首を求めし鎌の慟哭
大したことないので警告タグは入れておりませんが、ちょっとトチ狂ったような表現が入ります。お気をつけ下さい。
思うところがあったわけでもなく。
なぜそうしたかも実のところ分からない。
さしたる意味がなかったように、それらしい理由もなかった。
気分的に。
何となく。
思いつきで。
気付いたら。
少女が生きている証を感じられたのは、一瞬だけ。
人でなくとも生ける者であれば皆、体温という欠けてはならないものがあるのだと。
忘れかけていた相違点に、ふつりと湧いた不快感。
悦以外に興味を持たない死神は、至極当然のようにそれとは無縁のはずだった。
気持ち悪い。
違和を恐れる自分など知らない。
伸ばした手が払われた、それがどうしたというのか。
未だ1度たりとて触れようとしたことはなく、また思ったこともなく。
人は物理的に存在している。
死神は、それをよしとしない。
形あるものと交われないのは定められたことだ。
どれだけ人に見紛おうとも、死神が死神である限り生きているとは言えないだろう。
生きていないのなら、温度は要らない。
識別することがないのなら、色彩も要らない。
死神が人の姿をとるのは、屠るにあたっての適合性から。
その肌が柔和なのは、行動するにあたっての必然性から。
あらゆる事象に利が付きまとう。
ただ唯一、悦を追い求める心情だけが欲深い。
だからだろう。
どんな形であれ欲を持つからこそ、少女は死神を見紛う。
貪欲で忠実な死神の、傾倒する様があまりに人を思わせすぎて。
人とは、何か。
少女は狂乱していく。
留まれなくなる。
掴んだ手が、掴み取ってしまった手が。
「愚かだね」
静謐な室内に落とされた嘲り。
本当に分からないとでも思ったのだろうか、この少女は。
死神が、人程度の内を覗けないとでも思ったのだろうか。
ありえない。
ありはしない。
人は、所詮人だ。
人が集まれば人間になる。
でも結局は、人。
変わることを許されない真実の1つ。
輪廻に組み込まれた、哀れな生物。
くるり、くるり、くるり。
廻り廻って辿り着くのは出発地点。
ループ。
繰り返し。
響き渡るアリアにかどわかされて、導きという名の律しを受けて。
整えられた枠の中を歩き続ける。
だから愚かなのだ。
人は気付かない。
気付こうともしない。
強要されているというのに、疑おうともしない。
「愚かな、人の子」
少女はきっと、気付いている。
ただ目を瞑って、耳を塞いで、身を縮こまらせているだけ。
引きずり出してやりたい。
そしたら少女は泣くだろうか、叫ぶだろうか、それとも怯えて逃げるだろうか。
死神はふと表情をなくした。
ゆらりと振り上げた左手が、旋毛辺りで何かを掴む。
景色にノイズが走る。
人骨髑髏が、そこにはあった。
少女の瞼は閉ざされたまま、起きる気配は微塵もない。
髑髏がずり下げられる。
白い眼が塗り潰される。
刹那だった。
呼吸の間さえ、なかった。
白く細く長い指先が絡んだ、歪で普遍的な下手物。
鋭利な刃先が、ほんの僅かな隙間を置いて少女の首にあてがわれる。
人の首を刈るためだけに存在するそれならば、引かずとも押し付けるだけで血を見せてくれるだろう。
白糸が動いた余韻で肩から滑り落ちる。
下手物を握る手は動かない。
刃先がじれったいと言わんばかりに蠢き出す。
まるで、生きているかのような。
少女の体を跨いだまま、2歩。
退いて、気付かされる。
反射的にとったその行動が、死神の動力を根こそぎ奪い去っていった。
「は……はは、」
引き攣った笑い方をしたのは、これが初めてかもしれない。
右手で騒ぎ立てる下手物が落ちていき、そして消えた。
死神が、崩れる。
ばかな、と。
そんな、ばかなことが。
あってはならないこと。
あるはずのないこと。
あの時少女がとった行動は、あの拒絶は正しかったのだ。
けれど死神は、惑わされてしまった。
それこそが現状。
証明はたった今、立てられた。
死神なのに。
死神だけど。
死神ゆえに。
ならば死神とは、何か。
「僕には、殺せない」
狂乱していく。
死神のくせに殺せないとか、もうくるとこまできちゃったね!的な。




