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第7話 自転車で行こう

 歓迎会が終わってから、観光課の山ちゃんは、私たちと明日の山村留学プログラムの確認をしていた。

 たったそれだけのことだったが、そこに小春ちゃんが同席していたことで、ちょっとややこしいことになった。


 地元の子供たちと小学校のプールで泳ぐ。

 いたってシンプルな山村留学プログラムは、元気娘の余計な一言で、まあまあな苦行になろうとしていた。


「えっ? プール行くん? それやったらうちが案内する」


 役場の軽バンで送ってもらえるはずだった小学校までの道のり。

 案内役を買って出た小春ちゃんに対し、観光課の山ちゃんも遠いし大変だからと説得したのだが、粘りに粘られて押し切られそうになっていた。


「あのなあ、小春ちゃん、夏休み中はバスが出てないんや。歩いて行くつもりなんか?」

「自転車あるもん。うちがこいだらバスより速いんもん」

「いやいや、この炎天下で自転車はえらいぞ、それに、さくらちゃんはどうするんや。二人乗りしたらおまわりさんに捕まるで」

「うちがそんな初歩的なミスすると思ってんの? 大丈夫や。みきねえがちっさいとき使ってた自転車貸してもらうもん」

「そやけど、帰りはどないするんや? 麓からここまで激坂を上がって来んとあかんねんで。なんぼなんでもさくらちゃんにはしんどいんとちゃうか?」


 どうにかして思いとどまらせようとする山ちゃんに、小春ちゃんは人差し指を立てて「ちっちっちっ」と振って見せた。


「うちを誰やと思うてるん。勿論それも計算済みや。実はグッドアイデア思いついてん。坂道下ったとこにある金田のばあちゃんちに自転車置いとかしてもらうねん。そしたら帰りは自転車で坂上がらんでええやろ」

「いや、車の方がええと思うけどな……」


 一度言い出したら聞かないお転婆娘を前に、山ちゃんは助けを求めるような目を私に向けてくる。


「どうや、さくらちゃんは車のほうがええやろ。汗もかかんし楽チンやで」

「えっと私は……」


 私はお母さんの様子を窺った、お母さんはちょっと困った顔で苦笑している。

 どうやらうまく断りなさいと言いたいようだ。

 もちろん私も、冷房の効いた車で送ってもらいたいので、ちょっと申し訳ない気持ちで、元気娘の申し出を断ろうとしたのだけれど……。


「さくらちゃんは、うちと一緒がええやろ。な、そうやろ」

「えっ! いやあ、そうだね……」

「ほんなら決まりや。うちが自転車でさくらちゃんを案内したげる。やまちゃんはゆっくり昼寝でもしといたらええから。あ、送迎がなくなったぶん、今度ジュース奢ってな」


 こうして、押し切る様に約束を取り付けた小春ちゃんの案内で、明日、私は学校のプールに行くことになった。


 一夜明けて二日目の朝。

 快晴の空の下、クマゼミが木立の奥からもう鳴き声を響かせていた。

 昨日一日の疲れが残っているせいか、ぼんやりとした頭で、出かける準備をしていた時に、あの快活な声が聴こえてきた。


「さくらちゃーん」


 約束していた時間より、ずいぶん早く小春ちゃんは自転車で現れた。


「ごめん、小春ちゃん。私まだ準備できてない」

「ええねん。うちが早く来すぎただけやから。約束どおり自転車持って来たよ」


 小春ちゃんの跨る赤い自転車の隣に、水色のちょっと古そうな自転車が停まっていた。

 体操着姿で現れた夏の妖精は、今日もサクランボのヘアゴムで髪を括り、快活な笑顔を見せていた。

 私は私服ではない彼女の服装を目にして、これから学校へ向かうことを少し意識してしまう。

 屈託のないこの少女とは、あっという間に打ち解け合えたけれど、他の子供たちとも仲良くなれるだろうか。

 やや尻込みしてしまう自分を感じつつ、私は今日お世話になる水色の自転車のことで、素朴な疑問を投げかけた。


「あのお姉さんの自転車だと思うけど、小春ちゃんはどうやってここまで持って来たの?」

「みきねえに頼んで自転車二台で来てん。うちからは下りやから楽チンなんよ。みきねえはさっき歩いて帰ってった」


 どうやら知らない間に面倒をかけてしまっていたようだ。次に会った時に謝ってから、お礼を言っておこう。


「今日の案内役はうちに任せといて。プール終わってからもあっちこっち自転車で案内するつもりやから楽しみにしといて」


 それから私も体操着に着替え、ちょっと不安そうなお母さんに見送られて家を出た。おっかなびっくり自転車で坂を下り、そこから蝉のやかましい炎天下の田舎道を三十分ほど走ると、ようやく白い建物が見えてきた。


「さくらちゃん。あれがうちの通ってる学校やで」


 全く疲れた様子の無い小春ちゃんのあとに続いて校門をくぐると、そのまま自転車置き場へと直行した。

 二階建てのこじんまりとしたコンクリート造りの校舎は、イメージしていたよりも新しそうだった。

 生徒数の少ないこの辺りには丁度いい大きさなのかも知れない。どちらかといえば、隣にある体育館の方が立派に見えた。


「さくらちゃん、こっちこっち」


 手を引かれて校舎の玄関に入ろうとすると、グラウンドを横切って坊主頭の男の子がすごい勢いで走ってきた。


「こはるーん!」

「おお、あれに見えるは、たっつんやないの」


 いきなりの知らない男子の登場に、私はどうしても身構えてしまう。

 汗びっしょりで息を切らして走ってきた坊主頭に、小春ちゃんはちょっと得意げに紹介をし始めた。


「さくらちゃん、こちらたっつん。たっつん、こちらが昨日やってきたさくらちゃんや。二人とも仲良くするように」

「一ノ瀬さくらです。よろしく」

「ああ、山田辰蔵やまだたつぞうです。って自己紹介してる場合やないんや」


 少年はただ事ではない様子で、額の汗を拭いながらこう言った。


「えらいこっちゃ。ウサギ逃げてしもうた」

「なんやって! 事件やないのん」


 おたおたしている坊主頭とは対照的に、小春ちゃんは目を輝かせた。


「たっつん、うちを事件現場に案内するんや」

「ウサギ小屋やよ。わかってて言うてるやろ」


 慌ただしくボケツッコミをしてから、坊主頭の少年を先頭に、私たちはウサギ小屋へと向かって駆け出した。

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