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そんな話、聞いてないです。


 少女は考えていた。否、悩んでいたと行った方が正しいだろう。

 死神がどんなものかを理解することなど未来永劫不可能だが、それでも一般人と比較すればそれなりの知識を得ているはずで。

 例えるなら、物理的干渉は自由意志なこととか。

 例えるなら、重力に影響されないこととか。

 例えるなら、人を食べることとか。

 例えるなら、美女が好ましいこととか。

 例えるなら、1週間くらいなら絶食できることとか。

 例えるなら、唯我独尊で会話が成立しないこととか。

 例えるなら、殺傷好きのくせ怪我したら怒ることとか。

 例えるなら、欲の欠片もないくせ猥褻行為をとることとか。

 最初の3点ほどしか、死神の全体像には当てはまらない気がしなくもない。

 彼の死神について語ってる感が滲み出すぎている。

 それもまあ、仕方ないと言えば仕方ないことだ。

 なぜなら少女は彼の死神しか知らず、それ以外の死神など見たことも聞いたことも、寧ろ彼の死神以外に死神が居るのかと問いたくなる程には無知なのだから。

 段々愚痴だか惚気だか分からなくなってきているものの、できれば前者で解釈してほしいとは切実な少女の思い。

 怒った人というのは得てして恐ろしいものだ。

 そして彼の死神も人ではないにせよ同じことで、ただそのボルテージ上昇率が半端じゃない。

 ようは極端なのだ。

 上機嫌か、不機嫌か。

 その中間が彼の死神には存在しない。

 ぶっちゃけ概念さえ消し去られているんじゃなかろうか。

 少女にとっては実に不幸な事実である。

 平穏がない。

 上機嫌だろうが不機嫌だろうが、極端な結論はどちらも恐ろしいことに変わりない。

 痛めつけられているわけじゃないのだ。

 実際身体的には一切のダメージを受けてないのだから。

 傷ができれば彼の死神はそこから流れる血に飢餓を覚え、最終的に食べてしまわないとも限らない、らしく。


 今は喰らいたくないんだ。


 とは、彼の死神談。

 だから自制するのだと。

 血を見たなら啜ることを躊躇い、傷を嘗めたなら噛みつくことを躊躇い、肉を食むんだなら嚥下することを躊躇い。

 手をかけることを、抉り出すことを、引き裂くことのすべてに、躊躇って。

 死神としての本能に抗うことを決めたのだと。

 いつものニヒルな笑みを湛えたまま、軽い調子でのたまった。

 本能への反抗は認められない。

 人も、死神も、その点に関しては同じはずだ。

 少女と共有するために、それを力尽くでもやってみせるのだと。

 最後は少女の憶測でしかないが、しかしこれくらい自惚れてもいいのだと最近になって分かってきた。

 それなりに愛しく思ってくれている、らしい。

 自信は未だ持てそうになかった。

「はあ」

 どうやったら。

「……名前、聞けるんだろう」

 脱線しまくった前置きの末になんだが、冒頭の続きはこうである。

 少女は彼の死神の名前を聞き出せないことに、悩み悶えていた、と。

 率直に聞いて、答えてくれるとは到底思えない。

 そこで誘導尋問という単語が世間には存在するということを思い出してほしい。

 だが普通に考えてみても、果たして軟弱な人でしかない少女が、ぶっとんだ彼の死神に敵うだろうか。

 1秒と待たずに出た結論は、少女を更なる絶望の淵へと追いやった。

 万策尽きた。

 元から策などなかったが。

「知りたいの?」

 少女は硬直し、次の瞬間にはもう後悔していた。

 主語がないのはいつものことである。

 それにしても、不覚だった。

 いつ、どこで、何を知られるか分からない状況下を強いられているのだ。

 最小限の譲歩は考慮してくれているものの、覗き魔と言っても過言ではないくらいにあらゆる不覚をとり尽くされている。

 あるいは少女の苦悶さえ分かっていたのかもしれないが。

 死神に憑かれたが最後、というやつで。

 人生の折り返しまで生きていられるか疑わしいと、少女は心底思っていた。

 笑んだ死神は音も風もなく少女の正面に立つ。

 最近床に足をつけて歩くようになった死神は、あの日から着々と人に近づいている。

 嫌味だろうか。

 それ以外に思いつかない。

 腰を折り覗き込まれるのには随分と慣れたものだ。

「残念だけど、真名は人に教えられないんだ」

 死神の世界にも法律があるのか。

「まあね」

 浮かんだ疑問を読まれるのにも抵抗がなくなってきていた。

 慣れとは実に恐ろしい。

「僕を名前で呼びたいんだ?」

「死神さんは私の名前知ってるのに、不公平じゃないですか」

「不公平は当たり前さ、僕だしね」

「……」

 返す言葉がないというのも、悲しい話だ。

 死神はそれを心得ていてなお笑う。

 凍てついた手で触れられることも、今となっては怖くない。

 物理的干渉の管理が自由なせいで、少女が触れようとしてもすり抜けることがしばしばあった。

 無論、わざとだ。

 少女が驚き、その心に一瞬だけ過ぎる落胆を感じるためだけに、死神は動く。

 酷く愉快になるのだ。

 少女が手を伸ばすこと、不可能であることに動揺し、そして不安そうに皺を寄せること。

 そのすべてが死神の中に在るはずのない欲を煽る。

 同時に喰らってしまいたいとも思うが、それは意地と根性で抑制しておこう。

 なかったはずの理性が、それを望む限りは。

「死神になればいい」

 そしたら教えてあげるよ、と。

「何か別の呼び名を君が考えてくれるのなら、それでもいいけど」

 人に真名は教えられないから、人である少女は死神を真名で呼べない。

 だから少女が死神をエスなりサドなりと偽りの名で呼ぶことを、死神は許した。

 自分は、死神になれるのだろうか。

 月並みとはいっても外せない疑問だ。

 人に似ていても、人に近くても、死神は人ではない。

 人が人でなくなれば、死神になるのか。

 あるいは、人が人で在ることを捨てれば。

「そう」

 死神は唐突に肯定した。

 少女が理解するのを待たずに開口する。

「望むんだよ、ただ。人で在ることをやめるだけ」

 死神になりたいと願う前に、人で在ることをやめたいと望む。

 言葉を理解できても、感覚として捉えられない。

 人をやめることと死神になることとは、少女にとって等号で結ばれた事柄だった。

 どうすれば、やめられる。

 どうすれば、捨てられる。

 ふと気付く。

 自分は今、何に悩んでいるのか。

 方法に、悩んでいるのではないか。

 人をやめ死神になること自体への、抵抗は。

 反芻させて、そして愕然とした。

 その表情に、心境に、死神はこれ以上ないほど悦楽に震え上がった。

 誰よりも何よりも人そのものであった少女が、己という存在の干渉によってこれほど変わり果てるとは。

 少女を変えたのは、己だ。

 少女が変わったのは、己のせいだ。

 これを喜ぶなと言う方が、断じて無理な話だった。

「じゃあ、閻魔様に会いに行こっか」

「え」

 待った、中断、タイム、ストップ、何でもいいからちょっと。

「閻魔様って、居るんですか」




「うん。まあ、言ってないし」

 同じ死神になれば永久を一緒に、なんて。僕が言えるはずもないけれど。

素敵無敵のハピエン第二段。死神になりたいエンド。次!

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