青の沈み込むような魔眼
『と、友達ですか』
動揺して落とした杖を拾い、ゆっくりと文字を書いて再確認する。
「そ、そうです。……その魔力の使い方、それ『投影』の応用ですよね。声は出せなくとも貴女は相当な魔法師の腕を持ってるはずです……!」
それはそうだが……。
エレノアの友達発言にその真意を測りかねていると、
「あ……!いや……」
ハッとしたような声を出したかと思ったら唐突にエレノアの表情が曇りだし、重苦しい雰囲気が滲み出る。
言葉を紡ぎ出す。
「えっと……ですね。急にお友達になってくださいって言われても困りますよね。……はい、正直に言います。私にその魔力操作のコツを教えて欲しいんです」
その発言で不思議と納得してしまった。
『つまり私とお友達になってそのコツを教えてもらおうという魂胆ですか』
「ま、まぁ……端的に言えば……そうです」
声が段々と小さくなる。
恐らく、彼女は貴族学院の魔法科の生徒なのだろう。
この王都に来る前に、ティーゼさんに少しだけ貴族学院の仕組みを軽く説明してもらっていた。
貴族学院は正式には『ヒューザリー国立貴族学院』というらしく、大まかに『普通科』、『剣術科』、『魔法科』の三つの科に分かれているらしい。
その中でも彼女は魔法の習得や理論法則の把握に重きを置いた『魔法科』の生徒ということが分かる。
そこで魔眼の使い方についても学んだのだろう。
そしてその情報が大々的に伝えられていないのは、いい先生に出会えたからだろう。
「き、気分が悪くなりましたよね。わざわざ私の都合のためにお友達になってください、なんて。本来お友達というのはそんな関係では……ないんです」
果たして、その時彼女の頭の中にはティナが思い浮かんでいるのか。
そうだったら良いなと思いつつ、俺は返答を開始する。
『別にそれでいいじゃないですか』
「……え」
その思いもよらない答えが余程衝撃的だったのだろう。文字に視線を合わせたままピクリとも動かなくなってしまった。
ただそれでも俺は書くのを止めないが。
『あのですね。貴族ってそういうものなんですよ。自己の利益のためになんでも利用する。それが貴女達にとっての普通なんです』
「普通……」
『そうです。貴女もみんなが思う「エレノア様」という仮面を被っている時はそういう態度を当たり前のように取っているでしょう?それが普通、当たり前、常識なんです』
「え、で、でも…………痛っ……!」
未だにその言葉に納得のいっていないエレノアに、失礼なのは承知で一度持っている杖で軽く頭を小突いてみた。流石にこんな態度でいられると俺もイライラしてくる。
だが、彼女の……その青く、そして沈んだ眼を見た瞬間、学園にいた時の嫌な思い出が浮かびだした。
その時、俺は決意した。
『……一度思い浮かんでみてください。今日貴女が迎えに行った友達のことについて』
「てぃ、ティナリウム様……?」
『そうです。……貴女、羨ましかったのでしょう?』
小さく、息を呑む。
『それと同時に、小さな嫉妬心もあったはず』
その言葉に一気に顔が強張ってしまう。
そして遂には俯いてしまった。
自信の醜い気持ちが当てられて耐えられなくなってしまったのだろう。
嫌なことは目を背けたい。
そんなのは当たり前だ。
ゆっくりと、彼女の顔を優しい手付きで包み込む。
そして羽毛を触るかのような弱い力で彼女の視線をこちらに向ける。抵抗は一切なかった。
「あっ……」
その瞳には青く沈むような色が浮かんでいた。
いやはや、どうして俺はこんな会って間もない貴族にこんなにも心を許しているのだろうか。
可哀想に思えたから?助けたいと思った?
