第13話 おばあちゃんの推理
小春ちゃんの後をついてく私は、少しばかり緊張していた。それは初めて家に上がらせてもらったことだけではなく、噂に聞いていたミステリー作家だったという彼女の祖母に、少なからず関心を持っていたからだった。
里山の名探偵と、お母さんは親友である畠山園枝のことを表現していた。そしてその娘の小春ちゃんもその遺伝子を受け継いでいる。二人の名探偵を育て上げた人物との対面に、私は小さな胸をときめかせていた。
「おばあちゃんはいっつも書斎におるんよ。たまーに天気のええ涼しい日は縁側で本読んでる。あんまり外に出んから運動不足がたたって、ほんま足腰弱いねん」
一番奥の部屋の前まで来て、小春ちゃんはノックもせずに扉を開けた。
「おばーちゃーん」
部屋の戸が開いた時に感じたのは、図書室の匂いだった。
後に続いて部屋に入ると、玄関に入った時に感じた生活臭とは違う、古い本が纏う独特の空気が部屋には充満していた。
隙間なく本が並ぶ、壁一面に備え付けられた書棚を背にするように、部屋の中央でリクライニング式の椅子に腰かけていたおばあさんが、元気よく入ってきた孫娘に目を向ける。
「今日は分校に行くって言ってなかったかい?」
「それはこれから。ねえ、お友達連れて来たんやけど、誰かわかる?」
「ああ、明日香ちゃんの子やろ。よう来たねえ」
「あの、一ノ瀬さくらです」
「北野弥生です。さくらちゃんか、いい名前やねえ」
おばあちゃんは皴深い顔に笑顔を浮かべて、私をしばらく見つめていた。
「明日香ちゃんによう似てるわ。あんたら二人並んでたら昔の園枝と明日香ちゃんを見てるみたいやわ」
「ほんま? やっぱりそうなんや。なあおばあちゃん、昔の写真って何処にあるん?」
「はて、どこやったかな」
おばあちゃんは目を閉じて記憶を辿ろうとする。行動派の小春ちゃんは、じれったいのが我慢できないのか、すぐに切り替えた。
「まあええわ。それはお母さんに聞くから。ちょっとさくらちゃんを紹介したかっただけやねん」
「じゃあ、また帰りに寄り。それまでにスイカは用意しとくから。籠は小春が用意したげたんやろ」
「うん。それは用意した。じゃあスイカは頼んどくね」
家を出て、小春ちゃんにカブトムシの飼育のノウハウを教えてもらいつつ、私たちは分校跡へと向かう。
手を繋いで元気よく歩いていく小春ちゃんに、私は一つ気になっていたことを聞いておいた。
「あのさ、さっきおばあちゃんが言ってたことなんだけど」
「えっと、何か言ってたっけ?」
「スイカ用意しとくって言ってたよね。あと、カブトムシの籠のことも知ってたみたいだったけど」
「うん。それがどないしたん?」
「どうして知ってたの? 私たちがその要件で家に寄ったこと」
朝、小春ちゃんは家に来る途中でカブトムシを獲ってきたのだと言っていた。
そのカブトムシを飼育するための籠と餌のことをどうするか話し合ったのは、宿泊先のログハウスだ。
では何故、まるで一緒に行動していたかのように、籠と餌のことをおばあちゃんは知っていたのだろう。
「ああ、いつものやつやよ」
「いつものって?」
小春ちゃんはトントンと頭に指を当ててから解説してくれた。
「おばあちゃんは、いつもあんな感じやねん。これはおばあちゃんの受け売りやけど、見聞きした情報から演繹的推理を展開して、矛盾が生じる可能性を排除していき、最後に符合する解釈を導き出す。そういっつもゆうてるんよ」
「ちょっと難しくって解らなかったけど、つまり推理したってこと?」
「そうゆうこと。うちの行動なんて、推理するまでもないんやろうけど」
彼女はおばあちゃんがどのように行動を推理したかを理解していそうだった。
その頭の中で何がどうなったのかを知りたくて、私は解説をお願いした。
「ええよ。つまりこうゆうことやねん」
小春ちゃんは小学生とは思えない論理的な思考で、私の疑問を順序だてて解説し始めた。
「おばあちゃんは早起きやねん。そんで今朝早起きして出掛けたうちの行動を逆算したんやろう。今日、分校跡の会館で工作をするのをおばあちゃんはお母さんから聞いてたはずなんや。やけど分校に行くには早すぎる時間にうちは出掛けた。さくらちゃんの家に行ったと考えるのが合理的やろ」
「うん。そうだね」
「それでもまっすぐさくらちゃんの家に向かったら、早すぎる時間帯やった。うちがどこかに寄るとすれば、途中の一本杉の裏手のクヌギの木でカブトムシを獲る可能性が高い」
「フンフン」
「カブトムシを獲ったとすれば、さくらちゃんにあげるはずや。飼育する籠も餌も当たり前やけど無いから、うちが用意する可能性が高いやろ」
「うん。そのとおりだね」
「そういった合理的な可能性がおばあちゃんの頭の中にはすでにあった。あとは答え合わせをするだけの状況で、うちがさくらちゃんを連れて帰って来た。もしカブトムシが獲れていなかったのなら、うちの家には立ち寄ることは無かった。ということは……」
この時点で、私はこの的確な推理に脱帽していた。
「そうゆうことだったんだね」
「わかってくれた? つまりあの時点で、どこにも矛盾点がない合理的な筋道が立ったんよ」
「それでスイカを用意しておくって言ってたんだ」
「まあ、そうゆうこと」
小春ちゃんの説明で納得できたものの、そのような推理をあのおばあちゃんが展開し、さらにそれを孫娘があっさりと解説したことに関して驚かざるを得なかった。
「おばあちゃんもだけど、小春ちゃんってすごいよね。まるでドラマの名探偵みたい」
「そ、そんなことないよ。もう、さくらちゃん、いややわあ、あんまりおだてんといて」
日焼けした顔を紅く染めて、小春ちゃんは照れ笑いを浮かべる。
三代目里山の名探偵は、見かけとは違い、かなりの恥ずかしがり屋さんだった。




