重なる侵略行為。
そして迫り来るであろう、それ以上の脅威。
混迷する母国の危機を救う為、国防軍独立混成小隊六十名は今、剣と魔法の世界にその身を投じて、現代兵器など歯牙にも掛けぬ魔獣との闘いに其の身を曝し続けている。
その人員も、近々大隊単位の千名前後まで増加する予定だ。
僅か半年前、地球の誰が此の様な事態を想像できたであろうか。
柊巧二八歳、国防陸軍曹長。
しかし、この世界で彼は非公式にでは在るが、こう呼ばれる。
『参謀長』と。
極東の島国の独立混成小隊が剣と魔法の世界に飛び込んでいる現実。
何故、この様な事態が起きたのか。
其れを知るためには柊巧という一人の男の時を数年は巻き戻してみなくてはならない。
最初は、彼がこの世界に来る直接の切っ掛けとなった半年前、そして更に三年程遡る事になる。
オーファン(非武装)のデザイン及び作画は『たまりしょうゆ様』です。
その他、完全武装バージョンも提供して頂きました。
いずれ、作中に登場します。
たまりしょうゆ様、ありがとうございました。
大事に使わせて頂きます。
サブタイトルはラヴクラフトの「彼方より」を使わせて頂きました。
「ニャル子さん」(読んだ事無いです。すいません)も頑張ってるようですから、良いですよね?
ニャル子さんって言ってたら、自分の話の「プラ子」思い出しました。
そちらもよろしくお願いします。 寂しがり屋のようですから、
旧タイトルは「ハイブリッド・オーファン」と書いておりました。
大原まり子先生『ハイブリッド・チャイルド』(ハヤカワ文庫JA)より捩らせて頂いたものです。
猶、オーファンとは「孤児」という意味です。
タイトルまでオーファンにならぬ様にどこかで再度使用させて頂きたいと思っております。
二〇一五年三月一日より、文中の数字を漢数字に順次修正していきたいと思います。




