第20話 所詮はかりそめか
「それじゃあ、どうしてお母さんを探してるの? やっぱり恋しくなったの?」
ミュウが親身になって尋ねる。魔女っ娘は涙をこらえたような表情になる。年相応の少女の表情に戻っている。
「ううん。私はお姉ちゃんだもん。もうその段階は終わってるよ。えっとね。お母さんは浮気したけど、お父さんからはちゃんと円満離婚だったって聞いてるよ。それに今はもう、お父さんと私と弟での暮らしに慣れてるから」
「……そうなんだ」
そうきたか。そうきましたか。気になる。凄い気になるぞ。旦那に子供二人の親権を取られた母親のことが。でも日本とは事情が違うってのは理解しておかなければならない。もしかしたら男尊女卑が凄くて女性の立場が弱いだけかもしれない。気軽に他人の事情に踏み込んで聞くわけにもいかないよな。
「私たちはティンパの近くにある小さな村に暮らしてるの。でもお父さんが大きな怪我をしちゃって大変になって……。それで私はお母さんに……」
「そっか。お母さんに助けてもらいたいのね」
「違うの! 怪我のせいでお父さんが働けなくって、どんどんお金が減っちゃってて、満足に弟を食べさせてあげられなくなって……。今だって普通に暮らせてたはずだもん! お母さんがちゃんと養育費を払ってくれてたら!」
……おい、母ちゃん。生きてんなら、ちゃんと養育費払ってやれよ。
しかし養育費か。意外といっちゃなんだけど、こんな世界でもそういう仕組みはあるんだな。もしかして、俺みたいな異世界人が作ったのかな。それで現地人には馴染みがないから、理解が追い付かないと。
いや、俺がそこまで酷い親じゃないんだって勝手に思い込みたいだけだな。養育費を払ってくれない親、それだけだ。
それにしてもチュクリーナは感情的になったせいで、話し方が幼くなっている。やっぱり無理してたんだろう。一人旅は危険だし、本当は心細かったのかも。弱気な態度は駄目とか思ってたのかな。素直に同行を認めてあげればよかった。
「だからトゥルンに行って、お母さんのことを探そうと思って……。本当なら私がお父さんの代わりに働きたいけど、私みたいな子供じゃ労働基準法で雇ってもらえないし……」
ミュウがチュクリーナを抱きしめる。チュクリーナは働けないのを理解しておきながらトゥルンに向かっている。荷物もほとんど持っていない。お金に余裕があるわけでもない。相当な覚悟を持ってここまで来たんだ。ミュウにもそれは伝わっていたようだ。
「あなたは頑張り屋さんなんだね。えらいね」
ミュウはきっと母親を探すチュクリーナを自分と重ねたんだ。自分のことのように心配している。ミュウの場合は私情が入り過ぎてて目的はだいぶ異なるけど。より切実なのは、お金がなければ食べていけないチュクリーナの方だろう。
「実はね、私も出ていったお母さんを探してるのよ。だから一緒に頑張りましょ」
「お姉さんも? ……ひょっとしてお姉さんの家もお母さんが養育費を払ってくれてないの?」
「ま、まあ、そんな感じかな」
ミュウの返答を聞くと、チュクリーナはスッと表情が変わった。なんというか、ツンデレモードが戻っているような。甘えた表情がなくなっている。
「お姉さん。お姉さんは私と違って、ちゃんと働ける年齢なんだからしっかりしなくちゃ。いつまでも親に頼ってちゃ駄目でしょ。めっ!」
えらい!
流石は十歳ちょっとで一人旅をする少女。覚悟がある。きっと実家でも今みたいに弟に接してたんだろう。素晴らしい姉力だ。
しかし素晴らしい正論ではあるんだが、ミュウの状況はチュクリーナの想像とはちょっと違う。ミュウから修正があってしかるべきなんだがどうしたんだ。ミュウを見る。
「うぅぅ、それは……それはね……」
なんてこった。ミュウが項垂れてしまっている。魔女っ娘の言葉にかなりのダメージを受けたようだ。
……そうか。話を修正をしようとしたら、じゃあ本当のところはどうなんだって聞かれてしまうよな。純粋な心で。そしたら本当のことを話さなくちゃならない。父親が赤ちゃんプレイをしてるだなんて話、俺だったら恥ずかしくて外に出せないし、ミュウだって同じだろう。だから返答に困ってるんだ。
俺ならテキトーに誤魔化すと思うけど、ミュウはそういうことができない性格なんだろうな。出会ったばかりの俺に真っ正直に言うくらいだから。
ミュウは精神的にかなりきつそうだ。それでも年上としての矜持でなんとか倒れずに踏ん張っている。とはいえシャイラに勝って得た自信は見る影もない。魔女っ娘にずたずたに引き裂かれてしまった。所詮は薄っぺらな自信でしかなかったわけだ。
だが考えようによってはチャンスでもある。ミュウがこの困難を乗り越えた時、俺たちは新たな段階に踏み出せる気がする。ここは俺がミュウのマスターとして、心を鬼にする必要がありそうだ。




