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第47話 上ノ郷小学校第二分校

「はっきり言って今回は危なかった」


 農園を出て木漏れ日の坂を上りながら小春ちゃんがそう言った。


「松田のじいちゃんがあの桃を食べさせてくれんかったら、あのからくりに気付けんかったところやった」

「敵ながらあっぱれって感じだね」


 軍配がこちらに上がったとはいえ、なんとか凌げたといったところだったのだろう。

 難問を見事に解いた小春ちゃんと同様に、やはりおばあちゃんも凄い人だった。


「楽しかったね」

「うん。うちもさくらちゃんとコンビで難事件を解決したみたいで楽しかった」


 満足感とは別に、二人の冒険が終わってしまったことに、私はどうしても寂しさ感じてしまう。

 やかましい蝉の声。木々の間を抜けてくる強い陽射し。私たちはいつもと変わらず、手を繋いで木漏れ日の道を辿る。

 何も変わらない里山の夏に囲まれているのに、私たちの口数はいつもより減ってしまっていた。


「うちは何をするのもさくらちゃんと一緒がええ」


 唐突に小春ちゃんが言った言葉だった。

 でもそれはきっと、彼女が心にしまっていた大切なひと言だったに違いない。


「私もそうだよ……」


 胸が詰まってしまった私の口からは、そんなひと言しか出てこなかった。


 照り付ける太陽の下で最後に辿りついたのは分校跡の会館だった。

 最後の謎解きを終えたあと、木箱に入っていた封筒の中の手紙に、ここへ来るよう書かれてあったのだ。


「何かご褒美あるんと違う?」

「そうだといいね」


 焼けたグラウンドを斜めに抜けて、私たちは会館の中へと入った。

 緩く冷房が効いている。

 汗だくの私たちは、その涼しさにほっとしつつ、スリッパに履き替える。


「一番奥の教室やったね」

「うん。そう書いてあった」


 私たちはスリッパを軽快に鳴らしながら教室の前まで行き、今日のゴール地点である部屋の戸を開けた。

 そして私たちは二人とも言葉を失った。


「何してるの。早く教室に入りなさい。授業始まりますよ」


 かつての分校の教室に入った私たちを迎えたのは、節子先生だった。

 そして教室の中には机が並べられ、そこにはもう何度も一緒に遊んだ子供たちが、少しざわつきながら席に着いていた。


「どうしたんですか? 早く席に着いてください」


 先生はちょっと真面目な顔で私たちを促した。

 教室の後ろには、お母さんと小春ちゃんのお母さんの姿もあった。

 みんなに注目されて、私は頬の火照りを感じながら教室を見渡す。

 空いている席は四つ。

 私と小春ちゃんは後ろの席へと向かい、窓側の隣同士の席に着いた。

 隣の小春ちゃんが、私に身を寄せて小声で私に囁く。


「うちら、まんまとやられてしもうたみたいや」


 教壇に立つ節子先生は、スッと背すじを伸ばして口を開く。


「皆さん、今日は特別授業を行います。先に出席を取りますから元気よくお返事してくださいね」


 名簿を手にした先生は順番に生徒の名を呼んでいく。

 先生の伸びやかな声が生徒の名を呼ぶ度に、大きな「はい」という返事が返って来る。

 そして小春ちゃんの名前が呼ばれた。


「畠山小春さん」

「はい!」


 まだ名前を呼ばれていないのは私だけだ。

 私は胸をドキドキさせながら先生の口元に注目する。

 そして先生は私の名を伸びやかに呼んでくれた。


「一ノ瀬さくらさん」

「はい!」


 真っ直ぐに手を上げて、私は大きな声で応えた。

 みんなと同じ教室で、そして小春ちゃんの隣で、今私は黒板に向かっている。

 こんなに素敵なことが待っていたなんて……

 込み上げてくるものを感じながら、私は少し姿勢を正した。

 出席を取り終えた先生は名簿を手に持ったまま、ニコニコしている。


「まだですよ。呼ばれたら返事をして下さいね」


 そして先生はスウッと息を吸い込んだ。


北野園枝きたのそのえさん」


 突然少女時代の名前で呼ばれて、後ろで観ていた小春ちゃんのお母さんは、吃驚したような顔をして固まっていた。

 私を含め子供たちが、一斉に振り返って注目する。


「返事がありませんね。ではもう一度……」


 先生は再び名前を呼んだ。


「北野園枝さん」

「はい!」


 良く通る声で返事をした小春ちゃんのお母さんは、子供たちの注目を浴びて真っ赤になっていた。

 そして先生は名簿の最後の名前を口にした。


関口明日香せきぐちあすかさん」

「はい!」


 そう応えたお母さんの声は少し震えていた。

 少女時代の名前のままで、懐かしいこの学び舎で先生に名前を呼ばれたことで、私以上にお母さんはこみ上げるものを感じているのだと、そう感じた。


「とってもいい返事でした。さあ二人とも席に着いて。授業が始まりますよ」


 母親二人は、やや照れた様な顔をしたまま席に着いた。

 とても小さな小学生用の机で並んだ二人は、お互いに顔を見合わせ、恥ずかし気な笑顔を見せあった。


「きっとお母さんの仕業やわ。やられてしもうた……」


 小春ちゃんのお母さんは、恥ずかし気に頬を紅く染めながら、お母さんにこっそりそう言った。


「私たちにもサプライズ用意してたなんて、おばさんには驚かされっぱなしやわ……」


 爽快なほどのドッキリに、お母さんたちは二人とも降参したみたいだった。


「では授業を始めます」


 六年生の三浦美千代、通称みっちゃんに先生が目配せをすると、元気よく号令がかかった。


「起立!」


 こうして、かつての上ノ郷小学校第二分校の教室で、特別な授業が始まったのだった。

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