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第46話 最後の謎解き

 暗号の謎を見事に解決し終えて、私たちは最後の謎解きへと向かった。

 暗号で意外と手こずっていた間に、また外は暑くなっていた。

 麦わら帽子を被った私たちは、やはり手を繋いで木陰を探しつつ、強い日差しの中を歩いていく。


「またお土産もらっちゃったね」

「そうやね」


 色々もてなしてくれた二人にお礼を言って家を出ようとすると、またお土産にと、ビニール袋に入れた大きな桃を一つずつ持たせてくれた。

 丁寧にお礼を言っておいたが、謎解きで楽しませてもらって、その上お土産まで貰ってしまったことに、なんだか申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

 リュックを背負っていたのが小春ちゃんだけだったので、私の貰った桃も、彼女が引き受けてくれた。

 今は傷まないようビニール袋ごとタオルでくるんで、リュックの中に納まっている。


「ごめんね。持ってもらって」

「ええよ。こんなん軽いもんや」


 分校を通り過ぎて、また私たちは緩やかな坂を下っていく。

 二番目の謎を解いて手に入れた封筒には、最後の謎解きの場所が記されていた。そしてその場所とは、以前もお邪魔したことのある松田のおじいちゃんの農園だった。

 分かれ道をさらに下って農園に着くと、おじいちゃんが待っていてくれた。


「おおやっと来た。小春ちゃん、さくらちゃん、こっちや」


 おじいちゃんは私たちを、あの桃畑へと案内してくれた。


「昨日園枝ちゃんが来てなあ、二人が来たらこの箱を渡してくれって言われてたんや」


 小春ちゃんが受け取ったのは、何の変哲もない、片手で持てるくらいの木の箱だった。

 しかし、その蓋には南京錠が掛けられていた。


「じいちゃんごめんな。うちらの遊びにつき合わせてしもうて」

「そんなん気にせんでええ。賑やかになってかえって嬉しいくらいや」


 前もそうだったが、相変わらず愛想のいいおじいさんは、日焼けした顔で白い歯を見せた。


「ほんで、お母さんから預かってるのってこれだけなん?」

「おお、そうや。この封筒も渡してくれって言われとったんや」


 おじいちゃんのポケットからあの茶封筒が出て来た。

 封筒を受け取った小春ちゃんはすぐに中身を確かめる。


「なになに……ここに他とは違う特別な桃が一個だけある。その桃を探せば鍵は開くだろう……なんやこれ」


 まるで要領を得ない謎かけに、小春ちゃんも首を傾げる。

 私も用紙を見せてもらったが、それ以外は何も書かれていなかった。


「こんなにある桃の中から一つを見つけ出せってこと?」


 広い農園にはたくさんの桃が実っている。

 これを全部見て周らなければならないのかと思うと、流石にぞっとした。

 小春ちゃんは口元に手を当てて、何やら必死で考えている。


「手当たり次第に探すのは正解やないはずや。おばあちゃんはどうゆう意図でこんな謎かけを仕掛けてきたんやろう……」


 しばらく考えたのち、私たちは取り敢えずヒントがないか果樹園の中を探すことにした。


「さくらちゃんはあっちを頼むわ。うちはこっち側を見て周るから。桃だけやなく木とか地面とか何か気になるもんがないか、気を付けて観察してな」

「うん、分かった」


 それから約二十分後。

 私と小春ちゃんは幾つかの気になるものを拾って合流した。


「さくらちゃん、そっちはどうやった?」

「それがその、一応気になるモノは見つけたんだけど、ヒントというかなんとゆうか……」

「うちも、いくつか気になるもんを見つけたんやけど……」


 小春ちゃんが見つけた気になるモノとは、私が集めたものと全く同じものだった。

 それは、「ハズレ」という文字の書かれた、桃を覆うための白い袋だった。


「立派な桃が成ってるなって見に行ったら、これが落ちてた」

「うちもや。立派な桃が成ってる下には必ずこれが落ちとった」


 私たちは、何枚か集めたハズレの袋を手に、どうしていいのか分からず立ち尽くす。


「いったいどうゆうことなんだろう」

「わからん。なんか知らんけど踊らされているような気分や」


 気分転換に水筒のお茶をゴクゴク飲んでいると、おじいちゃんが呼びに来た。


「どうや。進んどるか?」

「いいや、さっぱり。今のところお手上げや」

「冷やしといた桃切ったから、ちょっとあっちで一服せえへんか?」


 お言葉に甘えて、またご馳走してもらうことにした。

 ちょっと涼しい日陰で、私たちはおじいちゃんが切ってくれた桃を頂く。

 甘い香り。とても瑞々しくって美味しい桃だ。

 しかしどうゆうわけか、その芳醇な果実の柔らかさに、私は何かしらの違和感を感じた。


「どうや?」

「はい、美味しいです」


 感想を聞いてきたおじいさんにそう応えながら、私は小春ちゃんの様子を窺った。

 すると小春ちゃんも、何かを確かめるようにゆっくりと口を動かしていた。


「小春ちゃん」

「うん。さくらちゃんも気付いたん?」


 様子のおかしい私たちに、おじいちゃんが不思議そうな顔をする。


「どした? なんか変やったか?」

「いいえ。すごく美味しいです。でもさっき頂いた桃と少し食感が違う気がするんです」

