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Deviation  作者: Fickle
18/34

第18章 帰潮の夜が押し寄せる

シールド都市の東側、第5入境検録所。


夜の帳が静かに降り、潜流シールドの光は薄靄のようにかすんでいた。


検録員は欠伸をひとつついて、無意識に感知器を操作する。輸送車が一台ずつゆっくりと通過し、ヘッドライトが白々しい影を地面に落とす。


風は廃墟区特有の潜流片の匂いを運んでいた。ほのかな錆の香りと、潜流粒子の分裂によるわずかな焦げ臭さが入り混じる。


すべてはいつも通り、退屈で、重苦しい空気に包まれていた。


——その時までは。


第一陣の人波が、ぞろぞろと現れたのだ。



彼らはシールドの縁をなぞるように延びた灰色の通路から、静かに歩いてきた。喧騒はない。会話もない。


数十人が緩やかに列を成して進む。顔には全員、まったく同じ空白の表情が貼り付いている。無関心でもなければ、疲労とも違う。


それは——


まるで潜流の凍結区から掘り出された氷像が、人間の動作を模倣して歩いているような、そんな感触だった。歩調は異様に揃っていて、身体の動きの幅さえ、微細な一致を保っている。


呼吸のリズムまでも、ほぼ完璧に同期していた。


空気が突然、粘りつくように重くなる。


シールド粒子探知器が「異常」の警告音を一瞬発したが、すぐに沈黙した。というのも——


潜流の安定指数は、あくまでも規格内だったからだ。


ただ、静かすぎた。死水の底に、何か巨大なものがひそんでいるかのような静寂。


検録員は眉をひそめ、彼らを見つめながらスキャンボタンを押した。一人ひとり、感知する。


名前——存在する。


ID番号——登録済み。


シールドチップ——確認済み。


潜流チェーンの曲率にも、異常はなかった。


けれども——心の奥で、本能が激しく警鐘を鳴らしていた。


「何かがおかしい。」


この人たち、あまりにも「綺麗」すぎる。


感情の涟漪リップルを一度も持ったことがないかのように、磨き上げられた白紙のように、無垢すぎるのだ。


列の先頭を歩く男がひとりいた。古びたシールドスーツをまとい、襟元はだらしなく緩んでいたが、その瞳は——死んでいた。感知光は宿らず、潜流粒子の自然跳躍も見られない。ただ、生きた死体のような眼差し。


その隣で、小さな少女が彼の手を握っていた。肌は雪のように白く、髪は乱れ、目は虚ろ。歩みは羽のように軽く、足音すらほとんどしなかった。


二人は肩を並べ、一歩ずつ、シールド都市の中へと入っていく。迷いも、ためらいもない。ただ——


それはまるで、押し寄せる潮のようだった。腐りかけた死体の波が、ゆっくりと膨れ上がっていくように。


少女をスキャンした瞬間、検録員の感知器が一瞬だけ警告を発した。


【微量の潜流硬直痕跡(許容範囲内)】


警告は一秒もたたずに消え、システムにより「正常な偏移修復」として自動処理された。


検録員は一瞬躊躇したが、最終的には「通過」を押した。


淡い青のシールドゲートがゆっくりと開く。あの異様な影たちは、ひとりずつ、都市の中心部へと足を踏み入れていった。誰一人、振り返ることはなかった。


彼らの影はシールドの光に伸ばされ、長く、長く、都市の街路へと引き伸ばされていく。それはまるで、裂けた潜流の亀裂が、潜意識の涟漪リップルの隅々まで、ゆっくりと這い進んでいくようだった。


