その29
新年パーティーまであと10日。
昨日は、おばーさま恒例のパーティードレスの大仕立て大会が繰り広げられた。
正直ドレスなんて、どうでもいい気分。どの形がいいか、どの色がいいか矢継ぎ早に聞かれるので、「私には何が良いかわからないわ」と告げて、全部おばーさまにお任せした。
パーティー行きたくないなぁ…
王様が風邪でも引いて中止にならないかしら…
はたまた、王宮に白蟻が大発生して…あ、あそこ水晶で作られているから、無理かぁ−。
なんて、居間の窓辺に座って暗い事を考えていると
「姉様ー!!トゲが刺さって取れなくなっちゃった。」
カルが手を押さえて駆け込んできた。
「どれ?見せてみて!あらー。結構深く刺さってるわね。何したの?」
「小鳥の雛が巣から落ちてたから、巣に戻そうとして木に登ったんだ。なんとか雛は戻せたけど、枝が尖ってた所に手を置いちゃって・・・う、痛ーい」
「カル、あんた良い子に育って……。んじゃ、姉様が痛くないようにトゲを抜いて治療してあげるからね。私の部屋に鞄と薬があるから一緒においで」
そういって私の部屋に行くと鞄からピンセットと薬を二本取り出しカルの真向かいに座った。緑色の薬瓶を開けガーゼに染み込ませてトゲが刺さった傷口に当てる。しばらくすると薬の効果でトゲだけが勝手に浮いて来る。そこをピンセットで素早く取り去り、再度薬を当てて、小さなトゲの破片が浮いてこないか確かめる。
何も浮き出ないので、今度は水色の薬をガーゼに染み込ませて傷口に当てる。そのまま包帯を巻いて終わり。
「これでよし!そうね…2時間したらトゲが自然と出てきて傷口が塞がり、皮膚が再生するわよ。夕方には、元の状態に戻ってるから、もう包帯取っていいわ。」
「そんなに早く治るの!?」
「もちろん!姉様の腕は凄いでしょ!」
「凄いよ!魔法だって皮膚の再生は表皮を薄くしか再生できないから、その後、元通りにするまでしばらく時間がかかるのに。姉様の薬って凄いね。それに、全然痛く無かった!」
目を輝かせてカルが私に言った。
「褒めてくれてありがとう。夕方までは手をあまり使わないように本でも読んでなさいね。」
「うんわかった。でも、姉様ってさ、お医者さんみたいだね!」
「姉様は、薬剤師なの。お医者さんみたいに、手術をしたりする事は出来ないわ」
「でも、さっきみたいな怪我の治療なんてお医者さんより上手だよ。少なくてもこの国のお医者さんよりは、凄い上!」
「アハハ!ありがとう。そんなに褒めても何にも出ないわよ。」
「そんなつもりじゃないよ。僕、将来は、お医者さんになりたいと思ってたけど、やっぱり姉様みたいになりたい!」
「あら!それじゃ尚の事、勉強しないとね。薬草の種類や、薬の配合、はたまた、体のツボまでも知っとかないとね。良ければそこに私が昔読んだ本が、そこの本棚にあるから、好きなだけ持っていけばいいわ。」
「本当?ありがとう。早速読まなきゃ!」
バタバタと勢いよくカルは部屋を出て行った。
自分の仕事(トゲ抜きですが・・・)を見て薬剤師の職業に憧れてくれるなんて嬉しい!
