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第15話 陶芸教室

 陶芸教室が始まると、まず先生は粘土の塊をおもむろに手でちぎり、それを棒状に伸ばし始めた。


「皆さんも、同じようにやってみてください」


 先生は手際よく、同じ長さの粘土の棒をこしらえていく。

 以前、私が陶芸体験でやったやり方とは違う。

 以前陶芸体験をしたときは、電動轆轤の上に適当な粘土の塊が置いてあって、手を添えながら回転台の上で成形していった。

 そんなことを思い出しながら棒状の粘土を作っていると、まるで以心伝心であるかのように、小春ちゃんが手を上げて質問した。


「先生質問!」

「はい、畠山さん」

「なんで、こんな細長いもんいっぱい作ってるん? さっき山ちゃんが轆轤使って作るって言ってたんやけど」


 先生は手を止めずに、小春ちゃんの質問ににこやかにこたえる。


「今回は手びねりという手法でお茶碗を作ります。ある程度手で形を作ってから最後にこの轆轤で形を整えます。最初から轆轤を回して、一塊の土からお茶碗を作る手法もあるけど、初心者にはあまり向いていないの」

「ふーん、こっちの方が簡単なわけやな」


 小春ちゃんが聞いてくれたので、私も一緒に納得できた。

 それから先生は土台になる粘土を轆轤の中心に置くと、そこに棒状に伸ばした粘土をリング状にして重ねていき、それらしい形を作り上げた。


「では皆さん。取り敢えずここまで私と同じ手順でやってみてください」


 母親二人は、流石大人だという手際の良さで、そこそこ形のいいものを作って見せた。


「どう? さくら」

「もうちょい……」

「小春、どうや?」

「話しかけんといて。今集中してるねん」


 母親と先生に見守られる中、ようやく私と小春ちゃんの器の原型が出来上がった。


「なかなかいいですね。ではここから手で形を作っていきます」


 母と子の注目を浴びつつ、先生は指を器用に使い、リング状の粘土を伸ばして器の形にしていく。

 今度は本当にお茶碗らしい形になった。


「まあこんな感じです。あまり力を入れずにゆっくりと根気よくやるのがコツです」

「はい先生!」

「はい、畠山さん」

「いつになったら轆轤回すん? これやったら別に轆轤の上でせんでもええ感じやけど」

「そうですね。ここまでなら轆轤はいりませんね。でも心配しなくて大丈夫ですよ。ちゃんと仕上げに轆轤を回しますから」

「ふーん、そうなんや」


 早速先生のやっていたのを真似て形を作っていく。

 こういう作業はきっと性格が出てしまうものなのだろう。

 自分で言うのもなんだが、お母さんと私はこういった作業が比較的性格に合っているようで、先生のアドバイスを聞きながらそれなりのものを完成させることができた。

 だが、小春ちゃんとおばさんは……


「アカン、やり直しや!」

「あんたもか? お母さんも失敗してしもうた」


 母娘そろって、同じ感じの失敗をしてイライラしていた。

 とにかく勢いのあるこの二人は、メリハリがある反面、微妙な匙加減がどうも苦手な人のようだ。

 じわりじわりと土を形成してゆくまどろっこしさに、二人は精神をすり減らしているように見えた。


「ちょっと水分補給しましょう」


 二人を一旦落ち着かせようと先生は休憩を取ったみたいだ。

 水道で手を洗う小春ちゃんの横顔は、ストレスをいっぱい溜め込んでいるように見えた。


「アカン。でも逆転するから待っといてな」

「あんまり意気込まない方がいいと思うよ」

「そうはいかへん。うち、さくらちゃんに一生使えるお茶碗作ってあげるねん」


 その真っ直ぐな言葉に胸の奥が震えた。

 嬉しすぎて、何を言っていいのか分からなくなった。


「せんせー」

「はい、一ノ瀬さん」

「疲れたんで、ちょっと甘いもの食べてもいいですか?」

「ええ、そうですね。気分転換にいいですね」

「ありがとうございます」


 リュックには家から持って来たお気に入りのチョコレートが入れてあった。

 今日、小春ちゃんと一緒に食べようと思って持ってきたものだった。

 保冷剤はまだ冷たい。リュックに入れた時と同じ硬さのままのチョコレートに、私はほっとする。

 一人ずつ私がチョコレート配り終えると、先生は包を開けて、丸いチョコレートを指で摘まんだ。


「美味しそうなチョコレートですね」

「はい。地元の量販店で売っているものなんですけど、お気に入りなんです」


 小春ちゃんも包を開いて、卓球の球くらいの丸いチョコレートを摘まみ上げる。


「さくらちゃん、食べてええ?」

「うん。どうぞ」

「いただきまーす」


 小春ちゃんは大きく口を開けると、チョコレートを放り込んだ。

 子供の口ではひと口で食べにくそうな大きさだったが、そこも小春ちゃんらしい。