夜がさらに深まっていく。


風が高層ビルのあいだを吹き抜け、異様な潜流粒子の波動を巻き起こしながら、都市の窓という窓を撫でていく。


遠く離れた中心区域の潜流監視塔で、低周波の警告灯が一度だけ、点滅した。


赤。


ごく浅く。


誰も気づかない。


誰も知らない。


——帰潮は、すでに始まっていた。




シールド都市第七区、朝の市。


夜明け前の光がうっすらと差し込み、粒子灯はまだ消えていない。街全体が、潜流のまだ目覚めきらない色に沈んでいた。


すべてが、いつもの朝と同じだった。


おじいさんたちは野菜の屋台で値切り、年配の女性が揚げ物屋の鍋をひっくり返しながら朝の仕込みをしている。潜流ラジオからは、やわらかい声で「心の涟漪リップルを穏やかに、情緒を安定に」といった都市メッセージが流れていた。


朝食の屋台の前では、淡いグレーの制服を着た若い女性が、友人と笑いながら並んでいた。


彼女の名前は温悯オンミン、21歳。この前、LightStreamの「心動マスター」バッジを手に入れたばかりだ。


昨夜、彼女は一つの涟漪リップルを投稿していた。「もし今日、誰かが朝ごはんをご馳走してくれたら、その人と結婚する!」


その投稿には一万件を超える「心動レスポンス」がついていた。


彼女は目を細めて笑いながら、支払い用のスキャンをしようとした。そのとき、感知器が震えた。


新しい心動データが届いたのだ。


画面を覗き込む。


——心動レスポンス数:0


一瞬、彼女は止まった。「システムがおかしくなったのかな?」と首をかしげ、もう一度読み込み直した。


……結果は同じ。


アイコン、アカウント、過去の涟漪リップル——全部、消えていた。


何も、残っていなかった。


彼女の目が見開かれ、指先が小さく震え始める。潜流センサーに表示された粒子ラインが、突然ぐらついた。


そして彼女は顔を上げ、口をわずかに開いた。


周囲がまだ何も気づかないうちに——彼女は、鋭く笑い出した。


泣き声ではない。笑い声だった。


異様に大きく、ひび割れるような笑いが喉から突き上げられ、一音一音が高周波粒子のように空気を裂いた。


笑いながら、彼女は自分の髪を引きちぎり始め、爪で顔を掻き、口角が裂けて血がにじむ。……いや、血ではなかった。それは灰色がかった、粒子を含むゼリー状のものだった。


誰かが一歩退いた。


彼女は地面に倒れ込み、笑い声が叫び声へと変わる。


「ねえ、なんで!? もう誰も私を好きじゃないの!? 私のレスポンスは!? さっきまで、ちゃんと輝いてたのに!!」


潜流チェーンは全断裂、涟漪構造は崩壊。彼女の体は痙攣し、まるで潜流片の中でねじれる残骸のように地面を震わせる。


周囲の人々が恐怖で叫び出す。逃げようとする者もいるが——もう遅かった。


彼女の情緒崩壊は強力な共鳴波を生み出し、数メートル離れた三台の感知器が同時に同期共鳴を起こした。


屋台の店主の一人が、ふと視線を変えた。


電子ヘラが手から滑り落ち、地面に「カシャ」と落ちた。彼の体がびくりと震え、口からもつれた言葉が漏れる。


「……働かないと……金稼がなきゃ……今日も稼がないと……」


そして突然、自分の屋台に突っ込み、鍋をひっくり返した。熱い油が脚にかかっても、まったく反応がなかった。


清掃ロボットの隣にいた少年も、急に壁に頭を打ちつけ始めた。


ごつ、ごつ、ごつ。


頭蓋骨が鳴るほどの勢いで壁に突進しながら、呟き続ける。


「もう合格できない……

