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第5話 ノリのいいお姉さん

 分校跡には二十分ほどで到着した。

 ずっと繋いだままだった小さな手が少し嬉しくて、まだしばらくこうしていたいと私は思っていた。


「あ、山ちゃんもう来てる」


 さっき宿泊先のログハウスまで案内してくれたおじさんを見つけて、小春ちゃんは私の手を引いて駆けだした。

 バーベキュー用の食材を車から運び出していたおじさんは、走ってくる私たちに気付いて、一旦手を止めた。


「なんや、小春ちゃん早いな。さくらちゃんも一緒か」

「うちな、ここまでさくらちゃんを案内してきてん。さくらちゃんのお母さんに頼まれたねん」

「ほうか、それはご苦労さんやったな。あっちによう冷えたジュースあるから貰っといで」


 ジュースというキーワードに、小春ちゃんはパッと笑顔を咲かせる。


「ええん? ジュースもらってええん?」

「ええよ。ただし一本だけやで」

「わかった。さくらちゃん、早速もらいに行こう」


 小春ちゃんはまた勢いよく駆けだした。滅茶苦茶速くって、ついて行くのが大変だった。

 分校跡のグラウンドを斜めに走り抜けて、テントを張ってある一画までやって来た。

 小春ちゃんは繋いでいない空いている方の手を振って、そこにいたお姉さんに声を掛けた。


「みきねえ、帰って来とったん?」

「こはるん、どうしたん? 早すぎへん? えっとそっちの子は?」

「今日東京から来た子やねん。お母さんに案内頼まれてん」


 なるほど、こはるんという愛称で呼ばれているのか。

 やけに親密そうな新たに登場したお姉さんを、私は失礼じゃない程度に観察した。

 肩にかかるくらいの髪、少しきりっとした目元が印象的な、活発そうな女の子。中学? いや高校生くらいだろうか。

 みきねえと呼ばれたお姉さんは健康的な笑顔を浮かべて、小春ちゃんの頭をごしごしと撫でた。

 

「こはるん、こうゆう時はこはるんがちゃんと紹介してあげるんやで。うちも、その子も初対面やろ」

「あっ! そうか、うちとしたことがやらかしてしもうた」


 口惜しそうに拳を握りしめて、小春ちゃんはお姉さんを真っすぐに見上げた。


「仕切り直してもええ?」

「ええよ。ほんなら時間、ちょっと巻き戻そうか」


 そして二人は胸の前で腕をぐるぐるし始めた。

 息ぴったりだ。しょっちゅうやっているに違いない。


「このぐらい巻き戻したらええかな?」

「ナイスやで、こはるん!」


 お姉さんは親指をグッと立ててみせた。

 ノリノリな二人に、なんだか置いて行かれている感じが半端ない。

 そしていきなり小春ちゃんは私の手を掴んで駆け出した。そしてどうゆうわけか分校跡の入り口まで戻ってきた。


「はあ、はあ、はあ」


 息が上がった私の隣で、小春ちゃんは元気よく声を上げた。


「あ、山ちゃんや」


 ここから始めるんかい!

 口には出さなかったけれど、心の中でツッコんでおいた。

 それからまたダッシュでグランドを突っ切って、お姉さんの所までやって来た。

 足の速さもさることながら、スタミナも半端ない。とてもじゃないが、これ以上はついて行けない。

 ゼエゼエと肩で息をしている私を、小春ちゃんはにこやかに紹介し始めた。


「みきねえ、紹介させて頂きます。こちらさくらちゃん。そんでこちらがみきねえ。二人とも仲良くするように」


 何だか違うような気もするけれど、一応紹介できたみたいだ。

 お姉さんに握手を求められて、ちょっと照れつつ手を差し出した。


田辺美樹たなべみきです。よろしくね」

「一ノ瀬さくらです。よろしくお願いします」

「さくらちゃん、みきねえはね、ぜんりょーせーって学校に行ってるんやよ。長い休みになったらこうして帰って来るねん」


 さらなる紹介を付け加えた小春ちゃんに、お姉さんはクスっと笑って訂正をしておいた。


「こはるん、悪いけどちょっと訂正させてくれる? ぜんりょーせーって学校の名前じゃなくて、全寮制の学校。泊るところとセットになった高校に行ってるんよ」

「なんと! またうちとしたことがやらかしてしもうた。みきねえ、もういっぺん巻き戻してええ?」

「よっしゃ。もういっぺんいくで」


 またさっきのポーズを二人がとったのに、私はすかさず反応した。


「ちょっとまってー!」


 思わず大きな声が出てしまった。

 腕を回すポーズをしたまま、二人は呆気にとられたような顔をしている。


「どないしたん? あ、さくらちゃんも一緒に巻き戻したいん?」


 小春ちゃんは陽気に手招きをしてくる。


「いやいや、そうじゃなくて、早くジュース飲みたいなって……」


 もう一往復走るのが嫌で、適当な理由をつけておいた。


「そうやった。ジュースもらわんとアカンかった。みきねえ、ジュース頂戴」

「ええよ。どれがいい?」


 大きなクーラーボックスの蓋を開けると、色とりどりの缶ジュースとたっぷりの氷が詰まっていた。


「どれにしようかな……」


 悩んだあげく、小春ちゃんはグレープ味のソーダを手に取った。

 私も同じものを手に取る。


「うちも一本もらっとこ」


 お姉さんがコーラを手に取って、三人そろってプシュッと栓を開けた。


「クーッ、美味い。今日は暑かったからまた格別やわー」


 お姉さんがゴクゴクいっている横で、小春ちゃんはジュース片手に何やら難しい顔をしている。


「どうしたん? こはるん」

「あのな、うちな、ちょっとええこと思いついてん。ジュース飲んだあとに時間巻き戻したら、もう一本飲めるんと違う?」

「なるほど、でも飲んだジュースは飲まなかったことになるから、結局一本しか飲まれへんのと違うかな」

「ほんまや! うちとしたことがそんな単純なことに気付かんかった。穴があったら入りたいくらいや」


 何だか二人は息ぴったりだ。これが関西で言うボケツッコミというやつなのだろうか。


「こはるん、そしたら今の発言をする前に時間戻しとくか?」


 お姉さんの提案に、小春ちゃんは首を横に振ってこたえた。


「いや、それはやめとく。この失敗を糧にして、今後の教訓にするねん。それにあんまり時間を戻したら危険やねん。パラドックスとか起こるねん」

「パラドックスか、それは厄介やなー。よしもう今日は時間を巻き戻すのはやめとこう」


 いったい何の会話なのかとツッコミたくなったけれど、それはそれで面白かった。なんだか漫才のライブを見せてもらった気分だった。


 ケケケケケケ……


 会館の裏手からヒグラシの声が聴こえてくる。

 また少し日が傾いたみたいだ。

 ほんの少しだけ涼しくなったことを歓迎しつつ、三人で並んで飲んだジュースの甘さを私は愉しんだ。

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