 それでも流石に大きすぎたのか、しばらく口をモゴモゴさせてから小春ちゃんはやっと口を開いた。


「なんや! すっごい美味しい」

「でしょ。好きなんだ。これ」

「駄菓子屋で売ってるやつと全然違う。これほんまにチョコレートなんやろか?」

「生クリームが入ってるんだって。気に入ってくれた?」

「うん。今まで食べたチョコレートの中で一番美味しかった」


 小春ちゃんはちょっと幸せそうな顔をしていた。

 保冷剤に包んで持って来た甲斐があった。

 水筒の麦茶をゴクゴク飲んでから、小春ちゃんはまた粘土と向き合う。

 ちょっとした気分転換になったのか、さっきまでのイライラしていた感じは、もうどこかへ行ってしまって、持ち前の集中力が前に出て来たように私には見えた。

 それからしばらく、先生に見守られつつ、小春ちゃん母娘は黙々と机に向かったのだった。


「できたー」


 ホッとしたような声を上げた小春ちゃんは、額に浮かんだ汗を腕で拭ってから、私に向かって親指をグッと立てて見せた。


「お母さんも出来たん?」

「まあ、なんとかね」


 小春ちゃんのお母さんも、ちゃんとした形のものを作り終えれて、ホッとした顔をしていた。


「皆さんいい感じですよ。ではここから轆轤を回していきますね」


 手回しの轆轤を、先生は慣れた手つきで勢いよく回転させた。

 周り始めた轆轤の中央にある茶碗の原型に、先生は水で濡らした両手を優しく添える。

 するとまるで魔法の様に表面が滑らかになっていき、少しずつお茶碗の形になっていった。


「すごい先生、魔法使いみたいや」

「まだまだこれからですよ。よく見ててくださいね」


 先生はまた轆轤に手を掛けて、さらに回転させる。


「優しく優しく。使う人のことを思いながら、完成したお茶碗を思い浮かべて……」

「わあー」


 小春ちゃんは先生の手元に顔を近づけ、粘土が茶碗になっていくその変化に目を輝かせる。

 そのとき私は、そんな小春ちゃんの横顔を、きっと先生の掌で変化する茶碗よりも長く見ていたのだと思う。


「出来ましたよ」


 先生が掌を放すと、そこにはもう素敵な茶碗が完成していた。


「では、お母さん方は同じようにやってみてください。子供たちは先生がお手伝いしますから大丈夫ですよ」

「先生!」


 すかさず小春ちゃんが手を上げた。


「はい、畠山さん」

「うち、一人でやりたい」

「えっと、ちょっと難しい所もあるので、先生と一緒の方がいいと思いますよ」

「うち、さくらちゃんに自分で作ったお茶碗あげたいねん。やから先生に手伝って貰うわけにはいかへんねん」


 小春ちゃんの意見に、先生はにこりと笑って「いいですよ」と答えた。


「先生の出る幕ではありませんでしたね。二人とも最後まで自分でやってごらんなさい」

「はい先生」


 そして、私たちのお茶碗は完成した。


 陶芸教室終了後、山ちゃんが用意してくれた地元の食材をふんだんに使ったお弁当をみんなで食べた。

 先生と色々お喋りしていると、この里山のことをまた少し知れたような気がした。

 お弁当を食べ終えてから、先生はまた炎天下の中を自転車で帰っていった。

 昼食後、山ちゃんは昔分校だったこの会館を案内してくれた。

 子供の頃、この分校が自分の学び舎だったこと。

 当時は子供たちがたくさんいて、野球チームを作ってしょっちゅう試合をしていたこと。

 山ちゃんは自分が辿った少年時代を懐かし気に織り交ぜながら、愛着のある分校のかつての姿を語ってくれた。

 その話を聞きながら、二人のお母さんはとても懐かしそうに、自分たちの少女時代のことも話してくれた。

 いつもちょっかい出してくる男の子がいたこと。

 先生がたまに遅刻してきたこと。

 毎日のようにグランドを駆けまわって、鬼ごっこをしたこと。

 私は山ちゃんと二人の母親の話を聞いて、ただ憧れを抱いてしまった。

 お母さんはこの里山で、今ここにいる親友と少女時代を駆け抜けた。

 語りつくせないほどの思い出がこの分校に在って、それは今も色褪せることなくお母さんの宝物になっているのだ。

 私は隣で手を繋いでいる小春ちゃんの横顔に目を向ける。

 すると、不意に胸の奥が苦しくなった。


「楽しみやねー」


 会館を一周して、小春ちゃんは明るい声でそう言った。

 私は一瞬言葉を返せない。


「お茶碗、ええの出来るかな」

「うん。きっといい出来だよ」

「これでうちとさくらちゃん、ずっと一緒やね」


 小春ちゃんはそう言って、また私に太陽のような笑顔を見せてくれた。


「うん」


 会館を出た私たちを、また里山の夏が包み込む。

 蝉の合唱のグランドは本当に眩しく、その向こうに広がる青い空はただただ美しかった。

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