1話
人はなぜ争うのだろう。2千年よりもずっと遠い昔から人は争い続けている。
もしかしたら人類が争うのは、それ自体が人間に定められた生物としての機制で、争いの始まりは人間という種の起源にまで遡るのかもしれない。
どれだけ科学技術が進歩しようと、人間が争いは辞めることはなく、それは遥未来、人類種の滅亡まで続いていくのだろう。
過去も未来も、今を生きる私たちからすれば、未知のほうが多く、どちらも私たちは予測することでしか観測することが出来ない。
過去は記録に基づいて予測され、未来は可能性に基づいて予測される。だから、私たちは決して正確な世界の時空を捉えることはできない。
いつだって私たちは不確実で、不正確な、人間にとって都合のいい世界の中で生きているのだろう。
本当のところは、私たちは現在という基軸においてしか世界を認識できない。
本当は過去も未来も実在しないのかもしれない。するかもしれない。私にはそれは分からない。
だから、私が信じることが出来るのは結局のところ、目前に存在している現在という現実だけなのだ。
「きっと、何も知らなければ今の時代を平和だって言えるんだろうな。」
私が銃を抱えながら仮眠をとっていると、目の前に座っている少年がぼそりとため息をついてつぶやいた。私は目を開いて薄暗い闇の中でぼんやりと彼を見た。
彼はさっきから黙って銃の手入れをして、次の任務へと備えている。
「いつの時代だってそうよ。平和の裏には必ず争いがある。私たちはたまたまそっち側に生きているってだけよ。」
彼の言葉に、同じく銃の整備をしていた女性が答える。彼女は彼に目を合わさずに、銃の調整を続けた。
「それも、そうなんだけどな。でもやっぱり、貧乏くじを引かされたような気がする。」
彼がそう言って、この場所には再び沈黙が戻った。
私たちはここでいつ戦闘になっても対応できるよう、銃器などの準備をしつつ、次の任務が通達されるのを待っている。すべてはこの手に自由を取り戻すため。自分か、戦友か、明日にはその命を失ってしまうかもしれないけれど、それでも私たちはこの場所で次の戦場へと備える。
そもそも、足を止めた時点で私たちに未来はないのだ。戦おうと、戦わなかろうと、私たちは殺される運命にある。あの日、私たちを良いように利用するディストピアに反抗した日から、私たちの結末は既に決められている。
人類史上最も平和な時代と呼ばれたこの時代でも、争いはなくならない。私たちがいるからというだけじゃない。私たちが立ち上がる前から、ディストピアに抗い続けた人たちは少なくない。
今の私たちが争うのはディストピアを打ち壊すためだ。今の争いの根源には常にそれが眠っている。
だけど、もし仮にそれを果たせたとして、この世から争いがなくなる自信は私にはなかった。
きっと題目を変えて、争いが終わっても、それでも人間はまた争い始めるのだろう。
だけど、私たちはそれでも、自分たちは家畜ではないと証明しなければならない。
それはきっと私たちの誰もが持っている、尊厳と言える何かのためだ。
私は抱きしめた銃を固く握りしめた。そして、同時に耳に着けられたイヤホンに通信の合図が聞こえた。この信号パターンは任務の知らせだ。
『こちらはRD800だ。まずは、君たちに感謝を。そして、手短に任務を言い渡す。』
声の主は緊張と興奮を隠そうともせずにそういった。
『以前より捜索を続けていた接収対象A35の保管施設が発見された。』
彼がそう言うと、周囲の人たちが息を呑んだ音がした。私も、背中に緊張で汗が噴き出したのを感じた。
『座標地点は各部隊の隊長に暗号を送ってある。解読を終え次第向かってほしい。まずはすべての部隊が半径100キロメートル以内に待機してほしい。施設の警備は厳重だが、その距離までは届いていない。
また監視システムなど、施設のセキュリティの全容は既に解析されており、あとはそれを掌握するのみだ。同士諸君が目標地点に到着次第、ハッキングを仕掛ける。一先ずは目標地点に到達することのみを優先せよ。これ以降は情報の漏洩を防ぐため、部隊長への個別の通信となる。諸君らに私がこうして任務を言い渡すのも、実質的にはこれが最後というわけだ。今まで私たちが乗り越えてきた数々の苦難は、今日というこの日を迎え、そしてこの任務を達成するためにあったといっていい。
我々は何としてもこの任務だけは成功させなければならない。おそらく、最初で最後のチャンスだ。
皆、わかっているだろうが敢えて言わせてもらう。』
そこで彼は息を一度深く息を吸った。
「何があろうと任務を遂行しろ。今日命を使い切る覚悟をしろ。我々は今日、初めてディストピアに勝利する。』
これまでになく、力強い言葉が彼の口から放たれた。
『もはや退路はなく、我々に残されているのは勝利をつかみ取ることのみ。できなければ諸共待つのは死だけだ。諸君らの健闘を祈っている。」
彼が言い終えると、通信は途絶えた。代わりに、部隊長が端末に送られた暗号の解読を始めた。
「どれくらいで解読できそうですか?」
私は部隊長に問いかけた。
「1時間、と言いたいところだが、30分で終わらせる。君たちは周囲の警戒をしつつ、食料の回収と、ステルスカーに銃器をのせる作業を進めてくれ。」
「分かりました。見張りをしている人たちに伝えてきます。」
「ああ、頼むよ。」
銃を手入れしていたメンバーはきびきびと支度にとりかかった。
この任務を誰もが待ちわびていた。みんなさっきまでとは顔つきが違った。
私も、彼らを見て一層気を引き締めて作業に取り掛かった。