いや、そんな殊勝な心を持っている人間ではなかったはずだ。
だったら何故、こうしようと決めたのだ。
「(果たして、ティナの想いに突き動かされたからだろうか。この前の宣言が俺にとってここまでの影響を……、……いや、そろそろ認めよう)」
始めから、俺はこんな人間だった。
そもそもとして俺の魔力がこうなってしまったのにも誰かを救おうという信念が俺を突き動かしたからだ。
その凍りついてしまった俺の心を知らず知らずのうちにティナが溶かしていった……。
「(アイツらがこの光景を見たら驚くだろうな)」
俺でさえ驚いているんだから。
……今、この瞬間……俺の行動の理念の優先順位が変わった。
「魔眼を使え」
肉声で伝える。
勿論その声はアルトの効いた低い声で、この身体から発せられたとは夢にも思えないだろう。
だがエレノアはイエスともノーとも言わず、素直に魔眼を使用する。
魔力の糸がこちらの身体に伸びて、入り、俺の微量な魔力と同期する。
その工程に、時間は……かからなかった。
「……そっか」
全てを知ったエレノアは一度、大きく深呼吸をする。
一体彼女の何がこうさせてしまったのか。俺にはその原因なんて知るすべもないため、どうすれば解決するかなんて分かるわけがない。
ただ、こういった人種に得てして足りないものが一つある。
それが自信だ。
それも根拠のある自信でないと自分を納得させることができない。
加えて、彼女にとってその性格を助長させていたのが身近に存在していたティナの存在だろう。
アレは紛れもなく天才だ。
一度エルヴァレイン邸を出る前に、実力を知る前に軽く手合わせしたことがあったのだが、確かに今はまだ俺に敵わないにしても、魔法を使いだしたら勇者ですら敵わない。それこそ、魔王ですら。
そんな存在が幼少期の頃から共にい続けたらそりゃあ自然と自分を比べ、そしてコンプレックスに感じてしまうだろう。
それでも彼女とともに居続けられたのは皮肉にもティナの魔法の才の無さだ。
正直言うと、彼女を救おうとしたのにも裏の事情があった。
俺は学園時代、何度も俺らに向けられた嫉妬がいつしか悪意へと昇華しているのを見たことがある。
エレノアもなまじ魔法の実力があり、そしてそれを己のプライドの支えにしていたんだと思う。
だがエレノアは今日ティナと会って感じたはずだ。
魔法の実力が向上しているのを。
焦り、そして感じたはずだ。
自分にしか持っていなかったものを、自分の支えにしていたものを……ティナに盗られていくのを。
そしてその焦りはいつしか行き場のない悪意へと変わり、その行き場は自然にティナへと向けられる……。
そんな悲しく、虚しくして……面倒なことはもう懲り懲りだ。
だから俺はあの眼を見た瞬間決意したのだ。
……悪意に満ちる前の彼女に手を差し伸べようと。
「さて。……全ての事情を知った感想は?」
「……まだ……まだ心の中に嫌な感情が残っているのは感じます。でもスッキリしました。そして納得です。あの彼女の強さに」
「……なんだ、お前もティナのあの宣言聞いたのか」
小さく微笑みを漏らし、あの時あの場面のあの言葉を頭に思い浮かべる。
『それでも……それでも!私は愚直に生きる。例え今の世界が狡い奴しか生きられないような世界なら……私が世界を変える……!嘘をつかないと幸せにならない未来なら……その未来を私が絶対にハッピーエンドになるように作り上げる!!』
声を高らかにし、まるで世界に宣言するかのようなあの言葉は今でも俺の心に深く刻み込まれている。
「良い言葉ですね。素直で、信念が曲がることのない。けれどそれでいて自分勝手なあのセリフ。私もその場で聞きたかったですよ。そしたら……こんな醜い感情を持つこともなかった。無意味な嫉妬もすることもなかった」
「でもお前は救われたんだ」
「そう……ですね。貴方様と……そしてティナに」
「なんだ。お前も愛称で呼ぶのか」
「子供の時はですよ。……でも、明日からはこう呼んでみることにします」
そう言ってエレノアは小さく、だが大きく笑った。
もうその眼に沈んだ感情は見られない。
あるのは沈み込むような深い青の魔眼だけ。
果たして、物語的にはこういう展開と、
事前に何もできずに闇落ちしてしまった親友に深く悲しみながら手をかける。
俺はこういった展開もあって良いと思うのよ。




