表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/13

生徒諸君、大いに喜べ。


 足早に冬へと向かう季節の中、ふとした拍子に搾り出された夏の暑さを感じないこともない9 月中旬。

 あの奇妙な邂逅から優に1ヶ月が過ぎた。

 できれば「過ぎようといていた」なんて言ってみたいものだ。

 しかし現実はそう甘くない。

 なんとなく数え続けて1週間。

 うっかり1ヶ月を通り越して1週間。

 1ヶ月と1週間、つまるところの37日間、少女は1人だ。

 無論それは現在進行形で。

 少女の隣から文字通り、彼の死神は姿を消した。

 少女の視線の先で、珍しく吃驚した顔で、忽然と消え去った。

 前触れはなかった。

こ 前置きもなかった。

 彼の死神が驚いていたのだから、きっと誰からしてみても予想外の出来事だったに違いない。

 誰かが彼の死神を、連れ戻した。

 そう考えるのが妥当だ。

 その誰かが身内なのか、友人なのか、上司なのか部下なのかは分からない。

 連れ戻す先が、場所が、冥府なのか、天界なのかも分からない。

 そもそも前者が居るのか、そして後者が在るのかさえ知らないのだ。

 分かれと言う方が土台無理な話で。

 1ヶ月を過ぎた時くらいからか。

 彼の死神が居たという事実そのものが寂然と、けれど確実に薄れていく。

 死神が消えたという事実が1つと、死神は居たのかという疑惑が1つ。

 少女に残されたその2つは、後の人生すべてを賭けようと理解できそうにない、あまりに感覚的過ぎる事柄。

 どうしようもなかった。

 利きの掌がびくんと跳ねて、間接が僅かに曲げられて、思考が伸ばせ伸ばせと指令を送って。

 できたことは、それだけ。

 彼の死神を引き止めることも、彼の死神へ手を真っ直ぐ伸ばすこともできないまま。

 余裕を持つことは許されず、僅かな暇をも与えてはくれず。

 忽然と消えた死神の残像を穴が開くほど見続け、ようやく復活した回路が辿った結論は、諦観。

 ……であったなら、どれほどよかったか。

 不可能ではないはずだ。

 時が経てば想いは風化する。

 だが少女にそれを待てるほどの忍耐力がなかった。

 大声で喚き散らしたかった。

 子供のように泣き叫びたかった。

 とりあえず枕を殴った。

 次に壁を殴ろうとしてやめた。

 その勢いをまた枕にぶつけた。

 ぼふ、ぼふ、ばふばふばふ。

 枕を殴って、叩いて、左右に引っ張って。

 端を持って振り上げて、布団に投げつけて、また。

 開かれた唇から熱く荒い呼気と、声にならない音と、音にならない歯軋り。

 殺傷衝動を破壊衝動にすりかえる。

 自分を守るために自分を誤魔化す。

 激情に混じったのは疑念か、失意か、激昂か、あるいは執心か。

 人とは欲をかき集めて欲望を持ち、欲望を持って野望を掲げ、野望を掲げて夢を見る。

 その夢が良いか悪いかは本人次第。

 当然のように自分は悪い方なのだろうと、少女は思った。

 彼の死神に関心を持った、それは知りたいという欲。

 彼の死神の形を掴みたかった、それは触れたいという欲望。

 彼の死神と共存したかった、それは異種との相互依存を掲げ。

 そして少女は夢を見た。

 行き着いた先は、未来は、俗に言う最悪の結末。

 しかも、少女にとって人生最大の恋慕を置き土産に。

「……さいあくだ」

 どれもこれも何もかも、すべてはあの死神のせいだと世界に向かって吼えてしまいたい。











「愚か者め」


 地を這うような声が聴覚を突き抜ける。

 いっそ地震でも起きそうだとは思うものの、恐怖に体が震えることはなかった。

 そもそも感覚器官は最低限の作用以外を一切取り払っている。

 音は音として、声は声として、発せられたそれらは最小単位の囲いでしか捉えられない。

