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 弾けるような明るい声。ギルドの仕事はうまくいったようだ。天使の血が混ざっていようが、ノルンは等身大だ。心が見える方が上役よりよほど気持ちがいい。


「仕事って素晴らしいですね!・・・あっ、これがもらった報酬金です」


ノルンは三つ小袋を置くと、なし崩し的に硬貨の擦れる音がする。一日の働きにしては明らかに多い。

・・・怖い。こいつは何をした?首筋がなぞられるような感覚に襲われて、背筋が伸びる。俺が言えることじゃないが、犯罪に手を染めてないことを祈る。


「役に立ち、褒められ、お金も貰える。最高じゃないですか!」

「な、何をしたんだ?」


俺の紹介したギルドは基本何でも屋だ。ギルドの仕事は雑用のイメージが強い。だから学もない貧民街でも働ける。市民の奴らもそっちの方が親しみ深いだろうな。しかし、犯罪を斡旋するようなことは一切ない!数は少ないがダンジョンに潜る冒険者やら、魔獣や魔人を相手にする益荒衆を詩人は声高らかに詠う。


「ただ職員に勧められた依頼をこなしただけですよ。荷物の搬入、搬出。倉庫の清掃。害虫駆除。この三つですね」


ノルンは白樺の小枝みたいな指を折る。そして、一握りの布袋を宝物のように掲げた。


「クッキーを買ってきました!もちろん報酬金で買ったものです」

「ははっ、じゃ遠慮なく」


正直俺が買うならクッキーよりタバコだが、仕事終わりの楽しみとして悪くない。ノルンのクッキーに向ける眼差しは砂糖のように輝いている。口まで運んだクッキーを、名残惜しそうに見るのはやめてほしい。ちょいと待ちだ、二人分の飲み物を用意してなんちゃてアフタヌーンティーと洒落こもう。


「生地に蜂蜜が練りこまれて、仕上げに砂糖がまぶされてるんです」

「サクサクでうまいな。無限に食べれるぞ、これ!」

「おば様の家にお邪魔して、クッキーを頂きまして。魔法を使って依頼を終わらせたんです。報酬金に色を付けるのは無理なので、代わりにお菓子ということで」

「もっと食べたくなって買ってきたのか」

「甘味がこんな安価で食べれるのは素晴らしいことです。アスバルにも味わってもらいたくてですね」


生活向きの魔法とノルンは言っていたし、ギルドの依頼はちょどいいらしい。ババアも大当たりを引いたな。


「三日後はゴブリン退治に行くことになりました。魔獣退治はお給金を弾んでくれるそうで楽しみです」

「はぁ!?」

「っゴブリン、ゴブリンですよ。ロードゴブリンやオーガを倒しに行くわけでもないですし」


大声を出して怖がらせてしまった。ノルンはなだめるように補足をする。ゴブリンが一メートルほどの小柄な魔獣だ。額から生える二本の小さい角と緑色の肌が特徴的だ。知性はあるが、悪意をにじませたガキ共ぐらいだ。冷静に対処出来れば、脅威にはならないだろう。


「それでも命の危険なのは変わらないだろ。防具とか武器はどうすんだ?」


突然凛とした顔で立ち上がり、ズボンをたくし上げる。一滴の穢れもない太ももに、巻き付けられていた短剣が姿を現す。銀光を発する刀身は、獣が狙う眼差しだ。洗礼を受けてそうなほど立派な代物。カチンッ、とノルンは鞘を付けて太ももに戻す。


「・・・短剣だけか?」

「そうですね?」

「一番肝心な防具はどうするんだよ!?」

「まともに接近戦はしませんよ。私はどちらかというと魔法職ですし。翼で空に逃げたら、せいぜい投石ぐらいしかできません」

「防具で重くなるよりそっちの方がいいのか」

「私はそうですね。人間の魔法使いはガチガチに防具をつけるのですか?」

「いや、たしかに胸当てをつけるぐらいか」


何よりも防具。冒険者の基本だ。命を最後に守るのは、武器でもポーションでもなく防具なのだから。しかし、兜を被っていたり、全身鎧や鎖帷子を付けてる魔法使いを見たことない。加えて空を飛べる天使は、出来るだけ身軽な方がいいのだろう。


「なんでいきなりゴブリン退治なんだ?今日みたいな依頼はまだまだあるだろ」

「声をかけて頂きまして。後衛で魔法を使って援護してほしいと。四人パーティーの方達で、討伐系の依頼は初めてらしく」

「元々四人で受けるつもりだったら別に手助けする必要はないじゃないか?」

「簡単な魔法で援護するだけで、報酬金が増えるならいいことじゃないですか。無理に戦闘に絡みませんよ。パーティの連携も分かりませんし」


そして、断れなかったな。ノルンは押しに弱い。益荒衆ますらしゅうに憧れるバカ共が余計なことを。

 野良の魔法使いなんてゴロゴロ転がってるわけじゃない。ぶんぶん振り回せばいい武器と違って、魔法は才や勉学の足切り能力が高い。乗り越えて一端の魔法使いになった奴が、リスクの高い冒険者を選ぶ理由も少ない。必死になって勧誘しただろうな。いるだけで戦闘の幅は格段に広がる。新人に上手く活かせるとは思えないが。よりによって素人連中に誘われるとは、悪運が強い。

 

「心配なんていりませんよ、アスバル。ずっとインプレオの森で生きてたんですよ。幼少期からゴブリンなんて狩ってます。もっと強い魔獣だって生息してますし、必要とあらば倒してきました」


インプレオの森は広大な面積に、凶悪な魔獣の巣窟だ。その威容は大森林、大樹海と呼ぶに値する。はぐれ魔獣が街の騎士団や高位な益荒衆を、召喚する事態は慣れたことだ。おかげで人間に開拓されることなく、他国との境界線になっている。人間の足跡は限られた商人が、使う馬車の通り道ぐらいだ。

 俺が説得しても、ノルンはおそらく聞かないだろう。押しに弱いと言っても、約束を反故にはきっとしない。俺からしたらゴブリンは野犬ぐらいだが、ノルンから見たらチワワぐらいなのかもしれない。


「人間は弱いからな。天使基準で考えるなよ。ノルンの思う十分の一ぐらいの実力だと思っとけな。ゴブリンに殺される奴は毎年いる」

「そこまで卑下する必要はないと思いますが、肝に銘じておきますね」


 ノルンが多くのお金を稼いでくることは、俺にとっては良いことだ。数割を生活費として貰うことができる。問題はノルンが半天使とバレた時。どのような反応になるか、俺にだって分からない。亜人は珍しい存在で、見たことがあるのは片手で収まる数しかない。ノルンが出来ることを増やすたび、人間を知るたびにリスクは増える。

 ノルンは奇貨そのものだ。メリット、デメリット何とも甲乙つけがたい。


「食べないのなら私が食べちゃいますよ?」

「あげねぇよ」


大きく口を開けて、クッキーを頬張る。甘い匂いが鼻に通って香った。

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