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第41話 気の利いた作戦

 デミハンバーグ定食を美味しく頂いた私たちは、また作戦会議を再開した。

 ここまで来て、相手の顔を見ないで帰れるわけがない。

 なまじ声だけ聴いてしまったことで、私たちの好奇心は増幅されて、もう引っ込みがつかない状態になっていた。

 とは言っても全くいい案が浮かんでこない。

 こうなると、頼れる者はやはりこの人しかいなかった。


「小春ちゃん。いつものアレで解決できたりしない?」


 私がお願いすると、小春ちゃんはかなり渋い顔で首を傾げた。


「推理やったらまだしも、こうゆう場合どうしたらええんやろ」


 いつになくネガティブな小春ちゃんを、お母さんが元気づける。


「小春ちゃんは里山の名探偵でしょ。問題解決のプロじゃない。諦めないでがんばって」

「いやあ、そういわれても……」

「分かった。あとでスーパーに寄ってケーキ買ってあげる。だから頑張って」

「ホンマ? ケーキ奢ってくれるん?」


 どうやらスイッチが入ったみたいだ。

 どうしてもイケメンの正体を知りたい私たちの前で、小春ちゃんは深い思考に沈んでいく。

 やがて小春ちゃんはその大きな目をパチリと開いた。


「もう大丈夫や。うちに任せといて」


 自信満々でそう言い放った小春ちゃんは、奥にいるおじさんを呼んだ。

 私とお母さんは小春ちゃんが何をしようとしているのかを、じっと見守る。

 そして小春ちゃんは、おじさんを見上げてこう言った。


「なあおじちゃん、うちな、上ノ郷小学校の生徒やねん。いっつも美味しい給食作ってくれてる人にお礼言いに来てん」


 その手があったか。

 私は小春ちゃんの機転に脱帽させられた。


「そうやったんですか。それは嬉しいわ」

「このハンバーグ作ってくれたんもおんなじ人なんやろ? ちょっと出て来てもろうてええ?」

「勿論やよ。ちょっと待っててな」


 何ともあっさりとおじさんは厨房へと入って行った。

 大喜びの私たち三人は、無言でハイタッチをした。

 そしてすぐに厨房からエプロン姿のお兄さんが出て来た。


「上ノ郷小学校の子なんだってね。いつも給食を残さず食べてくれてありがとう」


 そう言ったおにいさんは、私が想像していた少女漫画風のイケメンでも、小春ちゃんイチオシの早乙女デュークでも無かったけれど、何だか素朴な感じの優しそうな人だった。


「こちらこそです。前の給食も美味しかったけど、洋食になってからもみんな美味しいって、いっつもおかず完売してます」

「それは嬉しいな。二学期からの給食、もっと美味しく作らなあかんね」

「期待してます。あのな、うちな、節子先生のクラスやねん」

「節子先生? ああ、三、四年生の担任の」


 一応この人に節子先生は認知してもらえているみたいだ。

 そして饒舌になった小春ちゃんの話はまだまだ続く。


「節子先生もいっつも美味しいゆうて食べてるねん。先生好き嫌い多いんやけど、おにいさんの作る給食はみんな美味しいってゆうとった」

「ホンマに? なんかハードル上がったなあ、これは頑張らなあかんなあ」


 ちょっと照れくさそうに頭をかくおにいさんに、取り敢えず私は安心した。

 それから、山村留学で私たちがあの小学校でお世話になっていることや、節子先生が陶芸を教えてくれたことなど、お母さんが大人らしくお兄さんに滑らかに説明した。

 他にお客さんがいなかったので少し長話をしてしまったことを反省しつつ、清算を済ませて席を立とうとした時に、思いがけないことが起こった。


 ガラ


 あまり建付けの良くないガラス戸が引かれる音に、振り返った私は思わず目を剥いた。

 店内に入ってきたのは、温泉にたっぷり浸かってきたであろう、ツヤツヤの節子先生だった。


