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ーアスバルー


一週間前、俺は飼っているガキ共に追加で二枚の銀貨を転がした。喜ぶようなガキ共じゃない。困惑や疑いの目を向けるだけだ。


”シバ一味とケルトゾソ一行の変化について調べてこい。個別の変化と関係の変化両方だ。・・・天使の寓話、御伽噺も調べてこい。情報次第で追加で金を払う”


シバ一味とケルトゾソ一行の俺が知り得ない情報をガキ共が拾ってくるとは期待してはいない。ガキ共に油断して話をこぼす奴より、有用な関係網は作ってきた。それが俺の貧民街の生き方でもあった。天使の寓話やらも親のいないガキに聞くのは的外れだろう。御伽噺より今日の食い物、俺がそうだった。御伽噺も寓話も何の役にも立たない。頼んだのは気まぐれだ。ガキ共に前払いする必要もなかった。もう少しでこの街に出る羽目になった時用の安っすい餞別だ。


期限は昨日。シバ一味とヴォディケ一派について目ぼしい情報は転がってこなかった。まぁ、若干の落胆はあったが、予想通りだ。


そしてボスから見切られる前に見切る決断がついた。他派閥と親密なことは裏切りに繋がる。有益な情報を持ってくることもない、重要なポストにもついていない。利益より害、ボスがそう判断する可能性は十分だ。裏切りって他派閥に身を移すことはボスが恐ろしくて実行に移すことはできない。しかし、逃げることはできる。ドミノが倒れる如く、俺は半天使売却計画を実行することになった。


数日前に俺たちが襲われた時に、ノルンの手札はめくれた。半天使とやらがどんなものか見たかったんだ。ただの興味本位だった。女と金にあいつらは常に飢えてるからな。ほとんど近道ではない、貧民街を通って正解だった。いや、不正解だ。対策をすれば簡単に捕まえられると妄想を抱かされた。


「なぁ、一緒に逃げないか?」


もうどこも計画通りに進んでいることはない。いきなり集めた即興軍団が逃げ出した時に俺は諦めていた


ノルンに首を切られ、森で白骨化するところまで見えていた。これは天使故の優しさか?不要だろ、切り捨てろよ。俺はケルトゾソ一行を裏切り、友の命も散らす、ノルンのことを売る男だぞ。


「ノルンと俺は明日になれば命を狙われる立場だ。俺を殺してもいいが、その後はすぐ逃げろよ。どっちみちこの街からはおさらばだ」

「ま、待ってください。理解が追いつきません。何の話をしてるんですか?」


ノルンの影が大きく揺れる。翼が灯火に揺れはたたく影画は悪魔と見分けはつきはしない。


「貧民街は治安が悪くてな、実質的に支配しているのはマフィアなんだ。シバ一味、ヴォディケ一派、俺が所属しているケルトゾソ一行の三つがせめぎ合ってる。そして、ノルンが殺したのはシバ一味、ケルトゾソ一行の構成員だ。しかも、戦斧を持ったゴツい男はシバ一味の新星だった。幹部になることを約束されたような。報酬を用意し、集めた人間は俺だ。極めつけに、ヴォディケ一派の人間は誰も死んでいない」


俺の部下に腕っぷしが強い奴はいない。末端の売人に強い奴がいても扱いに困るだけだ。一派の性質としても猛者が少ない。反対に暗殺や傭兵、武力分野に強いのがシバ一味だ。首領のシバ兄弟は生粋の豪傑。武具の取引にも一家言を持つ。一番喧嘩を売っちゃいけない相手だ。ヴォディケ一派は表と裏、両方の面を持つ。組織をまとめる総代は表の商人としても有名で活躍すると噂される。ボスと同じで底の知れない、掴み切れない人物だ。奴隷、闇市、密輸、麻薬と幅広く、権力にも食い込んでいるらしい。


「・・・つまり、ケルトゾソ一行が他二つの派閥を嵌めているように見えるということですか?」


タイミングも最高だ。シバ一味とヴォディケ一派が協力して、ケルトゾソ一行を潰そうとしているのだから、戦力を削ぐのは自然なことだ。ボスとしては寝耳に水だろうな、ざまぁみろ!ボスは火蓋を切るわけにはいかない、万に一つの勝機もないのだから。落とし前としてケルトゾソ一行も俺の首を狙ってくる。ボスが躍起になってる姿は見てみたいものだ。幼少期から貧民街に生きてる俺の人脈を駆使したのが思わぬ方向で良い結果を叩きだした。


