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第20話 対決、ラジコンカー

 中当てで、私は意外と健闘したと思う。

 とにかくボールを避けて避けて避けまくった。

 お姉さんと小春ちゃんは二人ともパワータイプで、命中精度は低めだった。とにかくモーションが大きいものだから、モーション中に素早く動きだせば、かなりの確率で逃げることができたのだった。

 そして、お姉さんと小春ちゃんが中に入った時が、本当に面白かった。

 二人とも、まず絶対に逃げない。ちょっとおかしなコースに逸れたボールでも、飛びついて取りに行くのだ。投げる方も全力で投げているので、逃げ回っていた私よりも、すぐに当てられて交代していた。


「さくらちゃん、なかなかやるやん」

「いや、二人の方が凄いと思うよ」


 とにかくこの二人は遊ぶときは全力だ。私もそれに引っ張られて、気が付けばクタクタになっていた。

 三人揃って汗だくで水筒のお茶をゴクゴクいっていた時に、小春ちゃんが珍しく遠慮がちにお姉さんに声を掛けた。


「なあ、みきねえ、そろそろラジコンやらせてもろうてもええ?」

「ええけど、買ったばっかりやから壊さんといてな」

「わかってるわかってる。心配せんでええよ」


 お姉さんはちょっと勿体ぶった感じで、背負ってきたリュックから、真新しいラジコンカーを引っ張り出した。

 すると、「オー」と小春ちゃんが目を輝かせた。


「凄い。これがラジコンカーか。実物初めて見た」

「フフフ、寝る前につい衝動的にポチってしもうたんよ。どう? かっこええやろ」


 黒い車体に青と緑のラインの入った、けっこう派手でいかついバギータイプのラジコンだった。私が想像していたよりも本格的な感じだった。


「滅茶苦茶カッコええやん。ほんで名前はなんて付けたん?」

「ブリザード1号。どう? けっこう攻めてみたんやけど」


 小春ちゃんもそうだが、このお姉さんも色々名前を付けるタイプの人みたいだ。いや、この人の影響で、小春ちゃんも名前をつけるのにこだわるようになったのかも知れない。


「英語で命名するなんて流石ぜんりょーせーや。ほんでブリザードってアルファベットでどう書くん?」

「……そうゆう細かいことはあんまり考えんでええねん。それより、しばらく貯めとった小遣いつぎ込んで買ったんや。頑丈にできてるみたいやけど、あんまりぶつけんといてな」


 そしてお姉さんは、何だかワクワクしながら、コントローラーをリュックから取り出した。


「まず、うちが手本を見せるから二人ともよう見とくんやで。実は、まだあんまり操作に慣れてへんねん。家の中狭いから、そんなに走らせれてないんよ」


 そして、お姉さんは操作の説明をしながらブリザード1号を、ぎゅるぎゅる走らせた。なんとなくおっかなびっくりなのは、高価たかかったラジコンを壁にぶつけたくないからだろう。

