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第39話 恋に関する事件簿

 私はよく知らないけれども、温泉には泉質というものがあるらしい。

 広い大浴場。私たちの浸かる無色透明の温泉は、弱酸性の泉質で、なんでも美肌の湯だという評判だ。

 肩まで温泉に浸かりながら小春ちゃんは、ちょっと面白い話をしてくれた。


「うちな、知ってるねん。節子先生、まあまあしょっちゅうここの温泉に入りに来てるみたいやねん」

「そうなの?」

「ここの温泉、美肌効果があるって言われてるやろ。やっぱり先生モテたいんちゃうかな」


 まるで吸血鬼か何かのように、先生が異様に太陽光線を避けているのを私も何度も目にしていた。

 小春ちゃんの言うように、本当に先生はモテたいのかも知れない。


「きっと恋ね」


 静かに聞いていたお母さんが、いきなりそう言った。

 私と小春ちゃんは「恋」というキーワードにすかさず反応してしまう。


「恋って、ホントに?」

「ホンマに? ただモテたいだけちゃうの?」


 半信半疑な私たちに、お母さんは真面目な顔で持論を展開していく。


「いいえ、きっとそれだけじゃないわ。そんなにスキンケアを気にしているってことは恋と考えた方が自然だわ」


 何だか確信めいたものがお母さんにはある気がする。

 大人が言い切るとなんだか説得力がある。軽い感じで始まった話だったが、私と小春ちゃんは節子先生の恋事情にグッと惹きつけられてしまった。


「ねえ小春ちゃん、節子先生、他に何かそれっぽい様子なかった?」

「うーん、そう言えば……」


 お母さんの質問に、小春ちゃんは顎に指を当てて、記憶を辿り始めた。

 どうやら節子先生の恋について、里山の名探偵が灰色の脳細胞を働かせ始めたようだ。


「そう言えば先生、最近までそんなに日焼け気にせんかった。異様に日焼けを気にしだしたんは確か六月やった」

「六月……紫外線が強くなる時期は五月くらいからよね」

「確かにそうや。五月はうちらと一緒にグラウンドでドッジボールしとった。不自然や。絶対何か見落としてることがあるはずや……」


 温泉に浸かったまま全開で思考しているからか、小春ちゃんの顔が見る見るうちに真っ赤になっていった。


「アカン。なんか頭ぼーっとしてきた。いっぺん出て水風呂に入ってくるわ」

「じゃあ私も」


 水風呂に入った私と小春ちゃんは一気にクールダウンした。

 お母さんは露天風呂に行ってしまったので、二人で推理の続きを再開する。


「ねえ小春ちゃん、節子先生ってお付き合いしてる人っているの?」


 よく考えてみると勝手に恋人がいない前提で話をしていた。

 けっこう失礼な感じで推理を展開していたのを反省して、ここは仕切り直すべきだろう。


「いや、そんな人おらんはずやよ。休みの日はいっつも家でお酒飲んでるし、出掛ける時はたいがいジャージ姿やし。日焼け止めは塗ってるけど、化粧らしい化粧してるの見たことないし」