 そして感覚は感覚でしかなく、捉えて終わりだ。

 寒気を覚えたり、緊張で強張ったり、背骨の下方がむず痒くなったり。

 連鎖して起こる事象は1つとしてなく。

 きっとこの場に少女が居たら、それこそ挙げた例以上の反応で強制終了するだろう。

 無論人がこれるはずもないけれど。

 漏れてしまいそうな笑い声を軽い溜め息で誤魔化す。

 きっと意味はない。

「異端なる死せる神よ、何ぞ申し開きは」

「ない。ていうか無理して口調変えなくていいよ、鳥肌立つ」

 説教に要した時間およそ1分、その間王らしく威厳ある口調を保っていわけだが。

「ちったあ配慮しろよおい」

 ついに崩壊。

 我慢が効かないのは生まれつきらしい。

 死神の生まれつきがどこからなのかは敢えて突っ込まないでおく。

「それでこそ我等が王」

「うっせえ黙れこのクソ童」

「嗚呼、化けの皮が」

「ぼそぼそ毒吐いてんじゃねえよ小僧如きが。貴様こそ戻せよそれ」

「それ?」

「言葉だよ。仮にも御前だぞ」

「仮にも、ね」

 言葉遊びは死神、常勝である。

 怪しくなってきた流れを乱すように振り払った王は、右足の踝を左太腿の上に乗せ肘をつく。

 眉間にしわを寄せた険しい表情は、まるで本能むき出しの野生動物。

 見るからに独裁してそうだ。

 失礼極まりないかの死神の心を読み取ったのか否か、王は冷たく死神の真名を紡いだ。

 真名は死神を捕らえ締めつけた。

 ニヒルな表情は変わらない。

 平然とした死神を不愉快そうに射抜いたまま、王は言う。


「貴様、消えろ」


 死神の顔から、はじめて表情が消える。

 それはきっと当然の反応だ。

 だがその後絶望せずに口角を吊り上げ笑んだのは、なぜか。

 嗚呼これだからコイツは聡すぎてむかつくんだ、と。

 王は眉をひそめ、むかつくむかつくと当り散らしたい衝動を押さえ込む。

 既に威厳もへったくれもあったもんじゃない。

「顔なんぞ一生拝みたくもない」

 死神やめちまえ。

 失格だ失格、貴様なんぞ要らねえんだよ。

 だから。

 だから。

「とっとと死神やめて恋でも愛でも語ってこい。俺が杯片手にげらげら笑いながら高みの見物しててやる」

 空いた片手で杯を揺らしながら、嘲る。

 縛られた死神は酷く愉悦しやはり、嘲る。











 本鈴が鳴る。

 行き場がなくて外を眺めていた少女は、引き戸を開ける時についてくる耳障りな音で引き戻された。

 気だるそうに走らせた視線の先、いつもと違ったのは、教師の後ろに誰かがついてきたこと。

 目があった。

 相手はなぜか逸らさなかった。

 第一印象は誰だこいつ。

 初対面であるはずの転入生は、服装から顔から如実に分かる、正真正銘の男の子。

 男の子は、笑った。

 顔が僅かに上を向いていたせいかもしれない、その目が細められていたからかもしれない、口元の曲線は滑らかなのに、何となく歪な感じが諫めなかったからかもしれない。

 それでも確かに、見下されていた。

 馬鹿じゃないのとでも言いたそうな、それは嘲り。

 あれ。

 違和感。

 あれ。

 既視感。

 あれ、なんで。




「死之神、太郎です」

 丁寧な言葉も真面目なお辞儀も、恐ろしいほど似合わない。






「何ですかこの前は奇天烈で後ろは並以下な激しい落差」

「人の名前ってこんなんじゃなかったっけ」

「あながち間違いでもないです。けど、けど!」

「何」

「……(芸がなさ過ぎるとか、もっとマシなのをなんて)」

「へえ、そう」

「(言え……な、は、え)」

転生っていうて生成っていうか。ようは人になっちゃったよエンド。次!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