第44話 冒険の始まり
朝の光と鳥のさえずり。
深い森林が醸し出す、瑞々しい朝の匂いを感じながら、私は今日も目を覚ます。
布団から大きくはみ出し、凄い寝ぞうでムニャムニャ言っていた小春ちゃんを起こして、また私たちはカブトムシ獲りに出掛けた。
網と虫籠を手に、私達は今日もお互いに手を繋いで、いつも通りの夏休みを迎えた。
それにしても今日もいい天気だ。
一本杉の脇を通って、細い山道へと入って行くと、斜めから射し込む朝の光が、森の中を今日も明るく彩っていた。
そして独特の匂い。私はもうカブトムシのいる樹の匂いを覚えてしまった。
大きなカブトムシ二匹とコクワガタが一匹。
今日の収穫を終えて、また私たちは里山の道を戻っていく。
ログハウスに戻って、お母さんが用意してくれていた朝ご飯を食べた後、出掛けようとした私たちにお母さんが声を掛けてきた。
「さくら、小春ちゃん、今日はいっぱい楽しんできて」
「うん。行ってきます」
水筒にお茶をいっぱい入れて、私と小春ちゃんはログハウスを出た。
朝からやかましい蝉の声を聴きながら、小春ちゃんの家に行くと、待ち構えていたかのように小春ちゃんのお母さんが玄関先で私たちを出迎えた。
「どうやった? お泊り楽しかったか?」
「うん。なんか旅行したみたいやった」
小春ちゃんが明るく感想を言うと、おばさんは小春ちゃんの頭をごしごしと撫でまわしてから私に向き直った。
「さくらちゃん、ありがとう。なんか色々大変やったんやない?」
「いえ、全然。私もすごく楽しかったです」
「それは良かったわ。それで、今日は二人にちょっと頼みたいことがあるねんけど、いっかい家に上がってくれる?」
「頼みたいこと? おつかいか何か?」
遊びに行きたそうな小春ちゃんは、ちょっと渋々といった感じで、お母さんについて行く。私もその後に続いて居間に行くと、そこには小春ちゃんのおばあちゃんが麦茶の入ったコップを片手に待っていた。
「小春、帰って来たか」
「なんなん? おばあちゃんのおつかいなん?」
「そうや。頼まれてくれるか?」
そう言っておばあちゃんは、座卓に置いていた茶封筒を小春ちゃんに手渡した。
「その手紙、今から絹田さんちへ届けておくれ。それと絹田のばあちゃん、目え悪いから、あんたがその場で封筒を開けて大きな声で読んであげたって」
「わかった。ほんならさくらちゃん、チャチャッと済ませて遊びに行こう」
「うん」
小春ちゃんと私は、取り敢えずおばあちゃんのおつかいを優先することにした。
「ほんなら二人とも頼んどくな」
小春ちゃんのお母さんに玄関先で見送られて、麦わら帽子姿の私たちは家を出た。
絹田のおばあちゃんの家は小春ちゃんの家から歩いて五分ほど。
さっき家を出てから、小春ちゃんはずっと何やら難しい顔をしていた。
「さくらちゃん、なんかおかしいと思わへん?」
目的の絹田のおばあちゃんの家に着いた時に、小春ちゃんがそう言った。
「歩いてすぐの絹田のばあちゃんちに、こんな封筒一枚届けさせて、いくらおばあちゃんが足腰悪いゆうても、これくらいやったら自分で来れる筈や」
「そうだよね。どうしてわざわざ私たちに頼んだんだろう」
「陰謀の匂いがこの封筒からプンプンするわ。取り敢えず絹田のばあちゃんの前で、手紙を読んでみよう」
縁側で涼んでいたおばあちゃんを捉まえて、小春ちゃんは要件を告げると、すぐに封筒を開いて手紙を読み始めた。
「小春よ。これはあんたとさくらちゃんに宛てた手紙や。今から二人に三つの謎を解いてもらう……」
そこまで読んで、小春ちゃんは全てを理解したようだった。
