その13
朝食を食べ終わると私達は採寸や生地選びで一気に忙しくなった。
私達6人の服を作るべく呼ばれた仕立屋さんの数は述べ100人程。
私達兄妹は、大きな部屋の一室に通されると、ほぼ下着姿に近い恰好にされ次々に体のあちこちを採寸された。
ちなみに母様は、隣の部屋で母様の子供の頃から服を仕立ててくれているなじみの仕立て屋を呼んでドレスを作っている。
まぁ子供用の服と大人用の服の生地も違うから、ごちゃごちゃにならないような配慮なんだろうね。
採寸が終わると私達一人一人に生地が宛がわれ、それをおばーさまが見て片っ端から判断を下していった。
「クラスにはもっと深い色の方が似合うから浅黄色は却下!
うーん、カルはもっと上品で明るい色が似合うわ。そこの奥の生地を持って来て見せてみて。
……。そうね…なんかイメージと違うかしら…次の生地を持ってきて。
まぁ、ライン!その薄紅色の花柄の生地は、貴方の美しさを存分に引き出すわね!その生地でドレスを作ってちょうだい。
あらあら、フィーダ、じっとしてなさい。えっ?くすぐったいの?うふふ、我慢よ我慢。男の子は何事にも我慢が肝心ですよ(笑)
あっ、ちょっとそこの貴方!ラルーは私と同じ瞳の色だから明るい緑はやめてちょうだい、似合わないから。。
あら!やだわ。だからといって髪に合わせて、赤色なんて、あまりにも芸がなくてよ!それも無し。早く下げて。
髪の色が濃い赤だからやっぱりこの子にも深い色があうかしら。右の生地を併せてみて!…。却下!次を見せて!」
おばーさまは、いつもの優しい雰囲気が全くなく、まるで鬼軍曹のようなキビキビとした指令を仕立て屋さん達に繰り出し、私達に似合う生地を見ていく。
でも、なんかいつもより、生き生きしてる気がする
ようやく生地が決まると、次は怒涛の型選びと細かいチェックが待っていた。
「その型でいいけど、もっとフィーダの襟にギャザーを寄せて、そう!そんな感じね。
ラインの裾は、色を変えた方が動きがでるわ!この布に合う生地を持ってきて!
ラルーの袖を後1cm膨らませてちょうだい
クラスの靴はもっと先が細い方がいいわね
あら!カル良く似合っているわよ!でもズボンの裾は、そんなに膨らませないでちょうだい」
ほぼ一日中、おばーさまの指示のもと着せ替え人形状態の私達は、全てが終わる頃には皆ぐったりと疲れ果てていた。
後で聞いた話しだが、おばーさまは、結婚する前に自らのブランドを立ち上げる程にファッションが大好きなんだそうだ。
おばーさまがデザインし、売り出した洋服は貴族のみならず全世界に流通し、人気を博したという。
それをおじーさまとの結婚を期に一切やめ、今では当時、出した服が高値で取り引きされるほどのプレミアが付いているという。
ファッション業界から引退した今でも「サルン夫人」と言えばファッションリーダーとして注目されており、見立て上手なおばーさまは、パーティーシーズンになると貴族の奥方から見立てて欲しいという依頼が殺到し、引っ張りダコになるという輝かしい経歴の持ち主だった。
やっと大仕立て大会から解放され、夕飯を食べる頃には、疲れがピークに達し、重い身体を引きずって食堂に入ると、そこには、おじーさまがいた。
「今日は、お前達と私だけの夕食だ。さぁ、食べなさい」と言い食事を促した。
しかし、本音を言えば疲れきっていた私達は、食事を取る以上に、今すぐ眠りたい!
でも、そんな事おじーさまには言えないので、ノロノロと食べはじめた。
食事を始めてから1分後……
ウトウトしてスープの中に顔を突っ込む者、サラダを食べてる途中で意識を無くし口から葉っぱを出しながら寝てしまった者、パンを食べている途中で寝てしまい、パンを握りながら昇天した者、口を動かしながら寝てしまい、重心が後ろに傾き椅子ごと転がり落ちる者など、食べながら多彩な寝方を見せる子供達。
その光景を見て思わずスープを吹き出したおじーさま。
な、なんだこの子達は!?何かの呪いでもかかっているのか!?
