スノウリバース。~雪解けの花~
ふわり、ふわり。
澄み渡る雲一つ無い青空に今、小人がゆらゆらと浮かんでいます。
その小人の背中には、左右に二枚づつ、ちょうちょの羽を思わせる可愛い羽が生えていました。
この子の名前はセレネス。寒くなった街に雪を降らせる雪の妖精です。セレネスと言う言葉は、「永遠に降る雪」という意味があり、セレネス自身、とっても気に入っていました。
セレネスは、冬の訪れを告げる木枯らしと共にやってきます。街に着いたら、人間達に「冬が来たよ」と教えるために、雪を降らすのです。
「あっ、つぎの街が見えた!」
セレネスは街に向かって降りていきました。
セレネスが降り立った街の真ん中には、立派な並木道が通っていて、両側にはレンガ造りの家が建ち並んでいました。ふわふわと街の中を漂っていると、セレネスはある家の一角に目が止まりました。
「うわぁ、すごい!」
その家の庭は、秋も終わり頃だというのに、様々な花が咲き乱れていました。
赤やピンク、紫に黄色。小さなお花畑がそこにありました。
セレネスが花に見入っていると、家の中から、小さな女の子が出てきました。
「さぁて、お水をあげなくっちゃ!」
女の子は元気よく言うと、水がたっぷり入ったじょうろを、こぼさない様に両手で持って、静かに花の上から水を掛けます。
「ふんふふーん、ふふんふふーん」
楽しそうに鼻歌を歌いながら、女の子は水を花たちに降り注ぎます。
(わぁ、可愛いなぁ)
セレネスはつい、女の子に見蕩れてしまいます。
肩まであるサラサラなストレートの金髪に、くりくりとした大きな瞳。りんごの様に赤く染まったほほに、透き通るような白い肌。まるで、お人形さんのように可愛らしい娘です。
「リリルー、お友達が来たわよぉ」
「はぁい」
お母さんに呼ばれ、リリルと呼ばれた女の子は、空っぽになったじょうろを片付けると家に戻りました。
(いいなぁ。ボクも一緒に遊びたいなぁ)
セレネスは一目見て、リリルの事が好きになりました。けれど、妖精の姿は人間には見えないため、自分の事をリリルに伝える事は出来ません。
「あ、そうだ!」
セレネスはいい考えを思いついたようです。
その日の夜。セレネスは街の真ん中を高い空から見下ろします。
「よぉし」
セレネスが右手を高く上げると、そこに杖が現れました。
「えぇいっ!」
杖を大きく一振りします。すると、空から静かに雪が舞い落ちてきました。
「わぁ、雪だ雪だぁ!」
「お母さん、雪が降ってきた!」
道行く子供達は大はしゃぎです。皆、空を見上げて顔を輝かせます。
「うん。みんな喜んでくれてる」
セレネスは嬉しそうに言います。
セレネスが出来る事と言えば、雪を降らせる事だけ。だから、リリルに喜んでもらうために、セレネスは張り切って更に杖を振ります。
「そぉれっ!」
それまで少なかった雪は、どんどん量を増して、ついには大雪になってしまいました。
「ふふ。これでリリルも、喜んでくれるかな」
セレネスは笑顔になると、遠くの山にある家へと帰りました。
次の日。セレネスは早速リリルの家に行きましたが、そこでセレネスはビックリしてしまいます。
「うわぁぁん! お花が、お花が全部萎れちゃったよぉ」
リリルが、雪でぐちゃぐちゃになってしまったお花畑を前に、一人泣きはらしていたのです。
リリルは泣きじゃくりながら、俯いて呟きます。
「雪なんて、大っ嫌い……!」
「リリル……」
セレネスはリリルに謝ろうと近づきます。
「ゴメンね、リリル。ボク、そんなつもりじゃ……」
「うっ、ううっ……」
けれど、リリルの耳に、セレネスの言葉は届きません。リリルはセレネスに気付く事無く、しくしくと泣きながら、家へと戻りました。
セレネスは悲しくなりました。リリルのために雪を降らせたのに、リリルを喜ばせるどころか、泣かせてしまったのです。
(何でボクは、雪を降らせることしか出来ないんだろう……)
せめてもう一度、あの庭いっぱいに花を咲かせたい。セレネスはそう思って花の妖精の元へ行きます。
「お願いします! ボクに、花をいっぱい咲かせる力を下さい!」
だけど、花の妖精は困った顔をして「それはできないよ」と言います。
「キミは雪の妖精。キミじゃあ冷たすぎて花を咲かせることは出来ないよ」
セレネスはそれを聞いてうなだれてしまいます。しかし、次の瞬間、顔を上げてセレネスは告げました。
「だったら、だったらボクを――」
大雪があった日から数ヵ月後。街からは雪はほとんど溶けて、日陰に溶け残った雪がちらほらと見えるだけになりました。リリルも少しだけ元気を取り戻して、新しく花を育てようと、色々な花の種や球根を準備しました。
数ヶ月経って、やっと雪がほとんど溶けたので、花の種を植えようとリリルは庭に出ました。すると、リリルは日陰に、不思議なものを見つけます。
「あら、あれって……」
近寄って見てみると、それは真っ白に咲く、一輪の花でした。
「わぁ、綺麗……」
雪の下から真っ直ぐ伸びて咲いている姿は、まるで雪から生まれた花のようです。
「でも、こんな所にいたら、またしおれちゃうわ」
リリルは、急いで物置に行くと、スコップと植木鉢を持ってきました。慣れない手つきで花を掘り起こし、丁寧に植木鉢に移します。
「うん、これでよし」
リリルは微笑むと、自分の部屋まで植木鉢を持っていき、窓辺にそっと置きました。
(これはきっと、妖精さんからの贈りものなんだわ)
そう思うとリリルの顔には、自然と笑みがこぼれてきました。
その日以来、雪が降り溶ける頃になると、リリルの家の庭だけに一輪だけ、真っ白な花が咲くようになりました。
リリルは何時しか、その花に名前をつけるようになりました。
――永久の雪の花、「セレネス」と。