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昨夜の光景を思い出して、クスリと笑う。


「さぁ、冒険者の仕事の時間ですね」

「オッケー、いつでも行けるぜ」


森に突然現れたぽっかりの空くこの穴こそゴブリンの巣だ。不思議に思って覗けば、緑色の肌の化け物が待っていて引き摺りこまれる。明暗分かれたその暗に緑の皴だらけの手が待っている。どちらとも十分あり得ることだ。


「よし、じゃあスジェニックは巣の前で待機っ!出払ったゴブリンが戻ってきたときは、笛お願いね。他の巣穴から逃げたゴブリンを無、理、せず倒すこと」

「・・・うん」

「私は索敵、戦闘はあんたら二人に任せるからね。ノルンちゃんは援護お願い」


クロー二は指を組んで上に伸ばす。指を鳴らすダイゼは、余裕ありげにニッカリ笑う。深く息を吸って、目を瞑って吐く。

私たち、迅雷双団はゴブリンの巣に足を踏み入れた。


「奥から三匹。成体。ノルンちゃんッ」


”底より這ひより、歩みは止まる、地の手をもちて”


先頭を歩くゴブリンの足は、地の蔓に捕まり巨大な杭と化す。松明の揺れる炎では、表情を見ることはできない。しかし、声色から、乱れる呼吸から、身振り手振りから困惑が伝わってくる。


ダイゼが二振りの剣を、交差させるように首を切る。声を出すこともできず、不自由な足のまま脳天を地面へとめり込ませる。


ダイゼと代わってノクターが前に出る。ゴブリンの巣は人間には狭く、通路の広さは二人弱。剣を振り回すことを考えると一人しか戦闘は出来ない。ノクターはタンクらしく、仲間の死を燃料に猛った襲いかかる二体の攻撃を捌き切る。


ゴブリンの頭上から来る棍棒を、巌のように受け止める。ノクターの体がバネのようにゴブリンを弾き飛ばした。


「ダイゼッ!」


ノクターとダイゼが入れ替わる。残った一体を乱舞のようにダイゼが双剣で切り刻む。風切り音の後に、聞こえるうめき声はツーピース。ダイゼは勢いそのまま残り一体も始末した。


言葉は交わすことなく、ダイゼとノクターが拳を突き合わせる。ここまで倒したゴブリンの数は、十を超える。軽傷も負うこともなく、即席パーティにしては完璧だ。型にはめて処理をする。魔物退治のお手本で、初めてとは思えないほどの出来栄えです。


いざという時のために、ゴブリンの死体を洞窟脇に避けておく。その際に、左耳を切り取ることを忘れずに。これが魔物退治の証拠品です。


「広間があったよ。数は多そうだったけど、仕掛ける?」


死体を移動させている間に、奥へと索敵したクロー二が戻ってきた。


「分断して戦いたい所ではありますね。・・・ノルンさん、何かあるでしょうか?」

「えー、申し訳ないです。複数相手には攻撃、拘束魔法はないですね。有効的なのは目眩しぐらいですね」

「それいいやん!三人で突っ込んで、一瞬で引いて、そこでノエルさんがバンッ!・・・ノルンさん最終兵器作戦と名付けよう」

「あんたよくふざけられるわね」

「あんぁ!いたって真面目だろ!」

「うるさいッ!!」


脳天をかち割るような手刀が、クロー二からダイゼにお見舞いされる。ああ、ついに手が出た。ゴブリンの巣では許されなかった。ダイゼは頭を抑えながら、痛みをどこかに逃がせないかと口を尖らせる。


「ノルンさん最終兵器作戦で行くわよ。休憩十分?」

「いつでも」「ちっとは待ってや」「大丈夫です」


ギアを上げて広間に突っ込む。作戦通りに各々身近なゴブリンに一太刀浴びせて、私の元へトンボ返り。


”光、在れ”