 あっさり恋人説は消えた。


「じゃあ、誰かに片想いしてるとか? この村に節子先生と歳の近いイケメンがいたりしない?」

「全くおらんねん。この村の若もんはみんな町の方に出て行ってしもうて、ここに残ってるのはじいちゃんばあちゃんと子供とその親だけや」

「そっかー。じゃあやっぱり恋じゃないってことなのかなー」


 小春ちゃんは顎に指を当ててまた深い思考に入った。

 そしてしばらくしてこう言った。


「いや、そうでもないかも知れん」

「どうゆうこと?」


 きっと小春ちゃんは何か糸口を見つけた。

 里山の名探偵は素っ裸で水風呂から立ち上がった。


「そうや。この村に若いもんはおらん。さくらちゃん、うち分かったみたいや」

「ホント? 解明したの?」

「うん。単純なことやった。消去法で考えたら答に行きついた」

「やった。ね、早く教えて」


 真相を教えてもらおうと私も水風呂から立ち上がる。

 期待の目を向けた私の前で、小春ちゃんは唇に指を当てて、ニコリと笑って見せた。


「うん。でも先に露天風呂に行こう。さくらちゃんのお母さんにも教えてあげんと」

「そうだね」


 露天風呂に移動すると、蝉の鳴き声の中、お母さんが少しのぼせたような顔でぬるめのお湯に浸かっていた。


「お母さん、小春ちゃん謎が解けたって」

「ホント? 小春ちゃん」

「フフフ。真相はこうゆうことなのです」


 そして里山の名探偵は少し自慢げに推理で導き出した真相を語り出した。


「あれは丁度気象庁が梅雨入りを発表したころやった……」



 里山の六月に梅雨がやって来たのと同時に、学校給食に異変が起こった。


「なんやこれ」


 第一声を上げたのは坊主頭のたっつんだった。

 アルミ製の深皿に入ったおかずは給食では絶対にお目にかかったことの無いロールキャベツだった。


「先生、今日の給食なんか変や。みそ汁もなんか変な色してるし」

「山田君。それはミネストローネスープです。美味しいですよ」


 坊主頭の少年はスプーンを使わず、直接ボールに口をつけて、ズズズと音を立ててスープを味わう。


「ほんまや。なんか難しい味やけど。美味いことは美味いわ」


 生徒数の少ない上ノ郷小学校では、生徒全員が食堂室という部屋に集まって給食を食べる。

 数年前までは学校内で給食を作っていたのだが、給食を作ってくれていたおばあさんが体調を崩したことを機に辞めてしまったため、それからは隣村の給食を専門に作ってくれる業者に学校給食を委託している。

 業者と言っても個人でやっている食堂で、最近料理担当をしていたおばさんが体調を壊して、代わりに息子が給食を作り始めたのだという。

 噂によると、その息子は大阪の洋食店でずっと働いていたらしい。

 それから夏休みに入るまでの間、子供たちはあまり食べつけない変わった給食を食べたのだった。



「じゃあ給食を作ってくれてる人が、先生の想い人ってゆうことなの?」


 話の中に食堂の息子が出て来たので、私は安易に飛びついてしまった。

 そんな私に小春ちゃんは首を横に振って見せた。


「そう簡単にはいかへんねん。実は二人には接点がないねん。給食の配達は店員のおっちゃんがやってるはずやから」

「え? そうなの? じゃあ二人は面識がないわけ?」

「そこが、最大の問題やったんよ……さあここからが本番や」


 小春ちゃんは露天風呂の中で少し気合を入れて、解説の続きを始めた。


「洋食の給食が始まって一週間ほど経ったある日、やたらと大おかずの少ない日があってん。その日のおかずはビーフシチューやった。うちはその時、大鍋の底の方が汚れてるのに気いついてたんよ」

「どうゆうこと?」

「つまり、あの日、給食のビーフシチューは何らかの理由でこぼれたんや。配送中は蓋をがっちり固定してるからこぼれることは無い。そしておかずは教室までワゴンで運ぶから学校でこぼれる心配は無い。となると、学校に着いた車から運搬用のワゴンに乗せるまでにこぼれた可能性が高い」

「成る程……」

「大おかずの大鍋は重いから、必ず先生が降ろす時に手伝うねん。いっつもは教頭先生がその役をやってたけど、確かぎっくり腰をやってしもうて、そこからは担任を持ってる先生に代わってもらってたはずなんや」


 そして小春ちゃんの推理は佳境に入ってゆく。


「ここからはほんまに推測やけど、あの日、大おかずを運ぶのを手伝ったのは節子先生やったんやないやろうか。普段から運動不足の節子先生はその重さに耐えかねて中身をこぼしてしもうた。完全に先生の過失やけど、おかずが減ってしもうたことを配達のおっちゃんはすぐに電話したんやと思う」

「そうか……」

「電話を受けて、料理人のお兄さんは減ってしまった大おかずの代わりを用意した。そして配達の車が往復している間に給食の時間を過ぎてしまうと判断して、別の車でおかずを小学校まで運んだ」

「うん。きっとそうだわ」

「思い返してみれば、給食の時間が終わりかけた頃合いで、節子先生、お代わりできるよって中くらいの鍋を教室に運んで来た。うちらは気付いてなかったけど、多分その時に節子先生はお兄さんと会ったんやと思う」

「すごい。完璧な推理だわ」

「節子先生がやたらと日焼けを気にするようになった時期と、おかずが少なかった日が一致していることから、恐らく間違いないはずや。どう? うちの推理、ええ感じやったやろ?」


 毎回そうだけれども、今回の推理にも脱帽させられた。

 私とお母さんは小春ちゃんの見事な推理に盛大な拍手を送った。


「へへへへ。まあこんなもんです。多分やけど、先生ちょっとでも綺麗になって隣村の食堂にご飯食べに行こうとか思うてんのと違うかな」

「うん。絶対そうだね。小春ちゃんのゆうとおりだと思う」


 こうして里山の名探偵は、また一つ小さな事件を解決したのだった。


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