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鎮魂祭.4

 新学期を目の前に控えながら、私たち四人は早朝から学院敷地内の湖にやってきていた。


 白のセーラーワンピースの裾が翻らないように抑え、言葉を交わしている少女たちと、美しくきらめく湖が一枚の絵画のように調和している。


 それらを少し離れた場所から眺めつつ、私はほっとリラックスした息をこぼす。


 部屋から出て、何をするでもなく陽だまりで過ごす時間の多幸感を知ったのは、この学院とあそこでたわむれているルームメイトのおかげである。


 都会の喧騒を離れ、現代社会と隔離されたこの場所で私が得られたものはあまりに多い。


「玲!」


 三人が、遠くから同時に私の名前を呼ぶ。それに片手で応え、彼女らの元へと移動する。


(お姉ちゃんが作ってくれた縁――大事にするわ。絶対に)


 この道は、『選ばされた道』だ。


 もちろん、強制して選ばされたものではないが、気高い精神が苦渋の果てに選び取ったものではない。


 それでも…彼女らのそばにいること、私が私のままであることは確かに私が選んだ。私の魂がそのために尽くすべきを尽くした結果だろう。


 そんなふうにセンチメンタルな感情に浸れるのも…学院を取り囲む、厳かで、決して何者にも穢されることのない空気感のおかげなのかもしれない。


「ちょっと玲ってば、なんでそんなに落ち着いてるわけ?普通、もうちょっと緊張とかさぁ」


 追いついた途端、梢が開口一番そう言った。


「何、梢ちゃんったら、不満なわけ?」

「む、別に」からかい口調の杏に対し、梢が唇を尖らせる。


「素直になりなよぉ。あんたのことだから玲にはこう、もじもじして、『ドキドキするわ…』とでも言ってほしいんじゃないの?」

「ち、違うし!」


 いつもの杏のからかいに対して、あんなふうに反応するということは、おそらく図星なのだろう。


 それにしても、妙に吐息混じりの声だったが、私の真似のつもりだろうか…。


「まあまあ、杏ちゃん」と仲裁に入ったのは純風だ。「せっかくの日なのに、水を差したら悪いよ」

「ふふ、だからいいんじゃない。こいつらの思い出に泥を塗ってやりましょう」

「もう、杏ちゃんったら…」


 意地悪く微笑む杏の隣で、純風が困り顔をする。言葉とは裏腹に、杏らしい物言いを嬉しく思っているようにも見えた。


 いつの間にか『杏ちゃん』呼びを訂正されなくなっていることには気づいていたが、指摘するような野暮な真似はしない。彼女らの問題だということは重々承知しているからだ。


「――ねぇ、玲。本当に二人を呼んでよかったのかな」


 特に杏、と付け足した彼女に向かって私は深く頷く。


「ええ、大事なことよ。だって、二人のおかげもあって、こうして私たち、仲良くなったのだもの」


 梢もこれには反論せず、首の後ろを自分の手で撫でた。


 杏が、今日を『せっかくの日』と称したのには理由があった。


 ゆっくり桟橋へと近づく。入学直後、アルトリアと二人で会った場所だ。


 私は風で髪が流されないように手でそれらを抑えながら振り返り、胸元から剣と百合があしらわれたブローチを――アヴァロン学院の校章を取り出した。


「梢、こちらに」

「え、あ、は、はい!」


 桟橋の先端へと梢を招き、後ろの二人には目配せしてその場に留まってもらう。


「それでは…始めましょうか、梢」

「う、うん」


 恭しく頷いた梢は、一度だけ杏たちに視線を送ると、深呼吸をして自分も校章を取り出した。


 百合の花と剣の刃が煌々と朝日を反射して光る。アヴァロン学院の生徒にとって、この校章が神聖視される理由が今になって分かった気がした。


「きっと…色々と梢にがっかりされると思うわ」


 気がついたら、そんな弱音を吐いていた。


 大事な相手から落胆されるというのは、単に嫌われるというより恐ろしいことだと思ったのだ。


 だが、梢はそんな私の不安を軽く一蹴する。


「がっかりなんてしないって。なんか情けないとことか、ムッとすることがあったらさ、きちんと話し合ったうえで、相手のそういうところも受け入れていこう」


 こうやって真っ直ぐ自分の気持ちを伝えられる梢を、私は誇らしく思いつつ、ゆっくり、「ええ」と応えた。


「とはいえ、あくまで『親友』のオースなんだけどね、これ」


 朝日を横顔に浴びた梢が苦笑いでそう言うから、どことなく申し訳ない気持ちになってしまう。


「ご、ごめんなさい」

「え、わっ、待って、謝んないで!そういう意味じゃないから!」

「だけど…」


 あんなふうに熱烈な告白を受けてなお、私は彼女の申し出を、『恋人になりたい』という願いを受けきれなかった。


 理由はいくつかある。


 恋人という関係が、私と梢の大事なものを壊してしまわないかと不安になったことや、単純に気恥ずかしさに勝てなかったということとかだ。


 だが…一番大きいのは…。


 ふと、海の向こう、遥か彼方に行ってしまった彼女のことが頭をよぎった。


 思い出しても詮無いことだ。それこそ、痛いだけで。現実は無情なのだ。


 こんな想いのまま梢の恋人になるのは、純朴な彼女に対する罪悪だと思うから。だから、私はあくまで『親友』のオースであれば受けることに決めた。


 それでもいい。特別になれるなら、それでもいいよ…そんなふうに言ってくれたことは、私にとって幸福をもたらしもしたが、同時に罪悪感ももたらした。


「あーもう、いいって!大事なのは、玲にとっての『特別』が、他の誰でもないこの私だってこと!少なくとも、この学院の中では」

「梢…」


「だから、ね」すっと、校章が掲げられる。「私のオーサーに、なってくれる?」


 ほんの少しだけ不安に揺れる瞳。すぐにでもその不安から解放してあげたくて、私は弾かれるようにして答える。


「ええ、もちろんよ、梢」


 校章から抜き放たれた剣と百合の花。


 それらが、どちらからともなく二人の間を交差する。


「貴方は私にとって、特別な人だから…」


 剣と百合、それらの軌跡をなぞるようにして、悠久の時をこの島で流れ続けている風が通りすぎていくのだった。

これにて物語は完結となります。


完全に趣味に偏った内容でしたが、少しでも楽しんで頂ける方がいたなら幸いです。


そして、このような拙い作品にお付き合い頂いた、もの好きで優しいお方、本当にありがとうございました。


いつか、またどこかで会える時を楽しみにしています。


それでは…。

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