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第45話 手の込んだ暗号

 次に向かったのは分校から少し先に行った青い屋根の家だった。

 丘の上からの見晴らしの良い庭先で、畑の手入れをしているおばあちゃんに、小春ちゃんは声を掛けた。


「多恵ばあちゃーん」


 分かっていたことだが、このおばあちゃんとも小春ちゃんは親しそうだ。

 おばあちゃんは小春ちゃんの声を聴くと手を止めて、首にかけてあった手拭いで額の汗を拭った。


「よう来たねえ。さあ、うちに入り。冷たいもんごちそうするから」


 おばあちゃんは私たちのために用意してくれていたのか、アイスキャンデーをご馳走してくれた。


「さくらちゃん、多恵ばあちゃんや。うちのおばあちゃんの茶飲み友達なんや」

「一ノ瀬さくらです。初めまして」

「ああ、明日香ちゃんの娘さんやな。弥生ちゃんから聞いとるよ。しかしめんこい子やなあ。今日はゆっくりしていってな」


 ゆったり構えるおばあちゃんに、小春ちゃんはアイスキャンデーを齧りながら苦笑いをする。


「それがそうゆう訳にはいかへんねん。うちら今、おばあちゃんに出された謎解きしてる最中やねん」

「そうやったねえ。ちょっと待っといてな」


 よいしょと腰を上げておばあちゃんは奥へと行ってしまった。

 そして私たちがアイスキャンデーを食べ終わったタイミングでまたおばあちゃんが戻って来た。


「昨日、園枝ちゃんが来てな、あんたらが来たらこれを渡してくれってゆうとったんや」


 おばあちゃんの手にはあの茶封筒があった。


「小春ちゃん、これ」

「うん。きっと第二の挑戦状や」


 受取った封筒を開けて、小春ちゃんと私は中身を確認した。


「なにこれ?」


 私は思わずそう口にしてしまった。

 手紙には文章ではなく、たくさんの数字が書かれていた。

 三桁の数字がずらりと書かれているのを目にして、小春ちゃんはニヤリと口元を吊り上げた。


「これは暗号やよ」


 小春ちゃんはそう言って、最後に書かれてあった一文を指さした。


「ホームズからは見えず、ワトソンからは見えるところにあるものを使え。ここにそう書いてある」

「ホームズ? ワトソン? どうゆうこと?」


 小春ちゃんは口元に手を当てて思考の海にゆっくりと沈んで行く。

 おばあちゃんから受け継いだ才能が動き始めたのだ。

 しばらくして小春ちゃんは、解答に行きついた。


「ホームズとワトソンは、うちとさくらちゃんのことを指してるんや。つまりうちからは見えんのにさくらちゃんから見える所ってどこやと思う?」

「えっと、どこだろう……あっ、そうか」


 小春ちゃんの顔を見ていた私はそれに気付いた。


「小春ちゃんの背中だ。私からは見えるけど小春ちゃんからは見えない」

「流石さくらちゃんや。つまりお母さんが背負ってけってゆうてたリュックの中に、何か入ってるはずや」


 そしてリュックを開けてみると、綺麗に畳まれたタオルの下に、一冊の小説が入っていた。


「コナンドイルの探偵小説や。これでもう謎は解けたも同然や」

「え? そうなの? あの数字の謎も解けたってこと?」

「あれは単純な暗号やよ。ほら……」


 小春ちゃんは数字の書かれた紙を広げて、小説の頁をめくっていった。


「ここに並んでいる三つの数字は、左から順番に頁、行、そして上から何番目かという順で、文字を特定させてるねん」

「つまり、この数字の列を全部照らし合わせたら答の文章になるというわけ?」

「そうゆうこと。伝統的な暗号のトリックやよ」


 そうして私たちは小説を何度もめくって、解答である一文を完成させた。


「たのたこわたりわたしなのうらたをみたよ」


 これで合っているのだろうか。出来上がった文を読み上げてから、私は首を捻った。


「ねえ小春ちゃん、ちょっと間違ったんじゃない?」

「いや、これでええねん」


 小春ちゃんは余裕の表情で、おもむろに鉛筆を取って、文字を塗りつぶし始めた。


「なにしてるの?」

「おばあちゃんがわざわざちょっと遠い多恵ばあちゃんの家を指定した時に、うち気付いとってん。つまり多恵ばあちゃんの苗字、綿貫ってゆうのがキーワードやったんよ」

「わたぬき……あっ、『わ』と『た』を抜けって意味なんだね」

「そうゆうこと。どう? これなら」


 小春ちゃんが塗りつぶした文字の残りを私は読み上げてみた。


「のこりしなのうらをみよ……」

「残りし名の裏を見よ。どう? ちゃんとした言葉になったやろ」

「本当だ。でも残りし名の裏を見よってどうゆうことかな」

