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冬の青い空

作者: 高田真碧

よろしくお願いします。






「夏実ーっ! こっちこっち、来て、ねぇほら見て! 綺麗なネックレス~」


 親友の水村亜澄に呼ばれて宝石店のほうに足が向くけれど心は浮かない。


「ああ、うん、綺麗だよね……、本当に……、すごく……なんていうか」


 最近悲しいことがあって沈んでいる私に元気を取り戻してもらおうと思って頑張ってくれている亜澄のために、なんとか嬉しそうに目を細めて喜びに笑顔らしき物を作って、一緒に楽しくはしゃごうとするけれど、上手く行かない。


 ネックレスを覗き込んだガラスに映る私はすごく物憂げな暗い顔。


 死んだような目をしている。


 本当は今はもう何にも興味が持てない。


 少し前までは病気の愛猫のために一生懸命看病をする毎日だった。


 生まれつきの病気で、心原性肺水腫というらしい、そのために獣医さんの所に通って肺に溜まった水を抜いてもらうのに大変だった。


 生後一カ月で保護して我が子同然にそれまで可愛がってきたコだ。


 それが苦しんでいる姿を見て平静ではいられない。


 最後には、先生がくれた栄養剤のような物を、少しずつ飲ませる事しか私にはできずに。


 どうせ死んでしまうとわかっていながらそれでも希望を持って頑張った。


 だけれども苦しんで苦しんでそれなのに助かることなく亡くなってしまっただなんて辛くてもう耐えられない。


(私も……雪と一緒に……そうじゃなければ……)


 私の生きていて欲しいというわがままで安楽死という選択も選ばずに愛猫の雪に苦しみや痛みや怖い思いや不安などの辛い思いを長い間させてしまった。


(だけど……雪がどう思っていたのかは……わからない)


 雪が降る前の、寒い日に近所で拾ってきた、痩せっぽちで少し汚れていて、ひとりぼっちでミャーミャー泣いていた、真っ白な子猫。


 洗ったら、綺麗になって、目が青なんだと気付いた。


 澄んだ青い空、真っ白な体毛、それで『雪』と名付けたんだっけ。


 ずいぶん長い間一緒にいたよね。


 今は私がひとりぼっちになってしまった。


(死んでしまいたい……)


