第51話 二人のブランコ
分校での特別授業が終わった。
最後にみんなからの寄せ書きを先生から受け取り、心からの感謝を込めたありがとうを言って、私たちのクラスは解散した。
帰り際、私と小春ちゃん、そしてお母さん二人は、足を運んでくれたみんなを校門まで見送りに行った。
そして、そこでみんながくれた言葉は、どれも素敵なものばかりだった。
「元気でね」「忘れないでね」「また来てね」「楽しかった。ありがとう」たくさんの贈る言葉の中、誰も「さようなら」という言葉を口にせず、みんな笑顔で私を送り出してくれた。
「帰ってしもうたね」
大きく手を振っていたみんなの姿が見えなくなってから、隣で手を振っていた小春ちゃんが、ぽつりとそう言った。
「それにしても、今回はおばあちゃんにしてやられたわ。いや、おばあちゃんだけやないかな」
「ほんとだね」
小春ちゃんの言うとおり、発案者はおばあちゃんだったのかも知れないが、どうやら私たちの知らない所で、色々な人たちが今回のサプライズに協力してくれていたみたいだ。
特に節子先生はおばあゃんから直接依頼を受けて、この日のために色々準備してくれていた。
山の上の分校で特別授業を行うからと子供たちを集め、給食も手配し、当日、生徒たちの引率もしてくれた。
送迎に関しては、山ちゃんが麓までバスの運転を引き受けてくれたらしい。
謎解きに奔走していた私と小春ちゃんは、その気配に気付かないまま、分校の教室にゴールした。
おばあちゃんが仕掛けた三つの謎解きは、学校で起こるメインイベントへの序章だったということだ。
つまり、最も気付いて欲しくないものを隠すための、効果的なカモフラージュだったのだ。
そして、そこに最大の贈り物を用意していた。
心のこもった最高の贈り物に、私は嬉しい反面、たくさんの人たちを巻き込んだことに対する申し訳なさを感じずにはいられなかった。
「嬉しかったけど、なんだか申し訳ないな」
私が素直に自分の気持ちを打ち明けると、小春ちゃんは軽く鼻で笑い飛ばした。
「何にも申し訳ないことなんかないよ。ここにみんな集まったんは、単にさくらちゃんが好きやからや。そうやろ?」
恥ずかしげもなく「好き」という言葉が小春ちゃんから出て来たことで、私はきっと赤面してしまった。
「いやー、ええっと、どうなのかな……」
「つまり、みんなここに好きなことをしに来ただけや。ほんで好きなことが出来て、みんな満足して帰ってった。それだけのことやよ」
「そんなんで、いいのかな……」
近くで私たちの話を聞いていたお母さんが、私の頭に手を置いた。私はお母さんの顔を見上げる。
「さくら、小春ちゃんが言ってくれたとおり、そう受け取っておきなさい。もしあなたが逆の立場だったなら、きっとみんなと同じ行動をとるはずよ」
お母さんの言葉にハッとさせられた。
本当だ。私だって今日来てくれた誰かとお別れしないといけないのなら同じようにしただろう。
きっと小春ちゃんの言うとおりなんだ。私は喜びと感謝の気持ちだけを持っておくことにしよう。
「そうだね。小春ちゃんの言うとおりだね」
「そうやよ。なんたってさくらちゃんは一緒にウサギを探した仲やもん。いわば、みんなウサギ仲間なんや」
「フフフ、ウサギ仲間って……」
的外れのような、意外と的確な表現のような……小春ちゃんは私とみんなをウサギでひとまとめにして、ケラケラと笑い声をあげたのだった。
いつの間にか午後の陽射しに彩られた分校のグラウンドで、私と小春ちゃんはまた二人でブランコを揺らしていた。
大きく脚を振る小春ちゃんのブランコが、青い空に向かってスイングする。
「今日送別会するってゆうてたね」
「うん。言ってたね」
あのあと、母親二人は今はカフェになってる会館の調理場へと、今晩の送別会の準備をすべく引っ込んでいった。
歓迎会の時はグラウンドでバーベキューだったが、今回は先程の給食室で、地元の食材で作った料理で宴会をするらしい。
「近所のばあゃんらが郷土料理作ってくれるらしいよ。あ、そうや、山ちゃんが罠にかかったイノシシの肉持ってきてくれるってゆうとった」
「イノシシ? ホントに?」
野性味あふれる食材に、私はちょっと尻込みをしてしまった。
スイングするブランコに身を任せつつ、いまだ対面したことの無いイノシシに思いを馳せてみる。
「大丈夫や。ちょっと脂身の少ない豚肉みたいで美味いよ。それと多分、鹿の肉も持ってくるんと違うかな」
「シカって……えっと、普通のお肉は無いわけ?」
「うん。多分」
何だかしょっちゅう鹿や猪を食べている感じだ。
害獣と言っていたし、捕まえた獣はみんな美味しく頂くのだろう。
「送別会にはみきねえも来るって言ってた。それと節子先生も一回着替えてから山ちゃんの車に乗せてきてもらうんやって!」
スイングの勢いそのままに、小春ちゃんはそのままブランコから手を放して跳んでいった。そして空中で見事な放物線を描いて、背筋を綺麗に伸ばして着地した。
なんだか体操選手みたい。
指先までピンと伸ばした美しい着地姿勢に、私はまた感心させられた。
「どう? 今の何点やった?」
この分校に最初に来た時も、出来栄えを訊かれた。
私はそのことをなんだか懐かしく思い出しながらこう応える。
「勿論満点だよ!」
そう答えた私に、小春ちゃんは満面の笑顔だ。
「よっしゃー! さくらちゃんの番やで、今日はきっと行けるでー!」
小春ちゃんにエールをもらい、私もちょっとやる気になった。
前回は殆ど跳べなかったけれど、今日はいけそうな気がする。
「いくよ! 小春ちゃん!」
そして私は精いっぱいの勇気を出して手を放した。
ふわりと空を舞う感覚。
小春ちゃんのようにはいかないけれど、私は一瞬の無重力を興奮と共に味わった。
「あ、わわわわわ」
思わず声が上ずった。
そして着地した脚が踏ん張り切れずにバランスを崩す。
そのまま前のめりになった体が、雑草の茂る草むらに向かって倒れていく。
これってマズいかも。
ドシン
濃密な草の匂い。
視界が草で覆われた状態で、私は小春ちゃんともつれるように倒れていた。
バランスを崩した私を支えようと、小春ちゃんが受け止めてくれたのだ。
「あいたたた」
私の下に重なるように倒れていた小春ちゃんが声を上げた。
私は小春ちゃんの上になったまま、彼女が怪我をしていないかどうかを確かめる。
「ごめん、小春ちゃん。大丈夫?」
「尻もちついただけやから、平気やよ。さくらちゃんは?」
「私は大丈夫。ホントごめんね」
草いきれの匂いに混じる小春ちゃんの匂い。
頬にあたる汗ばんだ彼女の肌は、お日様の匂いがした。
重なって倒れたまま小春ちゃんは、さっきのジャンプの感想を口にした。
「今のは凄かった。さくらちゃん、今回のジャンプは敢闘賞や」
「へへへ、点数じゃないんだね。でも嬉しいかも」
起きあがった私たちの服には、びっくりするくらい雑草の種があちこちについていた。
手ではらったぐらいではビクともしない手強い種に、二人とも笑いが込み上げてくる。
「さくらちゃん、これってデコレーションってゆうてええんかな?」
「ほんとだね。だけど、ちょっと人前には出れないね」
それから私たちは笑いながら、お互いの服についた種を取り合った。