腰かけたまま話を聞いていた絹田のおばあちゃんは、ニコニコしながら私達の顔を眺めている。
「さくらちゃん、これはおばあちゃんからうちらへの挑戦状や。二人でおばあちゃんの仕掛けたトリックをこれから解いていかなあかんみたいや」
「私も一緒に? すごい。本当の探偵みたい」
「よっしゃ。受けて立とうやないの。ホームズとワトソンみたいに謎を解明しておばあちゃんをギャフンと言わせたろうよ」
「うん」
やる気をみなぎらせた里山の名探偵は、手紙の続きを読み上げる。
「なになに、まずは第一の謎を解いてみよ」
「謎って?」
とにかくもどかしくて、私も小春ちゃんと並んで手紙に目をとおした。
「午前九時、三色の猫が導く場所を探すべし……」
「三色の猫って、三毛猫のことかな?」
私と小春ちゃんは顔を見合わせて首を傾げる。
「三色の猫は、さくらちゃんが言うように、おばあちゃんが飼ってる三毛猫のことやと思うけど、ただでさえ気ままな猫が導くってどうゆうことなんやろ……」
腕を組んで推理を開始した小春ちゃんだったが、すぐにおばあちゃんに聞き込みを開始した。
「なあばあちゃん、ミケは今どこにおるん?」
「ミケやったら、裏の涼しい所で寝とるよ」
「ありがとう。よっしゃ、さくらちゃん、取り敢えず猫のおるとこへ行こう。推理はそこからや」
「うん。捜査開始だね」
目的の三毛猫は風通しの良い裏の縁側で、気持ち良さそうに長くなって寝ていた。
無防備にダラけて寝ている猫を、私と小春ちゃんはじっと観察する。
「ただの猫だね」
「ミケはいっつもこんな感じやねん。こう見えて、けっこう年寄りなんよ」
毛むくじゃらの猫の年齢は私にはよくわからない。
それにしても、こんなにダラけきった猫が、私達を導くとは到底思えなかった。
「もうすぐ九時だけど、目を覚ましそうにないね」
「たしかに……」
その時、ガサガサという音が台所の方からしてきた。
熟睡しているかに見えた猫は、尖った三角の耳を器用に動かしたと思うと、突然パチリと目を開いた。
そしてスッと起き上がると、大きく裂けた口を全開にして大欠伸をしながら、体をグーッと伸ばした。
にゃーお
一声鳴いてから、ミケは首輪の鈴をチリチリと鳴らして廊下を走って行った。
「さくらちゃん、ついていくで」
「あ、そうだった」
台所に入って行った猫を追っていくと、三毛猫は行儀よくおばあちゃんの入れてくれた朝ご飯のキャットフードを食べ始めていた。
「そうゆうことか」
小春ちゃんは猫が食べている様子を眺めながら納得している。
どうやらここが三色の猫の導く場所だったようだ。
「さくらちゃん、ほら」
「あっ」
小春ちゃんが指さした猫の茶碗の下に、一枚の茶封筒が敷かれていた。
そして、私達はミケの食事を待って、封筒の中身を開けてみた。
そこにはまた一枚の手紙があって、こうしたためられていた。
「第一の謎を解明した二人に第二の謎を与えよう。次は綿貫さんちのおばあちゃんを訪ねよ」
手紙を読み終えて、小春ちゃんは私の手をとった。
「よっしゃ。次行こう。あ、ばあちゃん、ありがとう。なんかうちのおばあちゃんが巻きこんでしもうて、堪忍やで」
「ええよ、うちも昔、弥生ちゃんと探偵ごっこようしたんよ。ホンマ懐かしいわ」
「そう言えば、ばあちゃん、うちのおばあちゃんと同級生やったなあ」
「そうやよ。あんたら見てたら昔の弥生ちゃんを思い出したわ。ふふふ、こんないたずらして、弥生ちゃん、まだまだ現役やったんやねえ」
それから猫をいっぱい触らせてもらって、私達はまた八月の太陽の下に出た。
「さあ、行こう、さくらちゃん」
「うん」
ひとつの謎を明らかにして、また私たちは次の冒険へと一歩踏み出した。