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白猫・サザンクロスのゴロゴロな日々  作者: 紅葉
第一章 繋ぐ手紙と浄化の聖女
9/12

05-3.サザンクロスのおつかい3

前回の続きでお使い中です。


 ボスン と、背中から落ちたサザンクロスは、あっという間の出来事に暫し呆然としていた。目の前には、青々とした空が広がっている。


(ビ、ビックリしたぁ~!)


 塀に上がれた事に浮かれ過ぎて、ヤバい! と思う暇もなく転がり落ちてしまった。

 猫なのに空中で反転することも出来ず、恥ずかしいやら情けないやらで、サザンクロスは「ニャア」と鳴いて頭を抱えた。


(はぁ~、ちょっと家猫しすぎたかな? 家じゃ寝てばっかりだったからなぁ……)


 毒エサで死にかけていたところを保護されて以来、サザンクロスは外に出る事はなかった。昨日やっと外に出してもらえたのだが、それまでは主であるクロードの部屋か、彼が兄と仕事をする執務室ぐらいである。

 思い返せば、部屋では寝るか食うか、壁から壁まで猛ダッシュをするかしかしていなかった。今回みたいに高い場所に上ったり、そこから飛び降りるという事は、まったくと言って良いほどしてこなかった。


(もうちょっと、部屋の中でも身体動かそう。今回は助かったよ、雑草!)


 背中から落ちたサザンクロスは、山の様にこんもりとした雑草の上に落ちた。刈ったばかりなのか、青々とした草の香りが辺りに漂い、湿った感触が起き上がった彼女の肉球に伝わる。


(これがなかったら大怪我してたよ)


 柔らかい草のクッションをふみふみする。下は土だと言えどやはり固く、雑草の山がなければ打撲ぐらいはしていただろう。しかもまた背中である。昨日の今日で再び怪我はしたくない。


(毒にカラスに今度は落下……き、気をつけよ)


 二度あることは三度あるというが、この調子でいくと四度五度とありそうな気がして、サザンクロスは身震いした。「まっさか~!」と言って受け流せないのが辛い。


(こっからは集中して進んでいこう)


 邸の敷地内に入ったからと言って危険がない訳ではない。アイナ以外の者に見つかれば追い出されるし、獣が苦手な人間であれば、毒エサ男のように始末しようとしてもおかしくはないのだ。人間の世界はどこで生きようと割と危険でいっぱいである。


(ここに留まるのも危ないよなぁ。そろそろ行かなきゃ……お、手紙手紙!)


 落としていた手紙を再び咥えて、摘まれた雑草に礼を言い、アイナの元へと向かう。

 今日はただ会いに来たわけではない。クロードからのお使いを頼まれているのだ。無事任務を終えなければ帰れない。


(アイナ、喜んでくれるかな。クロード、褒めてくれるかな)


 大好きな二人の喜ぶ顔を思い浮かべながら、鼻歌でも歌いそうなほどルンルンとした足取りで進んで行く。

 昨日の香りは徐々に強くなっている。風に乗っているからなのもあるが、そう離れた場所ではないだろう。方角も合っているはずだ。


(それにしても……)


 周囲を見回しながら、塀から離れて行くほど変わっていく風景に目を奪われる。

 サザンクロスの目に写るのは、街側からは想像すらしないであろう植物の楽園だった。


(さっきまでクロードの邸と変わらなかったのに……今は森の中にいるみたい)


 背は低いが木々は生え、幹には蔦が絡みついている。一部には林檎のような赤い果物が幾つも実っていた。

 雑草も元気よく伸びており、これでは刈っても抜いても無駄だろうと思うほどだ。さっきの雑草の山は格闘の結末なのだろう。あの山がなくなる時はそうそう無いような気がした。

 自然のままに咲いている数々の花は、日の光を受けて生き生きとしている。しっとりとした花弁を濡らす水滴が、それを反射して眩しいと思うほど輝いて見えた。


(ホントーに自然のど真ん中に来たみたい。空気も綺麗だ)


 ここは街の中にあるのに、濁った空気はしていない。まるで浄化された様に、空気は澄んでいた。

 降り注ぐ木漏れ日は吹く風に幻想的に揺れ、サザンクロスの足下を斑に照らしている。葉に反射した光は、少し緑色が混じっていた。

 香りが強い方へ進みながら、そんな森林の様な庭を観察する。どうしてこの邸はこんなにも汚れがないのか不思議でならない。


(この街はどこにいても魔石カスが漂ってるのに)


