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05 ユニコーン獣人の嫁




 瞼を開けると、開け放たれた窓から温かな陽光が降り注いでいるのが見えた。

 ぼんやりと隣に視線をずらせば、溢れる光の中、ユリウスの空色の瞳が自分を見つめていることに気づく。


「おはよう、ルチ」

「……お……はよ、ございます……」

「身体は、大丈夫か?」

「あ……えと、どうなんでしょ……なんか、あちこち変な感じが……」


「痛むのか?」と心配そうに身を寄せたユリウスの透き通るような長い髪が、ルチの肩にサラ、と落ちる。

 近づく美しい顔にどぎまぎしながら「あ、大丈夫ですよ、俺頑丈なんで」とユリウスを(なだ)めたルチは、ほっと胸を撫で下ろしたユリウスを、まじまじと見つめる。

 明るい場所でユリウスを見るのは初めてで、今更ながら緊張してしまいドキドキと鼓動が早まった。


 昨夜の薄闇の中で淡い月明かりを纏ったユリウスは、艶めいてひどく魅力的だった。けれど今の朝日を浴びて煌めくユリウスもとびきり素敵だ、と思う。

 しかもそんな人が、自分を熱の籠った眼差しで見つめてくれているというのだから。

 こんな幸福な朝があってよいものかと思いながら、ルチはうっとりと愛しい空色の瞳に見惚れる。


「ユリウス様は、ほんと、綺麗ですね。昨日のユニコーン姿も、今の人の姿も、どちらも、とても、美しくて」


 こんなにも素敵で、しかもすごい力を持つ獣人様のお相手が俺みたいなちんちくりんでなんだか申し訳ないな、なんて思えてしまう。チクリと感じた胸の痛みを誤魔化すように、へへっと笑って、上掛けを胸の上までずりずりと引き上げた。


 ユリウスはそんなルチに優しい眼差しを向け、茶色の髪に長い指を梳かせながら柔らかく撫でた。


「……俺なんか比べ物にならないくらい、ルチは、もっと、美しい」


 ルチは「え」と思わず目を見開いた。そんなこと、絶対にあるわけがない。


「ルチはずっと美しいままだ。ルチを初めて見たのは、村での戦いの直後だった。まだ母親に抱かれたほんの小さな赤子だったが、その心は目に見えぬ光で煌めくかのようだった。俺はその時、決めた。俺の嫁は絶対この子にすると」

「……赤子? え? そんな前、ですか……?」

「ああ。その後もルチを何度も見に行った。人の姿でいられなくなってからは夢の中にも入って」

「夢の中って……じゃあ、あれ……?」


 ルチは顔がみるみる熱くなるのを感じる。

 夢の中だからと好き勝手ユリウスにしてきた事すべて、全部本人にやっていたということだ。

 焦るルチの火照った頬に、ユリウスは微笑みながら手のひらを添える。


「夢の中で甘えてくるルチも、本当にかわいかった。夢の外でも、ルチはいつも他の人や、村のために頑張っていて、その煌めきは年々増していくばかりだった。だから俺はずっと、楽しみに待っていた。ルチが嫁に来てくれる日を」


 そう言ってユリウスは、ルチの頬を撫でたあと、少し不安げに見つめる。


「……しかし、ルチはどうだろう? 俺が夫でもいいと、思ってくれるか?」


 ユリウスから聞いた話は驚くことばかりだ。ユニコーン獣人か持つ神秘的な力については、ただの人間であるルチには、そんなことができるのか、と想像することしかできない。


 けれどルチの心の中までは、ユリウスの神様のような不思議な力の数々を待ってしてもわからないのだろう。こんなにも前から自分を想っていてくれて、そしてそんなユリウスと結婚することができて、ルチはこれ以上ないくらい嬉しくて堪らないというのに。


 不安げに自分を見つめながら、わざわざ大真面目にこんなことを確認するのがおかしくて、ふふふっと思わず笑みをこぼしてしまう。


「なぜ笑う」

「何を言ってるんですか。いまさら」

「……まあ、それもそうだが……」

「以前ユリウス様は、家族になるって、夢の中でおっしゃってくれました。それが叶って、俺、今、夢みたいに嬉しいんですよ」

「覚えていたのか?」

「はい、もちろんです」


 ルチが笑顔で見つめれば、ユリウスもまた、嬉しそうに笑みを浮かべる。そしてルチに腕を回して、力いっぱい抱きしめてくれた。


 その後ユリウスは、これまでの経緯を話してくれた。

 ずっとルチを嫁に、と希望していたのに、当時の村長――ルチの祖父は「本人の意思を聞いてから」とずっと渋っていたのだそうだ。


 なんで処女? というのも「だってルチに、他の者が触れるのは嫌だ」と口を尖らせ、なんともかわいいことを言ってくれる。


 けれどそのすぐ後に「苦労したぞ。ルチの祖父にも協力してもらってな。悪い虫がつかないように、この歳まで周りを欺くのは」なんて何やら不穏なことを口にしていて、「え?」と疑念の眼差しを向けるも、ユリウスはそれ以上答えてくれず、ただニコニコといたずらっ子みたいな笑みを浮かべるだけだった。


 すべてはこの美しいユニコーン獣人の手の内にあったのか、とルチは気付いたものの、ゆっくりと仰向けに押し倒されるのに身を任せ、形の良い唇が触れるのに合わせて、そっと、目を閉じたのだった。

 


 ユニコーン獣人と、元村長の人間の嫁が仲睦まじく暮らす様子は、たびたび人里に遊びに下りてくる二人を目撃した村人たちにより語り継がれた。村人たちはこの二人に深く感謝し、見かけた際は贈り物や感謝の言葉を欠かさなかったという。


 人間が成体になるのは30年くらいだと勘違いしていたユリウスが、あと10年早くても大丈夫でしたよとルチから聞いて激しく後悔したり。

 ユリウスの不思議な力により、ユニコーン獣人と同程度にいつの間にか寿命が伸びていたことを知ったルチが、驚きすぎて腰を抜かしたり。

 三十年後にユニコーン獣人の国に再び嫁を村から迎えるという話も、ルチとユリウスが協力して思ってもみなかった方法で解決することになったりといろいろあるのだが……。


 それはまた、少し後の話だ。


 こうしてルチは、村からユニコーン獣人に嫁いだ最初で最後の人間となり、愛する番と共に、いつまでも幸せに暮らしたのだった。





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