「ウーン、そこやねん。なんなんやろう……」


 またしばらく考え込んでいると、玄関の辺りから声がしてきた。


「ただいまー、今帰ったどー」

「じいちゃん返って来たみたいや。ちょっと待っといてな」


 おばあちゃんは帰宅したおじいちゃんを出迎えに部屋を出て行ってしまった。


「おじいちゃんもいたんだね」

「ここの二人はオシドリ夫婦って言われてるねん。昔っからほんまに仲ええんよ」


 しばらくしてから、頭頂部の禿げあがったおじいさんが、団扇片手に部屋に入って来た。


「おお、小春ちゃんとさくらちゃん、いらっしゃい。どうや、謎は解けたんか?」

「今考え中。暗号は解いてんけど、うちのおばあちゃん、さらに難問を用意しとった」

「そうか、まあゆっくりしてったらええ。今畑でよう熟れた桃獲って来たから、いっぱい食べてっておくれ」


 難問にぶち当たった私と小春ちゃんは、おばあちゃんが切ってくれた甘い桃を食べて、少し休憩をすることにした。

 おじいちゃんの獲って来てくれた桃は本当に甘くって、果汁がいっぱい詰まっていた。


「二人とも美味しそうに食べてくれてじいちゃん嬉しいわ。昨日来た園枝ちゃんもここで一つ食べて帰ったんやで」

「あ、そうか、お母さんも封筒を持ってきたついでにご馳走になったんや。ごめんな。うちのお母さん、ええ大人やのに厚かましゅうて」

「なんのなんの。賑やかなんは大歓迎やよ。園枝ちゃんな、三人で子供らにサプライズするんやって張りきっとったよ」

「三人で?」


 私はそれを聞いてピンときた。

 そういえば昨日、お母さんに誘われて温泉へ行き、私と小春ちゃんはほぼ一日中、村を留守にしていた。

 私たちを村から連れ出している間に、おばさんが仕掛けをしておいたに違いない。

 つまりお母さんも一枚嚙んでいたわけだ。

 私は小春ちゃんと顔を見合わせて、微妙な顔を見せ合った。


「ごめんじいちゃん。うちらの謎ときに付き合わせてしもうて、堪忍してや」

「そんなんええねん。それに、頼まれたんはうちのばあちゃんや。ばあちゃんの手から封筒を渡してくれるよう園枝ちゃんに言われとったんや」

「ばあちゃんから……」


 小春ちゃんは指を顎に当てて目を閉じる。

 何かのヒントを得て、里山の名探偵が推理を再開したのだ。

 そして、小春ちゃんはぱっちりと目を開いて立ちあがった。


「なあ、この家に絵とか飾ったりしてない?」

「ああ、昔もらった絵が一枚、額に入れて奥の部屋に飾ってあるけど」

「悪いけど案内してくれる?」


 おじいさんについて奥の部屋に行くと、一枚の日本画が額縁に入れて飾られていた。

 小春ちゃんは背伸びをして額縁の裏に手を伸ばす。


「あった!」


 明るい声を上げた小春ちゃんの手にはあの茶封筒があった。


 パチパチパチ


 部屋の入り口でおばあちゃんが小春ちゃんに向かって拍手をしていた。


「よう見つけたねえ。流石弥生ちゃんの孫やわ」

「へへへへ。まあこんなもんです」


 ちょっと照れた感じの小春ちゃんに、何がどうなっているのか理解が追いつかない私は、推理の解説をお願いした。

 小春ちゃんは手に持った茶封筒をゆらゆらさせながら、ここに至った道筋を説明してくれた。


「キーワードは、多恵ばあちゃんやったんよ」

「どうゆうこと?」

「憶えてる? 一つ目の謎を解いたとき、あの茶封筒の指示には綿貫のばあちゃんを訪ねろと書いてあった。二人暮らしの家なのに、わざわざばあちゃんを指名してたんや」


 思い返してみると、確かに小春ちゃんの言うとおりだった。


「うん。それで?」

「つまりじいちゃんでは暗号は完成できず、ばあちゃんなら暗号を完成できるということなんやとうちは考えたんや。なあじいちゃん、名前なんやった?」


 急に名前を訊かれたおじいさんは、不思議そうな顔でこたえる。


「和彦やけど」

「じいちゃんは和彦、ばあちゃんは多恵。綿貫という同じ苗字でも名前は違う……」


 そこでようやく私も気が付いた。


「『わ』と『た』を抜くのは、おばあちゃんの名前からだったのね」

「そう。多恵から『た』を抜いたら『え』だけが残る。さっき解いた暗号を合わせると、おのずと答に辿り着く」

「残りし名の裏を見よ。つまり『え』の裏を探せって意味だったのね」

「そうゆうことなんや」


 こうして里山の名探偵は、見事に第二の謎を解決して見せた。


「さあ、次が最後の謎解きやよ」


 小春ちゃんはそう言って、茶封筒から中身を取り出した。

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