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第40話 イケメンの定義

 節子先生の恋に関する小春ちゃんの推理を聞いたあと、露天風呂を満喫し過ぎた私たちは、軽くのぼせた状態で、最後にシャワーを浴びに大浴場に戻った。

 平日の温泉は空いていて、広い浴槽にはまばらに人がいるだけだった。


「あれ?」


 シャワーに直行しようとしていた小春ちゃんが脚を止めた。


「どうしたの? 小春ちゃん」

「さくらちゃん、あれ……」


 小春ちゃんが指さした先で、じっと温泉に浸かっていたのは、見間違おうはずもない節子先生だった。


「なんや、先生やないの!」


 広い風呂場に響くような小春ちゃんの声に、節子先生は閉じていた目をぱっちり開けてアタフタしだした。


「は、畠山さん、それに一ノ瀬さんも……」


 どうやらしょっちゅうこの温泉に来ているという噂は本当だったらしい。

 小春ちゃんはシャワーへと向かわずに、大浴場にズカズカ入って行くと、何の遠慮もなく先生の隣に浸かった。


「さくらちゃん、こっちこっち」


 手招きされて、私も先生の隣で肩まで浸かった。

 お母さんはお湯には入らず、その場で先生に挨拶をした。


「先日は娘がお世話になり、ありがとうございました。それにしても奇遇ですね」

「そうですね……本当に奇遇ですね……」


 笑顔で返したけれど、なんだか先生は居心地悪そうだ。


「こちらにはよく来られるんですか?」


 サラッと質問したお母さんに、私は吃驚させられた。

 間違いなくお母さんは意図的に探りを入れている。

 しかも平然とさりげなく……。

 私はこの時、大人って怖いと真面目に思ってしまった。


「ええ、たまに。気が向いた時にブラブラッと……」

「そうなんですか。私は初めて来ましたけどホントにいいお湯ですね……何でもお肌がつるつるになるって聞きましたけど本当でしょうか?」

「さあ、その辺は私はちょっと詳しくないもので……」


 お母さんと節子先生が大人のやり取りをしている間に、私はいい加減のぼせ上ってきた。


「やっぱり上がろう。先生、お先に失礼します」

「ええ、一ノ瀬さん、また会いましょうね」

「アカン、うちものぼせてきてしもうた。先生、また今度遊ぼうな」

「またね。畠山さん。宿題は早めにしておくんですよ」


 お母さんと小春ちゃんはもう少し先生と絡みたかったみたいだが、この辺りで退散したのだった。


 

 温泉施設を出ると、また八月の陽射しが待っていた。

 エアコンの風が涼しくなってくるまで、走り出した車の窓を全開にして里山の風を入れる。

 抜けていく風の音と、蝉の声。

 何種類かの蝉がやかましく鳴いているのに、私は目を閉じて耳を傾ける。


「クマゼミと、ニイニイゼミとそれから……」

「アブラゼミやよ」


 分からなかった蝉の声を、隣に座る小春ちゃんが解説してくれた。


「アブラゼミは、ギリギリって、あんまし大したことない声で鳴くねん。このまえ虫捕りに行ったときにおった、あの茶色い大きめのやつやよ」

「ああ、あれね。憶えてるよ」


 ようやくエアコンから吹き出す風が冷たくなってきた。

 窓を閉めると、途端に蝉の鳴き声があまり聞こえなくなった。


「ねえ、お昼ご飯何食べたい?」


 バックミラー越しに視線を向けて、お母さんは私たちに食べたいものを訊いてきた。


「そう言えば、なんだかお腹空いてきた」

「ほんまや。なんも運動してないのに、けっこうお腹空いてきてるわ」

「好きなもの言いなさい。ちょっと遠いけど、スーパー行ったら色々あるわよ」

 

 私と小春ちゃんは二人並んでしばらく考え込む。

 やがて腕を組んで考え込んでいた小春ちゃんが、パッと顔を上げた。


「なあさくらちゃん、うちな、行きたいとこあるねん」


 そして私たちは小春ちゃんの提案した目的地へと向かったのだった。


 三十分ほど車で走った目的地は、上ノ郷村ではなかった。

 私たちが車を停めたのは隣村の食堂の駐車場だった。

 松風食堂。この村で一軒しかない食堂には、カーナビで簡単に辿りつくことが出来た。

 営業中の看板が出ていることにほっと一息つき、私たちは店の中に入って行った。


「いらっしゃいませー」


 この店の店主だろうか、50代くらいの白髪交じりのおじさんが愛想良くお水を運んできてくれた。


「ご注文決まりましたら声を掛けて下さい」


 スッと奥におじさんが引っ込んでいったのを確認して、三人はテーブルの中央に顔を寄せあう。


「ここに先生の意中の人がいるんだよね」

「そうや。学校の給食はここで作ってるはずやねん」

「多分今の人はお父さんね。息子さんはきっと厨房にいるんだわ」


 小春ちゃんの提案で、私たち三人は、お昼ご飯にかこつけて先生の意中の人を隣村まで見に来たのだった。

 折角ここまで来たのだけれど、肝心の息子が調理場から出てこないようなので、いきなり困ったことになった。


「どうしよう。おじさんしか店に出て無さそうだよ」

「ほんまや。どないしたらええやんやろ」

「困ったわね……」


 暗礁に乗り上げた計画をどうにかしようと、私たちは注文そっちのけで悩んでいた。

 そうこうしているうちに、さっきのおじさんが戻ってきた。


「あの、お決まりでしょうか?」


 作戦会議が長引いて、長く待たせ過ぎていたみたいだ。

 私は慌てて壁に書かれてあるメニューからハンバーグ定食を選んだ。小春ちゃんとお母さんも私と同じものを注文する。


「デミハンバーグ定食三つですね。少々お待ちください」


 おじさんが注文を通しに行くと、奥から若い男の人の声が聴こえて来た。


「デミハンバーグ定食三つね」


 恐らくあの声に間違いないだろう。三人はまたテーブルの中央に顔を寄せ合う。


「今、声だけだけど聴こえたよね」

「うん。うちも聴こえた。なんか若そうやった」

「あれはきっとイケメンね」


 お母さんがイケメンなんていうものだから、私は頭の中で、いつも購読している少女漫画に出てくる、ヒロインの彼氏を思い浮かべてしまった。


「イケメンかー、早乙女デュークみたいなんかなー」


 小春ちゃんのイケメン像はあんな感じか。

 解説すると早乙女デュークとは、この前一緒に観たロボットアニメ、ジャイアントデッカーの主人公のことで、昭和の熱血ヒーローみたいな暑苦しい顔の男だった。

 声の感じだけで想像を膨らませていると、注文したデミハンバーグ定食が運ばれてきた。

 食欲をそそられるいい匂いに、空腹だったことを私は思い出した。


「いただきまーす」


 そして、先生の意中の人が作ったであろうデミハンバーグは吃驚するほど美味しかった。

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