鞄の中に薬をしまうと、鞄の隣に置いていた箱に気が付く。
あ、そうだった。
ベイルが作ってくれた箱。こっち来てから色々な事があったから、二日程開けてなかったわ
箱の扉を開いてみると何十枚ものメモと林檎が入っていてギョっとした。
すぐにメモを取り出して目を通すと全て、隣町のマクロス医師からだった。
私が町を出た日に食中毒が起きて、それが見る間に広がり、私が不在という事で、隣町のマクロス医師が呼ばれて治療に当たっているが、未だに症状が良くならないという。まだ死者は出ていないが、症状が重い者がいて危険な状態らしい。
マクロス医師が確認した所、食中毒になった者は全員、南方のパラシオ国から輸入された林檎を食べている事がわかり、その原因と思われる林檎が一個入っていた。
原因を追究しないと完全な治療薬は作れないが、とりあえず症状を抑える薬をすぐ調合するとメモに走り書きをし箱に入れた。
私の部屋には、続きの部屋があり、そこでパチーノにいる間は、薬の研究をしていたのでセドリック先生の研究室には劣るが、それでも色々な薬品や薬草が置いてあった。
いつでも私が帰って来てもいいようにと母様が5年前、私が出て行った時と同じようにしてくれていた。
もちろん、掃除もキチンとしてくれていたお陰で埃一つ無い。
これなら、特効薬が作れるかもしれない!
できれば、直ぐに戻って町の皆の様子を直に見たいが、今は一刻を争う。パチーノから人間界に戻る時間すら惜しい。その時間を食中毒の原因を調べる為に当てた方が、症状が重い人を救える可能性が高い。
それにマクロス医師には何度か薬の調合を頼まれ一緒に仕事をして面識がある。彼は、若いのに腕は確かで好人物だ。その人が治療に当たってくれているのであれば、まず間違いない。
「えーっと、トビウオ草とダイナゴンの根をすり鉢で摺って…」
さっきまでの、ウダウダしてた気持ちは、すっかり忘れ、体が勝手に食中毒の症状を緩和させる薬に取り掛かった。
=2時間後=
なんとか症状を緩和させる薬を50人前を用意して薬の飲み方と書いたメモと一緒に箱の中に入れた。
直ぐに、今度は例の林檎の研究に取り掛かる。おそらく林檎に何かしらの病原菌が混入していると思われるので念の為、部屋の扉に、いきさつを書き、誰も部屋には入らないように注意を促した貼紙をした。
更に万が一の空気感染を裂けるためマスクをして、研究室の空気が漏れなうに結界を貼る。
例の林檎の一部を細かく刻み、色々な薬品の中に入れて反応を見ていると箱の中からカチャリと音がした。
急いで箱を開けてる見ると一枚の手紙が入っていた。
゛ラルー=スエル様
至急の対応ありがとう。薬も底を尽きそうだったので本当に助かります。先程、送っていただいた薬を皆に飲ませてみましたが、吐き気や下痢が緩和した者が多く、一安心しています。
ただ、熱が高く熱さましを飲ませてもあまり効きません。
食中毒では、あまり見たことのない症例なのでこちらでも古い文献を読みあさっています。
この食中毒は、空気感染、接触感染はしません。ですので、林檎を食べるのを止めてからは患者の数は増えていませんが、一刻も早い特効薬を皆待ち望んでいます。
せっかく、実家に戻られている所、申し訳ありませんが、お力をお貸し下さい
マクロス=シャーリー゛
少し右上がりの癖があるが綺麗な文字が綴ってあり、書いた人の几帳面さがわかる文字だ。
私は、直ぐに返事を書いた。
ウチの薬局兼自宅のカギをスミスさんから貰って好きに使って欲しい。また、薬棚に置いてある薬草が数百種類あること、そしてセドリック先生が集めた文献が奥の書庫にズラリと並んでいるので、何かの手がかりになるかもしれない事を走り書きし再び箱に入れた。
「私も頑張らなきゃ…」
町の皆の為にも、治療の為にわざわざ隣町から来てくれているマクロス医師の為にも何の病原菌なのかを見つけ出そう。
改めて精神統一の為に思いっきりパンパンと顔叩く。
さっきまでの失恋から来るダークな気持ちを吐き出して新たにゆっくり深呼吸をした。
「よし、絶対に見つけてやる!覚悟しとけよ!病原菌!」
猛烈な勢いで昔かき集めた文献を戸棚から出し、林檎を入れた薬の反応を一つ一つ細かくチェックしていった。