少女的死神考察
大したことないので警告タグは入れておりませんが、ちょっとトチ狂ったような表現が入ります。お気をつけ下さい。
私は人だ。
具体的な表現をするまでもなく、正真正銘のヒト科動物だ。
親と一緒に暮らして、通学して、勉強して。
そんな私は土曜になったばかりの夜中から、とある死神にストーキング紛いをされている。
理由があるとは思えないし、あったとしても分からない。
相手はかつてないほど奇想天外だ。
それは異種同士の間に生まれる相違点が原因なのだろう。
相手は死神で、腐っても死神で、ゆえに自己中心的かつぶっ飛んだ道理が通用するに違いない。
色のない肌に、髪に、眼。
人型をしていて本当によかった。
空想通りの骸骨姿だったら卒倒しかねない。
だが初めて見た時、この死神の顔は確かに髑髏で覆われていた。
小麦で出来た正義の英雄物語に出てくる骨野郎とは訳が違う。
電気箱の向こうでよく見る人の頭蓋骨が、肉の一片もない黒ずんだ白の骨が、そこに。
死の香りがする、と。
その瞬間から断頭台への道を歩かされているような。
最近直視した死という結末が、自分に突きつけられる恐怖。
できれば安楽死するその時まで、恐ろしささえ薄れる絶望はもう味わいたくない。
そう願うのに、私を突き落とした刹那に見せた死神の表情が、どうにも消えてくれなくて。
どうしようもないくらいに嬉しく楽しい、そんな笑み。
微笑みというほど温かなものではなく、寧ろそれは冷えすぎて熱いもの。
にい、と上がった口角が忘れられない。
狂ったような、笑み。
人の感性からすれば、それは最も相応しい表現だろう。
枕元に立つ死神の足はベッドに沈むことなく、その足先までもが黒く塗り潰されていた。
手先は白く、爪まであった。
ざっと7頭身ほどの背丈。
どこからどう見ても少しいっちゃってる人にしか見えない。
だが壁もドアもすり抜けるし、栄養摂取も必要ないし、排泄も入浴も必要ないらしく。
どんな原理なんだと問うてやりたい。
そもそもこの死神、心臓を持っているのだろうか。
触れたことがないし触れようとも思えないし、聞いたところで正直な解答が得られるかも疑問だ。
どちらにせよ、相手は人ならざる者。
相手にとっては家畜もどきの人であろう私が悩まなくてもいい。
壇上の先生が邪魔で板書ができなくなった。
この席自体が悪いのは言わずもがな。
試みたペン回しで失敗する。
シャープペンシルが無残にも転がり、軽く息を吐きながらそれを拾う。
黒板はまだ僅かしか見えていない。
後でまとめて取ろうと決め込み、半分以上が白いノートの隅に落書きを始めた。
長い髪、黒い服、髑髏は難しいので骨野郎を模してみる。
不意に手が止まった。
改めて自分が描き出したものを直視し、そして意味もなく焦燥に駆られた。
感化されていかれたのかもしれない。
なぜ私は、こんなものを。
がぎ、こつっ。
チョークが折れる音だったと思う。
我に還って早々、落書きを跡形も無く消し去って、溜め息。
落書きは実に無様なもので、しかし思いつきで映し出したものがそれだったなどと。
どうかしてる。
ノートを押さえていた片腕で肘を突いた。
再び溜め息。
今度は静かに、そして深く。
しばらくして書き出しを終えた先生が退き、黒板が見えるようになった。
板書の続きを進めて、何となしに隅の方を見ては脱力する。
微かに、ほんの微かに残った筆圧。
ライナスにでもなった気分だ。
その思考にまた心底驚き、そうやって深みに嵌っていく。
ライナスって、ライナスって、そりゃないだろ私。
片時も離したくない、離れたくない、手の届く範囲に置いておきたいという、いわば依存症。
物どころか人でもない死神に、依存してたまるか。
襲撃予備軍として待機している睡魔を一蹴した。
死神は今、どこぞを放浪して餌探しでもしているに違いない。
授業にまでついて来られると落ち着けなくて困るから。
その辺を漂って、ついでに我慢していた食事も済ませてくればいい。
そうしろと推し進めたのは、紛れもなく私だ。
我慢しているわけじゃないと言う死神を言いくるめて追い出したのも、私。
もっと落ち着かなくなるなんて。
逆に気になってしまうなんて、思いもしなかった。
これは人としてやばい。
末期だ。
治る見込みはなく、後はもう死ぬしかないほどに。
犬や猫が、否、馬や羊が人に恋するくらいマッドネス。
恋なんてしてないけれど。
無論したくもないけれど。
死神は、そう。
きっと魅惑の美人女性が好み。
脂ぎった中年男性よりも適度な肉つきの、それでいて香りのきつくない女性。
目を抉り取って、喉元に噛み付いて、肩を引き千切る。
豊かな胸をもいで、そこから手を突き刺し、内臓を掴む。
心臓とか、好物なんじゃなかろうか。
肉食なら太腿とか好んでそうだ。
白い口元を、手を、鋭い爪を赤く汚して。
食べられた人は、悲痛に泣き叫ぶのだろうか。
意識のない間に死んでしまうのかもしれない。
寧ろそうであった方がいい。
死神を認知する前に、痛みを自覚する前に食べられてしまった方が楽だ。
人にしか見えない顔を歪めて、笑って。
そうして食べつくしたら、見えない鎌で首を刈ってしまう。
たぶん、そう。
そこに人の残骸は残されない。
人が居たという事実さえ残らない。
死神は、おそらくそういう者。
あの死神も例外ではないはず。
だからいつか、私も無残な末路を迎えるに違いない。
現実味のない、漠然とした恐怖。
身震いすることも涙が溢れることもない、ただ怖いと思うだけ。
食べられた人は、死神の中に溶けるのだろうか。
そしたらもう、離れることは決して叶わない。
いっそのこと、そうであったなら。
私は気付かぬふりをした。
少女視点。次から戻りマス。