第33話 初めてのお泊り
花火を片付けて家に入ると、おばあちゃんが一冊の分厚いアルバムを用意してくれていた。
「小春、このあいだ昔の写真見たいってゆうとったやろ」
「そうやった。ありがとう、おばあちゃん」
子供の頃のお母さんと園枝さんは、私たち二人にそっくりだったらしい。
この里山でお母さんたちの少女時代を知る人たちは、口を揃えたようにそう言っていた。
私と小春ちゃんが居間へ移動して二人で観ようとすると、お母さんたちも興味があるのか付いてきた。
「二人とも、ちょっと詰めてくれる?」
座卓の上でアルバムを広げようとすると、母親二人が割り込んできた。
一冊のアルバムを四人で観ようとすると、当然ながらちょっと混み合う。お酒臭い母親二人に、私と小春ちゃんはちょっと嫌な顔をする。
「なんだか飲み過ぎてない? すっごいお酒臭いんですけど」
お母さんに顔を近づけられ、私は文句を言った。
「いいでしょたまには。じゃあ、アルバム鑑賞と行きますかー」
ノリノリの酔っ払いに促されて小春ちゃんがアルバムをめくると、当たり前だが小春ちゃんのお母さんの幼い頃の写真が貼られていた。
「うわー、園枝ちゃん可愛いー。これって私が越してくる前じゃない?」
いきなりお母さんが盛りあがり始めた。小春ちゃんのお母さんは照れているのか酒に酔っているだけなのか、赤ら顔で解説を加える。
「これは幼稚園の時のやよ。小春、ちょっとページめくってって」
「んもう、ゆっくり観たいのに」
小春ちゃんはぶつぶつ言いながら言われたとおり、アルバムをめくっていった。
そして小春ちゃんは、興味を惹きつけられる写真を見つけ手を止めた。
「あっ、二人並んで写ってるわ」
「ほんまや、これ、分校の門の前やな。うわー、懐かしいわー」
そこに貼ってあった少し色褪せたカラー写真には、満面の笑みを浮かべるおかっぱの女の子と、ちょっとはにかんだような笑みを浮かべる三つ編みの女の子が並んで写っていた。
「桜が咲いてるから二年生の春やね。こっちへ来て間なしに撮った写真や。あの頃、明日香ちゃんは三つ編みやったもんね」
「うん。確かそうやった。それにしても……」
お母さんは写真の女の子と小春ちゃんを見比べる。
「こうして見ると、小春ちゃんが写真の中にいるみたい。似てるとは思ってたけど、殆ど瓜二つやわ」
酔いが醒めるほど似ていたみたいだ。お母さんは写真を目を皿のようにして凝視しつつ感心していた。
「そんなんゆうたら、さくらちゃんかって明日香ちゃんにそっくりやよ」
小春ちゃんのお母さんはアルバムの頁をめくっていき、一枚の写真を指さした。
「三年生の時に撮ったやつや。ほら、髪型を変えた明日香ちゃんが写ってるやろ。今のさくらちゃんとよう似てると思わへん?」
「ほんとだ……」
思わず私はそう言っていた。
写っている角度にもよるのだろうか、少し斜めを向いているお母さんの写真は、まるで私自身が写っているみたいだった。
「それでほら、これ見て。運動会の時に撮った写真やよ」
その写真を覗き込んだ私と小春ちゃんは、思わず大きな声を上げた。
二人並んで校舎の前でピースサインをしている写真は、どう見ても体操着姿の私と小春ちゃんだった。
「なんや、これってまるっきりさくらちゃんやないの」
「いや、私もだけど、小春ちゃんだってそっくりだよ」
どうりで会う人会う人に似ていると言われるわけだ。
二人の少女時代を知っている人からすれば、私と小春ちゃんは、あの頃の明日香ちゃんと園枝ちゃんに見えるに違いない。
それから昔話を交えながらアルバムを最後まで観終えた。
小学六年生までで二人で並んでいる写真は無くなった。でも見せてもらった写真の全てに太陽のような笑顔で笑う二人が写っていた。
一生忘れることの無い少女時代を二人はこの里山で過ごした。
それがこのアルバムを見終えて私が知ったことだった。
小春ちゃんが計画していたように、まあまあ狭い浴室で私たちは本当に背中を流し合った。
小春ちゃんの背中は本当に小さくって、あっという間に流し終えた。
「お友達の背中流すってこんな感じなんやね」
小春ちゃんは私の背中をゴシゴシとスポンジでこすりながら感心していた。
二人で入るには狭い浴槽に一緒に浸かり、私たちは一日の疲れを癒した。
パジャマに着替えてから髪をドライヤーで乾かし合いっこをして、並んで歯を磨いた。
そして、私たちの冒険はまだまだ続く。
お布団を敷いてある小春ちゃんの部屋で、ボードゲームに熱中し、時間を忘れた。
いつもなら絶対に就寝している時間に、私と小春ちゃんはトランプをしながら大欠伸を何度もして、とうとう我慢できず、布団に入った。
電気を消した薄暗い部屋に、青い月明りが差し込んでくる。
網戸にした窓から、虫の音と共に入って来る涼しいそよ風が、さらに私たちの瞼を重くする。
「なあさくらちゃん、そっちの布団に行ってええ?」
「うん。いいよ」
小春ちゃんは一緒に寝たいらしく、私の布団に入ってきた。しかし、子供の体温というのは生易しいものでは無く、しばらく我慢していた私たちは、汗だくになって布団を蹴飛ばしてた。
「あかん。夏にやるのは無理や。これは寒い時にやるもんや」
「ほんとだね……」
自分の布団の上に戻っていった小春ちゃんは、大の字になって眠そうな声で話しかけてくる。
それから私は猛烈な眠気と闘いながら、しばらく小春ちゃんといろんな話をした。
好きな漫画の話の途中で、私は頭の中がだんだんとぼんやりとしてきたのを感じていた。
小春ちゃんの話し声が途切れだす。きっと私と同じように、彼女もギリギリのやせ我慢で起きているに違いない。
「まだ寝えへん……目はつぶるけど、もっとさくらちゃんとお話しするんや……」
「うん……」
もう私は限界みたいだ。こうしているのが夢なのかそうでないのかはっきりしなくなってきた。
「明日はプール解放日やけど……終わったらまた自転車であちこち行こうな……まだいっぱい……さくらちゃんと行きたいとこ……あるねん……」
ゆっくりと意識が沈んでいく。
夢の境界線で、私は小春ちゃんの寝息を聞いたような気がした。