もう役に立たない……

もう涟漪を続ける資格なんてない……」



たった40秒のあいだに、


十七人が潜流失調、

六人が潜流チェーン断裂、

三人が自傷行為、

二人が死亡。


シールド粒子流はまるで血に染まったように逆巻き、

感知器は狂ったように警報を発した。


【集団情緒反応オーバーロード】

【潜流チェーン複数断裂異常】

【緊急粒子調和ノード消去、失敗】


通りに響くのは、人間の泣き声、笑い声、歯ぎしり、うめき声。


誰かが地面に倒れ込み、潜流断裂後の粒子が皮膚の表面で滞留していた。顔全体を、ゆがんだ膜のようなものが覆っていた。


その目にはもう感情の光はなく、ただ震える言葉だけが繰り返されていた。


「……私は……本当に……大丈夫だったのに……見えなかったの……?」



朝の陽射しが、ついにシールドの裂け目から差し込む。


路上には粒子の破片、血の跡、壊れた感知器が散らばっていた。


壁にもたれかかった誰かが、座り込んだまま泣いていた。口元は、まだかすかに笑っていた。


彼は、狂っていなかった。ただ、完全に崩壊しただけだった。


敵のせいではない。戦争のせいでもない。


——彼の心動データが、「0」になっただけだった。





崩壊には、爆発音なんてない。


それはただ、一筋の亀裂からじわじわと滲み出してくるだけだ。冷えきった血のように。潜流の涟漪リップルの裏側にこびりついた、見せかけの安定では覆えない粘膜のように。


一センチ、一センチと、街全体を這いまわっていく。



午前九時、都市のラジオ放送が停止された。


「情緒安定チャンネル」と呼ばれていた放送帯域が、突然沈黙し、代わりに極低周波の粒子振動音が流れはじめた。


まるで風が喉に詰まって、吐き出したくても出せないような、重たい音。


第七区が、ちょうど崩れ落ちたばかりだった。


第六区のショッピングモールでは、集団転倒事件が発生し、

第五区のシールド広場では、信号が完全に途絶えた。

そして、第四区では——ある市民がシールドバルコニーから身を投げた。叫びながら。


「私……いいねされなかったの!私は、透明なんだよ!」



無人飛行機が低空を旋回しながら、都市上空をすり抜けていく。

探知センサーが赤く点滅し、「ウー、ウー、ウー」という警告音を響かせていた。


けれど、迎撃システムは起動しなかった。


——なぜなら。


敵なんて、いなかったからだ。


敵は要らない。


人間はすでに、自分の心のなかに——

ちゃんとした“地獄”を、植え終えていた。





一台急救用の浮遊車が第二区から飛び出してきた。

旋回があまりにも急で、シールドの端をかすめた際に感知柱に激突。

砕けた粒子スクリーンが銀青色の光を放ち、車体の下にいた女性の顔を照らし出した。


彼女はもう、何も話していなかった。


ただ、笑っていた。


息は途切れがちで、目は虚ろ。

口元が異様に引き上がっていて、まるで見えない糸で無理やり吊り上げられているようだった。


浮遊車の後部にはもう一人、少女が乗っていた。年はまだ若く、制服姿のまま。

彼女は割れた鉢植えの根を両手で握りしめていた。

まるでそれが、自分の心臓そのものであるかのように。


その口からは、呟きが何度も何度も繰り返されていた。


「私、かわいくないから……

だから誰も心動ハートをくれなかった……

だから、私は都市にいる価値がないんだ……」


彼女のシールドチェーンは完全に崩壊し、粒子は「吸坍型逆旋構造」を示していた。