 縦横無尽に走り回るラジコンに、私も小春ちゃんも大盛り上がりだ。


「すごい。学校のウサギより速いんちゃう?」

「フフフ。ウサギなんか敵やない。イノシシやろうがなんやろうがぶっちぎりや」

「ええなー、うちも誕生日に買ってもらえんかなー」


 ひとしきり走らせて、お姉さんはラジコンを停車した。


「まあ、こんな感じや。スピード出るからあんましアクセルを握り過ぎんようにしてな。じゃあ、まずはさくらちゃんから」


 先に私にコントローラーを渡したお姉さんに、小春ちゃんは物欲しげに口を尖らせる。


「え? なんでさくらちゃんからなん?」

「こはるんはいきなり飛ばそうとするやろ。まずはさくらちゃんの操縦を見て勉強や」


 私は受け取ったコントローラーを慎重に動かし始めた。

 お姉さんの操作を見ていて大体コツが分かった。アクセルを握り過ぎなければスピードが出ないから、私でも扱えるはずだ。

 そして、思ったとおり、ゆっくり走らせている限り、操縦はそれほど難しいものでは無かった。

 しばらくぎゅるぎゅる走らせていると、お姉さんが感想を聞いてきた。


「どう? さくらちゃん」

「はい。けっこう面白いです」


 男の子の玩具だと思っていたので、特に今までやってみたいとも思わなかったが、実際に触らせてもらうと、なかなか面白かった。

 もう少し走らせたかったが、順番待ちしていた小春ちゃんの視線が痛すぎて交代することにした。


「よっしゃー。ほんならいくでー!」


 コントローラーを手にした小春ちゃんはノリノリだ。


「ちょっと待って。いきなり飛ばさんといてや」

「わかってるって。さくらちゃんの操縦見てて完璧に理解したから大丈夫や。うちの華麗なドライビングテクニックを披露するからまあ見といて」


 そして小春ちゃんはゆっくりと車をスタートさせた。


「おお、こはるん。ナイスや。その調子や」

「みきねえ、いま集中してるからちょっと黙っといて」


 小春ちゃんはどうもスピードの調整に手こずっている様子だ。何をするのも全開の小春ちゃんは、こういった微妙な指の動きとかが精神的に苦手なのかも知れない。

 加速と減速で手こずっている間に、ブリザード1号は、壁まで行ってしまった。


「あかん。上手いことハンドル切れんかった。いっかいスタートに戻すわな」


 小春ちゃんは、バック側にレバーを倒した、すると猛烈な勢いで、ブリザード1号がぎゅるぎゅる音を立てながら戻ってきた。


「あかん! こはるん、ストップや!」

「ブレーキ! ブレーキってどうするん!」


 あっという間に猛スピードで戻ってきたバギーは、そのままお姉さんのむこう脛に激突した。


「おおっ!」


 口をOの字に開いて、低い悲鳴を上げたお姉さんは、苦悶の表情で顔を歪めて、脛を押さえてうずくまった。


「い、いたたたた……」

「ごめん、みきねえ、ちょっと失敗してしもうた。堪忍やで。へへへ……」


 小春ちゃんは謝りつつも、ブリザード1号をそのまま走らせる。


「こ、コントローラー、か、かえせ……」


 脛を押さえてうずくまったまま、お姉さんはそう言った。


 それから大きな事故もなく、ブリザード1号は軽快に走り続けた。

 そろそろ昼食の時間だし帰ろうかとなった時に、小春ちゃんが両手を合わせてお姉さんに頼み込んだ。


「なあみきねえ、最後にちょっとお願いがあるんや」

「なんや? こはるん。悪いけど、今日はもうあんたにはコントローラー触らせへんからな」

「ラジコン操作はもうええねん。それでな、そのラジコンカーってちっさいくせに速いやろ」

「まあ、そやな」

「うちな、いっぺん競争してみたいねん。そのラジコンとうちとどっちが速いか勝負してみたいねん」


 ラジコンに挑戦状を叩きつけた小春ちゃんに、お姉さんは興味深げな笑いを口元に浮かべた。


「ええよ、こはるん。やるからには本気で行くけどええんか?」

「勿論や。本気でやってもらわんと面白ないもん」

「分かった。ほんなら一本勝負や。ルールはシンプルに、向こうの壁の手前にあるラインを先に通過した方が勝ちということにしよう」


 そして小春ちゃんとお姉さんのラジコンは、横並びになってスタートの合図を待つ。


「ほな、さくらちゃん、スタートの合図頼むわな」

「了解です。では位置について」


 小春ちゃんが駆け出す態勢を整える。そしてお姉さんはコントローラーに指をかける。


「よーい……ドン!」


 勢いよく小春ちゃんが駆け出した。


「あっ! フライングちゃうか!」


 お姉さんのラジコンが一瞬遅れてタイヤを鳴らしてスタートする。

 小春ちゃんはものすごい勢いで見る見るうちにゴールラインに迫っていく。

 ラジコンもキューンと軽快なモーター音を立てながら加速していく。

 そして小春ちゃんとブリザード1号が並んだ。


 バン!


 小春ちゃんがラインを通過し、その先の壁に勢いよく手をついた。

 だが、ラジコンの方が小春ちゃんよりも僅かに速くラインを通過した。

 そしてその勢いはラインを通過したあとも緩まなかった。


「あ――――っ!」


 叫んだのはお姉さんだった。

 私は見た。

 速度を落とさず壁に突っ込んでいったブリザード1号を。

 そして、ブリザード1号はまるで冗談か何かのように、部品をまき散らせながら、いま宙を舞っていた。 


「キャーッ!」


 お姉さんは悲鳴を上げながら、ガシャリと落下したブリザード1号に駆け寄った。


「タイヤが、タイヤが取れてしもうた!」


 お姉さんは変わり果てた姿のブリザード1号を両手で抱えて呆然としている。

 小春ちゃんは、そんなお姉さんのもとへ行き、肩に手を置いた。


「今回はうちの負けや。悔しいけどそいつの方が一枚うわてやった。またリベンジさせてな」


 私はその時こう思った。

 きっとリベンジの日は来ないのだろうと。

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