私たち四人は微笑んだ。


「雑魚狩りだ!」


いたのはゴブリンのメスや成長しきっていない幼体ばかり。水面に水滴を落としたら波紋が広がるように、阿鼻叫喚に包まれ

た。作戦は見事に嵌まり、盲人を生み出した。


歯を見せ、唾をまき散らし死兵と化す者。震えてうずくまる者。しかし、所詮非戦闘員。最後まで潜み隠れようとした弱者だ。さっきの三体が最後の戦闘員だったのだろう。しからずんば、異変に気付くのが遅すぎた。


「合計二十二体。ふふ、ふふふ、はっはっはっ!!大儲けよ!今日は良いこと尽くしね!!」


その半数は非戦闘員だが、一体は一体だ。払われるお金に差異はない。まぁ、クロー二の喜ぶ様は、トリップしているようで少々怖い。柔和な笑顔を上げるノクターも少し引いている気がする。

 遂にはゴブリンの耳が詰め込まれた袋を抱きしめる。ひとしきりすると掲げ、目をお金の形に変えて見つめる姿は崇めてるようだ。・・・邪教ですかね?人それぞれなので、口ははさみませんが。


「では、依頼も達成です。街へ帰還しましょう」

「スジェニックが不安で潰れる前になっ!」


お出迎えの自然光と頬を撫でる風は、旧友の安心感を与えてくれる。


「・・・おかえり、なさい」


樹上から降りてきた駆け寄ってくるスジェニック。胸に弓を抱えながらいつも俯いていた視線は、真っすぐこちらを見つめていた。


「おいおい、心配したか~?俺たちゃ無傷でちょちょいのちょいよ!」

「何もなかった!?お留守番ありがとうね!ういうい~」


ダイゼは軽い肘パンをかます。クロー二は両手で頬を潰してこねくり回す。まだハイになっているのか、愛情表現がアグレッシブです。内気な弟と愛情深い兄弟の関係を思い出させます。


「何もありませんでしたか、スジェニック?」

「・・・うん」


ノクターは頭を撫でて労をねぎらう。さながら長兄といったところです。四人は見事に凸凹ですが、ピッタリとハマっている。この一体感はパーティーという理由だけ語れるんでしょうか?迅雷双団はどういう経緯で結成されたんでしょうか。よろしければしばらくご一緒したいものですね。


「・・・ノルンちゃん。ごめんね」


頭の中でクエスチョンマークが巡る。クローニの悲しげで決意のある目が冗談じゃないことを語っていた。微笑ましい友情を見つめていたはずなのに、迅雷双団は不気味な集合体に化けた。何が飛び出るとも分からない、極彩色の虫卵のようだ。


「ノルンさん、申し訳ありません。事情を知らないのはお互い様、しかし責めるのは私とクロー二だけでいい。そしてまた何処かで会えることを願っています」

「な、なんの話をしてんの?」


声を失っていた私の代わりに、問いかけたのはダイゼだった。反応を見るにスジェニックも何も知らなかったんだろう。その姿を見て、少し冷静さを取り戻す。


「どういうことー」

「ーうるせぇ!たった一日の友情だろが!茶番を見てる時間はねぇんだよお子ちゃまはさっさと帰ぇれ!金は約束通りだ。」


突然現れた男が一喝した。ノクターを圧倒する体躯と迫力を持つ男だ。有無を言わせぬ態度で、誰何を問うこともできない。存在が灰色熊のようだ。


顎で消えろ、と巨漢の男は迅雷双団に命令する。


「いくぞッ」

「はやく」


ノクターがダイゼを、クロー二がスジェニック強引に連れていく。ダイゼは私とノクターの顔を右往左往し、何も飲み込めずにいた。何かを知っていそうなクロー二とノクターは罪悪感を塗りたくられた顔をしていた。


