第14話 先生はすごい人
分校跡の会館には工作室なるものがあった。
工作室の大きな机に、私とお母さん、そして小春ちゃんと小春ちゃんのお母さんが並んで、席に着いていた。
今日行う工作というものが、いったい何をするものか全く聞かされていなかった私は、山ちゃんが、デンと机の上に置いたものに、思わずほおと唸った。
それは薄茶色の粘土の塊だった。
その塊を目にした小春ちゃんは、すぐにサッと手を挙げた。
「ハイ!」
「どした? 小春ちゃん」
「なあ、山ちゃん、それ粘土やろ。粘土細工するん?」
「そやなあ、まあ、ちょっとちゃうかもなあ」
山ちゃんは小春ちゃんの反応を愉しんでいる様子で、にんまりとしている。
「なんや、なんか山ちゃん、ごっつい悪い顔してるけど、なんか企んでるんとちゃう?」
「フフフフ、なあ小春ちゃん、君は陶芸って知ってるか?」
「馬鹿にせんといて、陶芸ぐらい知ってるわ」
「ほんなら、轆轤回したことあるか?」
聞きなれない言葉だったのか、小春ちゃんは眉間にしわを寄せて首を捻った。
「なあさくらちゃん、なんなん? ろくろって」
小春ちゃんは向かいに座る私に、轆轤の正体を訊いてきた。
以前家族で陶芸体験をしたことのある私は、自分の知っている轆轤に関する知識を伝えておいた。
「轆轤って言うのはね、回転する丸い台みたいなもので、湯飲みとか、お茶碗とかを作るときに使う道具なんだって」
「ほんまに? お茶碗作れるん? ほんならもう買わんでええやん」
「でも結構難しいんだよ。前に体験でやったことがあるんだけど、上手く作れなかったんだ」
「ふーん、ようわからんけど、うちが本気出したらきっとええもん出来る気がする」
小春ちゃんがやる気をたぎらせている隣で、小春ちゃんのお母さんはさっきから何か考え込んでいる様子だった。
「あの、おじさん」
「どないしたん? 園枝ちゃん」
「陶芸って、どうしてなん? この辺って別に陶芸とか盛んやないやろ。うちはてっきり、地元の木を使って工作するんやと思うてた」
「園枝ちゃんのゆうとおりや。でもな、この辺でええ土取れるって最近わかってな。この山村留学を発端に、村おこしの一環で陶芸も始めようかって役場では盛り上がってるんや」
「ふーん、そうなんや」
山ちゃんはズッシリと重たそうな轆轤を、裏の準備室から運んできて、私たちの前に置いて行く。
以前、体験で使った轆轤は電動だったけれど、前に置かれた轆轤はやたらとシンプルで、どう見ても手動だった。
多分、手で勢いよく回して、その回転力が落ちないうちに形を作っていくのだろう。
「それにしてもおじさん、器用なんやねえ。陶芸もできたんや」
「いや、まあ、わしはたいしたことないねん」
なんとなく言葉を濁した山ちゃんは、五つの轆轤を並べ終えて、今日何を作るのかを説明し始めた。
「今日は轆轤でお茶碗を作っていきます。作ったお茶碗はこの裏にある電気釜で焼いて、後日皆さんにお渡しします」
「ほんま? もらってええん?」
小春ちゃんが目を輝かせた後に、山ちゃんはおまけを付け足した。
「勿論や。そやけど折角ここに四人おるんやから、お母さんはお母さん同士、子供は子供同士で作ったものをプレゼントし合うってのはどうやろうか」
「ナイスアイデアや! 山ちゃん!」
小春ちゃんはやる気を燃え上がらせた。
「よっしゃー、ほんならさくらちゃんのために傑作を作ってみせるから、期待しといてな」
「うん。私も頑張るね」
ちょっと意外で吃驚したけれど、作ったものを交換するというのは未体験で、ちょっとときめいてしまった。
つまり私は小春ちゃんにプレゼントをあげることになり、小春ちゃんからプレゼントをもらうことになる。
親しい友達同士でのプレゼント交換といういきなりの初体験を、ここですることになるとは夢にも思わなかった。
