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ーノルンー
新調した手袋を、指の形が分かるほどに強くつける。今日は新進気鋭の四人と共に、ゴブリン退治の日。畑が荒らされ、その報復のご依頼だ。獣避けの鈴や一メートルほどの柵を乗り越えたらしいが、足跡を消す知能はなかったらしい。根城としている洞窟まで辿れている。
今回の依頼のゴールは、ゴブリンの巣の壊滅。森での立場が弱く、追われるような群れ、もしくは勢力拡大のために、食料不足になった群れ。人間のテリトリーまで出てくるのなら、このどちらかのパターンでしょう。
「ノルンさん、こっちです!来てくれてありがとうごさいます!」
「おはようございます。お待たせしてしまいましたか?」
待ち合わせ場所には四人がすでに集合していた。手を挙げて呼んでくれたのが、盗賊のクロー二。藍色のショートカットと引き締まった細身の体。そして快活な笑顔が特徴的だ。
「いえいえ、ちょうど来た所ですよ。みんな気合が入ってるだけです」
クローニが苦笑いを浮かべて、目をそらす。そらした先には三人はそれぞれ自分の世界に入っている。タンクのベクターは盾を支えに、森を見据えている。双剣士のダイゼは丹念に剣を磨き、狩人のスジェニックは弓の張りをしきりに確認している。気合が入っているのは確からしい。
「ちょっと早いけど、もう行っちゃいますか!おーい、準備はオッケー?」
「おうよッ」「いつでも」「・・・」
「迅雷双団、しゅっぱーつ!」
街、ネラールを出てしばらく進めば、両手に畑が広がっていく。五人で連れ添って歩くが、出発したネラールは親指と人差し指で挟めるほど小さくなる。見渡す世界はミニチュアの住人のようだ。
「本当に来るなんてなっ」
「しっ」
ダイゼが茶化すように言う。クロー二が双剣士ダイゼを言霊もろともハエのように追い払った。
「ノルンさんが来るか来ないか、賭けをしてたんですよ。同行すると言ってくれましたが、お世辞や建前じゃないかと疑ってましてね。クローニは来るに、ダイゼは来ないに。・・・僕は来ないに賭けてましたよ。っははは」
「今日は一段と元気でしたが、そういう訳でしたか」
ヌッと後ろからベクターの声が聞こえる。ベクターはタンクらしく横にも縦にも大きい男だ。雰囲気は山を想像させる、穏やかさと落ち着き払った態度。そして、迅雷双団の調停役だ。短い付き合いだけれど、関係性は分かってきた。クロー二とダイゼが引っ張り、二人で方向が異なるならベクターが間に入る。
「ほんとッ、こいつらが失礼なことしてすいませんね〜」
「元はと言えば、クローニが強引に誘ったからだろ。めちゃしつこかったし、俺らが恥ずかしかったぜ。なぁ、スジェニック!?」
「・・・うん」
ここまで寡黙だった、スジェニックも蚊の鳴くような声を出した。木の葉が揺れるような高く落ち着く声だ。恥ずかしがり屋さんのようで、自己主張することはあまりない。三文字以上を喋るのを見たことがない。
「ほらな!ノルンさん、ゴブリン退治が嫌だったら帰っていいぜ!まだ間に合う!」
「クローニは欲張りさんなもので。人も物も欲しいと思ったら見境がないんですよ、スライムのようにまとわりつくのもセットです」
「もう黙ってて!あんたもよ、スジェニック、ベクター!」
「おっと、飛び火が」
迅雷双団への誘い方は少々罠に嵌められたような形でした。最後の最後に、折れたのは私なので文句はありません。まぁここ三日は欠かさずに依頼をしていましたが、一番強烈だったのはクロー二です。
先日、依頼の完了報告をして報酬金を受け取ると、クロー二を先頭に迅雷双団が立っていました。
”魔法が使えるって本当なの?すごいね!?見ない顔だけどもしかして新参さん?”
”そうですね。今日が初めてです。魔法は褒められるほどじゃないですよ”
この会話でクロー二の執着心に火をつけさせたんでしょう。魔法使いの勧誘は熾烈を極めるそうで、唾のついてない初心者は最優良物件です。
”いや、すごいよ!”
私の手を取り、重ね合わせるようにクロー二に手を握られる。人間あるあるの魔法最高主義ゆえの行動かと思いましたが、逃げないようにされたんですね。
”受付前でお話はちょっと・・・”
”あ、すいません!すぐ移動します。じゃあ、タベーナにでも行きましょうか!”
受付嬢に注意を受けて、タバーナに移動する。先導するクロー二に、後ろを固めるベクター達。扱いはまるで重役だ。
”私たちこれからご飯なので奢りますよ!どんどん頼んでください!・・・えっと、なんてお名前なんですか?私は迅雷双団のクロー二”
”俺はダイゼ!”
”私はノクターと。この彼はスジェニックと呼んでください”
”ノルンと申します”
料理と酒を雑に頼む。タベーナとはギルドに併設されている酒場であり、仕事終わりの体を美酒佳肴で癒すのだ。ギルドのお膝元なので、荒事を起こすバカはほとんどいない。タベーナのマスターは引退したとはいえ、高位な冒険者しかも武闘派だ。バカには身体と懐が痛む罰があるそうだ。
"タベーナは初めてなんですか?ノルンさん"
"ッそうです”
視線に落ちつきがないのがバレてしまった。アスバルと行った酒場とは随分雰囲気が違う。結果食事をすることはなかったが、あっちは和気藹々。こちらはブレーキのない、危うさを感じる。クロー二達のように複数人に囲まれる不慣れさが、気持ちをなにか走らせる。
"そこらの食堂より安いのに味濃いし、量も多いから文句無しだ。マスターはよく俺たちこと分かってるよな!"
