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巨漢の死体を乗り越えて、取り巻き達に向かって歩きだす。怯え、動揺、手に取るように分かる。これは天使に問う異端審問なんかじゃない。両者の淘汰の顛末を決めるものだ。


彼我の距離が縮まり、弓の音が膨れた風船のように弾かれた。子供の人形遊びのように転がっていた巨漢の体が動く。私の盾となり、鈍い音を立てて弓矢を防ぐ。耐久性の問題はありそうだが、これで弓矢への対策はできた。


「ヴァレさんに何してくれてんだ!?」

「そんなことしていい方じゃねぇ!」

「てめぇみたいなアマにやられる方じゃねぇ!」


威勢のいい三人衆が、剣を持って突っ込んでくる。おそらく肉塊に成った巨漢の接点のあった者達だろう。反応を見るに慕われていたらしい。矢を受けさせたのが、怒りに火を付けたのだろう。


「忘れ形見でもどうぞ」


私の右に漂う戦斧が意思を与えられ、刃を三人衆に向ける。戦斧が草木まとめて三人衆を薙ぎ払う。戦いにくいことこの上ないでしょうね。自由自在に動き回り、人間の技術など存在せず、理外の一撃が振るわれる。そして正しい対処法も分からない。


「舐めんな!!」


戦斧が三人の剣によって弾き飛ばされる。奇しくも正解の行動の一つだ。制御に魔力を持っていかれるし、未熟な術師だったら接続が切れてしまう。


「グハッ!!」


だが、戦斧に気を取られると致命傷。デジャブのように三人衆の一人がやられた。短刀が地を這って足元に忍び寄り、一人の首を掻き切った。戦斧と私に気をかけることはできても、小さい短刀は無理だったようだ。


”底より這ひより、歩みは止まる、地の手をもちて”


残り二人には、畳みかけるために魔法を贈る。ゴブリンの時より多めに魔力を割いて、土でできた茨が手足に絡みつく。二人は罪人のごとく膝を突き、戒めに動きは地に縫い付けられた。断頭台の代わりに、戦斧が首に落とされた。


「大したことないですね。安い命と想いです」


木の葉が揺れる音も虫のさざめきも口を噤む、不気味な沈黙。短刀のタネもバレたでしょう。三度目ともなると、不意打ちとは呼ばせてくれない。指を鳴らせば、戦斧への糸が切れたように地面へ落ちる。


戦斧は用済み、三人衆から剣を二本頂戴する。手に持つ武器があると安心感は段違いですね。状況は好転し続けている、最悪と呼ぶべき時から。


「さぁ、次は誰でしょうか?」


折れろ、折れろ、その安易な考えでここに来たことを後悔を抱えながら。私に背を向けて逃げろ。巨漢の刃から殺意を感じなかった。どうせ目的は私の身柄でしょ?通じて得られる金と欲。命を賭場に置くには、割に合わないと悟りなさい。


「アスバル!!私と魔法のちょっとしたお勉強をしましょう!魔調度とは、魔術師の魔術師による魔術師のために生まれました。なぜなら魔術師には適正属性というものがあるからです。同じ100の魔力を消費しても、火の属性では120の効果、水の属性では80効果。差し引き40の差が生まれます。バフとデバフのある属性があるんです」


短刀の血を振り払い、異様に艶めかしい銀光を鞘に仕舞った。


「また魔法には親和と排他があります。風は火の威力を上げるため親和、水は火の威力を弱めるため排他です。火の魔法を魔力100を消費するより、火が40、風が40の魔力で再現できるです。要は特殊ボーナスが付くんですよ。しかし、適正属性のせいでどちらかにデバフが付く場合があります。これでは月夜の提燈です。だから、荷物になるリスクを背負ってまで魔調度を用意するんですよ。私の短刀と鞘は少々特殊ですけど」


短刀の鞘が無駄に精密で流麗な細工にも納得がいくものでしょう。天使が短刀の鞘なんてもので見栄を張る必要はないのだから。


一人が突き動かされたように逃げ出した。私、察しのいい子は好きですよ。抜け駆けは許さないと、続くように我先にへと逃げ出す取り巻き達。


「私は去る者は追わず、の精神です」


天使のように慈悲深い面を見せてあげましょう。


”光、在れ”


「ッグアァ!!」


何処からともなく弓矢が飛んでくる。私は何もやっていない!私は雑巾を絞るような魔力で、視界を奪っただけだ。念動力で深く刺すほど高い威力は出せない。だから急所を切れるナイフを使っているんです。しかし、弓矢を凝視すると、合点がいった。


「来る者も留まる者は敵と見なします」


動揺を取り繕い、精いっぱいの虚勢を張る。実を言うと、もうほとんどの魔力は残っていない。短剣を刺し込んで戦力を削っていくしかないのだ。短剣の鞘が魔調度であるのは本当だ。しかし、鞘に記されている魔法を実行に移すだけの魔力は残っていない。さっきのは、ただのはったり。魔術師の知識がある者が、一人でもいたら私は詰んでいた。


