石膏のような指先が、まだ
自由奔放な生物、否、生きているのかさえ怪しいところだが。
少女の帰路にふらりと現れた死神は、どこか満足げな表情をしていた。
その時浮かんだ推論は正しかったはずだ。
白すぎる肌に艶やかも何もあったもんじゃない。
しかし相手を人と見て表現するなら、つまりはそういうことで。
試しに尋ねてみようなどとは思わなかった。
自覚は近い。
不用意に近づけば飲み込まれる。
嫌な自信だけが深いところで育つばかり。
現状に置いてなおポジティブ思考を保てる人が居たなら、それはただの楽天家に違いない。
加えて少女は元来、どちらかといえば対に片寄った性質を持つ。
1に逃走、2に逃走。
厄介事は避けて通るが己の道といった私論上に成立している。
そんな少女の徹底した回避行動を、彼の死神が面白がらないはずはない。
「しばらく持ちそうだ」
敢えて言うもよし、言わずもよし。
どちらにせよ、死神によるたった1つの発言が、人の子の少女に衝撃を与える。
事実は覆らない。
それらは既に過去だから。
「そうですか」
「うん」
「……よかったですね」
「うん」
対話を望むべきではない。
それは対面直後に少女が理解させられた項目の1つ。
死神はただ純に愉しむことのみを求めている。
自分から話しかけておいて不意に傍観体勢を決め込むことしばしば。
自己中心的という言葉は、死神のために存在するんじゃないかと思わずにはいられない。
少女の中の虚像は虚像でしかない。
けれど何故だろうか、虚像が笑えば実像も笑う。
不一致の中の合致。
曖昧で難解で、それは人でないからこそ頷ける不可思議な論理。
踏み込んではならない。
沈んでしまう前に身を引かなくては。
気付くだけならいい、忘れてしまえば済むことだ。
けれど僅かでも境界線が掻き消えた刹那、自分はもはや留まれないだろう。
内にある、人としての心が囁く。
しかし現時点の立ち位置から退くことは叶わない。
それを許してくれるほど、嘲り笑う目の前の死神は優しくなかった。
明くる日の火曜日、平日。
よもや自分が、と絆創膏のはられた指をおもむろに見やる。
それだけ上の空だったということか。
溜め息1つ、所有の下足箱から靴をタイル床に投げ置いた。
思い返されるのは授業で使った彫刻刀。
さして深くはないものの、出血があったのは確かで。
「血」
驚き飛び退くところを力技で堪える。
声はもう、馴染みすぎて逆に恐ろしいくらい知れたもの。
「微かにだけど、血の香りがする」
何したのか、と。
それとない目配りで訴えているのが分かった。
その意に逆らえるほど少女は愚かしくない。
「刃物で指を」
「嗚呼、納得」
死神が前触れなく手を伸ばした。
細い指が外気にさらされ、その白さにもはや驚くこともなく。
ぺし。
情けない音。
間の抜けた音。
そして少女が、拒んだ音。
息を嚥下したのは、どちらだったか。
冷水を頭からかぶった気分とはこういうことかと、少女の中の少女が呟いた。
いかなる感情を持ったところで、相手は死神でしかない。
人は死神に捕食され、死神は人を捕食する。
2つは重ならない。
2つはかち合わない。
死神が持つものを人は持ちえず、人が持つものを死神は持ちえない。
その1部に体温が含まれていただけのこと。
やわらかな感触は確かに肌であった。
けれどその色まさしく、雪のように冷たくて。
離れていく手を掴んだのは、なぜか。
指を握りこんだところで行動が意識の支配下に戻る。
視界から外れていた死神の表情に、今度は耐え切れず飛び退いた。
「大胆」
「そんなんじゃないです」
急いた言葉は吐息に揺らいだ。
振り払うように歩き出す。
すいと並んで進む死神の内を覗くことなど、少女にはできなかった。
脳裏に焼きついて離れない。
かたく冷えた人の手を、少女はひたすらに恐れていた。