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捕食する者、される者


 意識が浮上する。

 じわじわと脳内が活発化していく。

 2度寝という魅惑的な言葉を払いのけ、震える瞼を押し上げた。

 横向きに寝る人は大半が利き腕を下にしているらしい。

 少女は何と無しに自らの状態を認識し、なるほど確かにその通りだと思った。

 視界を遮る頭髪が鬱陶しい。

 かろうじて腹部を覆うタオルケットのなんと粗末な姿か。

 寝惚け眼でそれを注視し、気だるそうに隅をつまみ合わせて折り畳む。

 室内を走る視線に怪奇現象が引っかかる。

 止まろうとした。

 しかし少女は無理矢理流すことを決め、ずれた枕を定位置に戻すべく手を、

「ちょっと」

 手を伸ばし、

「さり気なく無視しないでくれる」

 結果的に挫折せざるおえなかった。

 さすがに露骨すぎたかなとは思ったけれど。

 半強制的に視線を固定した先、街中を歩けば好奇と歓喜の目にさらされるであろう、人を模った影が立っていた。

 人ならざる者に勝とうなんて早まりすぎたのだ。

 再沸騰しそうな睡眠欲に眩暈を禁じえない。

「……おはよう、ございます」

 思えばこの死神、なぜ床やらベッドの上やらに立てるのか。

「理から除外された存在だからね。僕の意思でどうとでもなるさ」

 あぁそうかい。

 心を読まれた錯覚。

 無視するなと言っておきながら挨拶を返さないのってどうなんだ。

 少女は思えど口にしない。

 先ほどの読心が現実であるなら思考は筒抜けかもしれないが、人には思想の自由という権利が存在する。

 無論、死神には分からないだろうけれど。

 絶対的な違いについて考え出した時、夜中の光景が脳裏を過ぎった。

 嗚呼、生かされている。

 唐突に突きつけられた事実は、単に少女がそう感じているだけの話だが。

 この必死な心情も、死神は読むのだろうか。

 くだらない。

 心底そう思う。

 小さく溜め息をこぼし、もはや何にも驚くまいと心に決めて立ち上がった。

 一見すれば人でしかない死神を通り抜けてやろうかとも思ったが、寧ろ打撃を受けるのは自分であることに気付き、迂回路を辿って退室する。

 死神のためだけにドアを開けておく必要もないだろうと早々に閉めてしまうあたりが、どこか子供染みた八つ当たりのようで。

 案の定にゅるりとあるはずのドアを物ともせず出現してくれた。

 予想していたとはいえ、心臓に悪いことこの上ない。

 見なかったことにしよう。

 それが1番だと大いに頷き洗面所を目指した。

 意味もなくその後を追う死神。

 意図が分からない上、存在が存在なだけに恐ろしくて堪らず、問うことさえままならない。

 こういった時は切実に読心術とやらが欲しくなるものだ。

 言うまでもなく叶わない。

 おっかなびっくり洗顔を済ませて道を戻る。

 やはり迂回路採用。

 居室を経て台所に向かう。

 炊飯器、空。

 冷蔵庫、ほぼ空。

 カウンターの籠、パンなし。

 朝食になりそうなもの、なし。

「朝抜くの」

「……まあ」

 いつも通りの緩やかな時間を送る予定しかない。

 猛烈な空腹感をしのげば平気だろう。

 結局は昼食調達のために外へ繰り出さなければならないのだが。

 電源を入れる。

 テレビに映し出されたオーケストラ。

 接触の悪いリモコンを力押しで操作する。

 外国アニメーション。

 報道。

 バラエティ。

 巡り巡って再びオーケストラ。

 観賞趣味はない。

 1分と経たずに電源を切り、リモコンを投げた。

 買い物しようにも時間的にまだ開店準備中のはずで。

 手持ち無沙汰になった少女は、とりあえず自室で着替えようと踵を返した。

 人ならぬ死神の目を気にするほど女々しくはない。

 薄手のシャツを片手にふと思う。

 2度目のドアすり抜けをやってのけた背後の浮遊仮生命体には、食欲というものがあるのだろうかと。

 生物の中で会話を成立させられるのは人だけだ。

 死神は喋り、笑い、動くことができる。

 ドアや壁といった物理的障害を無効化する点や、白い髪に白い肌に白い目という秀麗な容貌はかなり奇天烈で。

 しかし他は限りなく人に近い。

 なれば欲も、或は。

「死神さん」

 人の感性とは不思議なもので、身勝手な測定から決めつけられた物事の重さによって、それを発するに至るか否かを選んでしまう。

 世の中には無意識下で規定される物事があり、人はそれを世界の条理だと過信する。

 自身の抱いた過信が行き着く先と他者の抱いた過信が行き着く先とは総じて異なるものであり、その過信に類似を求めてはならない。

 相互間に共感こそあれ、それが共有へと転じることは稀だ。

 なぜなら人とは、えてして頑固な生物だから。

 兎にも角にも今回の選択はそれらに該当するわけであって。

 なぜついてくるのか。

 先ほど少女が尋ねられなかったのは、その発言を重しととったからだ。

 身も蓋もない疑問はしまうべきだと案じたゆえの、抑制。

 そしてその逆が今、まさに問おうとしている現状。

 漠然とした質問に躊躇いを覚えるのは人の性に違いなく。

 明確かつ手狭な質問を好んで口にするのもまた、然り。

「食欲って」

「あるよ」

 ともすれば睡眠欲や性欲といった三大欲求くらいはあってもよさそうだ。

 言葉を遮ったことに関しては何というか、言わずもがな。

 死神の食生活、というがこれまた実に想像し辛くて敵わない。

 やはり魂とか実体のない摩訶不思議なものが主食なのか。

「何を食べるんですか」

「人」

「……」

 私、食べられるかも。

 少女は本気でそう思った。




 死神にとって平穏とはすなわち。

 少女にとって関心とはすなわち。

視点…ずれてきた?

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