潜流探針が読み取った識別は——


【崩壊型失控状態】

【病理ラベル:RCS-III型】

【不可逆】


彼女は泣いていなかった。


ただ、静かに——

壊れていった。




都市のあちこちで、自然発生的に隔離帯が設けられ始めた。


崩壊した一帯には、仮設のシールドが張られ、黄色の粒子幕がその区域を封じる。


人々は、まるで潮が引くかのように、都市の中心へ向かって後退していった。


背にリュックを背負い、服装はいたって普通——

けれど、ただ笑いすぎている者。


感知器の更新ボタンをひたすら押し続け、指先が擦り切れる者。


「大丈夫、大丈夫、私は平気だから……」

「無視しないで……」

そう繰り返しながら、唇が裂け、まるで銀の葉が血を吸ったようにひび割れていく者。



第三区軍部臨時指揮所が設立された。


巨大な浮遊データ台がホール中央に浮かび、都市地図の潜流モニタが次々と赤く染まりながら、城外から都市の心臓部へと向かっていく。


その傍らに立つのは、蘇遠征。顔面蒼白、片手でテーブルの縁を支え、もう片方の手では感知ペンを強く握っている。


「情緒崩壊の発生数は指数的に増加している……これはもはや局所的な偏移ではない。」


その声は乾いていて、氷の縁が融け落ちる寸前のようだった。


若い将校が、そっと問いかける。


「蘇長官……これは、戦争なんでしょうか……?」


だが——


誰も、答えなかった。



浮遊データスクリーン上で、ひとつまたひとつと、潜流チェーンの光が消えていく。

都市全体の涟漪リップルは、まるで破れかけた生体膜のように透け始めていた。


それは静けさではなかった。


それは——

感情というすべての線が、一斉に限界まで引き伸ばされ、

焼け焦げ、断裂し、煙のように消えていく瞬間。


まるで都市の心臓が、自らを呑み込もうとしているかのように。


都市ラジオが数秒だけ復旧する。


アナウンサーの声が、疲労に満ちて震えていた。


「市民の皆様、涟漪の安定を保ち、感知同期はできるだけ切ってください……自己情緒構造の……活性化を、避けて……」


声は途中でかすれ、機械が死んだように、ぶつりと切れた。


都市全体に残された最後の音は——


崩れゆくシールドの低い唸り声だけだった。


笑っているような、

泣いているような、

それでいて……まだ死にきれない何かの音。




シールド都市の中心中の中心、第零区。


念安たちが通う学校は、都市最後の「浄化重核避難ポイント」に指定されていた。


四方のシールドは最大粒子密度まで引き上げられ、

空中には五層構造の浮遊感知バリアがすべて起動している。

まるで、沈みかけた都市のなかで、かろうじて呼吸を許された肺胞のようだった。


この場所以外、都市全域はすでに制御不能に陥っている。


街は崩れ、潜流は沈み、感情は野火のように燃え広がる。


けれど、この区画の内側だけは——

時間が凍りついたかのように静まり返っていた。


人々は、教室棟前の広場や実験棟の軒下に集まっていた。


子どもが親をしがみつくように抱え、

誰かは小さな声で祈りを唱え、

誰かは空白の感知器を無意識にスワイプし続けていた。


彼らは「希望していた」のではない。


ただ、「形を保っていた」だけだ。


自分がまだ壊れていないと、信じさせるために。



澄川は校舎の屋上に立ち、遥か遠くの地平線を見つめていた。

浮かぶシールドの外、涟漪色をしていたはずの空は——


もう、灰色に染まっていた。