だが、効果は十分、状況はひっくり返った。未知の存在はさぞ怖いでしょう。私は天使という虚構を繕い続けるだけでいい。


そして私には仲間がいる。


「ノルンちゃんッ!!大丈夫ッ!?」

「クロー二さん!はい、何とかですけど」


敵も散り散りになった時、後ろから声がかかる。迅雷双団の面々だ。


「ごめん、遅れちゃって。ノルンちゃん側から援護しようして回ってきたんだけど、かなり時間かかちゃった」

「助かりました。スジェニックさん」

「……無事で、よかった」

「ありがとうございました」


あの発光の魔法の時に打たれた矢はスジェニックの物だった。鏃の形に精工するのは手間がかかるし、材料は物によって貴重であり、矢は再利用するものである。目印に自分の意匠をつけることも多い。


「申し訳ありませんでした。私たちも脅されてまして。今日同行する魔法使いを依頼後置いてけ、と。自分たちの命可愛さに、ノルンさんの命を危険に晒してしまったことを今一度謝罪を」

「助けに来てくれたのですから。それでパーにしましょう」


残ったのはただ一人。へたり込んで逃げる気も抵抗する気も微塵も感じない。


「ここからは私の問題です。日も落ちてきています。先に帰ってください」


何かを察し、迅雷双団は何も言わずに去っていった。


たった残った一人の男。眼前に剣を向けても、良くできたゴーレムみたいに些細な動きも見せない。剣の切っ先でフードを外す。


「朝方ぶりですね、アスバル」

「・・・そうだな」


フクロウが一声啼いた。


「・・・お家に帰りますか。少々長話になりそうです」






さぁ、温かい紅茶を用意し、秘蔵の菓子も添えよう。テーブルの真ん中のロウソクを点けて、楽しい茶話会さわかい。私とアスバルは対面に腰を据えて、紅茶で口を湿らせる。アスパラの一文字に固く結ばれた口元までが照らされる。


私とアスバルは一言も交わさず、アスバルの家へ戻ってきた。夜の森は何が起こるか分からない。何の準備もなく、一夜を越すのは危険極まりない。アスバルに先を行かせ、後ろから剣を突きつけてた。一挙手一投足を見逃さないよう目を凝らしながら。


街に入る際に三人衆から奪った剣は捨てた。鞘を森に置き去りにし、抜き身しかなかったからだ。脅さずとも、アスバルは抵抗する気も逃げる様子もなかった。いつどこから短剣が飛んでくるか怯えていたせいで、身動きがとれなかったのかもしれない。森とは立場が真逆になっていた。アスバルはゴーレムのように帰路を進めていた。


「私がここに来たのは一週間前ですか。一日千秋、光陰矢の如し、どちらとも感じられる一週間でした。そして、私はアスバルの事を好ましく思っていましたが、アスバルはそうではなかったようですね」


「俺も楽しかったさ。そりゃ最初は戸惑ったけどな」


「結局はあの酒場では食べ損ねてしまいました。忘れられた頃に再度訪れたいですね」


「あれ以来行きづらくて困ってるんだ。俺のお気にの店だったんだぞ。ナンパで即連れ込むぐらいにはな」


「な、ナンパとは?」


「道で初対面の女を口説くんだよ」


「えっ、そういうことだったですか!?」


「ハハハッ!!そうだよ。天使なんて首突っ込むもんじゃねぇのに、ナンパに引っ張られて家に連れ込んじまった。ー露骨に距離取るなよ。今はミリも考えてねぇ。体に触れる前に、サクッと首イけるだろ」


「私も食堂でパニック起こしてましてからね。置いていかれなかったのは僥倖でした。理由は気色悪いですが」


「言っておくが、ノルンをそういう対象で見たことはない。会った一日目にすたすや眠る無警戒のアホを見て、逆に心配になったぐらいだ」


「疲れていたんですっ。私だって言っておきたかったですが、アスバルは説明と説教が長いんですっ。もっと端的に言えないですか?それとも要約ができないバカですか?」


「半天使くせに短くだぁ?貨幣取引も知らなかった奴に、何の説明をなくすんだよ。最近は食い物ばっかり買ってきやがって。ぼったくられてないといいな?」


「計算ぐらいは出来ます。貨幣取引は経験したことがなかっただけです。知ってはいました」


「ほんとにその値段で他の奴にも売ってんのかね~」


「・・・説教と説明が長い言い訳にはなっていませんよ。貨幣取引を知っていたんですから。話をずらさないでください」


「まぁ、ぼったくられた値段は今になっては小さいことか」


たった一週間にあった思い出と共に行われる、告解式。素肌で私たちは語り合う。


「それは自白ってことでいいですか?・・・(ぼったくられてないし)」

「そうだ。俺が全部仕組んだ。俺じゃなきゃ無理だろ。ノルンを嵌めた場所に俺がいたことが答えだろ。あそこまで天使対策できる奴が他にいんのか?だとしたら恨み買いすぎだし、人間を信用し過ぎだ。ノルン、人間はバカで後先考えないアホもいるから気を付けろよ」

「なぜ?」

「自分の命のためだ」

「私を犠牲にしていいと」

「ああ、たった一週間の仲だ。売れば自分の命が買える。ついでに当分は楽しく放浪できる金も余る」


心が鉛に引っ掛かったような感覚が襲う。


「なぁ、ノルン。一緒に逃げないか?」


思考が止まる。

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