「節子先生!」

「なんや、先生やない!」


 まさかの今日二度目の遭遇に、はっきり言って狼狽えてしまった。


「一ノ瀬さん!? 畠山さんも!?」


 鉢合わせになって驚嘆した先生の声は、いくぶん裏返っていた。

 呆然と立ち尽くす節子先生に、おにいさんは席を勧める。


「いらっしゃいませ。こちらへどうぞ」


 目を泳がせながら席に着いた先生は、出された水を一気に飲み干した。


「き、奇遇ですねー」


 お母さんが空気を呼んで声を掛けるが、先生はひきつった笑顔を顔に貼り付けたまま、小さく「そうですねー」と返しただけだった。


「さ、お昼ご飯も食べたことだし、行きましょう。では先生、失礼いたします」

「あ、はい。失礼します……」


 流石大人だ。お母さんは引き際を間違うことなく、私たちを連れて外に出ようとした。

 しかし、小春ちゃんにはお母さんの無言の意図を読み取る力はなかった。


「なあ先生、なんで今日はジャージと違うん?」


 まったくお構いなしに、小春ちゃんはいつもと雰囲気の違う先生を指摘した。

 ちょっと可愛い刺繍の入った白いワンピースを着ていた先生は、強張った笑顔で小春ちゃんの方を向いた。


「いやですわ畠山さん、この服も時々着てますよ」

「そうかなあ、なんか初めて見た気がするんやけど」


 小春ちゃんは先生のテーブルから離れようとしない。ひょっとすると先生が店を出るまで、ここにいるつもりなのかも知れない。


「いつもお世話になってます。上ノ郷小学校の節子先生でしたね」


 おにいさんのそのひと言で先生の顔がポッと紅くなった。

 きっと自分のことを憶えていてもらえたことに嬉し恥ずかしなのだろう。


「先生にお越しいただけて光栄です。ご注文は何になさいますか?」

「はい、あの……お勧めは……」


 俯き加減にお勧めを尋ねた先生に、また小春ちゃんが割り込んだ。


「先生、さっき食べたハンバーグ、めっちゃ美味かってん。うちのお薦めやで」


 多分小春ちゃんのお薦めは聞いてない。そろそろそっとしておいてあげた方がいいよ。


「じゃあデミハンバーグ定食を……」


 押し切られている。お願いだからもうこれ以上首を突っ込まないであげて。

 悲惨な感じになって来た先生が痛々しすぎて、私は心の中で必死で願った。


「デミハンバーグ定食ですね。少々お待ちください」

「ちょっと待って」


 注文を取って厨房に戻ろうとしたおにいさんを、どうゆうわけか小春ちゃんは引き留めた。

 さらなる余計なことを言いだしそうな小春ちゃんに、先生の顔が強張る。


「なあおにいさん、給食のことなんやけど、二学期から配達も来てくれへん? 節子先生力ないからこの間ビーフシチューこぼしてしもうてん。おにいさんやったら配達のおっちゃんより力ありそうやし、先生の係の時だけでも一緒に運んだって欲しいねん」


 堂々と言いたいことを言った小春ちゃんに、節子先生はあたふたしながらその場を取り繕おうとした。


「は、畠山さんなに言ってるの。そんなことお願いしたら失礼じゃないですか。すみません。うちの生徒が失礼なこと言いまして」


 真っ赤になって謝った先生に、おにいさんは真面目な顔で向き合い口を開いた。


「いえ、そうゆうことなら、配達に伺わせて頂きますよ。因みに何曜日が先生の担当ですか?」

「火曜日と金曜日です……」

「分かりました。二学期からその曜日は僕が給食を届けますね」


 瓢箪から駒が出た。

 思いがけず好転してしまった節子先生の恋事情に、私とお母さんは大口を開けたまま、唖然としてしまった。


「ほんなら先生、うちら帰るな。また遊んでな」


 大きく手を振った小春ちゃんを、先生は恥ずかし気に小さく手を振って見送ったのだった。

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