"夕食はほとんどここですからね。虜になってしまってますね”
ダイゼはついた料理や飲み物を、片っ端から競うように手をつける。大皿いっぱいに乗せられた料理が湯気を上げる。ノクターが小皿に取り分け、私の前に置いた。
"すいませんでしたね。盗み聞きのような真似に、いきなり話しかけてしまって。本当に遠慮なく食べてくれていいですから
"舌に合うかは分かんないけどね"
”い、いただきます”
程よく焦がされた骨付き肉に手を付ける。お、美味しい!手を口に当て、ゆっくりと噛み締める。ふんだんに使われた香辛料と肉の旨味が、舌にダイレクトアタックをかけてくる。
”お口に合ったようで何よりです”
”・・・これも、いいよ。・・・僕の、お気に入り”
スジェニックがかぼちゃのスープを差し出してきた。恐る恐るという形で、弱ったペットにエサを与えるようだ。
"ねぇノルンさんはなんでギルドに来てんの?"
ダイゼは天を見上げて鳥の丸呑みのごとく胃に詰め込む。手持無沙汰にフォークをプラプラとさせ聞いてきた。スジェニックもこちらに身体を傾ける。
"師匠とか先生に仕事斡旋してもらえるじゃないの?ギルドの仕事なんて誰もできるし、魔法使いの仕事からしたら貰える金もたかがしれてるじゃん。もしかして落ちぶれた貴族様だったりする?”
まだ甘かった。私が思っていたより、まだ魔法の立ち位置は高かったらしい。適性の少なさから来る教え手の不足、加えて魔法使いの囲い込み。庶民が魔法に触れる機会が滅多なことになっているのだろう。
”出自は秘密です。説明は少し面倒なので。ですけど貴い生まれではないです。強いコネもないです。ギルドで働くのは、お金のためです。ささやかな幸せを、このお肉とか!クッキーとか!を買うためです”
嘘をついてもいいですが、嘘をつけるほどの人間社会の解像度は未だない。それにここまで友好的に接してくれる方たちに嘘をつくのは礼を欠いている。
体が肉汁を喜ぶ。村暮らしの時は肉を食べたい時に食べれるわけでもなかったし、燻製など味を優先するものは少なかった。後半は心の底から出た紛れもない本心だ。
"おいおい!秘密ってなんだよ。気になる言い方するじゃん!"
”ダイゼ。これ以上聞くのは野暮というものですよ。今度はこちらの番ではないですか?”
”俺たちの目標は高ランク冒険者!金も名誉も地位も全部手に入る。目指すしかないっしょ!”
”あれ、女が抜けてない?”
”な、なに言ってんだよ。い、いるわけないだろ!”
焦るダイゼを見て、クロー二はくすくすと笑う。恨めしそうな眼を向けながら、ダイゼはまた料理を食べだした。
”クロー二は何か聞きたいことはないんですか?”
”そうそう。ねぇ、一緒に依頼をしない?ゴブリンの巣を潰す依頼。お金もたくさん手に入る。雑用の依頼の五つ分は貰えるし、魔物を倒した数にボーナスがついてくるの”
クロー二が席を寄せて、体を隣に持ってきた。目を鋭く光らせる。ゴブリン退治、これが本題でしたか。ゴブリン程度なら苦もなく倒せますが、巣に入っていくのは面倒ですね。魔物の根城はリスクの塊です。しかし、倒せば倒すほどお金が入ってくるシステムですか。良く出来ているものですね。
”いえ、ご遠慮しておきます。迅雷双団の輪を乱しかねないです。魔物相手には命取りですよ”
私にとってあまり魅力的ではない。雑用の依頼の報酬で十分、そこまで多くは求めない。冒険者は人間の中でも特殊ですし、実情を知る優先順位は高くない。
”チームワークとかは気にしなくいいからっ。そんなコンビネーションが~とか、フォーメーションが~とかないから。私たち初めての魔物退治だし”
”数が増えるだけで嬉しいものです。今回の巣は洞窟らしく、スジェニックの弓矢の援護できません。その代わりと言ってもなんですが、魔法の援護があれば心強いと思いまして”
”・・・”
スジェニックは力なく頷いた。スジェニックは身体の線が細く、近接戦で頼りになりそうにない。そんな負い目もあるんでしょう。
”期待してもらってる所すみませんが、ゴブリンを殺す魔法など使えませんよ”
”そこまで求めはしないですよ。行動を阻害させるのも厳しいですか?水球をぶつけたり、土を足に絡めさせたりは?”
”まぁ、その程度なら・・・”
”さすがっ!ノルンちゃん!行こっ!ゴブリン退治っ”
”行きません”
”ささやかな幸せも買い放題だよッ!オシャレとかさ、ウィンドウショッピングとかさ。新しい趣味にチャレンジしたくない?”
”今でも十分ですよ”
”じゃ、じゃあ、私たちにしてほしいこととかは?お金を払うのは勘弁だけど”
”無理しなくていいですから”
クロー二は私の手首を掴み、うるうるとなじまなせた瞳で上目遣い。クロー二は百面相で見ていて面白い。
”おねがいいぃ~!!”
ここから十分後。今日は帰さないからと体に抱き着かれ、私は渋々了承した。