「誰か!誰かいないか?」
シーン………
はっ!!そうだった!アビゲイル(おばーさまの名前)から言われていた事をすっかり忘れていた!
=1時間前=
「クリスラー、ちょっとよろしいかしら?貴方に折り入ってお願いがあるの…」
いつも穏やかに微笑んでいる控えめな妻から「お願い」とは…!?おそらく結婚してから初めての事じゃないか?
「お前から、お願いとは驚いたな。私にできる事であれば言いなさい。」
アビゲイルの顔がパアッと嬉しそうに綻んだ。
久しぶりに見るその表情に思わず自らの口が綻んでいる事に気がつくと、またいつもの固い表情を保つのに努めた。
「明日、子供達が着て行くドレスを今日中に仕上げてしまいたいの…。
腕の良い職人を手配したのだけど、この時期、どこの貴族もドレス選びに必死だから、手配できた職人の数だけでは、到底間に合わないのよ。
だから、屋敷の者達、総出でドレスの仕上げをさせていただきたいんです。
もちろん、貴方達のお食事の用意はするように言っておきます。ただ、その間、子供達と貴方で夕飯を取っていただけないかしら?エルザもまだ手が離せないから、夕飯には同席できないと思うし…。」
「別に構わんよ。」
「まぁ、クリスラーありがとう!子供達も聞き分けが良いし、クラスがしっかりしているから、多分、貴方の手間を取らせる事なんてないと思うわ。」
そんな会話を思い出す。
アビゲイルよ………。
心の中で妻の名を呼んでみる。
もちろん、状況は変わらないのでため息と共に立ち上がる。
「こ、こら!頭をスープ皿から出すんだ。うっ……顔がスープだらけではないか!今、顔を拭くから。はっ!!袖で拭くのはやめなさいぃ!
そこのお前!
いつまで、口から野菜を出しているんだ。食べないなら吐き出せ。こら!聞いているのか?ペッしなさい。
そこ!椅子から転げ落ちてもまだ寝てるなんて聞いた事がないぞ!起きなさい!
お前達!食事はもういいから部屋へ戻り寝なさい!」
シーン………
なんだ。この子らは…。私の大声にもビクともせず寝ているとは…。こ、これがハーフエルフの力なのか?
仕方ない…。
手近なところから寝ている子供を抱き上げ子供部屋と食堂を往復し、子供達をベッドに寝かせる。すると1番小さな子供が目を覚まし寝ぐずりをしだした。
「こら、静かにしないか!お前の兄や姉が起きてしまうだろう」
しかし、幼い子供にそんな話しが、理解できる事もなく、増々激しく泣き始めた。
仕方なく、腕に抱き背中をさすってやる。しばらくすると、ヒック、ヒックと泣き止み始めた。
柔らかい…。久しぶりに小さな子供を抱いた。
最後に子供を抱いたのはいつだったろうか…おそらくエルザが生まれた時以来だから、数何百年は経っている。
子供特有の甘い匂いを嗅いでふとそんな事を思い出す。
ギュッと首にまわされた暖かい手と肩の凹みに押し付けられる小さな顔が庇護欲を駆り立てられる。
デニールもエルザも幼い時に抱っこをせがんでよくそのまま寝てしまっていた。
そんな遠い優しい日々を思い出すと同時にいつも心の中にある罪悪感が現れる。
「デニール……すまなかった。私が…お父様が悪かった。」
そう口から言葉がこぼれた。
すると眠ったと思っていた、幼子が目を開き
「としゃま…。だいすきよ」と言って私に微笑みかけると安心したようにまた私の肩の凹みに顔を擦りつけ寝てしまった。
きっとこの子は、自分の父親が死んだ事が理解できずに、大人の男に抱かれて、私を父親と間違えただけだ。
そう思いながら、涙が幾筋も頬を伝わり落ち、この子に涙がかからないよう必死で顔を背けた。