 魔石カス。それは自動車や生活において必要な家具に使われる、魔石を酷使することで生まれるカス……不純物だ。

 質の良い魔石ならカスが出ることも少ないが、質の悪いものや使い回して限界に近いものはカスが出やすい。その消耗した魔石は結局破棄するようになるが、その方法は地層の奥底に埋めて、長い年月をかけて自然に返すという方法なので、時間は掛かるし非効率なのだ。

 そんな便利だが問題の多い魔石だが、人間国で問題になっているのは環境汚染が原因の病気だ。

 人間国は他の国と比べ生み出す知恵があり、たくさんの便利道具を開発してはいるが、それに伴って増える汚染の数々を解消する行動は遅れに遅れを取っている。

 そうして長年空中を舞い、地面に積もった魔石カスは、食べ物やそのまま呼吸とともに吸ってしまうことで人間の身体のなかで蓄積され、病となって身体を蝕んでいく。

 ちょっとした体調不良から始まり、くしゃみや咳、鼻水が止まらなくなる。大半の人間がその程度で済んでいるが、身体の弱いものや拒否反応が強い者は、肺や気管支の炎症から起きる呼吸困難や、循環機能障害に陥り体内汚染で苦しむ者もいる。

 元は戦闘時に魔力の補助を担っていた魔石が生活で普及し始めた近年、その被害は徐々に広がっている。

 獣人や竜人などといった身体の機能が元々強い者ならまだしも、人間という脆い種族ではずっと耐える事は不可能だ。なにより住んでいる土地が汚染されているのだ。土や水も汚れ、そこから育つ野菜や魚、それらをエサとして成長する家畜も汚染されている。人間に被害が出るのは当たり前のことであった。

 そんな問題の魔石カスからの汚染だが、アイナのいる邸の土地にはまったくと言っていいほどその影響が見られない。

 空気は勿論、森を抜けて現れた池の水も澄み渡っている。池の中では、魚が泳いでいた。

 踏みしめる地に生える植物はどれも生き生きとしており、時折肥えたミミズがうねっている。土が綺麗な証拠だ。


(ここだけ、なんでなんだろ……)


 邸の土地は広い。それこそ小さい田舎町ほどの規模なら入ってしまいそうなほど広い。

 だがそれでも、この邸は王都にあるのだ。それなのに、王都と違ってここだけ綺麗なことに、サザンクロスは首を傾げた。


(一体、何が違うんだろ)


 そんな呆然と景色を眺めていた彼女の鼻に、ふわり と、大好きな匂いが香った。

 地面の土とは違う土と、太陽の光を浴びて元気よく育つ薔薇の香り……。


(アイナ! この池の先か!)


 目的の香りにお使いを思いだし、サザンクロスは走り始めた。ぼんやりとしていたが、なにしろアイナと会える時間は限られているのだ。短く貴重な時間を無駄にすることは出来ない。

 池を通り過ぎて少し走ると、見覚えのある花壇に花、そしてその先には大きな温室が建っているのが見えた。

 咲き誇るピンクの薔薇は昨日見たものと同じで、遠目から見ているのもあり、その周辺には色違いの薔薇や他の花が育てられているのも見て取れた。あれら全てアイナが育てているのかと思うと感嘆せずにはいられない。


(アイナ~!)


 求めていた場所を見つけ、嬉しくなって走る速度が上がっていく。まるで獲物に突進する猪のようだ。まったく周囲が見えていない。


 だから、反応するのが遅れてしまった。


「きゃっ‼」

「フニャア‼」


 ぶつかってはいない。だが急に飛び込んで来た白い物体に驚いた人間が悲鳴をあげたことにサザンクロスもまた驚き、咄嗟に立ち止まろうとしたものの、勢いのあまりコロコロと転がったのである。

(うぅ……かっこ悪ぅ)

 気分が高揚するとヘマをするのは先ほど学んだばかりなのに、ほんの数分で繰り返したことにほとほと呆れる。手紙を無くさなかっただけマシに思えた。


「……猫ちゃん?」


 そんな一人反省会を始めたサザンクロスの耳に、自身の名を呼ぶ柔らかな声が届いた。


(アイナ!)


 振り返れば、そこには目的の人物が微笑みながら立っていた。

 


読んで下さりありがとうございます!



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