潜流は、そこには流れていなかった。

ただ、灰。

まるで、潜流の破片が積もってできた雪のように。



広場の中央では、軍部の幹部たちが集結していた。


蘇遠征は中央に立ち、戦闘用のシールドアーマーを身にまとっている。


彼の背筋は真っ直ぐで、まるで都市最後の潜流チェーンを体ひとつで支えるかのようだった。


その視線は一寸一寸と群衆を見渡していた。

この都市の最後の「心拍」を——

記憶のbasinに、刻み込むように。


歴懐謹は長い感知筆を手に、表情ひとつ動かさずに立っていた。


白瑾秋は副官と共に感知介入部隊の調整をしている。

その声は早口ながらも、芯が通っていた。


沈箴は医療用のレイヤーアーマーを着用し、

指は過度な感知針使用で白くなっている。

隣には粒子修復士たちが控えており、皆、顔色は蒼白だった。


そしてその反対側——邵昊遠も、そこにいた。


群衆の最前列に立ち、

その目は静かで、深かった。


彼はまだ軍部の灰白制服を着ていたが、

胸に輝く「外部シールド防衛」バッジだけが、わずかに——

二ミリ、ずれていた。


誰も、それに気づかなかった。

いや——誰も、口に出せなかった。


彼は静かで、集中していて、誰よりも真剣そうに見えた。


まるで、浮遊シールドに埋め込まれた釘のように。

疑う理由も、揺らぐ気配もなかった。


けれど——


澄川は高所から、その姿を見つめていた。


その目は、あらゆる偽装を切り裂こうとする剣のように、鋭かった。



そして、放送が始まった。


歴懐謹の声が、広場全体に響き渡る。


「都市の崩壊区域は、すでに76.43%を超えた。私たちには、もう後がない。」


「ここが、我々の最後の涟漪だ。最後のチェーンだ。」


彼は一呼吸置き、視線で全体を圧しながら言った。


「持ちこたえろ! 諦めるな!」


その言葉を最後に、彼は階段を降り始めた。

白瑾秋が後に続き、蘇遠征も続いた。

沈箴もまた、その背を追うように歩き出す。


その瞬間——


広場全体の涟漪が、まるで凍ったように止まった。


それはまるで——


都市全体の感知域が、ひとつの極限まで引き伸ばされた一本の線となり、

都市が落ちきる前に、なんとかそれを支えようとしていた。





夜が更け、シールド都市の浮遊スクリーンは地面すれすれにまで垂れ下がっていた。


念安は感知器を抱え、蘇遠征とともに外周地区の避難データを確認していた。

その時、感知器がかすかに震えた。


見慣れた名前が、画面に跳ね上がる。


【李青蘭 発信中】


念安の胸がきゅっと縮まり、すぐさま通話を受け取った。


「もしもし? 李さん?」


電話の向こうから聞こえてきたのは、どこか息の乱れた李青蘭の声だった。

走った後のような、呼吸が整いきっていない、そんな声。


「小安……思い出したの。老紀のあの最初の涟漪草……あれ、うちで買ったんじゃない。友人がくれたのよ。」


念安は感知器をぎゅっと握りしめ、声を低く絞り出した。


「誰?」


一秒の間があった。

まるで、記憶が曖昧なわけではなく、真実を語ることそのものが怖いような沈黙だった。


やがて、李青蘭は息を詰めるようにして、ようやく二文字を吐き出した。


「……名字だけ、覚えてる。……“ショウ”。」


その瞬間、念安の胸に、鋭い氷の刃が突き刺さったような衝撃が走る。


彼女はすぐに顔を上げ、蘇遠征に向かって、声を震わせながらも力強く言った。


「お父さん、あの観葉植物——おかしい!