「チッ、シャバ僧共が」


森の茂みから武装した男達が、ぞろぞろと石をひっくり返した時の虫のように出てくる。残念ながら山狩りという訳では・・・ないでしょう。


「目的は何でしょうか?」

「結論ばっか求めんな、ガキじゃねぇだろ?焦んなよ」


迷いのない前進。ダイゼより遥かに迅速、ノクターより迸り強力で、鉄塊が飛んでくるようだ。重戦車の体に相応しい戦斧ハルバードが、肩から抜かれ頭上に構えられる。私が大剣を持とうと、一刀両断されるのが明らかだ。


避ける、避ける、避ける。


問題はこの巨漢ではない。決して侮ることのできない男だが、半周を囲っている取り巻きの方が問題だ。特に面倒なのが、出番を待つ弓手。今は同士射ちを恐れて手を出してこないが、巨漢から逃げればすぐさま打ってくるだろう。半周を囲まれているから、逃げる方向も限定もされている。中々に厄介なことです。


「オラッッッ!!」


死神の鎌のような戦斧の横薙ぎ。すんでの所で回避はするが、外套が裂け、汗も飛び出る。断頭台へ繋がる階段を上っているようです。


「もっと得物は小さいのがいいんじゃないですか?血を吸えないなんて戦斧も泣いてますよ」

「言っとけ。そっちこそいつまで避けんだ?状況は変わんないぜ」


巨漢はいきなり立ち止まり、手を掲げる。私の体が強張った、自分を獲物だと認めているからか、取り巻き達から発された殺意のせいか。巨漢の腕が指揮棒のように振り下ろされる。


「やれ」


風切り音が劈いて、私の後ろの樹木に六本の弓矢が突き刺さる。


「動かなかったのはいい判断だ。商品に傷がつくのはこっちも嫌だからな」


・・・私にとって状況は最悪だ。ゴブリン退治に体力と魔力を吸い取られた。戦場は森で翼は封じられた、今となっては邪魔なだけだ。巨漢からは致命傷だらけの戦斧、離れれば弓手による矢傷。どちらも技術に不足はなし。執着すら匂う準備の良さを感じます。


・・・さぁ、私もそろそろ腹をくくりましょうか。


「アスバルッッ!!」


アスバルだけなんですよ。こんな用意周到に私を、天使を詰ませてこれるのは。魔力を使わせ、立体的な動きを封じ、土俵を人間に抑え込む。


「アスバル、私を裏切ったんですか!?」


二度の呼び声にも返答はない。


「おいおい、目の前にいるのは俺だぜ。無視して他の男を呼ぶなんてつれないねぇ」

「アスバル、私はまだ全然分かりません」

「そんな奴捨てちまえよ。俺たちが貴族様や金持ちに紹介する。ある程度の自由も給金も保証する。奴隷って響きが悪いだけさ、数年でやめることもできる」

「・・・黙れ」


私は悠然と歩く。幼子が初めて外へ出るように。


「あん?もしかして気が変ー」


短剣を投げつけた。巨漢の右目を狙って、脳漿をまき散らすために。


「てめぇ!!」


大上段から降られる戦斧。私が止まれば当たらないギリギリを狙って振られている。案外冷静な男だ。


しかし、私は一歩踏み出す。


「あッ!?・・・ゴフッッ」


不可視、不可侵の結界が私を守る。そして、巨漢の首から鮮血が溢れ出した。満タンの樽に穴を開けたように血は吹き流れ、喉を抑えたってもう遅い。戦斧は私に寄りかかり、巨漢は虚ろな目で地面へ倒れた。


”我、思ふがままに”


戦斧がプールの浮き輪のように浮き上がる。見えざる手、原初の魔法、巨漢を殺した魔法、さすれば念動力。巨漢に向けて投げた短剣が赤化粧をして、私の手元に収まった。詠唱をせずに使える重さギリギリの短剣。


「言った通り、生活に役立つ魔法でしょ」


ね、アスバル?聞こえることはないでしょう。返事も求めてない。巨漢の血で汚れた外套を脱ぎ去って、純白の翼を広げる。

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