「さっきって、どっかで桃を食べて来たんか?」

「はい。綿貫さんの所で」


 そう打ち明けると、おじいちゃんは簡単に違和感の正体を教えてくれた。


「綿貫のじいさんのとこで栽培しとるのは川中島白桃や。うちの桃は清水白桃やから、多少食感は違うやろうな」

「そうだったんだ。桃にも色々あるんですね」

「まあこの辺は桃の栽培に適した環境でな、うちは清水白桃しか作ってへんけど、みんな色々作っとるよ」


 説明を聞いて納得した私の隣で、小春ちゃんは難しい顔をして何やら考え込んでいた。

 私は、小春ちゃんが何かしらのヒントを得たことに気が付いた。


「品種の違う桃……ここには同じ品種の桃しかない……」


 思考の海に小春ちゃんが深く沈んでいく。

 僅かな糸口をきっかけにして、再び里山の名探偵が推理を展開し始めたのだ。


「そうゆうことか……」


 ボソリと呟いて、小春ちゃんは思考の海から戻ってきた。


「さくらちゃん、うち、分かったみたいや」

「え? ホントに?」

「うん。うちらの探してる特別な桃は、意外と近くにあったみたいや」


 確信を持った口調だった。とうとう小春ちゃんは、この謎の全てを解き明かしたようだ。


「え? それってどうゆうこと?」

「さんざんハズレの袋拾わされてメンタル折れそうになったけど、ここで桃を御馳走になってやっと気付いた。この謎かけのからくりに」


 そして小春ちゃんは近くに置いてあったリュックを手に取った。


「このリュックの中にはお土産にもろうた川中島白桃が入ってる。この農園に無い品種の桃があるのはうちのリュックの中だけや」

「確かにそうだろうけど、あの紙には、ここに他とは違う特別な桃が一個だけあるって書かれてたよね」

「そう、矛盾点は二つある。一つはこの場所にあるということ、もう一つは特別な桃は一個だけやということ」


 小春ちゃんはその矛盾点に、もう答を見つけているようだった。


「さくらちゃんが言うように、あの紙には『ここに他とは違う特別な桃が一個だけある』と書かれてた。場所は限定されてるものの、ここに実っている桃の中でとは一言も書かれてなかった。そうやない?」

「確かに……」

「うちらは意図的に自分らの手で、特別な桃を持ち込まされていたんと違うやろうか。ここからはうちの推論やけど、ちょっと付き合ってな」


 小春ちゃんはそう言って、頭の中で組み立てたこのからくりのシナリオを説明し始めた。


「今回の謎かけは、第二の謎かけの時点から組み込まれてたいやらしい難問やったんやと思う。」

「というと?」

「リュックの中のお土産は、恐らくうちのおばあちゃんがうちらを翻弄するために用意してたもんや。うちらはそれに気付かず、じいちゃんから手渡された最後の謎かけにまんまと騙された。それを今から証明するわな」


 小春ちゃんはリュックのファスナーを開けて、中から桃の入ったビニール袋を取り出した。


「特別な桃は一個だけ。でも、ここには別々の袋に入れられた二つのお土産がある」

「うん。そうだね」

「ここにある二つの桃が、あの家で食べた川中島白桃なら、このお土産はただのお土産ということになる。しかし……」


 小春ちゃんはビニール袋に手を入れて、さらにこう言った。


「ここにある二つの袋のどちらかに、松田のじいちゃんが栽培してる清水白桃が入っていたとすれば、それは意図的に誰かが操作していたことになる」


 そして小春ちゃんは一つ目の桃を袋から取り出してテーブルの上に置いた。


「じいちゃん、ちょっと品種の解説してくれる?」

「ああ、ええよ」


 そしておじいさんは桃を指さしながら解説をしてくれた。


「これは綿貫のじいさんが育ててる川中島白桃や。肉質は硬目で、甘みが強い白い果肉が特徴や」

「ありがとう。じゃあ二つめや」


 私は小春ちゃんの手に視線を集中する。

 そして小春ちゃんは二つ目の桃を袋から取り出して、テーブルの上に並べた。


「こうゆうことや」


 ひと目見て分かった。

 並べて置かれた二つの桃は、明らかに違う品種の桃だった。


「じいちゃん、これも解説してくれる?」

「ああ、この白い桃はうちで作ってる清水白桃や。肉質が柔らかくて、上品な甘さと香りが特徴なんや」


 これで小春ちゃんの推理の裏付けが取れた。

 お土産の桃は、意図的に仕組まれたものだった。


「特別な桃は一つだけ。そうくぎを刺しつつ、先入観を利用して、お土産の桃が二つとも同じ品種やと錯覚させるトリックやった。危うく騙されるところやったわ」


 そして小春ちゃんは川中島白桃の入っていたビニール袋から、小さく折り畳まれた紙を取り出した。


「さんざんハズレひかされたけど、ようやくアタリを見つけたわ」


 そして折り畳まれた紙を開いて、小春ちゃんは読み上げる。


「鍵は壊れている。そのまま開けるがよい……なんや、解明せんでも開けれたんかいな」


 小春ちゃんが拍子抜けしたように南京錠を引っ張ると、鍵は簡単に開いた。そして蓋を開けてみると、中にはあの茶封筒が入っていた。


「やったね、小春ちゃん」

「まあ、ちょっと手こずったけど、こんなもんです」

「いや、すごいよ。さすが小春ちゃんだわ」


 私は惜しみない拍手を里山の名探偵に送ったのだった。

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