都市に搬入された植物の検疫記録、全部チェックして!」


蘇遠征は目を細め、すぐに感知器を操作し始めた。


三十秒もかからず、浮遊データウォールに一行の赤い承認記録が浮かび上がる。


【都市搬入植物バッチ 通過許可者:邵昊遠】


その場にいた軍官たちの顔が、一瞬で凍りついた。


歴懐謹が即座に命じた。


「邵昊遠を拘束せよ!今すぐ隔離収監だ!」


数名のシールド特勤が前へ進み、人々の中に立っていた邵昊遠を囲む。


その瞬間——


空気に雷鳴のような張り詰めが走り、粒子の振動が肌を打ち、

床板からは、かすかな震えさえ伝わってくる。


邵昊遠は、隔離室に連行された。



四方の浮遊スクリーンが起動し、冷たい青光の感知チェーンが、彼の周囲三メートルを完全に封鎖した。


念安は感知器を抱きしめながら、彼の前に歩み出た。


澄川がその隣に立ち、一歩も引かずに寄り添っていた。


彼らの声が、シールド粒子の涟漪にくっきりと響いた。


念安が口を開く。

その声は、氷のように冷たく、揺るぎなかった。


「紀正源家の涟漪草——あれを送ったのは、あなたよね。」


すぐに澄川が言葉を継ぐ。

その声には、どこか気だるげで、それでいて刃のような鋭さがあった。


「求職広場の植物通過許可も、あなたが出した。」

「LightStream心流ウォールの緑化拡散も、あなたの承認だ。」


念安は目を伏せ、感知器に表示された冷酷な署名をじっと見つめながら、言葉を絞り出す。


「あなたのひとつひとつの署名が、この都市の心臓に突き立てた——ナイフだったのよ。」


澄川は横目で邵昊遠を見やり、目を細めながら言った。


「……何か、言い訳でもしてみれば?」


邵昊遠は、シールドの光の中に立っていた。

彼の影は、粒子の光に引き伸ばされ、果てしなく長く延びていた。


「……何を言っているのか、わからない。」


「私は……」


彼は何かを言いかけたが、ふと口を閉じた。


それ以上、反論しなかった。


もはや抵抗もしない。

ただ、静かに立ち尽くし、すべての非難を——


まるで、シールドの底に沈んだ石のように——

黙って受け止めていた。


四方の粒子が震え始め、感知探針が極低周波の耳鳴りのような警告音を発する。


その瞬間、臨時指揮所全体の涟漪が——


初めて、目に見えるかたちで——

ひび割れた。


今にも破れそうな氷の膜のように。


ただ、最後の「パキン」という音を、待つばかりだった。





その夜、都市シールド臨時指揮センターは——

かつてないほどの沈黙に包まれていた。


邵昊遠は、感知隔離舱の最深部に拘束されていた。


粒子の光壁が三重に重なり、誰一人として内部に入れない。


軍の者たちはすでにほとんど解散し、

都市中心の放送灯台だけが、まだ不規則な赤い光を点滅させていた。


兵士たちは壁にもたれて眠り込み、

あの蘇遠征さえ、深い沈思に沈んでいた。


誰も気づかなかった。


施設のいちばん端にある隔離舱の光壁が、わずかに——

一瞬、明滅したことに。



邵昊遠が、目を開いた。


驚いた様子はなかった。


光壁の外に、劉竹文が立っていた。


黒のシールドジャケットを羽織り、気配は静か。

だがその立ち姿は、軍人というよりも——

かつて共に訓練キャンプを彷徨った「仲間」のようだった。


彼らは、視線を交わした。


劉竹文は何も言わなかった。

ただ、ゆっくりと歩み寄り、粒子錠の縁に指を当てる。


システムが提示を出す。


【認証コード確認完了】

【感知逃逸プロトコル起動】

【経路偽装中……】


「……来るべきじゃなかった。」


邵昊遠は低く呟く。

その声は掠れ、疲れ果てていた。


劉竹文は膝をつき、破れた上着のボタンを静かに留めてやった。


まるで——かつて、夜の訓練帰りに互いを支え合って歩いた、あの頃のように。


「黙れ。」


彼はそう言い、ほんの一拍だけ置いて、

もう一言、静かに付け加えた。


「……お前が、そんなことする人間だとは思ってない。」


一瞬、空気が異様に静まり返った。


邵昊遠は目を伏せ、その表情を光の影に隠す。


そして、答えるように、あるいは気まずさをごまかすように、ぽつりと一言。


「……ありがとう。」


劉竹文はもう何も言わなかった。


ただ感知誘導器を操作し、解除ルートを入力した。


シールドが、無音のまま割れるように裂けた。


二人は、涟漪の縁を越えて並んで歩き出した。


誰にも気づかれることなく。



空には、かすかな光が浮かび始めていた。


それは、シールドが破れかけている兆しのようでもあり——


あるいは、


まだ完全には壊れきっていない

兄弟の間に残された最後の信頼のようでもあった。








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