盛り上がる娘の隣で、小春ちゃんのお母さんもなんだかやる気になっていた。
「よっしゃ。うちも明日香ちゃんにええお土産作ったげる。任しといて」
「うん。私も、いいもん作れるよう頑張るね」
何だか同じ雰囲気だ。共通点の多すぎる二人を見て、私は感心させられた。
盛り上がる私たちの傍で、山ちゃんは壁に掛けられた時計を見上げ、ちょっと困った顔をしている。
「遅いなあ。もうそろそろ来てもらわなあかんねんけど」
小春ちゃんが山ちゃんのおかしな様子に、すかさず反応する。
「なんなん? 山ちゃん、誰か来るん?」
「ああ、陶芸の先生や。約束してるんやけど……」
山ちゃんが渋い顔をしていると、パンパンパンとスリッパを鳴らして、工作室に誰かが飛び込んできた。
「なんや? 先生やないのん」
小春ちゃんは拍子抜けしたような声を上げた。
そこに現れたのは昨日学校のプールで会った、小学校の先生だった。
先生は肩より長い髪を振り乱し、酷い汗をかいている状態で、深々と頭を下げた。
「すみません。遅刻しました」
「なんなん先生。遅刻は生徒がするもんやで、先生がしてどうするん?」
小春ちゃんの尤もな意見に、髪を振り乱したままの先生は小さくなって言い訳をした。
「ここの狭い道、どうしても車で上がってくる自信が無くって、自転車で来たんです。そしたら、坂がきつくって、もう……」
言いたいことは分かった。私も小春ちゃんと昨日歩いて上ってきている。
午前中だけれども、この炎天下だ。あんまり普段から体を動かしていなさそうだし、きっと地獄を見て来たに違いない。
しかし、知ってか知らずか、小春ちゃんは汗だくの先生に追い打ちをかける。
「そやけど、一月の大雪降った時に、たっつんが遅刻したら先生小言ゆうてたやないの。遅くなりそうなときは家を早く出なさいって」
完璧な正論に、先生はもうぐうの音も出ない。
その有様を気の毒に思ったのか、大人たち三人はこぞって先生の労をねぎらった。
「そりゃあ大変やったでしょう。まあそこに用意してあるお茶でも飲んで下さい」
「すみません便利の悪い所まではるばる来てもろうて。うちの子の言うてること気にせんといてくださいね」
「あの、一ノ瀬さくらの母です。初めまして。今日は本当に遠いところすみません」
それから先生は、冷たい麦茶を一気飲みして、椅子に座ってへたり込んだ。顔が真っ赤だったので、軽い熱中症ぐらいにはなっていたのかも知れない。
エアコンの涼しい空気と、大人たちの温かい言葉に癒されて、先生は少し立ち直ったように見えた。
「えーと、皆さんお騒がせしました。では改めてご挨拶させて頂きます。わたくし上ノ郷小学校で教師をしております、香坂節子と申します。この度は山村留学プログラムの陶芸教室の講師としてここへ参りました」
「はい!」
「はい、畠山さん」
「先生って、陶芸なんかできたん?」
小春ちゃんの遠慮ない質問に、小春ちゃんのお母さんは、なんだか恥ずかしそうに娘を窘める。
「こら、小春、先生に向かって失礼やろ」
「いえ、お母様、いつも皆さんこんな感じですのでお構いなく。実はわたくし、大学時代に陶芸サークルに入っておりまして、今回、役場から依頼をされて、講師役を引き受けたのです。と、ゆうことで陶芸でしたら私に任せて下さい。畠山さんも、一ノ瀬さんも、いいものを作りましょうね」
「はい。先生」
私がそう応えると、小春ちゃんは先生のことを見直したようで、軽く身を乗り出してこう言った。
「先生すごいやん。ほんならプロみたいなもんやな」
「プロまではいかないけど、賞も貰ったこともあるのよ」
「ほんま? うち先生を見直したわ。クロールの息継ぎ教えるんは、さくらちゃんの方が上手いけど」
その小春ちゃんのひと言で、先生と小春ちゃんのお母さんが顔をしかめた。