 目の前が真っ暗だ。


「夏美、夏実」


 声をかけられてハッとして顔を上げれば店の明かりが眩しく輝いている。


「夏美、寒いしさ、店内入ろ?」


 手袋をした手をこすり合わせながら、鼻を真っ赤にした亜澄が、照れ臭そうに白い息を吐きながら言う。


「……うん!」


 私は不意に頭に浮かんだ(高そうだしお金も無いから……)という言葉を飲み込んで何かに押されたように思わず微笑んでコクンとうなずいていた。





「綺麗だねー……!」


 暖かい室内では、柔らかい光に包まれて、赤や青や緑や黄色や黒や白や様々な色をした宝石達がそれぞれに輝いている、透明でキラキラした物もある。


 亜澄が感嘆の声を上げるのも無理はない。


 怖々覗いてみると、ガラスケースの中の商品の値札には、私でも手の届くような安価な物もあった。


 もちろん目の玉が飛び出そうな高価な代物もある。


 それらはケースによって分けられていて、店の奥に行けば行くほど高い物があるようだったが、私達には入ってすぐのところにある可愛らしい品で良い。


「本当、綺麗だね、それになんか変わった物もあるし」


 ケースの足元にただの石ころのような物が籠に詰められて置いてある。


「マジだ。変なの、何だろう、これ? なんかの見本かなー!」


 その時、店の全体を眺められる位置に立っていた黒いスーツ姿のピシッとした白髪の物腰柔らかな気品漂う柔和そうな笑みをたたえたおじいさんが、私達のほうに近付いてきた。


「いらっしゃいませ」


 にこにことして手を前で合わせて軽く頭を下げてお辞儀をする。


「そちらの品が気になりますか?」


 手のひらを上にしてすぅっと石ころのように見える物を指示されて私と亜澄は顔を見合わせて頬を赤くして戸惑って双方お互いに肘で脇腹を突き合う。


「はい、あのぅー、なんでしょう、この……」


 結局口を開いたのは気の強い亜澄のほうだが、物をなんと呼べばいいかわからなかったのだろう、語尾が消えてしまう。


「こちらは原石になります。加工をしていない石ですね。そのままの形でお売りしています」


 たぶん古株の店員なんであろうおじいさんはお気に入りの宝物を紹介するように嬉しそうに楽しそうに顔を綻ばせて言った。


「当店ではパワーストーンなども扱っておりましてね。お嬢様方にお似合いな物は可愛らしいピンクのローズクォーツのブレスレットでしょうか。恋愛に良い効果がありますよ」


 さすが店員さん、さっそく商売に移っている、亜澄はそういうのが好きだから興味を持ったみたいだけれど。


(恋愛……なんて……今の私にはとてもじゃないけど……)


 そんな気持ちになんてなれない、思い出すのは亡くなったあのコのことばかり、私の愛した雪、あの白くてふわふわとした毛をしていて、そしてキラキラとした空のような青い目を持つ、やんちゃで悪戯っ子で元気だった可愛い猫。


 一応は店員さんの説明を聞きながら、私は視線を落として足元に置かれている原石を右から左に視線を動かして眺め始めた。


 すると……。


「あっ……これ!」


 突然話を遮って大声を出した私に亜澄とおじいさんのふたりが振り向く。


「この石……なんですか!?」


 私はしゃがみこんで、ある籠の中にあった青い色をした原石を手に取って、おじいさんに見えるようにした。


「ああ、それは天青石、天に青に石で天青石。セレスタイトとも呼ばれていて『天使の石』とも言うそうです。なんでも、不安を鎮め、安らぎを与えてくれるとか。ヒーリング効果があるそうですよ。天青石というと、薄い水色の物が多いのですが、それはずいぶん青いですね」


 小さな丸い卵が割れて中から天使が抜け出して飛び立って欠片が石となって残ったような『それ』。


「ありがとうございます」


 愛猫の目を思い出させるそれは、どうしても手に入れたい物だけれど、ただお値段のほうが少々。


「難ありの品なんですけれど、こちらとしましても、それ以上はお安くできないわけでして」


 おじいさんには困ったように眉を下げて微苦笑されてしまい、亜澄には突然の事にどうしようというようにオロオロされているし、それでも諦め切れずに涙目になってどうする事も出来ずに途方に暮れてしまっていた。


 そんな私の煌めく瞳に反応するように目の端に輝く虹が映った。


 ガラスケースの上に置かれていた、私でも知っている水晶……その中に、虹がある。


「それは虹入り水晶ですよ。クラックで虹が出来ている。大きいでしょう?」


「はぁ……」


(雪は虹の橋を渡っていったんだ)


 もう寒くもないし、苦しくもないし、辛くもない。悲しくもない。今はもう私の愛した猫は自由になっている。だから、私も、もう楽にしていいんだ。


(もう苦しまなくていいんだ……)


 私の愛した猫の青い瞳を見つけた、虹はあのコの居場所を教えてくれた、私はもう寂しくないように生きよう。


「店員さん、私、この石を買います!」


 おじいさんは少し驚いたようだったが、上機嫌といった様子で、私の天青石と亜澄のブレスレットを包んでもらいに行った。


「夏美、良かったの? 今月、厳しいんじゃない? ほら、いろいろと……」


 猫のことでお金がかかったから、そう皆まで言わずに曖昧にぼかして、優しい亜澄はもどかしそうに首を横に緩く振って苛立ちを示す。


「大丈夫だよ。心配してくれて、ありがとね、亜澄。でも、私にはこれが絶対に要るんだ」


 あのキラキラとした思い出、それをいっぱいに閉じ込めた青い瞳、いつまでも傍にいてほしい、そうしたら私は元気でいられるから、強くなれるから。


(あの青い空の向こう、あなたはいるんだから、少しだけ分けてもらおう!)


 今でも、そっと、大事に包み込めるように。


 いつまでも『愛している』。


 大切にしよう。






(おしまい)

ありがとうございました。

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