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第23話 トマト農園

 ちらし寿司を振る舞ってくれたおばあさんに、お礼をとご馳走様を言ってから、私たちは今日最後の農家へと向かった。

 食べ過ぎてお腹いっぱいの私は、次に収穫した野菜がお腹に入るのだろうかと心配してしまう。

 山ちゃんの運転する軽バンは、午後の田園風景の中をゆっくりと法定速度で走ってゆく。

 すると、隣に座っていた小春ちゃんが声を上げた。


「さくらちゃん、学校やよ」

「あ、ホントだ」


 小春ちゃんが指さした窓の向こうに、先日、ウサギを探し回ったグラウンドと小さな白い校舎が見えた。


「今日はみんなプールに来てたんだろうね」

「そうやね。もう解散して帰ったやろうけど」


 通り過ぎて行った白い校舎を眺めながら、一緒にプールで遊んだみんなのことを私は思い浮かべてしまっていた。

 農業体験は勿論楽しかった。けれど、ほんの少し仲良くなれたみんなと、また会いたいという気持ちもあった。

 このままもうみんなとは会えないのだろうか……

 そんなことを考えていると、不意に山ちゃんが私のささやかな憂いに割って入ってきた。


「さくらちゃん、最後はトマトの収穫やよ。まだお腹に入るか?」


 陽気にそう訊いてきたのに、隣の小春ちゃんがすかさず反応した。


「なんや? たっつんのとこかいな」

「山田君の?」


 あのウサギ当番の少年の名が出て、すぐに私は聞き返した。


「うん。この辺のトマト農家ゆうたら、たっつんのとこやし。なあ、山ちゃんそうやろ」


 道路脇の大きな看板に「山田農園こちら」と書いてある。

 山ちゃんは右手にウインカーを出して少し細い道へと入って行った。


「そうや。小春ちゃんの言うとおり、辰三のところやよ。まあ、みんな腹いっぱいかも知れんけど、一個ぐらい食べれるやろ。ハハハハ」


 陽気な笑い声をあげる山ちゃんが、車のスピードを落とす。

 どうやら到着したみたいだ。

 大きな古い農家の駐車場に車を停めると、帽子を被ったおじさんと、見知った坊主頭の少年が出迎えてくれた。

 真っ先にドアを開けて、小春ちゃんが元気な声を上げる。


「おー、たっつん」

「来たな、二人とも」


 一緒にウサギを探した少年の登場に、自然と笑顔が浮かんでくる。


「山田君。こんにちわ」


 私が挨拶すると、少年は坊主頭をボリボリ掻いて、やや照れ臭そうな笑顔を見せた。


「えっと、たっつんでええよ。みんなそう呼んでるし」

「うん。じゃあ、そう呼ばせてもらうね」


 車を降りたお母さんは、何だか意気投合していそうな子供たちに目をやってから、迎えてくれたおじさんにぺこりと頭を下げた。


「今日はお世話になります。山田さん」


 日焼けしたおじさんはサッと帽子を取って、ちょっと困ったような笑顔を浮かべた。


「いややなあ、明日香ちゃん。そんなにあらたまらんといてくれよ。昔みたいに呼んでくれたらええねん」


 おじさんがそう言うと、お母さんはクスっと笑って、遠慮がちだった態度を崩した。


「久しぶりやね。シンちゃん。元気やった?」

「うん、このとおりやよ。明日香ちゃんも元気そうやなあ」


 どうやらこの二人は知り合いみたいだ。いや、知り合いと言うか友達? 何だか親しそうな二人に私は興味を覚えた。

 そして、興味を覚えたのは私だけではなかった。


「なんやおっちゃん、さくらちゃんのお母さんと知り合いなん?」


 小春ちゃんは好奇心を隠すことなく二人の間に割って入った。


「ああ、ちょっとした昔馴染みや」

「へえ、そうやったんや。でも学校(ちご)うとったんちゃうの?」


 そう言えば、お母さんはあの山の上の分校に通っていた。ここからあそこに通うには遠すぎる。一体どういうことなのだろう。


「それはわしが説明しようか?」


 私と小春ちゃんの疑問に、山ちゃんは丁寧な説明をしてくれた。


「当時、明日香ちゃんや園枝ちゃんはあの分校に通ってたんやけど、あの分校にはプールが無かったねん。ほんで夏の間、水泳の授業に麓の小学校まで来てたんや。子供同士やからいつの間にか仲ようなって、お互いの学校まで出かけて、よう遊んどったんや。な、明日香ちゃん」

「おじさんのゆうとおりやよ。当時は麓の小学校も木造の建物で、広いグランドで合同球技大会したりして交流してたんよ。シンちゃんらとは、ほんまによう野球したよね」


 おじさんは大きく頷いて、昔の話をしてくれた。


「明日香ちゃんはええピッチャーやった。そんで園枝ちゃんは手えつけられへんホームランバッターやった。おまけに足も速いし、俺らはだいたい分校のメンバーに負けてたな」


 お母さんがピッチャーをしていたと聞いて、マウンドに立っている姿を思い浮かべてみた。それは、全然似合っていなかった。


「え、ホントにお母さんピッチャーしてたの?」

「ええ、でも草野球やよ。みんなストライク入らへんから私が投げてただけ。球は園枝ちゃんの方が全然速かったよ」


 その話題になって、農園のおじさんは苦々し気な顔で昔を振り返った。


「確かに速かった。あいつが投げた球、どんだけぶつけられたか。みんなで抗議して、やっと明日香ちゃんが投げるようになって、怪我人が出えへんようになったんや」

「うわ、想像できるわ」


 小春ちゃんは頭の中でイメージできたみたいだ。

 小春ちゃんもそうだが、きっとその母親も身体能力が凄いに違いない。


「まあ、その話は置いといて、まずは農業体験しましょうや」


 おじさんに案内されて、いくつかあるビニールハウスを横切ってついて行く。大型の扇風機が凄い音を立てて稼働している。こうしていないと、暑すぎて中に入れないのだろう。

 小春ちゃんは前を歩くたっつんに、後ろから声を掛けた。


「なあたっつん、今日はどうやった?」

「ああ、みんな来とったよ。来てなかったんはこはるんとさくらちゃんだけや」


 きっと今日も学校は、子供たちの笑い声に包まれて、賑やかで楽しかったのだろう。

 もうあの子たちとは会う機会はないのかな……今日ここでこの少年と会えただけでも良かったのかな……


「あれ?」


 小春ちゃんが小さく声を上げた。下を向いて歩いていた私が顔を上げると、そこには大きく手を振る子供たちの姿があった。


「さくらちゃーん、こはるーん」


 夏の空を背景に、大きなビニールハウスの前で手を振る小学生たち。

 広いグランドでウサギを探し、一緒にプールで泳いだみんなが、そこで私たちを待っていた。

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