「そうだ。とびきり強い魔術師を雇ってな。天使だってことは言い含めたが、まぁ半信半疑になってるだろうな。翼も魔調度とか魔法の類に思われてるかもしれないな」


ヴォディケ一派も目が眩む金が積み上がる希少性に、シバ一味の幹部候補を倒す未曾有の脅威にもなるミステリアスさ、天使っては便利なものだ。


「・・・私はどうするべきですかね?」

「逃げろ。さすがにノルンでも勝ち目はない」

「隠れ潜むという手は?

「ない。潜伏できる貧民街は敵の城。灯台下暗しが通用するとは思えない」

「ちなみに敵の戦力は?」

「人数で言えば数倍、派閥の実働部隊が出てくれば、戦力としては十数倍はある」

「私たちはとんでもない組織を敵にしてるじゃないですか!」


派閥の実働部隊は冒険者、益荒衆のどちらかを経験した者も多い。粗暴な輩や町の喧嘩自慢と幅広いが、戦闘の経験を山ほど詰んでいる。もしくは戦争を乗り越えてきた者達だ。中でもシバ一味は力による上下関係も存在するため、みな必死に力を磨く。


「だから、逃げる。ネラールからとんずらこく。行先はユザバル。恐らく天使の作った魔調度、聖器具がある街だ。子供に聞かせる簡単な童話さ。良いことをし続けた少女に天使が贈り物をする。その少女は贈り物とご加護で成り上がる。ただの与太話かもしれないが、手掛かりがないよりはいいだろ」


ノルンの影が大きく跳ねた後、固まった。内に秘めたる思いはどれほどのものか。ノルンが人間社会に来た、唯一の目的。天使やノルンが聖器具にどれほどの重い気を置くのか、俺からは計り知れない。


「・・・でもいいんですか?私にそんな話をしてしまって。聖器具の所在を言ってしまって。私一人で行ってしまうかもしれませんよ」

「これは詫びだ。ノルンを売ったのには到底足りないのは分かっている。人間はしがらみだらけだ。必死に取り払っても相応の代償が待ってる。そして、根っこでは人間社会に繋がってる。ノルンなら、天使なら取り払えると思ったんだ。ノルンの犠牲を、俺は考えなかった。自分しか見てなかった。本ッ当にすまなかった」


机にこすりつけるように頭を下げる。ロウソクに照らされた俺は無様だろうか?命に代えられるものなど涙より少ない。許されるのなら訴えるのは心だ。


「一緒に逃げてくれるのなら、俺はノルンに付き従う。聖器具探しもどこまでも、いつまでもついていく。分からないこと、困ったことがあるなら助ける。俺の能力じゃ人間社会でしか役に立たないが、ノルンに足りないものを補えるはずだ!」


ノルンが人間社会に生きる時、間違いなく俺という存在はノルンにとって力になる。俺がノルンに教えたのは、湖から掬った一杯だ。一時の渇きを誤魔化すような、本質的な解決にはなっていない。今度は利益を訴える。逃げてネラールを離れるのなら、ノルンを売る理由はなくなる。・・・長い沈黙があった。外野の音が嫌に気になるほどの長さだ。恩恵と不利益のバランスを考えているのか、許さざる心を御しているのか。


「どこまで、いつまでもですか。私が良いというまで?」

「ああ」

「アスバルの一生になり得る場合もありますよ。それでも?」

「ああ、一蓮托生で行こう」

「・・・人間社会での安置ですか」


囁かれた言葉はほとんど聞き取れなかった。顔を上げて耳をすますが、二度目はない。ロウソクの火が揺れて儚くなったかと思えば、ロウソクがひとりでに浮き上がる。死神が来た、と思った。ランタンを提げて、死者の国に案内しにきたんだと。


「分かりました。私はアスバルのことを信じましょう」


俺とノルンは今日初めて目を合わせた。そして微笑む。呼応するように翼がはためく。ノルンは案外、翼に感情が出る。生きてる実感を頬を撫でる風が教えてくれる。


ああ、ノルンは押しに弱い、情に弱い、何より甘い。ノルンの一点の穢れもないような白い手と結んだ

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